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転生社不の更生録  作者: 弥生
第一章 「血染めの国と竜の導き手」
13/20

第十一話「不安の中で芽生えた友情」

______眩しい。


 閉じた瞼の向こうから差し込む光に、俺はゆっくりと意識を引き戻された。


「......ん」


 重たい瞼を持ち上げる。


 見慣れない天井。

 粗末な木造の部屋。

 そして、隣には──。


「......メルトナ?」


 彼女は、すでに起きていた。

 ベッドの脇に立ち、長い髪を整えながら身支度をしている。


「あ、おはようございます。チハルくん」


「おはよう」


 俺は寝ぼけたまま、窓へ視線を向ける。

 差し込む陽光は、朝とは思えないほど高い位置にあり、その輝きを増していた。


「......今、何時だ?」


 ボソッと、そう呟く。

 部屋に時計なんてものはない。

 それでも、あの天高く上る光を見れば、今が朝ではないことくらいは分かった。


______どうやら、相当深く眠っていたらしい。


 昨日は一日中歩き回ったうえ、襲撃に巻き込まれ、街へ逃げ込んでからも衛兵に追われ続けた。

 それだけの疲労が、長い眠りでようやく身体から抜けていったのだろう。


 メルトナは髪を整え終えると、傍らに置いていた外套へ手を伸ばした。

 と、そのとき。


「──おーい。起きてるか?」


 扉の向こうから、聞き覚えのある声が響いた。


「......エルマさんでしょうか」


「ああ、たぶ──」


 俺が答えようとするよりも前に。

 メルトナが反射的に外套を掴み、頭からすっぽりとフードを被った。


「おーい」


 コンコンと、今度は扉を叩く音も加わった。


「......」


 メルトナはフードの縁をそっと引き下げ、角と耳、そして目元が隠れていることを確かめるように整えた。


「メルトナ、大丈夫か?」 


「──はい。大丈夫ですよ」


 だが、そう答える声はいつもより少しだけ硬かった。

 俺はそんな彼女を気にかけながらも、ドアノブに触れた。


「ったく、さっさと起きろ──って、なんだ。もう起きてんじゃん」


 扉を開くなり、エルマが呆れたような声を上げた。


「おはようございます。エルマさん」


「おう、おはよ。よく寝てたみてえだな」


「ああ。おかげでかなり楽になったよ」


 俺がそう答えると、エルマは満足げに頷いた。


「そりゃよかった」


 そう言いながら、彼女の視線はメルトナの方へ向いた。

______より正確には、深く被られたフードの奥へ。


「──昨日からずっとそれ被ってたのは、()()()()()()だったんだな」


「なっ......」


 メルトナの身体が、僅かに強張った。


 俺も思わず息を呑む。

______どうして、分かった?


 昨日からメルトナがフードを被っていたのは確かだ。

 だが、それだけで彼女が何かを隠していると察するのは難しいだろう。


 そもそも、俺たちはその理由をエルマに話してなんかいない。

 メルトナも同じ疑問を抱いているのか、フードの奥から警戒の視線をエルマへ向けていた。


「......どうして、それを」


「まあ、ちょっと事情があってな」


 エルマは軽く肩を竦める。


「事情......?」


 その瞬間だった。


 メルトナの手が、僅かに動いた。

 外套の下へ差し込まれた手。

 その動きには、明らかな警戒が滲んでいる。


「メルトナ──?」


 俺が声をかけるより早く、エルマが両手をひらひらと振った。


「ま、待て待て! 別にあんたらをどうこうしようって話じゃねえよ!」


「......」


「むしろ、こっちも色々と面倒なことになってんだ」


 メルトナは手を下ろさない。

 その瞳には、未だに鋭い光が宿っている。


「......ならば、なぜ」


「だから、事情があるんだって」


 エルマは困ったように頭を掻いた。


「今朝、街で妙な騒ぎがあってな」


「騒ぎ?」


「ああ。そんで今、衛兵が街中を見回ってんだよ」


 エルマの表情から、いつもの軽薄な笑みが消える。


「どうやら昨日の夜、街へ侵入した二人組について、衛兵から報告が上がったらしい」


 俺の胸が、嫌な予感にざわついた。


「二人組って......俺たちのことか?」


「そういうこと」


「......」


「まあ、ただの侵入者なら、衛兵どもがこんなにウジャウジャ湧くことはねえんだよ。

だが──」


 エルマは再び、メルトナの方へ視線を向ける。


「とある男が、その侵入者をエルド山脈から逃げてきた‘’竜族‘’じゃねえか、って考えてるらしいんだ」


______竜族。


 昨日から何度か耳にした言葉だ。

 だが、エルマの口から出たその一言には、妙な重みがあった。

 まるで、ただの種族名を口にしただけではないような──そんな感覚。


______しかしそれ以上に俺が気になるのは、エルマのいう()()()()という人物。


 一体、誰のことだ?

