↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
転生社不の更生録 〜滅びの竜姫と拓く黎明〜  作者: 弥生
第一章 「血染めの国と竜の導き手」
21/24

第十九話「失ったもの、残されたもの」

「「──アッシュ!」」


 戦闘を終えた俺たちは、一斉にアッシュのもとへ駆け寄った。


「……おい」


 エルマが真っ先にアッシュの傍へ膝をついた。


 奴は壁へもたれかかったまま動かない。

 だが──僅かに胸が上下していた。


「治してやる」


「……」


 エルマの言葉に、アッシュの瞼が僅かに開く。


「解毒もしてやる」


 やがて彼女の右手に、淡い光が集い始める。


「──エルマ、お前」


 思わず、口出しする。

 こいつを、助ける気か?

 ついさっきまで、俺たちを裏切り、殺そうとしてきた奴を。


 それだけじゃない。

 アッシュは、メルトナを売った。

 そのせいで、メルトナはヴェノッサに斬られ、今は王都で処刑を待っている。


 そんな奴を。


「どうして──」


 その言葉の続きを、口にすることはできなかった。

 エルマが、俺の前へ左手を差し出したからだ。


「すまん、チハル。お前の気持ちもよくわかる」


「わかるなら、なんで──」


「だが、まだ間に合う」


 その顔には、いつもの軽い笑みはなかった。

 再び、彼女の目線がアッシュへ向かう。


「アッシュ。てめえもチハルを手伝うってんなら、助けてやる」


「……!」


 胸の奥が、ざわついた。

 正直、納得できない。

 こいつに、メルトナを助ける資格なんてあるのか。


 ……だが。

 もし、こいつが俺を手伝うというのなら。

 俺は、その手を拒めるのか。


「だから、考え直せ」


「……」


「選べ。ここで死ぬか、あたしらの元に戻るか」


 アッシュは、しばらく何も答えなかった。


______やがて。


「──ハハ」


 アッシュの口から、黒い煤と共に小さな笑い声が漏れた。


「相変わらず……甘いな、エルマ」


 エルマは、目を逸らさない。


「答えろ」


 ただ、冷たく返すだけだった。


「──お前らと一緒にいるのは、本当に楽しかった」


 その言葉に、エルマの表情が僅かに揺れる。


「だったら──」


「でもよ」


 アッシュが言葉を遮る。


「それ以上に、欲しかったもんがあったんだ。盗(・)め(・)ね(・)え(・)も(・)ん(・)が、な」


「……」


「だから──今更戻るなんて、無理な話だ」


 差し伸べられたエルマの手が、ゆっくりと下がる。


「……なんで」


 エルマは、それだけ呟いた。


「……」


 その瞬間。


 俺の胸の奥で、何かが切れた。


 黙って聞いていた。

 だが、もう堪えられない。


「──っざけんなよ」


 気づけば、俺はエルマを押しのけ、アッシュの目の前に立っていた。


 手に握った短剣へ、力がこもる。

 奥歯を、ぎりぎりと噛み締める。


 こいつを殺しても、メルトナが助かる訳じゃない。

 そんなことは、分かっていた。

 それでも。


______お前の、お前のせいで、メルトナは──。


「──兄ちゃん……」


 その声掛けを、意にも介さない。

 気づけば、手が動いていた。


「お、おい、チハ──」


 エルマの声が響く。

 だが──止まらなかった。


______ズッ。


 短剣が、アッシュの胸へ沈み込む。


「ぐっ──がはっ」


 アッシュは身体を揺らし、激しく吐血した。

 やがてその瞳から、ゆっくりと光が消えていく。


「チハル……」


 エルマの掠れ声が聞こえてくる。

 俺は短剣を差し込んだまま、動けなかった。


「……」


 手のひらには、ぬるっとした感触が残っている。

 自分が何をしたのかという事実が──遅れて胸の奥へと押し寄せてきた。


「……っ」


 短剣を握る指が、僅かに震え始める。


 怖い。

 自分が、怖かった。


 ついさっきまで、こいつを助けるべきかどうかで迷っていたはずなのに。

