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わふわふわふわふ

 時は少し遡り、場所は魔王城。女四人は魔王城居住区の廊下に転送された。


「さあさあ体を冷やしたらダメよ。各自今すぐ湯船にしっかりと浸かって体を温めなさい。王様は客室でいいかしら。出てきたら温かい飲み物を用意しておくわ。それと、順番にマッサージするから部屋から勝手に出ていか(居なくなら)ないでね」


 場を仕切る『はね女』の指示は的確だった。彼女の私利私欲はそこには存在していなかった。『はね女』は可愛いものが好きだ。その中でも可愛い女の子は大の好物である。

 アキ、『犬人間』、『和女郎』の三人は彼女の可愛いの対象である。だからこそ万全の(可愛い)状態を保って欲しいと常日頃から願っている。


 ……だと言うのに! 『はね女』の願いは虚しく空振りしているのが現状だ。なぜなら三人が三人とも美容に興味関心が塵ほどもないのだ。ケアも何もしてない。必要性を感じてないからだ。何度『はね女』が重要性を力説しても曖昧にして聞き流す始末だ。素材がいいから磨けばもっと輝くのに現状で満足している(美意識がまるでない)

 本音を言えば三人をもっと着飾りたいし化粧だって施したい。可愛いには無限の可能性があって終わりがない。最高の出来はあっても絶対の完璧の完全な終着点はないから面白いというのに、ここにいる三人(みんな)は全然分かってくれない。別に、全部を理解して欲しいわけじゃない。けれど、少し寂しい。ほんのちょっとでいいから共感して欲しい。うんと可愛く輝いて欲しいのだ。


「マッサージまではしなくていいよ」

「お手を煩わせれません。ご無理をして、クマができています。わたしたちに構わずゆっくりお休みください」


 『はね女』がそんな想いを抱えているとは知らない『和女郎』も『犬人間』も、やんわりと断りを入れる。優しい気遣いも今は心苦しいばかりだ。それでも強要はしたくなかった。強要(それ)は己の信条に反する。例え着飾らせてくれてもイヤイヤな状態では可愛いとは言えない。そうなるのならしない方がマシだ。それこそ、距離を取られたら泣く。間違いなく大泣きする。


「ぶさ、ぶさっ……」

「っ、王様! どちらへ……っ!?」


 ミイラのように手を前に伸ばしてゆらゆらと力無くこの場から立ち去ろうとするアキに気づいた『犬人間』が腕を掴んで引き留める。けれどすぐに手を振り払われる。


「離せ。ぶさを迎えに行く」

「いけません王様。今の状態ではお体に触ります。それに、あの場には魔王様がいらっしゃいます。魔王様は絶対に、犬の王様に傷一つつけさせません」


 アキの行く手を阻むように『はね女』が立ち塞がる。その目は強くアキを見据えており、『襟巻小僧』に絶対的信頼を寄せているのが見て取れた。

 それでも納得いかない様子のアキの手を取って、両手を合わせて握る。正面からアキの眼を見つめる。


「こんなにもお手が冷えております。このままでは、風邪を引いてしまいます。我々の願いは王様方に健やかにお過ごし頂くことです。憂いも不安も取り除くことが使用人の使命です。王様はおひとりではありません。どうか我々をお使いください。そして、魔王様を信じてあげてください。大丈夫です。ゆっくりお風呂で温まって、出てきた頃にはお戻りになっておられます」


 冷えきった手に体温を分け与えるように優しく包み込む。『はね女』の切実な嘆願を聞いたアキは目を丸くしている。


 あの『はね女』がまともなことを言ってる。


 驚いて目を見開く。ぶさのことを忘れるほどの衝撃があった。だって自分の欲に正直なヤツだから、他人への関心が薄いとばかりに思っていた。自分の道をまっすぐ突っ走り、それ以外は見向きもしない他人の迷惑なんて気にしない性格。それこそ、困ったヤツらと同類だと思っていたのだ。

 だがそうではなかった。想像している(知ってるヤツ)より無情ではなかった。そういえば、と数分前のことを思い出す。初めこそ想像通りではあったけれど、すぐに異変(状態)に気づいた。それからの行動は舌を巻くほどに早かった。