 真っ先に浮かんでくるのは、昨日襲ってきた連中だ。


 あの剣を持った細身の男──ロッゾか。

 それとも、あの大男だろうか。

 ──あるいは、俺たちの知らない別の誰かがいるのか。


「その、とある男って?」


「......」


 エルマは少し言い淀んだあと、意を決したかのように口を開く。


「──ツェルニア最強の英雄、ヴェノッサだ」


 その名が紡がれた瞬間。


「──っ」


 隣から、小さく息を呑む音が聞こえた。


「......メルトナ?」


 振り向く。


 そこには、先ほどまでとは明らかに違うメルトナの姿があった。

 顔から血の気が引いている。

 フードの奥から覗く瞳は大きく見開かれ、その身体は微かに震えていた。


「どうしたんだ?」


「......」


 彼女は何も答えなかった。

 ただ、何か恐ろしいものの名を聞かされたかのように、怯えた表情で俯いている。


「なんでか分かんねえが、そいつは今この街にいる」


 ──ヴェノッサ。

 俺にとっては聞いたこともない名前だった。

 だが、最強の英雄という称号に、二人のこの反応──只者ではないことは確かだ。


「──てなわけで、まあ......大体察しはついたんだよ」


 メルトナは変わらず何も答えなかった。


 彼女はただ、フードの奥からエルマを見つめている。

 その瞳には、恐怖や警戒、そして僅かな戸惑いの色が入り混じっていた。


 竜族であることを知られた。

 それが、彼女にとってどれほどの意味をもつのか──俺にはまだわからない。


「特に姉ちゃんに関しては、街に手配書が出回ってる。

──多額の懸賞金までかけられてるらしいぜ」


「懸賞金......」


 思わず呟く。

 

 強行突破ではあったものの、衛兵を殺したわけでもなく、ただ街へ入っただけだというのに。

 それが、竜族だというだけでここまでの騒ぎになるのか。


 俺が言葉を失っていると、エルマはメルトナへ向き直った。


「──けどな」


 その声色は、昨日と変わりないものだった。


「だからって、あたしらが姉ちゃんを捕まえて引き渡す理由にはならねえんだよ」


「え......?」


「昨日も言っただろ」


 エルマはニっと笑う。


「『仲間は金じゃ買えねえ』ってさ」


「......」


 メルトナは口を開こうとする素振りを見せなかった。

 彼女はただ、信じられないものを見るように、エルマを見つめている。

 しかし、警戒が薄れたのは確かなようで、硬い姿勢が少しだけ緩む。


「安心しろ、誰にも言わねえ」


 メルトナはしばらく俯いたままだった。

 だが、やがて肩の力を抜き、ほっと一息つく。


「......ありがとうございます」


「ああ。気にすんな」


 エルマはそう言うと、ふと思い出したようにメルトナを眺めた。


「......なぁ」


「はい?」


「そのフード、取ってくれねえか?」


「え──?」


「いや、ほら。昨日からずっと顔を隠してんだろ?