 今の俺は、怒りに身を任せ、何の躊躇もなくその命を奪っていた。


______でも、それでも……。

 こいつの返答は、到底受け入れられるものではなかった。


 メルトナをあんな目に遭わせておいて。

 どうして、責任を取ろうとしない。

 どうして、拒絶した。


「──そりゃあ、そうなるわな」


 そんなときだった。

 俺の胸に渦巻く葛藤を、レントの言葉がそっと拭った。


「大事な仲間を酷え目に遭わせた奴が、目の前にいるんだ」


 レントは俺の隣へ歩み寄ると、短剣の柄へ手を伸ばした。

 そして、そっと俺の手に重ねるように柄を握る。

 

「もう、抜くぞ」


「……」


 返事はできなかった。

 

 レントが力を込める。

 短剣が、ゆっくりとアッシュの胸から引き抜かれた。


「……っ」


 その瞬間、指先から力が抜け、俺はその場に尻餅をついた。

 レントが短剣を受け取り、静かに血を払う。


「チハル。お前は悪くない」


 その声は、落ち着いていた。

 胸の奥の騒めきが、僅かに安らぐ。


「……レント」


 だが、エルマは違った。

 彼女の声には、隠しきれない動揺が滲んでいた。


「チハルを責めるつもりはねえ。

でも、そういう言い方は──」


「お前は甘すぎだ、エルマ」


「っ──」


 その言葉に、エルマは黙り込んだ。

 レントは、息をしなくなったアッシュへ視線を落とす。


「俺だって、思うことはある」


 その声は、決して冷たくはなかった。

 僅かに言葉を詰まらせ、何かを堪えるように、レントは続けた。


「だが──こいつにとって俺たちはそ(・)の(・)程(・)度(・)だったのさ」


「……」


「お前も、聞いてただろ」


 エルマはしばらく俯き、黙り込んだ。

 やがて、ゆっくりと、震える口を開く。


「……分かってる」


 嗚咽のような声だった。


「分かってるけどよ……」


 エルマは、冷たくなったアッシュから目を逸らさない。


「あたしはまだ、助けられると思ってたんだ」


 エルマの声が、静かな路地に落ちる。


 俺は、何も言えなかった。

 短剣を抜いた右手がまだ震えている。


 そんな俺たちを見かねたのか、レントが口を開く。


「まだ助けられそうな奴なら、すぐそこにいるぞ」


 彼は、路地の奥の方を指さした。


「……」


 そこには、アッシュが斬りつけたあの女の姿があった。

 彼女は未だに、苦しそうに喉元を押さえながら膝をついている。


「──そう、だな」


 その様子を見て、エルマが呟く。

 俺たちは胸の曇りが晴れないまま、罪滅ぼしでもするかのように彼女の元へ向かった。


※ ※ ※ ※ ※


「おい、聞こえるか?」


 エルマが最初に声をかける。


 女は、答えなかった。

 俯き、片手で喉元を押さえたまま、苦しそうに身体を震わせている。


 その指の隙間からは、赤い血が滲んでいた。


「──喉、やられてんのか」


 レントが女の傷を確認する。


「姉ちゃん、もう少しの辛抱だ」


 エルマがそう言うと、女の前に膝をついた。

 やがてその右手に、淡い光が集い始める。


「──‘’レメディオン‘’」


 柔らかな光が、女の身体を包み込んだ。


「……っ」


 やがて、喉元を押さえていた女の手が僅かに緩んだ。


「ごほっ……!」


 女が激しく咳き込む。

 喉につっかえていた血が、口から吐き出された。


「がっ……ごほっ……!」


「お、おい──大丈夫か?」


 俺は思わず声を上げ、女の元へ駆け寄る。

 だが、エルマは落ち着いた様子で女の背中に手を添えた。


「慌てんな。血を吐けるなら、まだ気道は塞がっちゃいねえ」


「──っ、はぁ……」


 女は何度か咳き込んだあと、荒い息を吐いた。

 少しずつ、呼吸を整えていく。


 やがて。


「──ありがとう」


 女はそう言って、顔を上げた。


______その顔を、間近に見た瞬間。


「……え?」


 頭が、真っ白になった。


 知っている。

 この顔を、俺は知っている。


「お前は……」

 

