ペロペロ
「じゃっじゃーん! まずは外の水遊び場を作ってみたよー!」
「おぉ……」
御館での会議から数日が経過した。お昼ご飯の後に着いてきて欲しいと乞われて向かった先には大きなプールがあった。思わずといった感嘆の声がアキの口から漏れた。
「中はまだ場所だけだけど、先にこっち水遊び場であなたの意見を踏まえたくて……っきゃあああああ!!」
「ひゃっほーい!」
甲高い悲鳴が晴天の空に轟く。その少し後にはアキのはしゃぎ声と水に落ちるド派手な音がした。服を脱いで下着姿になったアキがプールに思いっきり飛び込んだのだ。
外の水遊び場は三つで構成されている。競泳用プールに流水プール、スライダーだ。取り敢えず一つずつ順番に説明していこうか。
先ず競泳用プールはアキの要望通りの造りになっている。寸法はおおよそで長水路、五レーン、深さはアキ1.5人分となっている。なかなかに立派だが今の所使用者はアキだけだ。この世界には水の中を泳ぐという概念がない。泳ぐ必要がないからだ。普及すればその限りではないだろうが今の所は馴染みは皆無なのでアキのみとなっている。そのアキが一番最初に飛び込んだのはもちろんこのプールだ。
次に流水プールは数字の0の形ととても簡易的な造りになっている。これはアキが描いた図形が丸だったからだ。幅は人間が横並びして三人分、深さはアキの肩より少し下ぐらいだ。おまけのように造られたから全長は長くはない。このプールはスライダーの着水点と繋がっている。
最後のスライダーだがこれは滑り台ではなく山があった。森林だった場所を整地して平地にし、さらに山ができていた。なんでも掘った土で人工山を造ったそうだ。その山に穴を開けてスライダーもどきにした。出発点にある大きな木の葉に乗って滑る仕様になっている。余談だがスライダーの説明にアキはジェットコースターの話をしてしまったために山スライダーは縦横無尽に回転する造りになっている。しかも見た目は小さい山なのだが中の空間を魔法で捻じ曲げているせいでスライダーのコースは思っているより長い。さらに山にはスライダーの他に滝もあって飛び込みができるようになっている。
「ふぉおおおーーーぅ!!!!!」
叫びながら滝から飛び込んだアキは大きな水飛沫を上げて着水した。陽光が反射してキラキラと輝く水滴が宙を舞う。
「いやー楽しいーなぁ!」
キラッキラの笑顔をしたアキが『襟巻小僧』とぶさの元に戻る。その隣にはいつの間に来ていたのか『和女郎』と『犬人間』の姿があった。アキは完全に一人の世界に入っていた。三人+一匹からの視線すら気にならないほど羽目を外していた。一通り楽しんでホクホクと満足そうな顔をしている。
アキは水泳が好きだった。思い出とか好きになった理由は特にない。元々体を動かすのが好きだったし泳ぐのも楽しいから水泳も好きなだけだ。幼少期はよく海や川、プールなどに行って泳いでいた。それも中学に上がった頃にはなかなか機会が訪れなくなったが。行く先々で絡まれては純粋に楽しむこともできない。けれど泳ぐのは好きで、懲りずに何度か泳ぎに行っていた時期もあった。そういうわけで一度、ナイトプールに行ったことがある。暗い夜の時間なら顔が分からない。それなら絡まれることもないだろうと当時のアキは思ったのだ。結果は想像に容易い。日中よりも絡まれた。しかもベタベタと無遠慮に体に触れてくるしで最悪だった。避けたい存在ができ外出が減るにつれ自ずと泳ぎに行くことも無くなっていった。
「よぉ! どうだ……ってその様子じゃあ聞くまでもないか。ご満足いただけたようでなによりだよ」
「ああ、サイッコーだよ。んで? その二人は何をやってるんだ?」
