74マモ 悪魔たち
「おかしいぞ……なにかがおかしいぞ」
闇よりもさらに暗き世界。一筋の光も差し込まない空間にて、無数の蟲が蠢くように、細かくガラスを引っ掻くような声がどこからか聞こえてくる。
光の差し込まない世界では、声のみが自身の存在を示す。そして声だけではあるが、その存在ははっきりと何者かを教えてくれる。
闇よりも暗く、嫉妬や憎しみなどよりもさらに深い負の心を煮詰めたような、ヘドロのような、一度踏み込むと二度と抜け出すことができない底なし沼のような声だ。
その声は一つだけではない。いくつもの声が響くが、それぞれが負の心を練ってできたような声だ。
人がその声を聞けば、永遠に発狂するか、その場で自殺をするだろう。それだけの力が籠もった声だ。
誰もがその声を聞けば、姿を見ることは叶わずとも悟るだろう。
これらの存在は悪魔だと。人を地獄へと堕落させ、世界を混沌へと落とし込めて、命が無駄に消えていくのを嗤いながら眺める存在だと。
しかし、その声の持ち主たちは、恐ろしき力を持つはずの存在は、今は戸惑っていた。
「おかしいぞ……おかしいぞ。我らが次々と消滅しておる。信じられないスピードだ」
「しかりしかり。もうこの世界に存在する我らは半分もいないのである。なぜこんなことに? 人間たちの中で悪魔狩りができる者がおるのか?」
「そんな存在がいても、我々を消滅させることなど不可能だ。我らは敗れても、魂へ残り、地獄にて復活を待つだけだ。それが数百年か数千年かは分からぬがそれでも消滅はあり得ぬ」
「うむ……。何者かが我らを消滅させている。信じられないことだが、我らの魂を薪のように扱い、エネルギーに変換している存在がおる」
「まさか我らが人の魂にて行うことをやり返されるとは思いもよらなんだ。そんなことができるのは『調停者』であろう? しかし、彼の者は直接会に介入はしておらぬ。ならば現地にて我らを消滅させている存在がおるのだ」
シーンと静寂が空間を占める。彼らは声だけでもその存在を示すことのできる強力な悪魔たちであった。だが、今の彼らには恐怖の感情が混じっている。
今まで、天使たちとの戦争でも恐怖したことなどない彼らは、今得体のしれない敵を前に、自身が消滅させられる可能性を感じて恐怖していた。
「このような時に未来を見れるアスタロトはどうした? 奴に正体を探させれば良いではないか」
「最初に消滅した存在がアスタロトだ。その他にも予知や占星を使える悪魔たちが真っ先に消滅しておる。敵はどうやらこちらのことをよく知っており、目を真っ先に潰してきたようだ」
「真っ先に消滅しただと!? 大悪魔たるものが情けない。本当に消滅したのか? 死んだふりをするのは我らの得意技ゆえ、隠れて我らが慌てふためくのを見て楽しんでおるのでは?」
「いや、間違いなく消滅した。アスタロトの名前を口にしてもまったく反応がないのがその証拠だ。生きていれば、名前を口にすれば、僅かなりとも反応がある。それが全くないのだ」
嘆息する声に、他の悪魔たちもため息を吐く。
この異世界に来たのは多くの魂を狩るためだ。そのためにかなりの魔力を使い、異世界召喚に介入した。そのおかげで多くの魂を盗むことができて、肉体を与えて異世界に召喚させることに成功した。
慈善事業ではない。その後に神だと名乗り、契約を結ばせるためだ。魂は契約を結ばなければ、悪魔たちも自由にはできない。人の心を操り、肉体を蘇生させることはできても、人の欲望から渇望する心からの取引でないと、魂を自由には、分解して食べることはできないのだ。
昨今の地球人は悪魔たちと契約を結ばない。結んでも、穴を探して出し抜こうとするし、そもそも天使たちが見張っているために、1年に1人契約できればよいところである。
そんなひもじい生活を送っていた悪魔たちの一発逆転、起死回生策、異世界召喚されれば、警戒も緩むし、天使たちの目も届かない作戦はうまくいったと思われた。
馬鹿な人間たちは、大半がチートスキルを貰えると喜び、悪魔たちを神だと思い契約した。
これで、異世界召喚の際に使用した魔力も回復できて、それどころか数千万人の魂が手に入ると喜んだものだ。
早くも来たる悪魔たちの世界を思い、祝杯をあげる者もいたほどである。
なのに、何者かが介入を始めていた。最初に消滅したのは、当初はゴブリンを王にしようとしていた愚かな悪魔だった。悪意を王にして意味があるかのと嘲笑ったものだ。
次に消滅したのはジャックランタンであった。これは明確に戦闘で滅ぼされたと思われるが、証明ができなかった。
その時点でおかしいと思わなければならなかったのだが……。たまたまだろうと思われていた。いや、滅ぼされても、脅威は一体。人間であれば、出会う可能性は低く、注意していれば大丈夫ではないかと思っていたのに、その頃から相次いで消滅する者が続出。ようやく悪魔たちは、何者かが意図して悪魔狩りをしていると気づいたのだ。
「なにか、なにかないのか? 誰か、我らを殺して回る殺魔鬼を見た者はいないのか?」
「世界中で滅ぼされておるのだ。神出鬼没としか言いようがない」
「誰も分からないのか? なんのために危険を犯して、集まったと思う? 無駄死にしないためだ」
同調という言葉を知らぬ悪魔たちは、お互いに罵り合い、殺意をぶつけ合う。
