バウ
「大変だ大変だー!」
「ヘンタイだヘンタイだー!」
ドッタドッタと慌ただしい二つの足音が魔王城の廊下を駆け回る。階段を下って下って、地下へと向かう。バンッと勢い良くドアを開け放った男は中に居る者を認めると心の中で拳を握った。
「魔王様っ!!」
「ハッケーン」
焦った様子の『三下野郎』と陽気に手を振る『首輪野郎』。両者両極端の反応を見せる二人に呼ばれた『襟巻小僧』は首を傾げる。
「どうかしたの?」
「こ、これっ! げほ、げっほ……っ、これを見てください!!」
「俺は付き添いだよー。強いて用件を作るならお休みが欲しいでぇっす」
走ってきたせいでまだ始まってもいないのに疲れている『三下野郎』は息が整っていない内に叫び、喉を酷使してしまい咳き込む。ヘロヘロだけれど駆け足で魔王に近寄り、その手に握りしめている手紙を手渡す。特に訝しむこともせずに素直に受け取って躊躇いもなく開く。
「国王っ、城で、ハア……働いてる、オレの友達から、スゥー、手紙ですけど……」
「えっ……うそよ。俺以外に男が居たなんて……酷いわ!」
「えーっと、ふんふ……へぇ、ボクの運命の人を奪い取りに乗り込んでくるんだ」
「俺は遊びだったの?! 酷い、酷いわ。あんなにも熱い夜を過ごしたのに……しくしく」
「ど、どうします?」
一読した『襟巻小僧』は丁寧に手紙を畳んで仕舞い込み『三下野郎』に返す。ようやく息が整った彼は手紙を受け取ると、普段と変わらぬ様子の魔王様にお伺いを立てる。
ちなみに二人ともガヤの『首輪野郎』は無視している。彼は何も知らずに取り敢えず面白そうと思って引っ付いてきた虫だ。追い払っても寄ってくる厄介な害虫だが実害はないので放っておくのが最善手だ。
「特に何もしないよ。する必要も無いでしょ」
肩をすくめて苦笑する。別に侮っているわけでも嘲ているわけでもない。事実を言っているだけだ。仮に国王城に居る騎士や魔法使いが全員で攻めてこようが『襟巻小僧』一人で容易に追い返すことが出来るのだ。それほどまでに力の差がある。そうでなければ魔王の器に選ばれないし、感情の振り幅で環境に影響を及ぼすことも出来ない。魔王という名は飾りではないということだ。
「教えてくれてありがとう。一応気にかけておくよ。何があってもワンダ=ランドには指一本触れさせないから、安心して」
「きゃあああ、魔王様カッコイー。ひゅーひゅー」
「それで、もう一通の方はどんな手紙? ……私的な手紙?」
「ま、まさか……恋文? ムキィー、結婚なんて許しませんわ。どこのスパダリよ!? 俺に紹介しなさいっ!」
「これは、なんというか……愚痴? 私的っちゃあ私的ですけど、オレに向けたものってわけでもないですし……読みます?」
「いいの?」
喉に小骨が刺さったような、なんとも言い難そうな言い方をする。それが逆に興味を掻き立てる。読ませてくれるのなら読みたい。特に遠慮する素振りも見せずに手紙に手を伸ばす。
「俺も読む〜。えーなになにどれどれ〜ふんふふん…………ワオ」
手紙を広げた『襟巻小僧』の横に頭を近づけて盗み見る。そして流し読んだ結果、上記の感想が口から漏れた。
「これは、また……」
「騎士の妖精様、ねぇ。……ンフッ、ぷくく」
その手紙には国王城における『犬人間』の評価が綴られていた。
彼女は国王城内では『騎士の妖精様』と密かに呼ばれ、各所から重宝されていたらしい。彼女自身、特別なことは何もしていない。ただまあ、騎士の中に一人、女性が居る。特筆できる要因はそれだけだ。もちろん『犬人間』が女性であると知る者は国王城には一人もいない。顔すら覆い尽くすヘルムで素顔が見えなくても騎士なのだから男だという先入観があった。それを踏まえた上で考えみて欲しい。