 脳裏に、あの夜の光景が浮かび上がる。


 燃え盛る炎。

 その向こうで、杖を構える女。


______目の前の女と、記憶の中の姿が重なった。


「あなたは……」


 どうやら、この女も同じように気づいたらしい。


「なんだ、お前ら。知り合いなのか?」


 エルマが水を差す。


「……違う」


 女が答える。

 やがて、その瞳が鋭く俺を捉えた。

 

「──敵」


 女は眉を寄せ、俺を睨みつける。


「「は?」」


 エルマとレントが、同時に声を上げる。

 だが、俺は否定しなかった。


「なんで、お前がここにいる」


 どういう風の吹き回しか。

 かつての敵がなぜ、こんな場に。


「それは──こっちのセリフ……!」


 女が右手を掲げる。

 その掌に、魔力が集っていく。


「っ──そっちが、その気なら……!」


 すかさず俺も右手を掲げる。

 イメージするのは、巨大な──


「おいおい待て待て!」


 慌てながら、レントが間に割って入る。

 そして、互いの顔へ向けられていた腕を、左右から掴み、強引に引き上げた。


「痴話喧嘩か!?」


 ……なんだって?

 こいつ、今更そんなくだらない冗談を──。


「「違う! そんなんじゃ──」」


 ……俺と女の声が、綺麗に重なった。


「「……」」


 思わず、互いの顔を見る。


「なんだよ」


「不愉快」


 女はそう言って、視線を逸らす。

 こっちのセリフだ……!