実をいうと、この事件は問題だが、それでも本当に危機感をもっている者は少なかった。全ては演技だ。
隙さえあれば裏切ることなど日常茶飯時の悪魔たちだ。この事件を利用して、邪魔な悪魔を殺したり、勢力を広げようとも考えており、高位の悪魔ほどその傾向は高い。彼らは自分は負けないと自負してるし、弱い悪魔たちもこれを機会に力を上げようと虎視眈々と狙っていた。
しかし、だからこそ、犯人を見つけることが重要だ。犯人さえ分かれば、利用もできるし、逃げることも可能だ。だからこそ、誰かがなにか知らないかと考えていたが━━。
「実は━━アスタロトの最後のメッセージがあった。魔族に気をつけよ、だ」
「なにっ!? 我ら悪魔たちを殺して回るのは同じ悪魔だったか!」
「だと思った! 誰だ? 裏切り者は誰だ?」
1人の悪魔の言葉に、皆は怒り狂うふりをする。まぁ、そうだろうなと片隅で考えいたために驚きはないが、空気を読んだのだ。
「分からぬ……。何者かは分からぬのだが、それともう一つ、メッセージがあった」
「なんだ?」
「ヒントとなるメッセージか?」
もったいぶらないで早く言えと詰め寄る者たちに、おどおどと困った口調で気まずそうに答える。
「藁に。藁に気をつけよと」
自分でも何を言っているのか分からないのだろう。困りきった声音だ。
「藁? なんだ藁って?」
「笑いではないか? 笑う悪魔なら心当たりがあるぞ?」
「言葉には気をつけよ。恐らくは笑うであっているのだ」
「ううん、藁であってるよぉ」
皆が魔族に気をつけよとの言葉と藁という言葉に、なにを指し示しているのかお互いの推理を話し合い━━。ふと、気づく。
「なぁ、最後のセリフは誰だ? 聞いたことがないんだが」
「あぁ、それに藁であってるとはどういう意味だ? なにか知ってるのか?」
「あってるよぉ。藁はね……敷くのがとても大変なのぉ。寝心地がよく敷くのは達人の技が必要だと思います」
悪魔たちのヘドロのような悍ましい声音と違う、陽だまりのような温かな、太陽のような明るい声音。その悪魔にあるまじき声音に、悪魔たちはなにが起こっているのか、誰が声を発しているのか悟った。
「この声音、忌々しい光の声! 天使だな、どこから入った!?」
彼らの中には地球では大悪魔と呼ばれる者たちもいた。だからこそ、すぐに事態を重く取ったのだが、全ては遅かった。
藁が空間を埋め尽くするように振り注ぐ。
闇を切り裂くように、輝く藁が無数に舞い散り、闇に隠れし悪魔たちの姿を露わにしていく。
「光の羽根か! ……いや、藁なのか? なんだこれは?」
「そ、それに天使ではなくマーモット!? なぜにマーモット?」
光が闇を消していき、その中心に立つのはマーモットだった。二本足でちょこんと立ち、お鼻をヒクヒクさせている。フサフサの茶色の毛皮は触り心地が良さそうで、何を見ているのか分からない虚無な瞳はチャーミングだ。
「ぬぅぅ、見掛けはマーモットだが、コヤツの魂はなによりも純白に輝いている。そんな魂の持ち主はただ1人。大天使ミカエルだ!」
「ピンポーン。大天使ミカエルだよぉ。こんにちは、悪魔の皆さん。久しぶりの人もいるのかなぁ」
お手々をちょいちょいと上げて、尻尾を振るマーモット。その愛らしい姿に見惚れていた者も、ミカエルが名乗りを上げたことに青褪める。ミカエルは戦争において、多くの悪魔たちを屠ってきた天使だ。ならば、ここにいる理由もわかる。
「我らを滅ぼすつもりか! そうか、今まで消滅してきた悪魔たちを狩っていたのは貴様だったのか! だ、だが証拠も残さずに、アスタロトたちを倒せるほど力に差はなかったはず! 一体どうやって?」
「うん。悪魔を滅ぼせる力を持ったからねぇ。ふふふ〜『調停者』がねぇ、一線を越えた貴方達を滅ぼすごとに悪魔の魂をエネルギーに変えてくれたんだぁ、こんなふうに」
のんびりとした口調とは裏腹に、ミカエルは自身の肉球の上に光球を生み出す。一目見ただけで、あれは対抗できるような代物ではないと悟るほどの、太陽の如き膨大なエネルギーを内包している。
「奇跡の力。主はおっしゃいました、使えるものは使えと。悪魔を倒せば倒すほど、ミカは強くなってるんだぁ」
「まずいっ! これは罠だ、我らが集まるのをこやつは待っていたのだ! 皆逃げよ!」
事態を理解した悪魔が警告の叫びを上げる。
だが遅かった。彼らは最初にミカを見た際に逃げるべきであった。ミカエルは光を呑み込むと、胸を張って大きく口を開き唄う。
「バイバイ。悪よ、され〜」
『ピキーーーーーーーー!!!』
『奇跡の聖歌』
光球が口の中で爆発して聖なるマーモットの奏でる高音の叫び、会議に出席していた悪魔たちが光に呑まれていく。対抗魔法を使う者もいたが光の前には無駄な足掻きであり、虚しく魔法障壁は掻き消えて、悪魔たちは断末魔の声を上げると、魂は消滅し、残るエネルギーは藁へと変わる。
隕石が落下したかのようなクレーターが大森林の中にぽっかりと現れ、残るのはマーモットだけとなっていた。
「これで目ぼしい悪魔は滅ぼしたかなぁ。8割くらい? 後は1人ずつ探す必要があるけど……。もうミカのお仕事おしまいッ。それよりも早く巣に藁を敷かなくちゃ。身を寄せ合って寝るんだぁ」
ピキーと鳴くと、ミカはその場から転移するのであった。
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