わふわふわふわふわふ
楽しそうに談笑しながら三人が部屋を出ていった後、パラパラと音を立てて『パリピ爺』は壁から抜け出した。立ち上がって埃を払い、首を鳴らす。
「痛ってー……あの女本気で殴りやがった。うおっ、鼻が潰れてらぁ」
ジンジンとした痛みと熱を持つ自分の鼻に触れると形が変わっているような感覚がした。鏡がないから正確な状態は不明だ。ぬめっとした感触がして鼻に触れた手を見下ろすと血が付着していた。それを見た『パリピ爺』は変顔する。
「ッカァー、人に向かって魔力を込めて殴るか普通。どういう教育受けて……そういや魔力の使い方知らねーじゃん」
彼は『襟巻小僧』の『右腕』を介して一部始終見ていたから知っている。アキは魔力の存在を知ってから今日まで何の行動もしなかったことを。魔力の扱いを知らないから感情そのままに作用される。特に対外的である怒りの感情は魔力に影響されやすい。つまり、魔力の籠った攻撃はとても怒っているのと同義となる。
ぶさを返したのにまだ怒ってたとか執着する性格か、と溜息を零す。思い返せば『田舎婆』が先攻したお陰で未遂に終わったけど、あの時も確かに殴ろうとした気配はあった。しかもあの時は今よりスピードが乗っていた。
「おー怖っ。女怖ァ。野蛮過ぎだろ」
それもこれも彼の自業自得なのだが、当人に悪気は全くと言えるほどない。というより逆に親切な行いをしたと思っている。迷子になっていたぶさを拾ってわざわざ届けてやったのだ。だと言うのにこの仕打ちは酷くないか、と。初対面のアキはともかくとして既知の仲であった『襟巻小僧』と『田舎婆』があれほど容赦なかったのは完全にこの男に非がある。素行の悪さ言動の適当さ性格が糞。どれをとってもイラつく要素しかない。自分が楽しければ全て良し。『パリピ爺』は自分至上主義の道楽人間だった。過去の行いが今になって返ってきただけだ。恨むなら過去の自分を恨め。
ちなみにアキが殴ったのには初対面時にぶさを捕まえていたのもあるが他にも理由があった。水泳の邪魔されたことやめっちゃ寒かったこと。特にこの二つが大部分を占めている。ちょうどいい憂さ晴らしがあるので殴った。それだけだ。
「しゃーね。治してもらいにいこ」
『パリピ爺』の思考の切り替えは早かった。過ぎたことは深く考えない。それが例え、痛い思いをしたことだろうと同じだ。いつまでも同じことを考え続ける器量のない飽き性。天性の軽さ。それが人生ハッピー俺様サイコーな彼の救いようのない本質だった。
「オッスオッス〜おっひさー! のわぁーっ」
医務室のドアを開けると同時に言い放つ。中の状況を見る前に話し始める。医務室だから怪我人がいるとか取り込み中だとか考えれるだろうがそんな事はお構い無しだ。考える前に動く。ヤバかったらその時はその時だ、の精神で生きている。
開けた瞬間、凄まじい突風が『パリピ爺』を襲う。しかしその風は冷風ではなく温風だった。
医務室の中にいたのは素面の『クズ男女』ときれいな『首輪野郎』だった。さっきの風は治療の最終仕上げだ。犬に襲われ噛みつかれベトベトのボロボロになった『首輪野郎』は以前と同じ治療を受けていた。
「あっれ〜先代じゃーん。なになに魔王城に来てたのぉ!? えぇいつからいつからぁ?! てか何その格好ヤバー。鼻曲がってるし包丁刺さってるー。痛ったそ〜。最近はそれが流行ってるの?」
「そーそーイカしてるだろぉ? ってちがぁーーう! これ本当のヤツ。チョー痛ぁい。痛すぎて俺様泣いちゃう〜」
ケラケラ笑う『首輪野郎』と泣き真似する『パリピ爺』。同じ性格の軽さからくるやり取りはまるで兄弟のようだ。不運にも同じ空間にいる『クズ男女』は煩わしいと溜息を出す。そんな彼を気にも止めずに二人の軽快な会話は止まない。
「そんなに喋る元気があるなら大丈夫だな。遊ぶなら部屋から出ていけ」
「待て待て待ってーい! 治療してくれよぉ。俺様怪我人だよ? 見てわかる怪我人だよ?」
鼻は折れ血が流れ、頭には包丁が刺さっている。一目で怪我していると分かる容貌だ。それでも元気だ。とても元気だ。怪我してるとは思えないほど元気だ。
「酒かけときゃ治る。ほら」
机の上に置いてある酒瓶を適当に取って投げ渡す。
「扱い雑じゃね? みんなして俺様の扱い雑じゃね?」
そう言いながらも封を開けて頭から酒をかぶる。ちゃんと顔を真上にあげてから酒を流している。鼻に直にぶっかかり、猛烈な痛みに声を上げる。しかし聞こえてくる呻き声が嘘か本当かが分からないのが彼の性格故の難点だろう。
「あっ先代、その酒飲んだら死ぬらしいっすよ」
