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転生社不の更生録  作者: 弥生
第一章 「血染めの国と竜の導き手」
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第十話「ありがとう」

 交渉に成功し、エルマはご機嫌な様子である。


「んじゃ、詳しい話をしようじゃねえか」


 彼女は近くにあった椅子へ腰を下ろすと、懐から古い巻紙を取り出し、それを机の上にバっと広げた。


「こいつはここ、『ロミエットの街』の概略図だ」


 広げられた古紙には、街の大まかな区画と主要な道が簡素な線で描かれている。


「まず、仲間が捕まってんのは街の東側にある地下牢獄だ。見張りは昼より夜の方が少ねえ」


「......で、どうやって侵入するんだ?」


「へへ、よくぞ聞いてくれた」


 エルマはニヤリと笑った。

 よほど策に自信があるのだろうか。聞かせてもらおう。


「裏手にある古い排水路を使う。

昔は街の外まで繋がってたらしいんだが、今は途中で塞がってる。

けど、牢獄までは通じてるんだ」


「なるほど......」


 排水路か。

 前の世界でも、脱獄といえばそういった地下道や下水道を利用するイメージがある。

 うん、だんだんと様になってきたな。


「侵入後は、あたしらが見張りを引きつける。

その隙にあんたらが牢屋に入って、仲間を連れだす」


「俺たちが?」


「おう。あたしらだけじゃ、見張りの注意を引くだけで精一杯なんだ。

そこで、あんたらの出番ってわけ」


「──ちょっと待て」


 俺は思わず口をはさんだ。


 エルマのいう役割分担なら、俺たちが見張りを相手にする必要もない。

 彼女らが注意を引き寄せてくれる分、俺たちの負担も少なく済む。

 作戦としては十分理にかなってると思うし、そのくらいの手助けなら俺にもできるだろう。


 だが──肝心なところで、問題が一つある。


「仲間を連れ出すってのはいいけど、俺たちはそいつの顔も名前も知らないぞ」


「ああ、そりゃそうか」


 エルマは一瞬だけ目を丸くすると、すぐに思い出したように口を開く。


「そいつの名前はレント。

──銀髪で、碧い目をしてる。背丈は兄ちゃんと同じくらいだ」


「......それだけ?」


「それだけありゃ、十分だろ」


 エルマはケラケラと笑った。

 まあ確かに。よくよく考えてみると、その特徴はかなり目立つ。


「それにあいつなら、あたしの名前を出せば察してくれる。

兄ちゃんが声をかけりゃ、間違いなくついてくるさ」


 そこまで聞いて、俺はようやく具体的なイメージが湧いてきた。


 レントという男を牢獄の中から探し出し、連れ出す。

 言葉にすれば、それだけの仕事だ。


 だが──。


「なあ、エルマ」


「あん? まだなんかあんのか?」


「そこまでして、そのレントって奴を助けたいのか?」


 エルマが首を傾げる。


「──そりゃ、どういう意味だ?」


「いや......」


 俺は少しだけ言葉に詰まった。


「俺たちを匿うだけでも、お前らには十分なリスクがあるだろ。

それに、牢獄から仲間を逃がすとなれば、失敗したときはただじゃ済まない」


 最悪、エルマたちまで捕まる。

 そんなことくらい、こいつだって分かっているはずだ。


「なのに、そこまでして助けたい理由が俺には分からない」


 盗賊団なのだから、もっと自分たちの利益を優先するものだと思っていた。

 それなのに、こいつらは妙に仲間思いだ。

 盗賊という肩書きと、目の前のこいつらの姿が、どうにも噛み合わない。


「──金になるわけでもないだろ?」


 エルマは、しばらく黙っていた。

 だが、やがて──。


「へっ」


 小さく鼻で笑う。


「そりゃあ、金より大事なモンがあるからに決まってんだろ」


「──金より、大事なもの?」


「ああ」


 エルマは椅子の背もたれに身を預け、ニッっと笑った。


「仲間ってのは金じゃ買えねえんだよ」


「......」


「一緒に飯食って、一緒に笑って、時には馬鹿やってよ。

そうやって背中預けてきた奴を、捕まったからって見捨てられんのか?」


 その言葉には、先ほどまでの軽薄さとは違う、妙な重みがあった。


「──あたしは、そんな薄情な真似はしねえ」


 エルマは、そう言い切った。


「無論、お前らに対しても、だ。

協力してくれる以上、あたしらはもう仲間同士なんだからな」


「......そうか」


 俺は、それ以上何も言えなかった。


 仲間。

 その言葉が、妙に胸に引っかかった。


 俺には、そんなふうに迷いなく言い切れる相手がいただろうか。

 前の世界でも、そしてこの世界に来てからも、そんな存在は──


「......」


 隣にいるメルトナへ、ちらりと視線を向ける。

 彼女は何も言わず、ただ静かにエルマを見つめていた。


______それからしばらく、誰も口を開かなかった。


 蝋燭の小さな炎が、静かな室内でゆらゆらと揺れている。

 先ほどまでの騒がしさが嘘のように、部屋には妙な静けさが漂っていた。


 そんな空気を見かねたのか、エルマが小さく息を吐く。


「......まあ」


 そして、ぱんと手を叩いた。


「続きは明日だ」


「明日?」


「おう。こんな時間まで話し込んでても仕方ねえだろ。

──それに」


 エルマは立ち上がると、ぐっと背筋を伸ばした。


「今のお前ら、見るからにクタクタじゃねえか。今日はもう休め」


 その言葉に呼応するように、忘れていた身体中の重さが蘇る。


