58マモ イエティ
『オランウータンにも似ており、耐寒性と怪力で雪の中でも行動できる魔物、イエティと名付けました!』
レイの報告通り、まさしくイエティという名前にふさわしい魔物が壁面を走っていた。毛の長い白い毛皮に身を包む3メートルを超える背丈の巨漢は、オランウータンのように長い手足を持ち、壁面を掴む手に生えている爪はコンクリートの壁をやすやすと貫き、壁面を走る手掛かりとしていて、その顔は猿の顔ではあるが、真希を見るその目は醜悪な食欲に支配されたものであった。人間に似ているだけに気持ち悪さを感じる魔物だ。
「ウホッウホッ」
「ニンゲン、ニンゲン!」
「ウマソウウマソウ」
気づかれたと悟り、廃ビルの中からイエティたちは次々と飛び出してくる。その数は大量で数百匹はいるだろう。大勢のイエティが走る音で地面が揺れて、振り積もる雪が舞い上がり、雪煙が砂嵐のように視界を埋め尽くしていく。
『ボス、申し訳ありません、敵の検知に遅れました。どうやら、敵の毛皮にステルス能力が付与されているようで、目前まで近づかれてようやくレーダーに検知された模様です』
アミが謝罪の言葉とともに超電導機関砲がイエティを迎え撃つべく稼働し始めて、それぞれ射撃を開始し始める。
青色のビームが乾いた音と共にイエティたちを狙い、命中したイエティたちは粉々に砕け散る。機関砲の前には無力の模様だが━━。
「ウホッ!」
いかんせん数が多く、機関砲だけでは対処しきれない。そして、イエティたちは仲間が倒されていっても臆することなく、壁面を蹴ると飛び込んでくる。
「ウホッ、オマエノナイゾウマルカジリ」
涎を垂らし食欲に支配されたイエティは数十メートルはある距離をひとっ飛びで詰めてくる信じられない身体能力を見せて肉薄してくる。しかも我先にと、一匹ではなく大勢が群がってきた。
「ひょぇぇぇ、数が多すぎます。マモベースの力で簡単簡潔に雑魚を退治して、私はマモタイトを大量に手に入れる予定でしたのに。甲板の上でオーホッホと高笑いしながら戦車の前には魔物は無力なんですよと得意げになる予定でしたのに」
私は核戦争後の戦車乗りの予定だったのにと妄言を吐く鍵音が真希の腰をしっかりと掴んで動けないようにするハンディ戦開始。
「ウボォー!」
迫るイエティが真希を掴もうと、黒く長い爪を生やした手を突きだしてくる。その爪に掴まれただけで、華奢な真希の身体は、血の詰まったビニール袋のようにあっさりと破裂しそうではあるが、俺は冷静に迫るイエティへお手々を突き出して、イエティの人差し指の爪を握る。
「よっと」
そうして腰を僅かにかがめると、手首をスナップを利かしてひねると、イエティの飛び込む軌道を変えて、俺の横へと通り過ぎさせて、すれ違い様に左手でイエティの首を素早くタッチして捻じ曲げる。
ゴキンと骨の折れる音が響くと、イエティは餌を食べられると思い歪んだ笑みのまま、力なく床に倒れ伏す。
2体目のイエティが飛び込んで来るのを横目で見て、腕を折りたたむと、頭をスウェーさせて捕まえようとする腕をかわして、肘鉄にて鳩尾を一撃。ボコリと胸が潰れて、血を泡のように吐き2体目が息絶える結果をみることもなく、俺は3体目が突き出す手を掴み、力比べをする。
オランウータンは人間の数倍の筋力を持つ。同様にイエティも筋力には自信があるのだろう。なにせ、時速60キロ近い速さのマモベースと余裕を持って並走できる身体能力があるのだ。小柄な人間の少女など力比べで相手にならないと思って、ニタリと口元を嗜虐の笑みで歪める。
だが、その考えは愚かというしかない。たしかに大人と子供のような体格の差はあるが、この真希は人間ではなく兵器なのだ。そして、それを操作する俺はゲームに慣れたマーモットだ。しかも毎日ギュイーンをして鍛えている。
手のひらを合わせて背筋を伸ばすと、イエティと力比べをして、そのままイエティを持ち上げる。立ち位置や足の踏み出し、力の使い方は少女の筋力を通常よりも遥かに高く引き上げて、力任せで身体をどう動かすかを知らない獣など相手にならない。
「ウ、ウホッ!?」
まさか己の体を持ち上げられるとは思ってもいなかったのだろう。驚愕の表情のイエティを頭から床に叩きつけて、その頭をぐしゃりと潰すのであった。
「ふむ、この身体は戦闘力が高いだけあって、イエティにも負けない性能を持ってるね。これなら普段使いもいけるか」
白魚のような肌に折れそうなほど華奢な手足であるのに、予想よりも遥かに頑強で素晴らしい肉体だ。
「ぎゃーー、私は魔物と戦うのを普段とは言いません。こここここうなったら、魔本変身っ!」
命の危険を感じて、震える鍵音がボムと魔本に変身した。しかも魔本は開いて翼のようにパタパタと動かして空中に浮くと、念話を送ってくる。
『ふふふ、魔本の動かし方がわかってきました。これに不壊性能もついて、私は無敵状態になるんです!』
「魔本に変身できるなら、見野と遠藤の神様も見抜けたじゃん!」
「多分命の危機に精神が壁を突破したようなんです。『浮遊』と『念話』を覚えました」
