75マモ マ王たるマーモット
春となり、マ王たるマーリンはマモベースにて遠征を開始した。マモベースの時速は最高300キロ。更地で直線上に走行すれば丸一日かければ地球の3割は走破できる性能を持つ。
もちろん、それはスペック上だけの話であり、実際に走行するとなれば、廃墟は障害物となるので迂回しながら走らないとならないし、強力な魔物や盗賊のように待ち伏せを行う人間たちを気をつけなければならないので、時速80キロが良いところだ。
しかし、それでも日本召喚で主だった魔道具が破壊されて、様々な移動用魔道具を失った異世界人や、自動車を使えない日本人たちは歩くか、馬で移動するかしかないので、圧倒的な優位性を持っている。
半径100キロという広大なマ王領地を抜け出して、新たなる領地と生存者の確保を目指すのであった。
召喚されたとの偽装をされた廃墟は一部の土地だけの話で、領地から出て1時間もすると、日本の都市であった光景はなくなり、草原と森林となる。
雪解けとなり、緑が芽吹くだけではなく、冬の間は巣穴に隠れていた獣たちや魔物たちも活動が活発になる。
痩せ衰えた熊や狐、オーガやゴブリンなど、敵には暇がない。それはマ王たち小動物軍に限らず、異世界人にとっても同様だ。
帝国の軍が壊滅どころか、消滅したために、召喚による土地の融合で壊滅した町村以外の町も安心することはできず、危機に陥っていた。
◇
奇跡的に召喚による被害を受けなかった街があった。日本の土地が融合しなかったために被害を免れた街だ。冬に備えて食料も十分にあり、しかも人口も一万人程度で、誰かが暴力で支配するには多すぎて、今までの帝国の権威が通じる数だ。
冬の間は問題はなかった。魔物たちもおとなしく、食料を管理してさえいれば、治安を乱すのは時折酔っぱらって騒ぎを起こす馬鹿くらいだ。
しかし、春となったら違う。獣たちは自身の縄張り内で獲物を探すが、魔物たちは違う。多少なりとも知恵の回る者たちは、気づいていた。
人間たちの住む街に展開されていた嫌な空気を感じさせる結界が失われたことを。人間たちがいつもと違い、弱まっていることを。
「魔物の数が多すぎるぞ! 冬の間に減ってはいなかったのか!?」
「いや、いつもと同じ、それどころか減ってはいると思うが、いつもと違い我らは結界がない。だから去年ならば近付くこともなかった雑魚魔物たちも集まってきてるんだ!」
「くっ、奴ら徒党を組みやがって! 誰かボスがあの群れを支配してるんだ! ボスが誰かわからないか?」
十メートル程度の立派な街壁は、常ならば魔道具による結界も付与されており、小物の魔物など近付くことは絶対にしないのに、今は群れを成して集まっている。その数は3000匹はくだらない。ゴブリンやコボルド、オークといった知恵ある魔物たち。オーガレベルとなると結界も通じにくいが生息数がそもそも少ないため、街に寄り付くこともない。
なのに冬が過ぎた途端に、魔物たちは押し寄せてきて、守備兵は混乱に陥っていた。彼らはとりあえずの訓練はしていたが実戦経験は少ない。しかも魔物たちがこれほど多く押し寄せてきたのは初めてであったのだ。
街壁の上に立ち、壁を登ってくる魔物たちへと槍を突き、弓で撃ち落とす。
「魔道具は使えんのか? 直せたものはないのか?」
「はい。魔水晶を使用する魔道具は、そもそも魔水晶が砕けたために使えません。古いタイプなら使えますが、現存する旧タイプの魔道具は数が少なく……全てリサイクルしましたから」
怒号が響き渡る中で、守備隊長が部下へと叫ぶと、守備兵は青褪めた表情を見せる。いざという時の非常用魔道具は、いつかはいざという時が来ないかとふざけあったことも多々ある。強力な魔道具はワイバーンすらも一撃で倒すとの噂だった。強力な魔道具は彼ら守備兵の心の支えとなっていたものだ。
「ちっ。一回も使わずに壊れるとは情けない。仕入れた担当はなんと言っている?」
「彼は魔道具が使えなくなってから少しして責任をとらされると予想したのか、冬の間に馬を盗んで街から逃げたではありませんか」
「そうだった。ふざけやがって。私腹を肥やして腹回りだけ太くするからこんなことになるんだ。くそっ、この数の魔物を倒すことは不可能だ。誰かボスを見たか?」
壁に手をかけてきたコボルドを槍で突き刺しながら悪態をつく隊長。返り血で手が滑りそうになり、疲れも限界に達して休みが必要だと身体が叫んでいる。だがここで倒れれば、もはや二度と目を覚まさないことも分かっているために、歯を食いしばり耐える。
「敵のボスを発見。しかし、街から離れすぎております。あそこです!」
目の良い部下が指差す先。魔物たちの群れから離れている後方に、5メートルはある背丈の怪物が立っていた。
額にねじれた角を生やし、毛むくじゃらの毛に覆われたでっぷりと太った化け物だ。緑の肌を持っているがゴブリンではない奴が何者かを隊長は知っていて、顔を歪めて自分の運の無さに神へと罵る。
「トロールだ! よりにもよって、トロールだと! あいつは再生持ちだから、一撃で倒さねば再生されて、すぐに復活するぞ」