「んげっ!? それ先に言えよ」
「俺も途中で言われたんすよ〜。酷くないっすかぁ?」
「だからって俺様にも同じことすんなよ」
「イヤイヤ先代、言う前にすぐかけちゃったじゃないですか。言う暇なかったですもん。あと俺に使った酒と同じか知らないし……」
「「どうなん?」」
二人が声を揃って『クズ男女』に問いかける。喧しい二人の注意が向けられてしまった彼は気怠げに肘をついたまま二人の方を流し見る。
「んー」
喉を鳴らしたような曖昧な音を出す。その後、返事はしたとばかりに顔を前に戻す。
「ちょいちょいチョーイ。返事になってなぁーい」
「てか俺、死ぬ酒を浴びちゃったけど死ぬの?」
「お前が死んでないってことは死なない酒?」
「それなら大丈夫かー」
勝手に自分たちで解決する。それが正解とかは関係ない。二人にとって今が楽しければそれでいいのだ。似た者同士な二人は思考も感性も似ていた。
「早く出てってくれないかな」
ボソリと呟いた『クズ男女』の願い虚しく二人はしばらく医務室に居座ったのだった。一応言っておくと、鼻は治りました。包丁も抜きました。
その夜、ハウスでは人犬全員参加の晩餐会が開かれた。総勢11人+101匹と大所帯だ。
「みんなって本当に全員なんだ」
アキはまさか犬もだとは思っていなかった。あと『パリピ爺』もいるんだ、と白い目で彼を見る。その視線に気づいた彼がパッとこちらに振り向く気配を感じてすぐに視線を逸らした。絡まれるのは面倒だ。
豪勢な食事はバイキング形式でテーブルに並んでいる。さらにはハウスのど真ん中に大きなケーキが置かれている。甘さ控えめでアキでも犬でも食べれるケーキだった。デコレーションが大変凝っている。
「まあまあ、随分と手の込んだケーキねぇ」
隣にいる『田舎婆』がケーキを見つめて呟く。聞くところによるとケーキを作ったのは『肉弾野郎』とのことだ。甘い食べ物はもっぱら彼が作っているのだそうだ。作っても食べてくれる人が限られているので自ずと自産自消になってしまっているのが現状だ。それでも作るのを止めないのは本人も食べたいからなのだろう。とっても甘党で見た目を裏切らない大食漢だ。
注目を集めている大きなケーキ以外にも小さな一口サイズのケーキも用意されている。こちらは完全人間用で甘い。
「ボクが料理を取ってこようか?」
「それならわたしはお飲み物を取ってきます」
アキ親衛隊(仮)の二人が気合いを入れる。当のアキも場所が場所故にぶさが怯えてアキの腕の中から離れないので料理を取りに行くことができず、願ってもない助け舟に一も二もなく乗っかる。
「ぶさ、ハウスに何回も来てんだろ? いい加減慣れたらどうだ?」
「くぅーん(怖い……)」
犬たちが集まる巨大ケーキから離れた場所に設置されたテーブルに座って二人を待つ。おそらくこうなる状況は予想していたのだろう。普段のハウスには設置されていない椅子やテーブルが置かれていた。
「うほぉぉおおっ、美味っしいーーー!!!」
「うるさい。美味しいのは分かるけど声は抑えろ。ここハウスだぞ」
「えへへ〜おさけぇおいしーィ。んくんく、ぷはぁ。アハッしあわせ〜。……あえ? もうなぁーい。んもぅ、おかわりぃ」
「はーい酒のおかわり持ってきたよ。でもぉ、これが飲みたかったら、これに着替えて」
「どれも美味いなぁ。ん? へぇ、この組み合わせがいいのか……ぅんっま!」
「……(こくこく)」
なんともパーティーらしい煩雑さだ。取っ組み合う者、女装する者、食べる者。一つ、確かなことは誰も犬に構っていないということだ。ケーキに集っているので問題なしということなのだろうか。
「お待たせ! 好きな物たくさん持ってきたよ。イッヌ様のはこっちね」
「お飲み物もお持ちしました」
親衛隊の二人が戻ってきた。さすがアキの食生活を管理している『襟巻小僧』だ。皿の上にはアキの好みの食べ物しか載っていないし、偏りがなくバランスが良い。二人は持ってきた物をアキの前に置いて熱心に見つめている。
「……お前らの分は?」
「「あ」」
持ってきた物を全てアキの前に置いたのだ。揃いも揃って自分のことは二の次、と言うより完全に頭から抜けていたみたいだ。これでは本当に下僕みたいではないか。
「今すぐ取ってこい!」
「はーい」「すぐにっ!」
蜘蛛の子を散らす勢いで離れ、けれどすぐに戻ってきた。しかし、その手にはちゃんと自分の分の料理や飲み物を持っていた。
「――やっぱり怒ってるよねぇ!?」
