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転生社不の更生録  作者: 弥生
第一章 「血染めの国と竜の導き手」
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第七話「遠い日の記憶」

 炎が、森を喰らっていた。

 木々は燃え、黒煙が夜空を覆い尽くしている。

 先ほどまで鬱蒼と茂っていた緑は、今やどこを見渡しても赤一色に染まっていた。


 まさに地獄と呼ぶに相応しい光景。

______俺はこんな景色を、どこかで見たことがあるような......。


「──はぁ、っ......はぁ......」


 開けた焦土、その中心に一人______メルトナの姿があった。

 彼女は息を荒くしながら、焼けた地面に手をついた。


 『ヴォルドゥーラ』。

 俺と彼女以外の、あらゆるものを灼熱に呑み込んだあの太陽は、

 今まで見てきた魔術とは、桁違いに大規模な代物だった。


 相応の反動があるのだろう。

 加えて、先の戦いでも彼女は大怪我を負っていた。

 あらゆる疲労が、一気に押し寄せたのだ。

 

______奴らは、全滅したのだろうか。

 いや、これで生き残っていたら、それはそれでドン引きなのだが......。


 ちょうどそんなことを考えていた、そのときだった。


「──詰めが......ハァッ......甘ェんじゃあ、トカゲ女ァ!」


「なっ......」


 灰燼を掻き分けながら、焼け落ちた地面を引きずるようにして、()()はゆっくりと姿を現した。


______ロッゾだった。


「──マジかよ」


 思わず、そんな言葉が漏れ出た。

 全身は煤と血に塗れ、整然としていた制服は今や見るも無残に焼け焦げている。

 露出した皮膚もあちこちが赤く焼け爛れ、その姿はもはや人間というより、地獄の底から這い戻ってきた亡者のようだ。


______だというのに、その瞳には依然として剥き出しの殺意が宿っている。


 瀕死の身体を動かしているのは、凄まじい生への執着というよりは、自らを追い詰めた者への怨念のためなのだろう。

 ロッゾは地に這いつくばったまま、身体を屈めたメルトナに迫り、赤黒く変色した腕で彼女の胸ぐらを掴んだ。


「ぐっ.........」


 満身創痍の男が振るう、力の抜けた腕。

 だがそれすらも振り払えないほど、今のメルトナは消耗していた。


「てめぇは、......ハァ......てめぇだけは許さねェ......。

グッチャグチャにブチ犯してから、メッタ刺しにしてブッ殺してやんよォ......!」


______それを聞いたとき、俺の中にもう迷いはなかった。

 気づけば俺は、力なく垂れていたメルトナの手首を強く握っていた。


 苦悶に歪んでいた彼女の表情は僅かに和らぎ、やがてその瞳がゆっくりと俺を捉える。

 それに応えるように、俺はすぐさま口を開く。

 

「逃げよう」


「っ......」


 彼女は一瞬だけ息を呑み、すぐさま頷いた。


「はい......!」


 俺はそのままメルトナの身体を強く引き寄せる。

 すると、ロッゾの手はまるで糸が切れたかのように、あっさりと彼女の胸ぐらから離れた。


「──待て......やァ......!!」


 燃え盛る森の奥へと駆け出すなか、背後からロッゾの必死の叫びが聞こえてきた。

 だが、もはや奴に、俺たちを追うだけの力など残されていないだろう。


 結局、ロッゾが俺たちの後を辿ることは叶わなかった。


※ ※ ※ ※ ※


 焼け落ちた森の一角。

 そこには、三人の男女が取り残されていた。


 アイヴィスは、目の前に横たわる巨躯をただ呆然と見つめていた。


「──ブルモッド......」


 返事はない。


 煤と血に塗れたその身体は、もう微動だにしなかった。

 あれほど大きかった身体も、今となってはただの肉塊と化している。


「──嘘、よ......」


 震える手を伸ばし、彼の胸元に触れる。


______けれど、何も感じなかった。


 鼓動も。

 呼吸も。


「嫌......」


 堪えていた感情が決壊し、アイヴィスの瞳からポロポロと涙が零れ落ちた。

 それは乾いた土を濡らしたかと思えば、熱気に晒されすぐさま蒸発し霧散する。


「どうして......」


 返ってくるものなど、何もない。

 ただ炎が木々を喰らう音だけが、二人の間を埋めていた。


「......おい」


 そんな様子を気にも留めず、悲しみに暮れるアイヴィスをロッゾの声が遮った。


「いつまでそうしてやがる。──さっさと俺を治せ 」


「──え?」


 アイヴィスはゆっくりと顔を上げる。

 そこにあったのは、かつて愛した男の顔。

 けれど──その瞳に、仲間を失った悲しみなどという感情は欠片も浮かんでいなかった。


「お前の木魔術で、さっさと俺を治せって言ってんだよ。聞こえねえのか」


「......あなた」


 ロッゾの一言に、アイヴィスは声を大きく震わせる。


「ブルモッドが......死んだのよ」


「──だから、何だ」


 それは、あまりにも平然とした返答だった。


「目も見えてねえのか?俺だってこのザマなんだ。

()()を気にしてる暇があるなら、先に俺を治せ」


「──ッ」


 アイヴィスの胸の奥で、何かがプツンと切れた。

 涙で滲んだ視界の向こうで、ロッゾを睨みつける。


「──あなたって、本っ当に......」


 その言葉に、ロッゾは一切の動揺を見せなかった。

 彼はただ、自身の傷口を押さえながら、苛立たしげにアイヴィスを見つめていた。 


「.........」


 怒り。悲しみ。悔しさ。

 あらゆる感情が頭の中で沸騰するあまり、彼女がもうそれ以上の言葉を口にすることはなかった。

 ただ歯を食いしばり、俯くことしかできなかった。

 

