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転生社不の更生録  作者: 弥生
第一章 「血染めの国と竜の導き手」
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第十五話「反撃の狼煙」

 レントとの会話が途切れてから、俺はただ黙って床を見つめていた。


______あれから、どれくらい経ったのだろう。


 牢獄内は光が一切差し込まず、外界から完全に遮断されている。

 朝も、夜も訪れない。

 ただ暗闇だけが続くこの場所では、時間の感覚さえもとうに失われていた。


「......」


 それでも、頭の中には未だにメルトナの姿が焼き付いていた。


 血に濡れた身体。

 力なく崩れ落ちた姿。


 もう、あの光景を考えたくなんてなかった。

 それでも、意識から逸らそうとするたびに、それは逆に輪郭を増していった。

 

______そのときだった。


「──おい、立て」


 鉄格子の外から、無機質な声が響いた。


 鍵の擦れる音。

 続いて、重い錠が外される。


「......」


 俺はしばらく、その場から動かなかった。


「聞こえなかったか?」


 その言葉に促され、ようやく重たい身体を起こす。


「着いてこい」


 俯いたまま、俺は衛兵の足元を追う。

 排水路での出来事が、まだ頭から離れない。


 切り裂かれたメルトナ。

 動揺するエルマ。

 迫りくるヴェノッサ。


______ふと、レントの言葉を思い出す。


『エルマは、絶対に裏切らねえ』


 力強い、芯の通った言葉だった。

 しかし、あれからしばらく経っても、答えは出せなかった。


 エルマを信じるべきなのか。

 それとも、やはり俺たちは裏切られたのか。


______そもそも、俺はどうしたいんだ?


 メルトナを助けたい。

 そう思う自分がいる。


 けれど、その気持ちに従った結果が、あの惨状だった。


「......っ」


 考えれば考えるほど、胸の奥が重くなる。

 だったら、もう何もしない方がいい。

 何もしなければ、これ以上誰かを傷つけることもない。


 俺が動かなければ。

 俺が余計なことをしなければ。

 それでいい。


______本当に、それでいいのか?


『あいつは、絶対にまたここへ来ようとする』


 やっぱり、レントの言葉が引っかかる。


「......どうすれば、いいんだよ」


 誰に向けるでもなく、俺は小さく呟いた。

 そのときだった。


______カン。


「......?」


 横から、小さな金属音が響いた。

 音のした方を見る。


 俺の牢から少し離れた場所。

 そこに並ぶ牢の一つで、誰かが鉄格子を指で弾いていた。


______カン。


 よく目を凝らすと、暗闇の向こうから、二人の人影がこちらを覗いているのが見えた。


 ──童話兄弟だった。

 俺と目が合ったことに気づくと、グレーゼルが周囲を窺う。


 衛兵がこちらを見ていないことを確認すると、彼は自分の胸元を指さした。


「......?」


______何かを、伝えようとしているのだろうか。


 すると、今度はヘンデルがグレーゼルの肩を指差した。

 続けて、グレーゼルの首へ、横一文字に指を走らせる。


「──っ」


 背筋に、悪寒が走った。


 その仕草。

 それが意味するものを、嫌でも理解してしまう。


 だが──。

 グレーゼルが、首を横に振った。

 そして、今度は両手を胸の前で握りしめる。


______生きている......?

 そういうことなのか──と、俺が疑問を口にせずとも、兄弟は強く頷いた。

 

 胸が、大きく脈打つ。

 生きている。

 あの傷を負ってなお、メルトナは、まだ生きている。


 ヘンデルが、今度は遠くを指さした。

 それから、両手を合わせるような仕草。

 祈るような、あるいは何かを待つような仕草。

 

 そして──再び、グレーゼルの首へ指を走らせた。


「......」


 その一連の動作に、ふと、ある言葉が脳裏をよぎる。


______処刑。

 

