第十二話「決行」
「それで、具体的にはどうするんだ?」
俺が尋ねると、エルマは机に置かれていたパンを一つ摘み、街の見取り図を指でなぞった。
「まず、あたしら全員で、前に話した場所へ向かう」
「排水路の入口だな」
俺が先に答えると、エルマは頷いた。
「ああ。そこから牢獄の裏口まで進む」
エルマは見取り図の上を指で進める。
「問題は、牢獄へ入ってからだ」
「陽動を始めるんだな」
俺が続けると、エルマは口の端を吊り上げた。
「話が早くて助かるぜ。牢獄に入ったら、あたしらが衛兵どもの注意を引く。
アッシュ、ヘンデル、グレーゼル。それからあたしで、牢獄の中を派手に引っ掻き回す」
「おう!任せろ」
「了解した」
「......うん」
アッシュ、ヘンデルがすぐさま返事をする。
グレーゼルも小さく頷いた。
「衛兵があたしらを追いかけ回してる間に、チハルとメルトナは牢獄の別区画からレントの所へ向かう」
俺はメルトナと顔を合わせた。
「俺たち二人で?」
「ああ。前も言ったとおり、お前らはできるだけ戦闘を避けて、レントのいる牢屋まで行って連れ出してくれ」
「牢屋の場所は?」
「それなら心配いらねえ」
エルマは懐から小さく折り畳まれた紙を取り出し、机の上へ広げた。
「これが地下牢獄の見取り図だ。レントがどこに入れられてるかも分かってる」
そこには簡素ではあるものの、牢獄内部の構造が明瞭に記されていた。
「......お前、そんなものまで持ってるのか」
四〇元ポケットかってぐらい、こいつの懐は便利だな......。
「へへっ──盗賊舐めんな、っちゅうわけよ」
エルマは自慢げに胸を張りながら、鼻をさすった。
他の三人もどこか誇らしげな表情をしている。
──盗賊、恐るべし。
「レントは地下牢の一番奥だ。衛兵の数も多い場所だから、正面から行こうとすりゃあまず捕まる」
「だから陽動、か」
「そういうこと」
正直、簡単な作戦とは思えない。
昨日だって、俺たちは衛兵から逃げるだけで精一杯だった。
その衛兵が警戒を強めている今夜、牢獄へ侵入する。
失敗すれば、今度こそ逃げ場はないだろう。
それでも──。
「レントを、必ず連れ出そう」
俺は改めて、目の前にいるエルマたち盗賊団の面々を見渡した。
昨日出会ったばかりの俺たちを匿い、メルトナが竜族だと知っても仲間として受け入れてくれた。
そんな彼らの姿を見ているうちに、俺たちもただ助けてもらうだけではなく、力になりたいと、そう積極的に思えるようになった。
「はい」
メルトナも俺の言葉に続き、静かに頷いた。
「おうよ!」
「ああ」
「......うん」
三人の返事も続く。
「よし。その意気だ」
エルマの口元に、満足げな笑みが浮かんだ。
「ただし、一つだけ忘れんなよ」
「「?」」
彼女は見取り図を指で叩いた。
「目的は、あくまでレントを連れ出すことだ。
衛兵を全員ぶっ倒す必要なんてねえ」
「......無論、承知しているよ」
エルマの注意喚起に、ヘンデルが了承を示す。
「ならいい。陽動組はできるだけ派手に暴れて、二人から注意をそらす。
──それ以上は、状況次第だ」
エルマはアッシュたちへ視線を向けた。
「危なくなったら、無理せず逃げろ。
捕まっちまったら元も子もねえからな」
「おう、任せとけ!」
アッシュが拳を握る。
「まあ、最悪の場合はエルマの切り札があるからね」
ヘンデルが何気ない調子で口を挟んだ。
「......切り札?」
思わず聞き返す。
「──まあ、そんときになりゃわかるさ」
何のことかわからず首を傾げる俺をよそに、エルマは再び見取り図へ目を落とした。
「それと、チハル、メルトナ。
お前らはレントを見つけたら、できるだけ騒ぎを起こさずに戻ってこい」
「了解」
「承知しました」
「合流場所は、排水路の入口だ。そこで全員揃ってから街の外へ出る」
俺は頭の中で、もう一度道順を思い浮かべる。
排水路から牢獄へ侵入。
陽動を開始。
その隙に俺とメルトナが最奥の牢屋へ向かい、レントを救出。
そして、再び排水路を通って脱出する。
単純といえば単純だ。
だが、相手は衛兵。
しかも今夜は、昨日の侵入者を警戒している。
少しでも歯車が狂えば、全員が捕まる可能性だってある。
「......本当に、今夜やるんだな」
俺が呟く。
「ああ」
エルマは力強く即答した。
「さっきも言った通り、今朝の騒ぎで衛兵どもはもう動き始めてる。
明日になりゃあ、牢獄の警備だって今より厳しくなるだろうよ」
そこで一度言葉を切り、エルマはニヤリと笑った。
「だったら、まだ連中が『何を警戒すりゃいいのか』分かってねえ今夜のうちにやる」
「......なるほど」
「それに──」
エルマの表情が、ほんの少しだけ真剣になる。
「......あたしは、はやくレントに会いてえんだ」
その言葉に、誰も口を挟まなかった。
「よし」
エルマは見取り図を畳み、懐へしまう。
「じゃあ、これ以上話しても仕方ねえ」
そう言って立ち上がる。
「夜まで英気を養っとけ」