 やがて──


「──おい」


 アイヴィスはゆっくりと右手を持ち上げる。

 そして、人差し指と中指を揃え、その指先を自らのこめかみに突き立てた。

 

「──何、考えてやがる」


 ロッゾの声が低く、響く。

 だがアイヴィスは、何も答えない。


______指先に、微かな魔力が集まり始める。


「やめろ」


 ロッゾが一歩、踏み出した。

 それでも、アイヴィスは止まらない。


「やめろォォ!!」


______次の瞬間。

 ロッゾの叫びに応えるように──アイヴィスの指先はその軌道を逸らし天を向いた。


 何が起きた──


 ロッゾがそう考える間もなく、その理由は明らかになった。

 突如として現れた()()()が、彼女の手首を固く掴んでいたのだ。


「──娘、早まるな」


 その正体は、一人の──老人。

 だがその外観は、老人と呼ぶには一切の衰えを感じさせないものだった。


 背丈はあのブルモッドよりも一回り大きく、その眼光は濁りなく異様なほど鋭い。

 幾重にも刻まれた皺は、寧ろ彼の威厳を強調させている。

 白銀の長髪さえも、老いによるものではなく積み重ねた歳月そのものを思わせた。


「あんた──いや、あなたは」


 ロッゾの声は、僅かに震えていた。

 その姿には見覚えがあった。


 剣士として、数多の戦場を渡り歩き。

 幾度となく国の危機を救い。

 今なお、この国でその名を知らぬ者はいない。


 彼は、ツェルニア最強の英雄・ヴェノッサその人だった。


「オズ神官、彼を治療してやれ」


「──はっ」


 ヴェノッサの言葉に、即座に返事が返る。


「──?」


 ロッゾは僅かに眉を顰めた。

 今の声は、どこから──。

 そう思い、ふと背後を振り返ると、そこには数人の兵士と神官が立っていた。


「──なっ」


 いつから、そこにいた?

 つい先ほどまで、周囲には自分たち以外誰もいなかったはずだ。

 否──自分が気付いていなかっただけなのか。


 ロッゾがその疑問を口にするよりも早く、若い男の神官が彼の前へ歩み出る。


「失礼します」


 神官が両手を翳す。


「‘’レメディオン‘’」


 その呪文が唱えられた直後、淡い光が神官の掌から溢れ出し、ロッゾの全身を包み込んだ。


 焼け爛れた皮膚が、ゆっくりと修復されていく。

 裂けた肉が繋がり、身体を支配していた苦痛が和らいでいく。


______ふと、ロッゾはアイヴィスの方を見た。


 彼女は、気を失っていた。

 張り詰めていた糸が切れたかのように、その身体からは力が抜けている。


「──チッ」

 

 苛立ちとも悔恨ともつかぬ、胸中に渦巻く複雑な感情を、ロッゾは舌打ちとともに吐き捨てた。


「.........」


 その様子を見かねたのか、ヴェノッサはアイヴィスを優しく抱き上げた。

 彼女の細い身体は、彼の大きな腕の中へすっぽりと収まる。


______そして、そのまま視線を落とした。


 アイヴィスのすぐ傍ら。

 そこには、煤と血に塗れた巨躯が横たわっていたのだ。


 その傷の有様を見れば、彼が何をしたのかは明白だった。

 彼は最後、この子を庇って死んだのだろう、と。


「──皆、彼を弔ってやってくれ」


「──はっ」


 兵士も神官も、全員が一斉に返事をする。

 それを合図に、彼らはブルモッドの亡骸へと歩み寄っていた。


______焼け落ちた森の中。

 ブルモッドを弔うための準備が、静かに始まる。


 その様子を横目に、ヴェノッサはふと、森の奥へと視線を向けた。


「.........」


 焼け焦げた地面。

 そこには、いくつもの足跡が残されていた。


 炎の向こうへ。

 焼け落ちた木々の隙間を抜け、それははるか遠くまで続いている。


 誰かが、ここから逃げたのだ。

 恐らくは、この惨状を作り出した元凶が。


______ふと、ヴェノッサの表情が僅かに変わった。


 顔の左側を走る、古い傷。

 かつて王の一撃によって刻まれたその傷が、疼いたのだ。


 ヴェノッサは無意識に、その傷跡へと手を添えた。

 脳裏を過ったのは、遠い日の記憶。

 

 焼け落ちた村。

 血に染まった大地。

 対峙した脅威。


______そして一人、逃がした竜の小娘。


「──まだ、生きていたか」


 ヴェノッサは再び足跡を見据える。

 やがてその眼差しには、僅かな殺意が宿った。


「ならば──」


 アイヴィスを抱えたまま、ゆっくりと、一歩。

 足跡を追うように、ヴェノッサもまた歩き始める。


「滅さねばならぬ」


 白銀の髪を夜風に靡かせながら、彼は静かにそう呟いた。

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