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わふわふわふ

「マジ痛ってぇ、チョー痛ってぇ、クソ痛ってぇ! いい加減、その手を離しやがれっ!!」


 我慢が限界突破し、青筋立てた『パリピ爺』はぶさに向かって再度手を伸ばす。しかしぶさを抱えた『襟巻小僧』がひらりと躱し宙に浮かぶ。仁王立ちするように構え、宙に静止し彼を見下ろす。


「乱暴はいけない。人とイッヌは手を取り合って仲良く暮らす、でしょ?」

「本当に毒されやがってクソメンドクセェなおい。やいコラ、空に逃げるなんて卑怯だぞ! 降りて来やがれクソガキ……っ」

「魔王様に向かって口の利き方がなっていませんね」


 宙に浮かぶ『襟巻小僧』に向かって大人げない暴言を吐く『パリピ爺』だが、その直後に顔が大地にめり込む。彼の後頭部を押さえつけているのは『田舎婆』だ。


「確か……()が高い、でしたっけ?」

「んぐぐ……」


 二体一では『パリピ爺』が数的不利だ。だが相手は子供(ガキ)老人(ババア)。足して二で割ればちょうど良い『1』になる。え、そういう話じゃないって?

 片や魔王で高度な転移魔法も飛行魔法も扱える子供(ガキ)。片や年老いた様子を微塵も感じさせない瞬足と剛腕を兼ね備えた老人(ババア)。一人でも厄介極まりないのにそれを二人だって? 冗談じゃない。人を見た目で判断すると痛い目見るぜ。俺様のようにな。


 髪を掴まれ強引に顔をあげさせられる。その目の前に『襟巻小僧』が降り立った。


「これ以上痛い思いをしたくなかったら早くボクの腕から出ていって」

「な、なんのことだか分からな――グゥッ!」


 逆光で顔が見えないが笑っていないのだけは確実に分かるほどの冷酷な声だった。それでも『パリピ爺』は態度を崩さない。ウソと丸わかりの誤魔化しに彼は再び大地と(地べたに)口付け(チュー)する。


「疑わしきは罰します」

「だから、なななんのことかぁ……ウガァ!」

「声が震えていますよ。というか、そうあからさまな演技をしなくともよろしいでしょうに」

「たとえバレていようが正直に言い明かしちゃあつまんないじゃん。俺様のモットーは常に楽しく常に面白くだ」

「それは誰にも迷惑が掛からない範囲でやりなよ」

「迷惑だなんてとんでもない! 俺様は先導右手(せんどうしゅ)だぞ。今までお前の行く先を示してやったのを忘れたのか」


 頭を押さえつける手から逃れた『パリピ爺』が腰に手を当て胸に手を当て声高らかに自己主張する。殴っても倒れない。自尊心の塊(ナルシスト)はこれだから面倒くさい。


「あっそう。へー、じゃあクラーケンでボクの腕を切断したのも、ボクに魔王を押し付けたのも、ボクに夢を見せてその様子を高みの見物することも導きだって言うんだ」

「はぁー? 高みの見物をしていたのは認めるけどそれ以外のは俺様のせいじゃないぞ」

「責任転嫁はメッですよ、先代」


 さてさてこの男、言動が軽くイケイケゴーゴーで超迷惑なヤツであるがその正体はなんと先代魔王だったのである。クラーケンを作製した先代魔王が彼である。


「いやだって、まさかあんな作り話を真に受けるなんて思わねぇじゃん。てかなんだよワンダ=ランドって。内容かすりともしてねーよ。それが俺様のせいってそっちの方が責任転嫁だろ」