 メルトナには、多額の懸賞金がかけられている。

 それだけの価値を持つ竜族を捕らえたとなれば、ただ牢に閉じ込めておくとは思えない。

 ましてや、竜族は人間にとって恐怖の象徴だった。


 なら。

 捕らえたことを、国民に知らせる。

 竜族を討ち取ったと知らしめる。

 そうすれば、人々は安心するだろう。


 ......見せしめ。

 どこか、遠く。

 大勢の人間が見ている場所へ連れていき、そこで処刑する。


「......」


 兄弟を見つめる。


 二人は何も言わず、頷くこともない。

 だが、じっとこちらを見つめていた。

 その目が、何よりも雄弁に答えを告げていた。


「──おい!」


 そのとき、衛兵の怒号が飛んできた。

 俺は思わず身体をびくりと震わせる。


「何をボーっと突っ立っている。行くぞ」


 腕を掴まれた。

 俺は引きずられるようにして歩き出す。

 

 ──メルトナは、生きている。

 その事実だけが頭の中を何度も駆け巡った。


 胸の奥に何かが灯った。

 小さくて──けれど、先ほどまでの俺にはなかったもの。


 自分がどうなろうと、もうどうでもいい。

 さっきまで、そう思っていたはずなのに。

 もう、俺の中に迷いはなかった。


______彼女を、助けなければ。


※ ※ ※ ※ ※


 しばらくして、俺は再び牢屋へと戻された。

 尋問といっても、大したことを聞かれたわけじゃない。


 どこから来たのか。

 誰と一緒にいたのか。

 ロミエットへ来た目的は何なのか。

 

 そして──竜族の女と、どういう関係なのか。


 聞かれたことは、そんなところだった。

 余計なことは話さず、問われた内容にだけ正直に答えた。

 出身に関しては、混乱を招きかねないため誤魔化して伝えたが──それも特に咎められなかった。


「......」


 鉄格子の向こうを眺める。

 相変わらず、薄暗い。

 

 湿った石壁。

 冷たい床。

 鼻につく、淀んだ空気。


 さっきまでと何も変わっていない。

 なのに──俺の中だけが、明らかに変わっていた。


 メルトナは、生きている。

 そして、どこかへ連れていかれようとしている。

 処刑するために。


「......」


 拳を握る。


______助けなければ。

 その想いだけが、頭から離れなかった。


 だが──


「......どうやって」


 呟いた声が、牢獄の中へ虚しく消える。

 俺は鉄格子へ近づき、一本の鉄棒に手を掛けた。


 当然、びくともしない。

 ならば、どうするか。


「......」


 俺は自分の掌を見つめた。


 ──『ヴォル』。

 小さな火を起こすだけの魔術だ。この程度では何も変えられない。

 しかし残念なことに、俺が会得しているのはそれだけ。


 でも、()()魔術なら。

 目の前の、堅牢な鉄格子すら破壊できるかもしれない。


______呼吸を整える。


 成功する保証はない。できないかもしれない。

 だが、今はやってみるしかない。


 想像するのは、巨大な火球。

 小さな太陽──とまでは至らない。

 それでも、小屋一つを燃やし尽くすほどの炎。

 