エルマは全員を見渡し、二ッっと笑った。
「──心にガッツ、決めとけよ!!」
「また、それかよ」
思わず皆が苦笑する。
「いいから寝とけってことだよ!!」
「わかったわかった」
こうして、レント救出作戦の打ち合わせは終わった。
残された時間は、あと僅か。
______決行は、今夜だ。
※ ※ ※ ※ ※
______夜の帳が、再びロミエットの街を覆う頃。
俺たちは人気のない路地を抜け、街の東側へと足を運んでいた。
行きついた先にあったのは、朽ちかけた石造りの排水路だった。
「ここだ」
エルマが周囲を見渡し、声を潜める。
「この先を進めば、地下牢獄へ繋がってる」
俺は目の前にぽっかりと口を開けた、半円状の大穴を覗き込む。
人が何人並んでも余裕があるほどの巨大な入口だ。
その奥は暗闇に沈み、どこまで続いているのかまるでわからない。
「さあ、行くぞ」
エルマが先頭に立ち、排水路の中へ足を踏み入れた。
続いて、俺、メルトナ、アッシュ、ヘンデル、グレーゼルがその後に続く。
中へ入った瞬間ひやりとした空気が肌を撫でた。
「……寒いな」
外とは比べ物にならないほど気温が低い。
壁や天井にはびっしりと水滴が付着しており、時折、ぽつり、ぽつりと滴り落ちてくる。
──ぽちゃん。
静まり返った排水路に、水音がやけに大きく響いた。
「足元、気をつけろよ」
エルマが前を向いたまま言う。
「滑ったら、全員まとめて水浸しだからな」
「そりゃあ、勘弁してほしいな」
アッシュが苦笑する。
「こんなところで濡れ鼠になったら、牢獄へ着く前に風邪引いちまう」
「盗賊が風邪を心配してる場合かい?」
ヘンデルが小さく笑う。
「へっ、身体が資本なんだよ」
「……ふふ」
メルトナからも、かすかな笑い声が漏れた。
緊張していた空気が、ほんの少しだけ和らぐ。
「……なあ」
俺は前を歩くエルマに声をかけた。
「レントって、どんな奴なんだ?」
「ん?」
エルマが振り返る。
「昨日から名前は聞いてるけど、俺はまだ会ったことないからさ」
「ああ……そういやそうだったな」
エルマは少し考えるように黙り込み、それから笑った。
「馬鹿で、無鉄砲で、すぐ無茶しやがる奴だよ」
「……それ、エルマさんと似てません?」
メルトナが何気なく言った。
「おい」
「ふふっ」
今度はアッシュたちからも小さな笑いが漏れる。
「まあ、否定はできないね」
ヘンデルが肩を竦めた。
「うるせえなぁ」
エルマは苦笑しながら前へ向き直る。
「でもな……」
その声が、少しだけ柔らかくなる。
「根っこのところじゃ、誰より仲間思いなんだ」
「……なら、そこも含めてお前にそっくりだな」
俺は小さく呟いた。
それなら、なおさら助け出さなければならないだろう。
______そんなことを考えながら、俺たちはさらに奥へと進んでいく。
排水路はどこまでも続いていた。
壁を伝う水滴。
足元を流れる浅い水。
遠くから聞こえる、何かを引きずるような音。
それ以外には、何もない。
先ほどまでの会話も次第に途切れ、俺たちは黙々と歩いていた。
______そのときだった。
「……」
先頭を歩いていたエルマが、突然足を止めた。
「……エルマ?」
俺たちも足を止める。
エルマは、答えない。
ただ、排水路の奥を見つめていた。
「どうした?」
アッシュが尋ねる。
「……」
エルマは微動だにしなかった。
ただ、暗闇の向こうを見つめている。
その視線の先に何かあるのか。
俺にはまだ見えなかった。
______やがて、その肩が僅かに震え始める。
「......んで」
掠れた声が、暗闇の中へ落ちた。
「エルマさん?」
「......なんで」
エルマの声が震えている。
いつもの軽口も、余裕のある笑みもない。
ただ、目の前にある何かを信じられないとでもいうように、呆然と立ち尽くしている。
「どうしたんだよ」
俺が一歩前へ出る。
エルマはゆっくりと、震える手を上げた。
その指先が、排水路の奥を指し示す。
「──なんで、てめぇがここにいやがるんだ」
その先。
暗闇の中に、人影があった。
______いつからそこにいたのか分からない。
だがそれは、まるで最初から俺たちを待っていたかのように。
白い髪。
深く刻まれた皺。
そして、左の顔を大きく走る古い傷跡。
その老人は微動だにせず、こちらを見つめていた。
「……」
老人の眼差しが、俺たちを射抜く。
ただ見つめられているだけなのに、まるで首筋に刃を突き付けられているようだった。
──眼差しだけで、人を殺せるのではないか。
そう錯覚するほどの威圧感だった。
______ゆえに誰も、声を発することができなかった。
「……っ」
隣から、息を呑む音が聞こえる。
メルトナだ。
彼女の顔から、みるみる血の気が引いていく。
その男を見つめる紅い瞳が、大きく見開かれていた。
「来たか、薄汚い盗人ども。──そして」
老人が、満を持したかのように口を開く。
「──久しいな、竜王の娘よ」
その一言が、静寂に沈んだ排水路を震わせた。