 クラーケンだけでなく執務室に置いてあった『襟巻小僧』の愛読書、ワンダ=ランドも彼が作製したものだ。


「おやまあ幼気(いたいけ)な男の子の心をかき乱しておいてなんたる言い草ですか。大人なら己の過ちを潔く認めて誠心誠意尽くすのが義理でしょう」

「はいはい異議あり! 抗議抗議! どこに幼い男児がいるんだよ」


 手を挙げて抗議する姿は到底大人には見えない。これではどっちが子供なのか分かったものじゃない。

 しかし『パリピ爺』の抗議に『田舎婆』は『襟巻小僧』を手で示す。さらには『襟巻小僧』も笑みを浮かべて自分を指した。どこからどう見ても男児だ。


「おまっ、ズリィぞっ!」

「ズルくない」

「そうですよ。こんな愛らしい男の子は他にいません」

「こんな狂人、他に居てたまるか!」


 やはり二対一だ。多勢に無勢。口でも二人には敵わない。そんな哀れな男に手が差し伸べられる。子供の小さい手。『襟巻小僧』の右手だ。


「さあ、早くボクの中から出ていって。そうすれば今回の件……ううん、今日までのことは水に流してあげるよ」

「…………断るって言ったら?」

「嫌でもしたくなるようにするまでだよ」


 この日一番の笑顔を見せる。それは子供のような純粋な笑みで、だが言っていることと表情が恐ろしく相違していた。



『パリピ爺』こと先代魔王と『襟巻小僧』こと当代魔王。二人の出会いはこれまた奇怪なことに一匹の犬が引き起こした。その犬の名はクラーケン。そう、先代魔王が作りし川に住み着く魔物である。

 事の始まりはキッチンに届いた人間の片腕。そこは少し前に作製したクラーケンの口内と繋がっている転移陣だった。キッチンは騒然となった。魚が送られるはずの場所から新鮮な人肉が送られてきたのだから。すぐに魔王を呼び出し調査に駆り出させた。ウジウジと言い訳を連ねる魔王の(ケツ)を蹴飛ばして笑顔で窓から送り出したのだ。

 渋々とクラーケンがいる川に向かった魔王。そこで見たのは目を疑う光景だった。片腕を失くした男が笑みを浮かべて手を広げる。彼の前には大口を開けて今にも飲み込まんとするクラーケンの姿が。血相と変えて飛び出した魔王は間一髪のところで男を救出したのだ。それが後の魔王、『襟巻小僧』だった。


「バッカ何してんだ! 危ねぇだろ」

「……だれ」

「ふっふーん聞いて驚け! 俺様は強く気高き偉大な魔王様である。フーハッハッハッ、どうだ恐れ入ったか若人よ」

「…………」

「魔王に会ったが最後、誰も生きては帰らない。なぜなら魔王が全てを葬り去るのだから。敵は一切の容赦なく魔王の手によって生命(いのち)を奪われるのだ。どうだ、怖いだろー。ガオー」

「……………………」

「ねーチョットは反応してよ〜。俺様が頭おかしいみたいになんじゃんかよぉ。せっかくカッコつけたのに独りでスベったみたいになっちまったじゃねぇか! どうしてくれんだよ、俺様の柔く脆い心臓が傷ついたぁーーー!!!!」

「あれ、なに」


 それまでスンとも反応しなかった青年がようやく口を開いたかと思えばクラーケンを指差した。魔王の言葉は完全(ガン)無視だ。これはさすがの魔王も恥ずかしくなって顔が少し赤くなっている。


「あん? あれはクラーケンだよ。俺様が作った魔物さ」

「クラーケン……クラーケン……」


 名前を繰り返し、見開かれた眼を輝かせ、ほっぺたに朱が差し込む。それはまるで恋に落ちた人間の表情であった。

 そんな推定激オモロ人間をこの魔王が易々と逃すわけがなかった。人の悪い笑みを浮かべると彼の肩を掴む。目を細めた魔王は極悪めいた人相を隠しもせずに口を開く。それは悪魔の囁きのようであった。


「お前の腕、治してやるよ。んでお詫びってわけじゃねぇけどチョットしたプレゼントも用意してやる。遠慮なく受け取れ」


 ニヤニヤと笑みを浮かべた魔王は彼の了承を得る前に早速魔王城に連れ帰ったのだった。


 切断された彼の右腕にチョットした細工を施した魔王は治癒士に頼んで腕を接合させた。その反動で眠ってしまった隙に魔王は一つの本を即興で綴った。回復した男は一度は離れた腕の状態を確認していると大きな音を立てて現れた魔王に視線を向ける。


「ほらよ。これやるよ」


 ポンっと投げ渡された本の表紙にはワンダ=ランドの文字が書かれていた。


「それと、今日からお前が魔王な。つーわけで、あとはヨロシクゥ〜」


 言うだけ言って逃げるように颯爽と走り去って行った魔王……ではなく元魔王。一言も発する暇なく男、新魔王は居なくなった元魔王の影を見つめ……てはおらず視線は手元の本に釘付けだった。