「──あぁ......」 


 ただでさえ久方ぶりの運動だったというのに、体力を限界まで使い込んだのだ。

 もう、立っていることすら億劫に思えてくる。


「ほら、ついてこい。寝床くらい用意してやるよ」


「......ありがとうございます」


 メルトナが頭を下げる。

 俺もそのあとに続いた。


「ここ使いな」


______案内されたのは、毛皮のベッドが一つだけ置かれた、粗末な部屋だった。


「......ベッド、一つしかないけど?」


「あん? 男女二人組なんざ、一人も同然だろうが」


「──なんだその遠回しな下ネタは!!」


「痛ってえ!! なにすんだ!!」


 ろくでもないボケに思わず頭へチョップ。

 このガキはやはりどこまでもノンデリなようである。


「ガキが──舐めてると潰すぞ」


「んだよ、その決め台詞は......。

あと、あたしは見た目はこんなんだけどな、中身は結構イってんだぞ!」


「......あ?」


 意味が分からず、俺は眉をひそめる。


「エルフってのはな、人間よりずっと長生きなんだよ。

あたしだって、こう見えても二十二なんだぜ!」


 得意げに胸を張るエルマ。


「なっ──同い年......? 俺と、お前が......?」


 思わず声が漏れた。

 

 ──いや、そういえばこいつの見た目、エルフっぽいなとは思っていたんだ。

 でも、言動があまりにも無邪気な子供そのものだったから、つい忘れていた。


 頭では分かっていても、いざそれが現実となると、どうにも納得しづらいな......。


「フフッ......」


 そんなとき、隣から堪えきれないような小さな笑い声が聞こえてきた。


「んだよ、姉ちゃん。何がおかしいってんだよ!」


「フフッ......失礼しました。

先ほどから、お二人の会話が面白くって......」


 口元を抑えながら、メルトナがくすくすと笑っている。


「ははっ......」


 思わず俺まで笑ってしまう。


「てめぇまで笑いやがって......。あたしは真剣に話してるってのに!」


 くだらないやり取りだったが、張り詰めていた空気が和らいだのは確かだった。

 エルマのおかげで、俺たちはようやく肩の力を抜くことができたのだった。


※ ※ ※ ※ ※


 談笑も落ち着いたころには、今度こそ身体の限界がやってきた。


「じゃあな。ゆっくり休めよ」


 そう言い残して、エルマは部屋を出て行った。


 扉が閉まる。 

 途端に、部屋の中が静まり返った。


______俺は改めて、辺りを見渡す。


 粗末な部屋だ。

 置かれている家具も最低限で、簡素なベッドが一つだけ。


「その──嫌でしたら、私は床でも構いませんよ」


 メルトナはフードを脱ぎ、そう呟いた。

 その声色には、安堵と哀愁が混じっているようだった。


「えっ、いや、嫌ってわけじゃ──」


「でしたら──エルマさんの言う通り、一緒に寝ませんか?」


「......」


 改めて意識すると、少し気まずい。

 とはいえ、今更別々に寝るほどの余裕があるわけでもない。


「──じゃあ、お言葉に甘えて」


「はい」


 俺たちは並んで背を向け合いながら、同じベッドに身を任せた。


 毛皮の敷かれた粗末な寝床。

 決して寝心地がよさそうとはいえない。


 それでも──今の俺には、これ以上ないほどありがたかった。


「──今日は、大変な一日でしたね」


「ああ」


 目を閉じる。

 今日一日の出来事が、次々と脳裏に浮かんできた。


 目覚めるとなぜか異世界にいて、メルトナと出会った。

 山を歩き、魔獣に遭遇し、小屋を襲撃され。

 そして、初めて人の暮らす街へ足を踏み入れた。

 なのに、そこでも待っていたのは衛兵からの逃走だった。

 

「......私たち、これからどうなるのでしょうか」


「......さぁ」


 正直、俺にも分からない。


 エルマたちに匿ってもらったとはいえ、状況が好転したわけではない。

 むしろ、これから牢獄へ侵入して、見知らぬ男を助け出すことになる。


______不安がないといえば、噓になる。

 

「何度も言うけど、俺がメルトナのいう『降臨者』だっていう確証はない。

だから、この先のことは何もわからないし、この選択が正しいのかもわからない」


 ふと、ここへ来るまでにメルトナと交わした言葉を思い出す。

 大丈夫だ。俺がなんとかする。導いてみせる。

 そんなことを、何度口にしただろう。


 けれど、実際の俺はどうだ。

 異世界に来てからというもの、メルトナに助けられてばっかりで、自分一人では何もできていない。

 

 そんな俺が、先のこともわからないまま、無責任な言葉だけを並べていた。

 ──我ながら、情けない。


「でも──」


 そんな俺の悩みを、メルトナの言葉がそっと拭い去った。


「私は、街まで来られてよかったと思ってます。こうして、寝床を見つけられたんですから」


「......そうだな」


 俺も、小さく笑った。

 少なくとも、一人ではなくなった。

 それだけで、ほんの少しだけ心が軽くなる。


「おやすみなさい、チハルくん」


「ああ。おやすみ、メルトナ」


 目を閉じる。


 疲労で重くなった身体が、意識を夢の底へと引きずり込んでいく。

 ほんの数秒前まで明日のことを考えていたはずなのに、もう何も考えられない。


「──ありがとう」


 やがて意識が完全に闇へと沈む直前。

 そんな声が、聞こえた気がした。

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