粗暴だったり気難しい性格の人間が多い騎士。全員が全員そういった性格というわけではないのだが、やはり言動など目に余る人間が目立つのだ。そんな中で、性格優しく気遣い上手の仕事が出来る騎士がいたらどうだろう。きちんと不備なく丁寧に書かれた書類、通りすがりに重たい荷物を運び、他の騎士に絡まれている時は庇ってくれる。そんな優しくて頼りになる騎士、惚れるに決まっている。目の上のたんこぶな騎士の中に居る唯一の癒し。一切喋らないことと気づいた時にはいないことから妖精と名つけられた。そのため『犬人間』が居なくなってしまったことに嘆き悲しむ者がとても多く居た。ある者は難解な書類に頭を抱え、ある者は騎士に絡まれて嫌悪し、またある者は告白しておけば良かったと涙した。
余談だが国王城では王族と一部の過激派のみが魔王に執着しているのが現状だ。それ以外の大多数の使用人或いは国民にとっては魔王とは御伽噺の登場人物だ。そもそも国外に出ないので魔物だとか魔王城だとかはナニソレである。
もちろん『三下野郎』の友達のように国の要所或いは何らかの関係部署に勤めている者は実在する人物だと知っていたりするが、それは全体に比べればホンの一部だ。それらの人物は過激派が騒がしくしていると「うわ、また始まった……」と呆れて肩を落としているとか残業が増えると嘆き目が虚ろになるとか支障をきたしたり余所事だったりと影響は様々だ。最初の手紙には過激派の動向をお知らせする内容がついでとばかりに愚痴やら心情やらが延々と書きなぐられていた。紙は少しよれ、濡れている部分もあったので本当に苦悩しているのが紙面でもしっかりと感じ取れた。
「こっちの手紙はあの子に渡そうと思ってますけど、魔王様はどう思います?」
「いいんじゃないかな。彼女の謙虚な姿勢は好ましいけれど、自己肯定感が少し低いところはあまり喜ばしいことではないからね。読む限り誇らしい高評価しかないし、これで少しは自信を持ってくれるといいんだけど……」
「じゃあ俺! 俺が渡したい!」
ハイハイと手をあげて『首輪野郎』が立候補するが手紙は『三下野郎』の手から移動しない。当然の如く無視される。
「でもさぁ、それを読んで国王城に帰りたいーって気移りしたらどうするの? 戻ってきて〜って懇願されてるし、魔王城で働くのを止め……」
「ありえないね」「それはない」
ムスーっと両頬を膨らませてぼやく。不機嫌な体を装いながら予測できる可能性を挙げると言い終わる前に二人揃って否定される。自分のことでは無いのに断言した。それは偏に『犬人間』が魔王城に居続けるという確信があるからだ。一瞬の迷いもなく断言出来るほどに揺るぎない信頼を彼女に寄せている。
そして、『首輪野郎』も聞いておきながらないな、と思っていた。魔王城ほど働きやすい職場は他にないだろう。だって、サボってもそこまで怒られない……おっと間違えた。兎にも角にも超楽しい超ハッピー、幸せヒャッハー最高イェーイな仕事場だ。手放すなんてもったいなさ過ぎる。
「ところで魔王様、地下に何作るの?」
話が一段落したのを感じ取った『首輪野郎』はずっと疑問に思っていたことを口にする。それは『三下野郎』も同じで、興味津々と耳を傾ける。何せ魔王城には元々地下なんて場所は存在してなかった。つまりは現在進行形で地下を目下開拓中だ。そのせいで魔王城を駆けずり回って魔王様を探すハメになったのだ。魔王様の場所を尋ね回り、ようやく得た情報が地下に居るだった。当然、地下ってどこだよと疑問が声に出た。そして一階を走り回って何とか地下への階段を見つけたのだった。
「ふっふーん。それはねー…………って、教えてあげたいのは山々なんだけど、ごめんね。まだ言えないんだ」
口の端を釣り上げてほくそ笑む表情から一転、苦笑して手を合わせる。それに二人はズッコケる。
「一応、構想はあるんだよ? でも実際にその通りに出来るかの確証がないんだ」
「珍しいですね。魔王様が弱音を零すなんて……そんなに難しいものなんですか?」
「この世界にないモノだからね」
その一言で察しがついた。またアキの世界の何かを作る気だということを。それなら聞いても分からない。だったら完成するのを待とう、と二人は同じ考えに至った。
「でもさぁ魔王様。こんなに掘って、お得意の空間魔法は使わないの?」