一応、ちゃんと顔くらい見ておきてえんだよ」


「......」


 メルトナは戸惑いながらも、フードの縁へ手をかけ、恐る恐る後ろへ下ろした。

 隠されていた金色の長髪が、肩へさらりと落ちる。


 頭から伸びる二本の角。

 細長く尖った耳。

 そして、縦に裂けた瞳孔を持つ紅い瞳。


 そのすべてが、露わになった。


「──お、おぉ......」


 エルマの口から、間の抜けた声が漏れた。

 次の瞬間。


「ひぃっ......」


 彼女は後ずさり、そのまま尻餅をついた。


______こいつですら、この反応か。

 それだけ竜族という存在は人間に恐れられているのか。


「──エルマさん?」


「す、すまん。大丈夫だ」


 慌てて立ち上がる。

 そして、再びメルトナをじっと見つめる。


「......まあ」


 少しだけ引きつった笑みを浮かべた。


「まだちょっとおっかねえけどよ」


 そう言って、エルマは右手を差し出す。


「そのうち慣れるだろ」


「......」


 メルトナは差し出された手をじっと見つめる。


「ほら」


 彼女は促されるまま、恐る恐るその手を握った。


「これからよろしくな」


「......はい」


 メルトナの表情が、ほんの僅かに和らいだ。

 そんな二人の様子を眺めながら、俺は何とも言えない気持ちになっていた。


「──そういやさ」


 エルマがふと、俺たちを交互に見る。


「まだ、名前聞いてなかったな」


「......あ」


 そういえば、昨日は聞くだけ聞いて、こちらは名乗っていなかった。


「俺は、チハル・スズミヤ。チハルでいいよ」


「私はメルトナと申します」


「チハルにメルトナ、か」


 エルマは俺たち二人の名前を口の中で転がすように呟く。


「よし──改めてよろしくな。歓迎するぜ、チハル、メルトナ」


「ああ」


「はい」


 ひと悶着あったが、こうして俺たちはその仲を深めることができた──と、次の瞬間。


「ぐぅぅぅ......」


「──え?」


 妙に大きな音が、部屋の中に響き渡った。


「「............」」


 俺とエルマの視線が、同時にメルトナへと向く。

 彼女は赤面しながら、気まずそうに俯いていた。


「す、すみません......」


「わはははっ! なんだよ、竜族だってのに可愛い反応すんじゃねえか!」


「わ、我々は、人間やエルフと比べて代謝が高いんです......」


 エルマは腹を抱えて豪快に笑った。

 恥じらうメルトナは俺も初めて見たよ。可愛い。


「まあまあ、しばらくまともに食ってねえんだろ? そりゃ腹も減るさ」


「......はい」


 あれだけ動き回っていたのだから、腹が減るのも当然だ。

 気づけば俺も、胃の奥が締め付けられるような空腹を覚えていた。


「よっしゃ、決まりだ!」


 エルマはパンと手を叩いた。


「歓迎会も兼ねて、昼飯にするぞ!」


「歓迎会って......俺たちは別に、盗賊になるわけじゃないぞ」


「細けえことは気にすんなって。仲間には変わりないだろ?」


 まあ、成り行きとはいえ一応、協力関係ではある。

 それに、こいつが仲間と呼んでくれるのも、悪い気はしない。


「飯くらい、腹いっぱい食わせてやるよ」


「......ありがとうございます」


 メルトナが小さく頭を下げる。


 エルマに急かされるまま、俺たちは部屋を出た。

 廊下の先からは、すぐに何人かの話し声が聞こえてくる。


______こうして俺たちは、エルマたち盗賊団の仲間たちと、初めて食卓を囲むことになった。


※ ※ ※ ※ ※


 昼食の用意が済むと、俺たちはエルマ盗賊団の面々と共に食卓を囲んでいた。


 大きな机を囲むのは、俺を含めて、全部で六人。


「改めて紹介するぜ。こいつがアッシュだ」


「おう!よろしくな!」


 アッシュというその男は、日光をたっぷり浴びた褐色肌で、俺より一回り以上大きかった。

 太い腕に盛り上がった肩。服の上からでも分かるほど、全身が鍛え上げられている。

 あと、ハゲてた。


「こっちはヘンデル」


「よろしくね」


 赤い髪をした細身の男が、軽く手を上げる。

 細身とはいえ、その身体には無駄のない筋肉がついていた。

 腰には一本の剣が差してある。


「で、こいつがグレーゼル。ヘンデルの弟な」


「──よろしく、お願いします」


 兄と同じく剣を携えた、青髪の男。

 兄弟というだけあって見た目こそ似ているが、兄よりもどこか奥手な雰囲気がある。