 これを言うなら『襟巻小僧』の方に問題があった。あの暴風は彼が巻き起こした現象だった。驚愕で雷が落ちるように、憤怒で台風を巻き起こす。感情に魔力が相乗し、魔力が膨大過ぎるが故に周りに被害を及ぼす。だから、三人の体がこんなにも冷えきってしまっているのは怒りで我を忘れた『襟巻小僧』のせいでもあると言える。


「……っ、クチュン」


 静かな廊下に小さなくしゃみが落ちる。それはとても小さい音だった。けれど静まり返った廊下には大きく響き、目立った。音の発生源、口元を押さえた『犬人間』に三人の視線は集中する。注目を一身に受けている彼女は少し間をあけて再びくしゃみを漏らした。


「――ッ、早く温まってぇえええええ!!!!」


 悲鳴のような叫び声を上げながら『はね女』は『犬人間』を強引に部屋の中に押し入れる。


「きゃっ、え、あのっ、王様がっまだ……」

「順番とか気にしないの! ちゃんと入ってもらうから心配しないで、あなたは自分の体を気にしなさい。いい、すぐに出てきちゃダメだからね。ちゃんと温まってから出てくるのよ。じゃなきゃもう一回入ってもらうから! それとも、無理矢理がお望みかしら。それならあたしは喜んで一緒に……」

「は、入ってきますっ!!」


 脱衣所に押し込めた『はね女』は退路を断つようにドアの前に仁王立ちする。小さい子供に言いつけるような言い方で指示を出す。けれどそのすぐ後には艶美に笑み、手をワキワキと動かす。嫌な予感を察知した『犬人間』は赤面し(わなない)てドアを勢いよく閉めた。

 閉ざされたドアの前にポツンと佇む『はね女』。さっきまでの卑しいナリ(わるふざけ)はどこにもない。ドアに手をついて目を閉じる。息を潜めて聴覚に集中する。少し間をあけた後、衣擦れの音が聞こえ始める。それから少しして裸足の足音と浴室のドアが閉まる音。微かに水の音が聞き取ったら静かにその場から立ち去った。


「ふぅ、まずは一人ね」


 汗を拭うように手の甲を額に沿わす。彼女は最初から風呂に入ってもらうことにだけ注念していた。だから疚しい気持ちは抱いてない。あわよくば一緒に風呂に、という気持ちは全くこれっぽっちもないわけではないが極めて少ない。『はね女』もこちらの世界の人間だ。仕事柄、一般的な人よりは他人の肌を拝む機会があるとはいえそれでも全裸は一度もない。そこまではさすがに破廉恥だ。ただまあ、手段の一つとしてアリかもと思って今回はその手を使ったに過ぎない。どちらに転んでも『はね女』にとっては問題なかった。結局のところ、風呂に入ってくれれば彼女の勝ちだから。


 廊下に出る僅かの時間で残りの二人をどう誘導させるか案を練る。『和女郎』は、まあいい。問題はアキ(王様)だ。一先ず犬の王様の元(イチノメ)に戻るという行動は阻止できた……と考えてハタッと足が止まる。さっきのやり取りを思い起こしてすぐさま足を早めた。


 了承してもらってない!


 ヤバいヤバいヤバいっと頭を抱えたくなる気持ちを抑えて急いで廊下に出る。


「王様っ!!」


 しかし廊下にはアキの姿はなかった。最悪の事態が頭に過ぎりサァーッと顔が青ざめる。三人の中で最も布面積の少なかったのがアキだった。つまり一番熱を出す(体調を崩す)可能性が高いのがアキということだ。

 廊下に一人佇む『和女郎』の肩を鷲掴み顔を近づける。『はね女』は幽鬼みたいな(必死の)表情をしている。


「王様はっ、王様はどこ!?」

「王様ならそこの客室に入ってったよ。寒いから風呂入るってさ。替えの服の用意を頼んでいいいか? さすがに冷えてきた」

「そう、だったの……あっ、ごめん! 連絡ありがとう。ゆっくり温まって」


 頷いた『和女郎』は手をあげながら部屋に入っていった。それだけを言うために彼女は廊下で待っていたのだ。でなければあらぬ心配をしてしまうだろうからと。その考えは的中していた。


 ホッと胸を撫で下ろした『はね女』は本当に本っ当に安堵した。廊下に座り込むほど力が抜けた。けれど、やる事はまだある。温かい飲み物と替えの服、それとマッサージの準備だ。断られたけど。簡単に諦めたりはしない。準備さえしてあればなあなあでやらしてくれないかなと一縷の望みをかける。