 目を閉じて、身体の奥へと意識を向ける。


 あのときの感覚を思い出せ。

 自分の身体の奥底で、静かに渦巻いている何かを。

 その何かへ手を伸ばすように──引き寄せろ。


「──っ」


 身体の奥から、僅かな熱が這い上がってきた。


 これだ。

 『ヴォル』を使ったときにも感じたもの。

 これを、右の掌へと寄せ集める。


 集められた熱が、その温度を増していく。

 だが、まだ足りない。

 あのとき以上だ。もっと引き寄せろ。


 俺はさらに意識を深める。

 身体の奥底から、力を引きずり出す。


 掌が、焼けるように熱くなる。

 ぬるま湯ではない。沸騰した熱水に浸しているようだ。


______いける。


 できる。

 俺は、そう確信した。


「──‘’ヴォルトナ‘’」


 その名を口にした、次の瞬間。

 意識が強く引っ張られ、宿った熱が急速に失われていく。

 掌の先には、巨大な炎が揺らめいて──。


______ふっ。


 何事もなかったかのように、消えた。


「......」


 残ったのは、冷たい掌だけだった。

 俺は、しばらくその手を見つめていた。


「やっぱり」


 胸の奥が、重く沈んでいく。

 できると、思った。


 でも──。


「俺には......」


「──無駄だ」


 唐突に、背後から声がした。


「......え?」


 振り返る。

 そこには、牢の壁に背を預けたまま、こちらを見つめるレントの姿があった。


「ここじゃ、魔術は使()()()()んだ」


「──使()()()()?」


「ああ」


 レントは顎で、牢獄の壁を指し示す。


「牢獄全体に、特殊な対魔構造が施された『オルテミス』が張られてる」


 そして、少し呆れたように笑う。


「今のが、その証拠だ」


 どこか聞き覚えのある呪文だった。

 確か、メルトナが何度か使っていた結界魔術に似ている。


 名前からして、恐らくその上位互換といったところか。

 それに、対魔構造......。


「じゃあ、魔術は全部、使ったところで効力を失うってことか?」


「そういうことだ」


 そう言うと、レントは両手をひらひらと上げた。


「武器も全部、取り上げられる。おまけに魔術も使えねえ」


 そして、皮肉げに笑った。


「つまり、囚人には抗う手段なんざ残されてねえってことだ」


「......」


 出られない。

 その事実に、胸の奥が冷たくなった。


 メルトナを助けたい。

 そう思ったところで、俺にはここから脱出することすらできないのか。


「──こっから出る方法がねえわけじゃない」


「......あるのか?」


「ああ」


 レントは牢獄の天井を見上げる。


「この『オルテミス』は、無条件に張られているわけじゃねえ」


「......維持してる仕組みがあるってことか?」


「そうだ。それが、‘’魔晶石‘’だ」


 その言葉に、俺は目を見開いた。

 魔晶石か。恐らくは魔力を宿した石のことだろう。


「牢獄のどこかに設置された魔晶石が、『オルテミス』の術式に魔力を流し込み続けてるんだ」


 なるほど。それが乾電池のような役割を果たしているのか。

 

「だから、それを壊せばいい」


「......ちょっと待て」


 壊すと口にするのは簡単だ。


 だが、俺たちは牢屋に閉じ込められていて、牢獄内を自由に動くことができない。

 それに、武器も持っていない。

 不可能も同然だ。


「無理だろ、俺たちじゃ」


「そうだ。()()()にはな。

──だから、()()()()んだ」


「──っ」


 だから、外部からの干渉(エルマ)を待つしかない。

 そのことは、言わずとも理解できた。

 

 だが──。


「俺は、エルマから魔晶石の話は聞いてないぞ」


「そりゃ、()()()()()()からさ」


「......あ?」


「牢獄内で魔術が使えなくなるのは、俺たち囚人だけだ」


「......そんな選定ができるのか?」


「元になってるのが上位魔術だからな。効果対象を絞るくらいはできるんだろう。

──それに、そうでもねえと衛兵まで魔術が扱えなくなるだろ?」


 言われてみれば、その通りだ。


 もし牢獄にいる人間すべての魔術を封じるのであれば、ここを守る衛兵たちまで魔術を扱えなくなる。

 牢獄を守る側にとって、それはあまりにも大きな欠陥だ。


「あと、ヘンデル達は武器を担いできてただろ?

