タイトル未定2026/08/20 20:08
俺は今、身の危険を感じて男子トイレに避難している。
何から逃げているのかって?
――この国の第二王女、アレクシア様からだ。
しかも、王女様は男子トイレの中まで追いかけてきた。
「…………」
俺は個室の扉を閉め、鍵をかけたまま息を潜める。
すると――
ドンドンドンドンドンッ!
「ねえ、リオン。なんで逃げるの?」
「ひっ……!」
扉の向こうから、アレクシア様の声が聞こえてきた。
「昔、私のこと守るって言ったよね?」
ドンッ!
「それに、指輪もくれたよね?」
ドンッ!
「それってもうプロポーズだよね?」
ドンッ!
「だったら、私たち婚約してるよね?」
ドンドンドンッ!
怖い怖い怖い!
「それなのに、なんで逃げるの?」
「…………」
「出てきて、お話ししましょう?」
「…………」
「開けて」
ドン。
「開けて開けて開けて開けて開けて開けて」
ドン。
「開けて開けて開けて開けて開けて開けて開けて開けて開けて開けて開けて開けて開けて開けて開けて開けて開けて開けて開けて――」
「キャハハハハハ!」
「ひぃぃぃぃっ!?」
誰か助けてぇぇぇぇぇ!第二王女様がやばい
そんな俺の願いが天に届いたのか、トイレの外から聞き慣れた声が響いた。
「リオ〜ン? トイレまだー? 私、先に騎士団に行っちゃうよー?」
ユリーナ!よく来てくれた!
「す、すみません、アレクシア様!」
俺は扉越しに必死で訴える。
「俺、これからユリーナと騎士団へ訓練に行かないといけないんです!」
「…………」
さっきまで騒がしかった扉の向こうが、急に静かになった。
……あれ?諦めてくれた?
「何?」
「え?」
声が低い。
「浮気?」
「はい?」
「二人で騎士団に行って、イチャつくの?」
「なんでそうなるんですか!? ユリーナとはそんな関係じゃ――」
「ユリーナ」
「え?」
「ユリーナ、ユリーナ、ユリーナ……。何よ。あの子の名前ばっかり呼んじゃって」
「いや、今は話の流れで――」
「私の方が付き合い長いのに。それに、なんであの子のことは『ユリーナ』って呼ぶのに、私は『アレクシア様』なの?」
「それは、あなたが第二王女様で、俺が平民だからですよ!」
「そんなの関係ないじゃない!」
ドンッ!
「バカ!理不尽!アレクって呼びなさいよ!」
「無理ですよ!」
「呼んで!」
「嫌です!」
「呼んで呼んで呼んで呼んで呼んで呼んで!」
「分かりましたよ!」
俺は半ばヤケクソになって叫んだ。
「……アレク様」
「えっ?」
明らかに声の調子が変わった。
「…………」
「…………」
「もう一回」
「嫌です」
「もう一回!」
「アレク様」
「えへへ……」
なんだろう。ものすごく嬉しそうだ。
さっきまで扉を壊しかねない勢いだった人と同一人物とは思えない。
……これなら少し落ち着いたか?
そう思った、その瞬間。
バタンッ!
「うわっ!?」
突然、個室の扉の上から手が伸びてきた。
「…………え?」
恐る恐る顔を上げる。
そこには――
「見つけた」
満面の笑みを浮かべたアレクシア様が、扉の上からこちらを覗き込んでいた。
「ひぃぃぃぃぃぃっ!?」
「さあ、お茶しに行きましょう」
アレクシア様はにっこりと笑う。
「ダーリン」
◇ ◇ ◇
結局、俺は男子トイレから連行された。
外へ出ると、ユリーナが腕を組みながら待っていた。
「遅いよ、リオン。もう置いていこうかと思ったんだから……って」
ユリーナが目を瞬かせる。
「え?」
「…………」
「なんでアレクシア様が男子トイレから出てくるの?」
「聞かないでくれ……」
俺にも説明できない。というより、説明したくない。
そんな俺の腕に、アレクシア様がぎゅっと抱きついた。
「今から私たち、デートに行くの」
「行きません!」
ユリーナが困ったように首を傾げる。
「あの、リオンはこのあと私と騎士団の実習が……」
「ん?」
アレクシア様が笑顔のまま、ユリーナを見る。
「…………」
「…………」
「これは私たち夫婦の問題だから、あなたは首を突っ込まないでね?」
「…………はい」
「ユリーナ!?」
今、明らかに一歩引いたよな!?助けてくれよ!
「じゃあね、リオン。実習のことは先生に説明しておくから」
「待って! ユリーナ! 俺を置いていかないで!」
「頑張って」
「何を!?」
ユリーナは俺から目を逸らし、そのまま騎士団へ向かって歩いていった。
裏切り者ぉぉぉぉぉ!
「さあ、行きましょう」
「いや、ちょっと待ってください!」
「どこのお店がいい? 甘いもの食べる? それとも二人きりになれるところがいい?」
「どっちも行きません!」
「じゃあ、両方ね」
「話聞いてます!?」
俺の右腕は、アレクシア様によって完全にロックされている。
逃げようにも、びくともしない。
こうして俺は、第二王女様に捕獲されたまま学園の外へと連れ出されていった。
「ハハハ……」
もう笑うしかない。
――拝啓。
村で待つ、お父さん、お母さん。
俺は王立学園アルムデナに入学し、素敵な再会を果たしました。
幼い頃に出会った女の子は、とても綺麗な女性になっていました。
普通なら、喜ぶところなのでしょう。
ですが――全然嬉しくありません。
助けてくださ〜い。
あなたたちの息子は今、この国の第二王女に連行されています。