ボスではなく雑魚を前に進化する少女鍵音。なんていうか、イベント性がなくて、残念極まりない娘だった。
「先に魔物の群れに鍵音を放り込めば良かったね。まぁ、良いや、魔本を装備した!」
「へ? いえ、私は主人公に助言をする妖精役で」
「不壊属性なんて素晴らしいじゃん。これは使えと言っているようなものでしょ」
浮遊する魔本を掴むと、ニコリと美少女スマイルで身構える。魔本は釣り上げられた魚のようにバタバタと激しく動くが気にしない。
甲板の上に、機関砲から逃れたイエティたちが降り立ち、仲間があっさりと倒されたことに警戒心を持ち囲んでくるが、魔本を手に可愛らしい微笑みで俺は構えをとる。
他者から見たら、か弱い少女が魔物たちに囲まれて今にも命を落としてしまい、喰らわれるだろう光景だが、イエティたちは底知れぬ雰囲気を醸し出す少女を前に、無意識に怯んでいた。
だからこそ、イエティたちは包囲という消極的な戦法を選び、食欲に支配されたままに襲いかかることをやめていた。
そして俺は雰囲気のおかしいイエティたちが恐れていることを、その動きから悟りクスリと笑う。
「こないならこちらからいきますね、どうぞ虚しく抵抗してみてください。魔本あたっーく!」
床を蹴るとイエティの一体に迫り、魔本の角をその顔に叩きつける。瞬きをした瞬間を狙い懐に入り込んだ俺の動きに、イエティは反応することも出来ずに、顔を潰されて倒れるの見て、他のイエティたちがようやく動き出す。
「コムスメガッ」
左からのフックを魔本で受け止めて、イエティの膝に蹴りを入れて蹴り砕くと降りてきた頭に蹴りを一撃。そのままふわりと浮くように跳ぶと駒のように回転して後ろから迫るイエティの首を蹴り折り、着地と同時に這うように腰を屈めると次のイエティの足を払い、転倒したイエティの首元に鋭い蹴りを繰り出して骨を踏み折る。
「ヌグッ、ワレノブレスデコオリツカセテヤル、クラゲフッ」
近接戦闘は不利だと考えたイエティが大きく口を開き氷のブレスを吐こうとするが、その口に魔本を投げ入れると、たたらを踏み押し下がるイエティに駆けて、踵落としにて頭を潰す。血と一緒に吐き出した魔本を足に引っ掛けると、頭の上まで足を持ち上げる。
ガキンと乾いた重い音がして魔本に氷柱が当たり砕け散っていく。キラキラと舞う氷の破片の反対側に氷魔法を放ったイエティが手のひらを俺に向けて驚きの表情を浮かべていたので、魔本を蹴り上げてイエティの顔にぶち当てる。
「ウボオッ」
仰け反るイエティをよそに、俺は間合いを詰めるとイエティを倒して空中に吹き飛ぶ魔本を掴み、体を捻り横回転で魔本を振り抜いた。包囲していたイエティたちが、魔本を手放し隙だと思ったのだろう、飛び掛ってきて来ていたが、小枝を叩き折るかのように全員体をへし折られて吹き飛ぶのであった。
「ふぅ、ウォーミングアップにはちょうど良かったかもね。とと?」
倒れ伏すイエティたちを見て、薄っすらと微笑む真希だが、地面が大きく震動し、廃ビルが内部から崩壊すると、車も簡単に掴めそうな巨大な手が伸びてきた。
「グォォォッ、オレノハイカヨクモコロシタナ、オマエマルカジリ!」
続いて姿を現したのは、巨大なイエティであった。背丈は20メートルはあるだろうか、マモベースすらも拳の一撃で倒せそうな化け物で、こちらを憎々しげに睨んでいる。ゴリラのように胸でドラムを叩き威嚇してくる。
「キングイエティってところかな? これが親玉だろうけど、どこに隠れていたのかな?」
『あれはボスですね。『巨大化』能力を使い、自身を強力にパワーアップしているようです、プレイヤー』
なるほど、たしかに巨大なだけで、脅威となる。その質量攻撃は、如何なる技も強引に押し潰す力を持っているからだ。
でも、それには例外もある。
「オデ、ユキノオウ! フユノカミ、メガミペルセポネノ━━」
『超電導砲発射であります』
白光がマモベースの戦艦砲から放たれて、キングイエティの巨体をあっさりと貫き、一条の光は後方の廃ビル群も全て溶かしていくと大きな溝を作っていた。キングイエティは咆哮をあげることも出来ずに、その光に呑み込まれると、霧散してしまうのだった。
「戦艦の前に立つと、こうなるよね。所詮は猿頭だってことか」
肉片すらも残さずに消滅したどこかの王を前に、美少女は肩を竦めて苦笑するのだった。
『おめでとうございます! 貴方は王を倒しました! 経験値5000取得。しかも悪魔ジャックフロストを倒したので報酬として経験値5000を取得しました』
どうやら王がイエティを操っていたらしい。いや、本当はイエティではなく━━。
「まぁ、経験値を貰えたから良いかな」
マーモットは深く考えないのだ。
◇
「素晴らしい。あのような戦艦があるとはな。あの戦艦砲の強力極まる一撃。欲しいうさよ」
「閣下、うさに任せるうさ。見事にあの戦艦を奪ってみせるうさ」
近くの廃ビルに何者かが、その様子を見ていたが、マーリンたちは気づくことはなかった。
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