なら、わざわざ魔晶石を壊すなんてリスクを冒す必要ねえ」


「......そりゃ確かに」


 正論にぐうの音もでない。

 エルマが何も言わなかったのも、単純に必要がなかったからなのかもしれない。


______だが。

 その考えを素直に受け入れることはできない。

 俺にはまだ、エルマへの疑念が残っていた。


「ちなみに、ヘンデル達はどうなってんだ?」


 俺が不貞腐れる前に、レントが疑問を口にした。


「途中で気を失ってたから、詳しいことはわからない。

──ただ、童話兄弟なら別の牢屋にいた」


「どう......?」


 しまった。

 いつもの癖で、つい口にしてしまった。


「すまん、深い意味はない。ヘンデルとグレーゼルのことだ」


「......そうか。まあいい。

──いや、よくねえけど」


 その通りで、状況は最悪だ。

 セルフ突っ込みを挟みつつ、レントは続けた。


「じゃあ、アッシュは?」


「......分からない。捕まってるかもしれない」


「......そうか」


 レントの表情が僅かに強張る。


 アッシュ。

 あの男が、今どこで何をしているのか。

 俺にも、それを知る術はなかった。


「──今更だけど、エルマが捕まってる可能性だってあるくないか?」


「ん? ああ、それなら心配いらねえ」


 レントは、まるで当然のことを聞かれたかのように答えた。


「あいつは捕まらない」


「お前のその、絶大な信頼はどこから来てんだよ......」


「へっ、『盗賊舐めんな』っちゅうわけよ」


 自信満々に言い切るレントを見て、俺は思わず眉をひそめた。

 こいつらは本当に、似たようなことばかり喋るな......。


「まあ、とにかくエルマは絶対ここへ来る。

あいつが魔晶石を破壊したとき。それが反撃の狼煙だ」


「......」


 俺はすぐには答えられなかった。

 エルマが来る。

 レントはそう信じて疑ってない。


 だが──俺にはまだ分からなかった。

 あいつが本当に俺たちを助けに来るのか。

 

 疑念は消えない。

 それでも、メルトナを助けるには、エルマを信じるしかない。


※ ※ ※ ※ ※


 それから、どれほど時間が経っただろう。

 牢獄には、相変わらず重苦しい静寂が漂っていた。


 俺は石壁に背を預けたまま、何をするでもなく時間をつぶしていた。

 レントも、しばらく口を開かなかった。

 ただ、時折聞こえてくる足音だけが、この場所に時間が流れていることを教えてくれた。


______そんなときだった。


「......?」


 暗闇の向こうから、微かな声が聞こえた。

 最初は、何を言っているのかわからなかった。


 だが、次の瞬間。


「──侵入者だ!」


 牢獄中に響き渡るような怒号が轟いた。

 続けざまに、いくつもの足音が響き始める。


 慌ただしく駆け回る音。

 怒鳴り声。

 何かがぶつかるような、激しい物音。


 静寂に包まれていた牢獄が、一瞬にして騒然とした。


「......」


 俺は、ゆっくりと顔を上げた。


 隣を見る。

 レントは、口元を吊り上げていた。


「......来たな」


 その言葉を聞いた瞬間。


「......あ」


 ふと、妙な違和感を覚えた。

 何かがおかしい。


 うまく言葉にはできない。

 だが、まるで耳に詰まっていたものが突然抜けたような。

 あるいは──今まで自分を縛り付けていた何かが、消えたような。


「いや──そういうことか」


 少しして、俺は理解した。

 『オルテミス』の効力が、失われたのだ。


______気づけば俺は、掌を鉄格子の向こうへと掲げていた。


「──‘’ヴォルトナ‘’」


 瞬間。

 掌から、凄まじい熱量が迸った。


______ゴォォン!!


 刹那に訪れたのは、轟音。

 炎が鉄格子を呑みこみ、赤熱した鉄が大きく歪む。


 やがて。


______ガァンッ!


 鉄格子が、根元から弾け飛んだ。

 ......俺にも、できた。成功だ。


「......行くぞ」


 レントが、微かに笑いそう呟く。


「ああ」


 俺たちは、燃え残る鉄格子の向こうを見据えた。

 ──反撃の狼煙が、上がった。

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