第二の疑問を口にする。作ろうとしているものが一体全体どれほどの規模なのかは知らないが現状の地下空間は城の面積よりも広そうだった。魔法で空間を弄らずになおも掘り進めているのだ。
「今回は使わないよ。愛の巣まで伸ばす予定だから使うと大変なことになるからね」
「うわっ、そんなに広い空間が必要なんですか?」
「そこまでは必要ないんだけど、愛の巣から近い場所でワンダ=ランドからも行きやすい場所ってなると繋げた方が早いかなって」
地上の良い場所には既にイチノメがある。アキの話を聞くにそれは室内にしか無理そうだ。魔王城内に作るにしてもこちらも既にニノメがあるしで場所に限度があった。それなら地下空間を作るのはどうだろうか。いっそのこと愛の巣まで掘れば万事解決なんじゃ……という具合で決まったのだ。
ちなみにその時その場にいたアキはうわコイツやべぇと引いたのは想像に容易いだろう。『襟巻小僧』は思い切りと行動力がとても良い。出来るかも分からないけど取り敢えず場所は確保しておこうの見切り発車状態だ。ダメだった時のことは何一つ考えていない。だってこれはアキの願いだ。たとえ完全再現は無理でも近しいところまでは頑張る所存だ。
「それじゃあオレらはハウスに戻りますね」
「うん、報告ありがとう」
なんかもう理解が追いつかなくなったので切りもいいことだし『三下野郎』はこの辺で帰ることにした。用は済んだしここに居ても手伝えることはないし。
「俺ここで見てるー!」
「ダメだ、帰るぞ」
魔法で土を掘り進める様子は見ているだけで爽快な気分になる。目を輝かせて見学の宣言をした『首輪野郎』だったが即座に却下された。さらには首輪を引っ張られて強制連行だ。仕事をサボる免罪符は無惨に散った。
* * *
「うぉい、なんだどうした?」
突然、玄関のドアが開いたと思ったら『犬人間』が駆け込んできた。そのままアキの胸に縋り付くように頭を押し付ける。反射的に手が出そうになったアキだがそれが誰かを認めて慌てて手をあげて殴らないようにしたのだ。あと少し反応が遅れていたら拳は彼女の顔に向かっていただろう。危ない危ない。
「……大丈夫か?」
アキの方が身長が小さいのだが、今は胸の高さにある『犬人間』の頭頂部を見下ろしている。動く様子のない彼女の頭をポンポンと優しく叩いてからべりっと引き剥がす。全く一欠けらの容赦もない行動だ。
顕になった『犬人間』の顔はリンゴのように赤く熟れ、うるうると涙目になっていた。バチッと視線が合うと、彼女の口がわななく。金魚のように口をパクパクとさせているが声が出ないようで、代わりにじわりと涙が滲む。
「た、助けて……ください」
顔を隠すようにもう一度アキの胸に頭を押し付け、蚊の鳴くような声で懇願する。よく見れば体が震えていた。今度は引き離すのではなく逆にしっかりと抱きしめた。
「誰がやった」
『犬人間』の後頭部に口を寄せて声量を落として尋ねる。直後ビクッと肩が跳ねた。彼女の縋り付く手の力が強くなる。促すように背中を撫でると意を決したのか少し顔を離して小さくその者の名前を口にした。
アキが魔王城の廊下をズンズンと突き進む。目指す場所は一つ、ハウスだ。後ろにはぶさのリードを持ち、アキを追いかけるぶさに引っ張られている『犬人間』と道中で出会った『田舎婆』がついて行く。
ハウスのドアを勢いよく開けて中を見渡す。音に驚いたように注目を浴びるがアキはそんなことお構い無しだ。目当ての人物を見つけると一直線に向かっていく。
「歯ぁ食いしばれ」
低い声だった。マジギレのドスの効いた声。アキは目を見開き、拳を固く握る。そして、なんの説明も弁明する余地も与えずに『首輪野郎』の顔面を殴った。
その後ろではどうしようと慌てふためく『犬人間』と黄色い声援を送る『田舎婆』の姿があった。
さらに遠く離れたところでは犬たちの健康状態を確認していた『クズ男女』が呆れた目で見ており、その隣で手伝わせられてる『三下野郎』が拍手して称賛を送っていた。
そんなバラバラの感情が点在するハウス内では彼の首輪を掴んだアキが執拗に殴り続ける痛い音が響き渡っていた。