「ははっ、なんだお前ら、仲良しじゃねーか」


 また、エルマが水を差す。

 俺と女は、ほとんど同時に刺すような視線をエルマへ向けた。


______ギロッ。


「わ……悪かったって」


 エルマは両手を上げ、たじろいだ。

 だが、レントはそんな俺たちを見て、深々とため息をつく。


「はぁ……ったく、勘弁してくれ……」


 呆れたような口調だった。


「もう喧嘩は懲り懲りだ。話し合おうぜ」


 レントは、俺たちを交互に見る。


「何があったかくらい、聞いてやんよ」


 俺と女は、しばらく黙って睨み合う。


 やがて短い牽制のあと。

 女がゆっくりと口を開いた。


「──わかった」


「……よし。もう喧嘩すんじゃねえぞ」


 その言葉を機に、レントは俺たちの腕を解放した。


※ ※ ※ ※ ※


 俺たちは、互いに何があったのかを簡単に説明した。


 女の名前はアイヴィス。

 冒険者である彼女は、ある公爵から、エルド山脈に身を潜めていると噂の竜族──メルトナの捕縛を秘密裏に依頼されていたらしい。


 メルトナを狙ったアイヴィスたちと戦い、

 その結果として、彼女の仲間だった大男──ブルモッドが命を落としたこと。


 事情を聞き終えたレントはしばらく黙り込んでいた。


「……なるほどな」


 やがて、レントが口を開く。


「つまり──お前らはどっちも、自分の仲間を守るために戦ったってわけか」


「「……」」


「それで、互いに相手を許せねえ」


「当然」


 アイヴィスが、即座に答えた。

 その瞳が、鋭く細められる。


「ブルモッドを殺した。あなたも、彼を傷つけた」


「……メルトナだって、お前らに殺されかけた」


 俺も、アイヴィスを睨み返す。


「先に襲ってきたのは、そっちだろうが」


「それは……理解(わか)ってる」


 アイヴィスは、静かに答えた。

 やがて、再びその眼光に鋭さが戻る。


「でも、理解と感情は別」


「……」


「──ブルモッドは、私にとって大切な仲間だった」


 それまで淡々としていた声に、初めて確かな揺らぎが滲んだ。


「だから、私はあなたたちを許せない」


「……俺だって」


 拳を握る。


「メルトナを傷つけたお前たちを、許すつもりはない」


 少しでも状況が違えば、結果は一転していたはずだ。

 だから、同情の余地なんてない。


「そう」


 アイヴィスは、短く返した。


「なら、話は終わり」


「……は?」


「私たちは敵同士。これ以上、話す必要はない」


 アイヴィスが立ち上がろうとする。

 だが、まだ傷跡が痛むのか、身体が僅かによろめいた。


「おい、無理すんな」


 レントが肩を支える。


「触らないで」


「はいはい。元気なこって」


 レントが手を離すと、アイヴィスは再び俺を見た。


「……ただ」


「?」


「一つだけ、聞きたい」


 アイヴィスの視線が、俺の奥へ突き刺さる。


「──あなた、あの竜族を助けるつもり?」


「当たり前だ」


 即答する。

 そのことは、考えるまでもなかった。


「明日、王都へ向かう。

俺は──必ず、メルトナを助けに行く」


「……そう」


 無機質な返事だった。


「随分と、無茶するじゃない」


 アイヴィスは呆れたような口調でそう吐き捨てる。


 だが──。

 その態度に、俺が反感を買おうとした、次の瞬間。


「──羨ましい」


 アイヴィスは俯き、どこか寂しそうにそう呟いた。


「……?」


 その言葉の意味が、俺には分からなかった。

 アイヴィスはただ俯いたまま、握りしめた拳を見つめている。


「何が──羨ましいんだ?」


 その姿に、俺は思わず尋ねていた。


「私には、もういないから」


「……いない?」


「──助けに来てくれる、相手なんて」


 アイヴィスの声が、大きく震えた。


「帰る、場所も──」


 そこで初めて、彼女の瞳に涙が浮かんだ。


「……あのまま、死んじゃえばよかった」


 その言葉を聞いた瞬間、胸の奥が僅かにざわついた。


______あの日の俺を、見ているようだった。


 生きていても仕方がないと。

 この先に何も残っていないと。


 そう思いながら、ただ時間だけをやり過ごしていた、あの日の俺。


 目の前の女もまた、何かを失いすぎたせいで、生きる理由を見失っている。

 そう思うと、さっきまでの怒りが、ほんの僅かに揺らいだ。


「……」


 同情するつもりなんて、なかった。


 それでも──。

 今のアイヴィスを、責める気にはなれなかった。


「……おい」


 そんなとき、エルマが声をかける。


「お前、これからどうするつもりだ?」


「……分からない」


 アイヴィスは、涙を拭おうともしない。

 エルマは、そんな彼女をしばらく見つめていた。


______そして。


「だったら──うちに来いよ」


「……」


 その言葉に、アイヴィスが顔を上げる。


「何を、言っているの」


「そのまんまだよ」


 そう言ったエルマの声色は、柔らかなものだった。

 まるで、妹分を慰めるかのようだった。


「帰る場所がねえなら、作ってやるよ」


「……あなたが?」


「ああ」


「……どうして」


「さあな」


 エルマは肩を竦め、少しだけ笑う。


「放っとけねえから。それだけだ」


「……」


「ただ、勘違いすんなよ」


 エルマは、俺とアイヴィスへ交互に視線を向ける。


「チハルとお前のことまで、あたしが口出すつもりはねえ」


「……」


「お互い、簡単には許せねえんだろ?」


 俺は、黙って頷いた。


「なら、それは二人で勝手に決着つけりゃいい」


 エルマの瞳が、再びアイヴィスを捉える。


「でも、お前が一人になるのを見捨てるほど、あたしは薄情じゃねえ」


「……」


「うちに来いよ」


 アイヴィスは、答えなかった。

 ただ、頬を伝う涙を拭った。


「……変な人」


「よく言われる」


「……理解できない」


「別に理解しなくていいさ」


 エルマは笑う。


「来るか、来ねえか。それだけ決めな」


 アイヴィスは黙り込む。

 しばらくして。


「……少しだけ」


「ん?」


「少しだけ、考える時間が欲しい」


「おう。好きなだけ考えな」


 エルマはアイヴィスにそっと手を差し出す。


「とりあえず、今夜はうちで休め」


「……」


 アイヴィスは何も答えなかった。

 だが──その手を拒むこともなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。