和気あいあいと食事を楽しむ魔王城の住民たちとは離れた部屋の隅、『パリピ爺』は自分の分だと出された食事を見て声を荒らげる。提供された皿には魚の頭が囲いを作り、中央部分にはこんがり焼かれた肉が載っていた。全頭の目が自分に向いているような錯覚を受ける。生きてるはずないのに。
「ちなみに聞くけど、これってなんの肉?」
中央の肉を指差して『田舎婆』に尋ねる。持ってきた時からとてもニコニコしているのだ。あまり聞きたくないが聞かないわけにもいかなかった。
「この皿を完食したら他の料理に手をつけてもいいですよ」
それだけ言ってさっさとみんなの元に行ってしまった。質問に答えていない。笑顔なのが輪をかけて恐怖を掻き立てる。肉の正体は知らない方がもしかしたら幸せなのかもしれない。けれども正体不明なのもまた怖い。それと同時に好奇心から知りたい欲が高まっていく。
美味しいご飯を食べたい。あっちに混ざりたい。けれどそのためにはコレを完食しなければならない。悩ましい。
「あれー? 先代食べないのぉ?」
葛藤してなかなか手を動かせずにいる『パリピ爺』の元に『首輪野郎』がやってきた。
「おっ良いトコに来たな。どうだ、お前も食え」
「わーい謹んでお断りしまーす」
「んだよ食えよ。俺様の言うことが聞けねぇのか」
「俺ねーお願いされたの。先代はご飯の食べ方を忘れてしまったみたいですから食べさせてあげてくださいって!」
「ハッハッハーそれは笑えない冗談だ。俺様そこまで退化しちゃいねぇ」
「まあまあ先代のハジメテを俺にくださいよぉ〜。俺、もう息苦しくて……」
ハアハアと荒い息を吐く『首輪野郎』。外見では大変分かりにくいが装着中の首輪がいつもより締められているのだ。呼吸がしずらくなっているのにも関わらず普段のように喋ることは止めない。次第に酸素を求めるように喘ぐように息を吸う。
その段階になってようやく異変に気づいた『パリピ爺』はバッと『田舎婆』を見る。遠く離れているにも関わらず気配を感じ取ったのかタイミング良く視線を向けてくると、微笑みながら顔の近くでV字を内に向けて作る。きゃっお茶目ぇと思ったそのすぐ後に『パリピ爺』の下で僅かに音がした。不思議に思って視線を下げるとヒュっと息を飲む。
テーブルの上の皿には二匹の魚頭の目に突き刺さったフォークがそのまま魚を倒して肉にぶっ刺さっていた。
「ハァーハァ゛ー、もっ限界……先代、あ゛ーん」
「まっ、おい、止め……んぐっ!?」
ハアハアと荒い息を吐いてフラフラと体が左右に揺れている『首輪野郎』がちょうどよくそこにあったフォークを掴む。もう片方の手では『パリピ爺』の肩をがっしりと掴む。虚ろな目をしてニチャァと口角をあげている顔がちょっとした恐怖光景だ。
押し留めようとする『パリピ爺』の手を押し退けて強引に口の中に突っ込む。塊肉と頭だけとは言え魚二匹はさすがに一口ではすべて入らなかったのか口からはみ出てしまっている。けれども正常ではない『首輪野郎』は出させないとばかりにフォークでグイグイと口内へ押し込む。
「ねぇ〜おいし? おいしぃ?」
アハハハ、と不気味な笑い声を上げながら『首輪野郎』は手を動かし続ける。否応なく食べさせられている『パリピ爺』が堪らず口を動かすとガキッバキッと些か食べ物として大丈夫なのかと心配になる音が発せられる。
「ぅ……んぅ…………ッング。う、美味い……だと?」
例え廃棄予定の不可食部だろうと味は美味しく仕上げる。見た目が悪くても口に入れれば同じ。それが『田舎婆』の料理だ。目を瞑れば問題は無く食べることができる。もちろんそんな料理ばかりではない。今回は特にその傾向が強く出ただけだ。
「何やってんだ……アレ」
馬鹿騒ぎをしている二人を遠くで見ていたアキがポツリと呟く。
「あれは気にしないでいいよ。ていうか見なくていい。見ると(精神力が)減る」
『襟巻小僧』はその方を一瞥もしないで完全に背を向けている。それでもやり取りは耳に入ってきてしまうようで盛大な溜息を漏らす。その隣では『犬人間』が机に突っ伏している。誤って酒を飲んでしまったようで潰れている。一口で沈んだ激弱。
「ふわーぁ、ねむ。帰るわ」
「家まで送るよ」
お酒もまあまあ飲んでほんのり酔っているアキは欠伸をするとそのまま席を立つ。飲み過ぎてはいないので足元が覚束無いわけではないのだが、それでも少しだけフラフラしている。
置いてけぼりのぶさを抱えて『襟巻小僧』はアキの後を追いかける。少し逡巡した後、アキの手を取る。魔法で愛の巣まで転移することができるがそんな無粋なことはせずに夜の森を二人は涼しい夜風に吹かれながらゆっくり帰った。