トロールはなにやら小動物を手にして、ぐっちゃぐっちゃと噛んでいる。トロールならば、その再生能力と怪力、そして多少なりとも回る知恵を持つ魔物だから、この程度の群れならば支配することはできるのだろう。しかも自身は万が一にも殺されないようにと後方にいる用心振りだ。
「くそっ、魔道具さえあれば、あの程度の距離でも攻撃できたのに、魔道具さえあれば!」
魔道具がない今、人間たちは脆弱であった。これから先も魔道具が使えない時代となれば、魔物たちから隠れ住む悲惨な未来になるのではとの恐れもある。
終わりだ。援軍は来ないだろうし、頼りになる魔道具もない。自身もそう遠くないうちに死ぬだろう。街に残した家族の顔がよぎるが守ることはできそうにないと、哀しみが表情に浮かぶ。
この街を滅ぼす原因となるトロールを視線で殺せればと睨むが━━。
「んん? なにかおかしくないか? なにか意地になってるぞ?」
トロールは必死になって、手に持つ獣をガリガリと齧っている。トロールの手にすっぽり入る大きさの小動物は、強靭な顎と牙を持つトロールならば簡単に噛みちぎれるはずだ。
なのに噛んではいるが小動物は首を噛み千切られるわけでもなく、トロールのヨダレでベトベトになっているだけだった。
「ぬぉぉ、こいつ硬い。硬すぎる! 何こいつ? プラチナキングかよっ!」
ガチガチと噛んでいるが、噛み千切られないスルメのように、小動物には全くノーダメージだ。それどころか、ピンピンとしており、不思議そうにしてる。
小動物というか、マーモットだ。というかガブだった。
「なんだよ、魔物の群れがいるから偵察に来たら、すぐに捕まったぞ? でもこいつ弱そうだからなぁ。俺が獲物を奪ったとか言われないかな? マナーのないマーモットだとか言われないかな?」
隊長たちにはピギーとしか聞こえてえなかったが、ガブ的には困っていた。トロールとか、ゴブリンとか、倒しやすそうな魔物ばかりだからだ。ネトゲーでいう纏めてからの雑魚狩りかなと、余計な気を回したりもしていた。
「天才たる僕の推測によれば、あの街はピンチに陥っていると思いますよ。もう壁を突破されるのも時間の問題でしょう」
春になって草原を駆け回りたくてついてきたルーがトロールの肩に乗り、街を見て天才的な予想を口にする。
「なんだ、そうなのか? それじゃ倒すとするか」
「えぇ、そうした方が人間たちも助かるでしょう」
うんうんと頷き合うガブとルー。そしてトロールは肩越しに話すマーモットたちに驚いてしまう。
「ぬおっ!? いつの間にマーモットが肩の上に? お前の方は柔らかそう! 俺食べる!」
トロールの巨体には似合わない速さでルーへと手を伸ばす。むんずと掴み、食べてやろうとするが━━。
ピシリと腕に輝線が入ると、トロールが痛みを感じる前に地に落ちる。
「あでぇ? 俺の腕?」
あまりにも綺麗な断面を前に、トロールは不思議そうに自身の切られた腕を見て首を傾げる。次いで、ガブを掴んでいた腕も落ちていった。
「なにが起きた? でも俺様、すぐに再生。問題ない」
ヒュドラの首のように、トロールの腕も切られた断面から生えてくる。炎により断面を焼かれなければトロールは無敵だ。そう思っていた。
「仕方ねぇな。それじゃ、俺様の攻撃にどこまで耐えられるか試してやるよ」
「舐めるなよ、マーモット!」
地面に降りて、やれやれと肩を竦めるマーモットに怒りを覚え、トロールは再び捕まえようと、無警戒に手を伸ばす。
だが、マーモットだと考えて迂闊に手を伸ばすトロールの行動は致命的であった。ガブは魔力にて伸ばした爪を構えて、トロールの腕を掻い潜ると、霞む速さで両手を振るう。
空間を幾条もの軌跡が走っていき、無警戒に手を伸ばしていたトロールの身体にいくつもの線が刻まれる。
「あで?」
その言葉を最後に、トロールは小さな肉片に変わると、地面へと落ちるのであった。
「ふっ、俺様のライバルはやっぱりマーリンだけだな!」
一瞬で倒されたボスを前に、他の魔物たちはなにが起きたのか分からない。
「偵察に来て戦闘を始めないで欲しかったんだけど?」
ムフフと笑うガブに、テテテとやってきて、口を尖らせて抗議するのはマーリンだった。
「偵察してたぞ? 何してるのかと近づいたら、捕まったんだよ」
「トロールの眼の前にいけば、そりゃ捕まるよ! でも、街が危険そうだし、結果オーライか」
ハァとため息を吐くと、マーリンは魔物の群れへと向き直と、胸を張る。
「とりあえず全滅させておくか」
『マーモットブレス』
破壊の音波。全てを分解するブレスはあっさりと魔物の群れを吹き飛ばす。跡形もなく消し飛ばし、守備兵たちが呆然とする中で、マーリンはピピピと笑う。
「これだけの力を見せれば、あの街はマ王の配下になってくれるよね」
新たなるマーモットたちの王国の領地は増えるだろう。そうして世界は徐々にマ王に支配されるのだ。
「マーリン、勝負だ! トロールじゃ不完全燃焼だったんだ!」
「オーケー。今日のキャベツをかけて勝負だ!」
「ギュイーン」
「ギュイーン」
ガブと手を組み合って、背筋を伸ばしてギュイーンをするマーリンだった。
モブな主人公。マンガボックスにて連載してます!
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ごめんなさい、しばらく更新停止します。




