エピローグ
舞踏会当日。
容赦なくコルセットで締め付けられた私は、ルイーズ様のエスコートでダンスを踊った。
何度も一緒に練習したのに、本番はとても緊張したし、とても照れた。
正装したルイーズ様はやたら凛々しく、いつもは仏頂面なのに甘く優しげな表情で見つめるから、私は曲が始まってから終わるまでずっと赤面状態だったと思う。
「上手に踊れたね」
踊り終えた後の、ルイーズ様の褒め言葉に、私はさらに顔が熱くなる思いでうつむいた。
「……こんな時ばかりやさしいなんて、ずるいです」
「何? ステップ三回間違えたことや、ターンに失敗したことを指摘してもらいたかった?」
クスクス笑う姿も、意地悪な口調も、どうしようもなく甘く感じてしまう。
「踊ったから喉が渇いたでしょ。飲み物を取って来るから、バルコニーで涼んでいたら」
そう言って広いバルコニーへ連れ出された私は、その場にひとり残されて小さく息をついた。
季節はすでに、初夏を迎えようとしていた。少し動いただけで汗ばむ陽気なのに、こうして待ってるだけだと風がやたら涼しく感じる。
(コルセット、苦しいなあ……)
次回はノーラさんにお願いして、エンパイアドレスにしてもらい、コルセットは、柔らかな素材のものを探そう。
上半身をぴったりと体のラインに沿わせた裁断のドレスは、大きくふくらませたスカートの部分と対比して、とても素敵だけど、いざ着てみると大変だ。
(これ着てダンスはむずかしいけど……楽しかった)
クルリと『失敗した』ターンのステップを踏んだら、ドレスの柔らかなレースの裾が夜風に乗って踊るように揺れた。
「練習の成果はあったようですね」
「……!」
バルコニーの暗がりから突如現れた人物に息をのんだ。見慣れない正装姿だった為、一瞬誰だか分からず反応が遅れてしまう。
「……で、でも……ステップ、間違えてしまって……ターンも」
「たった今、きちんと回れてましたよ」
白い手袋の指先で、私の足元を指した宰相様に、ついつい項垂れてしまう。
「ヨリ・クラルテ。あなたはもっと自信を持ちなさい。ターンの失敗は、エスコートしたルイーズ様の責任ですよ。あなたに非はありません」
「そ、うでしょうか……」
「そうです」
もっと話したい事かあるはずなのに、胸が一杯になってしまって、うまく話せない。
「仕方ありませんね。私が少し見てさしあげます」
自然と手を取られたちょうどその時、閉められた窓の奥から、優雅なワルツの音色が聞こえてきた。
宰相様の鮮やかなリードで、少しぎこちないけど、私の足は驚くほど軽やかにステップを踏める。
「そう、その調子」
「はい」
「ほら、笑顔を忘れてますよ」
「はい……」
ボロボロと涙が零れ出したら、止まらなくなった。やがてステップも止まり、別れの時が近づいているのが分かった。
「……先にあなたを見つけたのは、私だったのに」
顔を上げると、見慣れない宰相様の微笑がそこにあった。
「ルイーズ様とお幸せに。式には出席しないので、今お祝いの言葉を伝えます」
「……」
「未来の王妃が、そのように辛気臭い顔をしてはいけません。あなたはルイーズ様の隣でいつでも笑っていなくては」
「はい……」
「では、これで」
ゆっくりと、惜しむように手を離され、そして宰相様の姿は音も立てずに闇に消えてしまった。
(またきっと、会えますよね)
その時は怒られないように、もっとしっかりとしなくては。
涼やかな夜風が頬に心地よかった。手すりに両手をついて、遠い月を眺めていると、後ろから声をかけられた。
「もう大丈夫?」
「……ルイーズ様」
きっとルイーズ様は、宰相様が会いに来る事を知っていたのだ。知ってて黙って席を外してくれた事にも、たまらなくなってしまい、振り向きざまにルイーズ様の胸に飛び込んだ。
「ちょっと……飲み物がこぼれるだろう? まったく、君がこんなに泣き虫だったなんて知らなかったよ」
手すりに飲み物を置くと、ぶっきらぼうな言葉とは裏腹に、あやすように髪を梳いてくれる。その手つきが優しくて、何度も涙がこみ上げて困った。
(この人となら、きっと幸せになれる)
王妃になったらきっと、公務とかで忙しくなるはずだ。とまどったり悩んだりする事があるだろう。でもルイーズ様や周りの人達に支えられているから、一人で不安になる事はない。
気持ちを切り替えて、新たな仕事へ向かってスタートを切る。グッと両手の拳を握りしめて、笑顔でルイーズ様を見上げた。
「今度は王妃としてのお仕事……公務を頑張りますね!」
「その前に僕との……いや、何でもない」
「え、何でしょう?」
「いや、いい……忘れて」
口を押さえたルイーズ様は、なぜか赤面している。なんだろう?
(もしかしたら……公務以外にもやらなきゃならないことがある?)
どうやらこれからも、予想もつかない仕事に翻弄されつつ、ますます忙しくなりそうな予感がしてならない。
(完)