 ヨシっと両手を握る。そうと決まればこんなところで悠長に座ってる場合じゃない。立ち上がった『はね女』は廊下を駆け走る。



 風呂から上がったアキの前には『はね女』が言った通りぶさを抱えた『襟巻小僧』が待っていた。


「先代、魔王……?」

「そ、こんなでもボクの前の魔王をしていたんだ」

「どーもー先代魔王でーす。ヨッロシックにぇ〜」


 ついでに要らない人間も待っていた。ニコニコ笑顔の『パリピ爺』が陽気に手を振る。スンと表情が抜け落ちたアキは静かに拳を握る。

 現在はアキが浴室を使った客室にみんな集まっている。みんなと言っても『襟巻小僧』、『パリピ爺』、『犬人間』の三人だけだが。後の二人は絶賛リュック製作に取り掛かるために衣装部屋に移動した。


 マッサージに関してだが一番に上がった『犬人間』は泣きつかれて押されて承諾してしまった。そのため今の彼女はピカピカに磨かれている。

 続いて『和女郎』はリュックを持ち掛けられて逆になあなあにされた。アキは『襟巻小僧』にやんわり注意喚起されて無しになった。


 風呂上がり、ドアを開けたら三人+一匹が椅子に座ってまったりしていた。和やかな空気は別にいいんだが一人余分なヤツが居て、それだけは良くなかった。


「え、ちょ、なに? なになになに!? も、もしかして殴る(オコ)? 殴ろうとしてる(オコなの)? おいっ、話が違うぞ。全部水に流すって言ったじゃん」


 アキの様子を見た察しの良い魔王(ガキ)は膝の上に乗せていたぶさを『犬人間』に手渡すと『パリピ爺』をアキの前に立たせた。もちろんお願いしても聞くわけがないので最初から魔法で身動きを封じて移動させている。


「ボクは水に流したよ。だからここに居させてあげてる。でも彼女はボクとは違う、別の人間だよ。それに、ボクは彼女の意思を尊重すると決めている。だから……諦めて」


 肩に手を置いて数秒後には無事じゃなくなる(アキに殴られる)人物の顔を覗き込む。ただその顔は心配そうな表情ではなく、とてもとても笑顔だった。嬉しいやったぜ最高だと言わんばかりの喜びに満ちた表情だった。終いには右手で親指を立てている(グッドサインを送る)


「はぁ!? ふざけんなおまっ、ちょお待ちぃ! 落ち着け、いや落ち着こう、な? なァ? 待て待て本気(マジ)で待って待ってくださいっ! 暴力はんた……ゲボラァッ!!」


 固く握った拳骨(ゲンコツ)を振りかぶり、アキは『パリピ爺』の顔面真正面に向かって真っすぐ突き出した。鼻の骨が折れる感覚を感じながら振り切った拳はとても気持ち良かった(サイコーだった)


「あのね、今日は晩餐会(パーティー)を開こうと思うんだけど……あなたにも参加して欲しいんだ」


 吹き飛ばされて壁にめり込んでいる『パリピ爺』を一瞥してアキに視線を向けた『襟巻小僧』は明るい声で話を切り出す。まるで何事もなかったかのような態度だ。

 それもそのはずで、大切な魔王城の住民には何事もないので余計な事は意識の外に追いやっている。心の奥底ではいい気味だとほくそ笑んでいるがそれは表に出さない。もっとボコボコにしてくれないかな、とも思っているがアキが一発で満足そうなのでこれも胸に秘めるだけで終わる。


「パーティー?」

「うん。ワンダ=ランドのみんなで盛大に楽しもうと思って! ね、お願い」

「いいぞ」

「そこをなんとか……って、えっ……いいの?」

「楽しそうだしな」


 椅子に座って『犬人間』に手渡された温かい紅茶を飲みながらアキは頷く。断られると思っていた『襟巻小僧』は予想外と言った驚きの表情を浮かべている。それは『犬人間』も同じなようで目を丸くしている。


 普段のアキだったら断っていただろう……ということはない。別に大勢で集まって馬鹿騒ぎ(パーティー)をするのは嫌いではない。毎日となると話はまた変わってくるがたまにやるのなら悪くない。それに、ここには避けたい存在もいない。だから断る理由もなかった。


「うん……っ、うん! やろう、みんなで!」


 心底嬉しそうな表情を見せる『襟巻小僧』にアキも釣られるように笑みを浮かべた。

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