 ......しかし、ヘンデルとグレーゼルか。

 二人揃うと、ややもどかしさの残る名前だな。

 童話兄弟とでも呼んでやろう。


「......で、そっちの姉ちゃんが、例の?」


 はじめに、筋肉ダルマのアッシュが興味深そうに身を乗り出す。


「ああ、メルトナだ。──いい奴だぜ」


「へえ......」


 アッシュはしばらくメルトナの顔を眺めると、やがて豪快に笑った。


「はは!! 随分なべっぴんさんだな!!」


 そう言ってから、ちらりとエルマへ視線を向ける。


「エルマが認めたんなら、俺も文句はねえよ。

──お前たち、歓迎するぜ」


「ああ」


「ふふ......ありがとうございます」


 メルトナが少し照れたように微笑む。


「正直、俺も竜族ってのはもっと恐ろしい奴らだと思ってたんだがな。

実際に喋ってみりゃあ、案外普通の人間と変わらねえじゃねえか」


 アッシュの言葉に、メルトナの表情が僅かに和らぐ。


「まあ、僕たちだって同じようなものだろう」


 隣で赤髪の男──ヘンデルが苦笑した。


「見た目だけで判断するなって、エルマに散々怒られてきたからね」


「おいヘンデル! 余計なこと言うんじゃねえぞ!」


 エルマが眉をひそめ、プンプンと怒った。

 相変わらず見た目のせいで迫力に欠ける。


「はは、ごめんごめん」


 ヘンデルは笑いながらメルトナへと向き直った。


「改めて、僕はヘンデル。二人とも、よろしくね」


「ああ、よろしく」


「はい。こちらこそ、よろしくお願いします」


 俺たちは互いに軽く頭を下げ合った。

 アッシュにヘンデル。エルマの采配のおかげか、二人ともメルトナとの感触は悪くない。

 そう考えると、あいつが頭というのも納得が──いくような、いかないような。


______その一方で、青髪の男──グレーゼルは、どこか釈然としない様子で黙り込んでいた。


「......」


「グレーゼル?」


 エルマに呼ばれ、彼はようやく顔を上げる。


「はは、わりぃな二人とも。グレーゼルはちっと臆病なんだよ」


「ああ......うん」


 エルマの言葉を気にも留めない様子で、グレーゼルはしばらくメルトナをじっと見つめていた。

 彼の表情には、ヘンデルやアッシュほどの気安さはなかった。


「......竜族が、街にいるなんてね」


「まあまあ、グレーゼルの気持ちもわかるよ。

──でも、彼女はこうして丁寧に接してくれている」


 見かねたヘンデルが、兄らしくグレーゼルをなだめた。


「ならば、こちらも相応の態度を示そうじゃないか」


「兄さんが、そういうなら......」


 そうは言いつつも、グレーゼルは少しだけ目を伏せ、それ以上は何も言わなかった。


「よし、話はまとまったな!」


 再びエルマがパンと手を叩き、しんみりとしていた雰囲気を仕切り直した。

 ──こいつのカリスマ性だけは認めざるを得ない。


「せっかくの飯が冷めちまうだろ、食うぞ!」


「そうだな!」


 アッシュが豪快に笑い、机の中央に置かれた豪勢な料理へ手を伸ばした。

 俺たちもそれに続き、しばらくは他愛もない話をしながら食事を続けるのだった。


______ひと通り腹が満たされたところで、エルマがふと真剣な顔を見せた。


「──さて」


 彼女は机の上へ肘をつく。


「そろそろ本題に入るぞ」


 その言葉に、アッシュたちの表情も引き締まった。


「レントの救出作戦だ」


「……今夜、やるのか?」


 俺が尋ねる。


「ああ」


 エルマは迷いなく頷いた。


「むしろ、今夜しかねえ」


「でも、昨日より衛兵の見回りが増えてるんだろ?」


「だからこそだ」


 エルマは街の外へ通じる方角を見やるように、視線を上げた。


「今朝の騒ぎで、衛兵どもは間違いなく警戒を強めてる。

時間が経てば経つほど、見回りは厳しくなるだろうな」


「……なるほど」


「今夜を逃せば、次に隙ができる保証はねえ。

それに、レントがいつまで無事でいるかも分からねえしな」


 エルマはそう言うと、全員を見渡した。


「だから──予定通り、今夜決行する」


 その言葉に、食卓の空気が僅かに変わった。

 つい先ほどまでの和やかな歓迎会が、終わりを告げたような気がした。

童話兄弟の名前、ヘンゼルorグレーテルって間違えてたら指摘お願いします。

自分で名付けておいてアレなんですが、すっごいややこしい。

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