「うわ、とうとうやりやがった」

「アッハハハ、魔王様ヤベー。あっ元魔王様か。ひー腹痛い。腹痛いよ助けてーぇ」

「煩い黙れ」


 外野がガヤガヤしている中でも新魔王は変わらず手元にある本だけを見つめている。表紙に描かれた犬の絵を優しくなぞり、緊張した面持ちでゴクリと唾を飲みこんで、早く脈打つ心臓の音に急かされるように本を開いた。

 これが二人の出会いと魔王交代の話である。


 閑話休題(なにこれ)



 葛藤するような表情を浮かべる『パリピ爺』だが天秤は既に傾いている。断固として拒否だ。ピタリとも揺れ動いていない。魔王の『右腕』には別の意識が宿っている。その意識の正体こそ『パリピ爺』だったのだ。ちょちょいと細工した右腕を介して彼はずっと『襟巻小僧』の行動を盗み見ていたのだ。時には腹を抱えて笑い転げ、時にはニヤニヤしながら『右腕』を動かし、時には涙を流すほどに大笑いしていた。こんなに楽しいことを取り上げられるなんて絶対に嫌だねと逃亡策を講じている最中だ。

 それを瞬時に察知したのか『田舎婆』が逃げようとする不届き者の手首を掴む。


「逃がしません。魔王様の望みを叶えなさい」

「イダッ、イダダダダ。ちょ、力強っ……イッ、痛いて。見逃してくれよぉ! な、昔のよしみで頼むよ〜」

「魔王様のご命令は絶対です。それが例え、元魔王様が相手であっても変わりません。それと、昔の魔王様より今の魔王様の方が好きなのでお断りします」


 すっぱり断られて肩を落とす。しょぼくれた男に容赦なく手の力を強めて追撃する。指が腕にくい込んでへし折れそうだ。


「ダーッ、もーぉ分かった! 分かりました! やればいーんだろやれば。くっそおお、こっからが見物だってのによー」


 バチンと目の前に差し出された『襟巻小僧』の右手を叩く。叩かれた後、『襟巻小僧』は自分の右手を開閉して確かめる。その様子を同じく見ていたぶさはふんふんと鼻をヒクつかせてから頭を擦り付ける。これで『襟巻小僧』は晴れて自由の身、障害はなくなった。ヤッタネ。


「お祝いに今日は豪盛な食事にしましょう。なにか食べたい物はありますか?」

「ケーキ、大きなケーキを作ろ!」


 楽しくにこやかに話す二人の姿はまるで祖母と孫だ。このまま手を繋いで魔王城()に帰れば完璧なのだが……邪魔者(横槍)が入る。


「いいねぇ俺様楽しみ〜。久しぶりの晩餐♪」

「あなたの分はありませんよ?」

「えーなんでー、仲間はずれ反対。ぶーぶー」


 何を当たり前なことをという風に『田舎婆』が首を傾げる。それに口を尖らせて抗議する『パリピ爺』。


「仲間はずれも何も仲間ではないじゃないですか。魔王だったのは昔の話、今のあなたは魔王城にとって何者でもありません。部外者です。どうしてわざわざ部外者の分の食事を用意しなければならないのですか?」

「ぬぐぐ……」


 正論である。正当な主張(ごもっとも)だと『襟巻小僧』もうんうんと深く頷く。はっきりきっぱり過不足ない言い分にぐうの音しか出ない。


「お、俺様も食べたい」


 今までの威勢はどこへやら、へにゃへにゃに弱っちい声で囁くように呟く。ちょっと悔しそうにしている。けれども美味しいご飯の誘惑には勝てなかった。


「やり直し」

「うぐっ! 俺様も食べたいです」

「声が小さい」

「おっ、俺様も一緒に食べさせてください!」


 屈辱なのか顔が赤くなっている。


「どうします魔王様?」


 上司である魔王にお伺いを立てる『田舎婆』。散々口出ししておきながら決定権は彼女にはなかった。ちょっとした意趣返しのつもりだ。割と結構ノリノリでやっていたが。


「うーん……まあ余り物でも出(適当な物用意)しておけばいいんじゃない」

「了解しました。良かったですね、心優しい魔王様で」


 グサグサとトゲを刺していく。


「ねぇ怒ってる?」


 恐る恐る尋ねた質問は無視された。

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