表情ですでに分かるが受け答えの声音も弾んでいた。気分が良いのを隠しもしない。そんなアキは笑顔のまま『襟巻小僧』と『犬人間』を見やる。二人は揃いも揃って顔を覆っていた。
「あー、王様の格好がちっと刺激が強いみたいでな。照れてるだけだから気にすることぁないぜ。それよりよ、犬の王様が泳がないんだが何か問題でもあるのか?」
ぶさはアキがプールに夢中になっていた時もずっと『襟巻小僧』の傍に居たのだ。今だってアキの足元に擦り寄るだけで一向にプールに近づこうともしない。
「そりゃあぶさは水に入ったことがないからな」
「は?」「え?」
アキがあっけらかんと言った発言に、その場の空気が凍りついた。これには例の如く指の隙間からアキを覗き見ていた『襟巻小僧』も思わず手を退かしてアキを凝視した。同じく『犬人間』も驚きのあまり手を退かしたがアキの格好を見てすぐに眼を覆った。
「待って……待って。それじゃあイッヌ様は水遊びはしないの?」
「水遊びは好きだぞ」
アキの支離滅裂な発言にさすがの『襟巻小僧』も困惑を露わにしている。
ぶさは水に入ったことはない。けれども水遊びは好きだ。これは謎かけではなく単純な話で、プールに入ったことがないだけで小川や雨、風呂など水に触れること自体は好きだと言うことだ。さしずめ水泳と水遊びという違いに過ぎない。しかしここは日本ではなく異世界で、水泳という概念がないためアキがさっきまで水遊び場で行っていたことが水遊びだと思っている。だからこそ混乱を極めているのだが、そのことにアキは気づいてない。お互いが首を傾げる結果になってしまっている。
それからどうにかこうにか「水で泳ぐ」と「水で遊ぶ」の違いを把握することができた魔王たち。一番の功労者は『襟巻小僧』である。理解するのに結構な時間を要したため気づけば空は夕焼けに染まり始めていた。単純にアキが水泳に夢中になっていた時間が長かったこともあるが。というかそっちの時間の方が圧倒的に長い。
「それじゃあイッヌはあなたみたいに泳がないの?」
「泳ぐ犬もいるんじゃないか? ぶさみたいに頭が低いとか足が短いとかは体の構造的に難しい犬種はいるらしいけど救命胴衣着れば泳ぐことだってできるらしいしこれは犬によってだな」
場所は変わって愛の巣。何とか水泳と水遊びの違いを理解することができた辺りでアキが寒いと言ってくしゃみをしたのでその場は解散となった。そして家に帰って冷えた体を風呂に入って温め、『襟巻小僧』が持って来た夕食を食べている最中である。
「それなら室内の水遊び場も作って大丈夫かな。それより、その……らいふじゃけえと? てなに?」
「水に浮く道具? 溺れて呼吸できなくなると危ないからって不慣れなヤツとかが着る服みたいなもん」
「ふんふん。そういうことならその道具も作った方が安心だね。う~ん、水に浮く服……」
頭を悩ませる『襟巻小僧』を余所に今日も美味しく完食したアキは御馴染みの場所に移動する。そして最近は巨大スライムに乗るアキの腹の上がぶさの定位置になっている。ぶさもしっかりご飯を食べて眠く……なってはいない。昼からは体を動かしてないのでまだまだ体力が有り余っている。
「それなんだけどさ――」
ぶさの体をワッシャワッシャと雑に撫でていたアキがふと手を止めて『襟巻小僧』に向かって話を切り出した。
* * *
外の水遊び場がお披露目されてから数日が経った。アキはあの日から毎日室外プールに通っている。その時は決まってぶさを『襟巻小僧』に預けている。あっちはあっちでぶさの他犬に対する恐怖心を少しずつ和らげようと頑張っているみたいだ。直近の報告では寝ている犬のすぐ横を通り過ぎることができたと聞いた。しかし起きている犬、ぶさと同じく他犬が苦手で大人しい犬が相手でも目が合った時点でダメらしい。先はまだまだ長い。
そしてまたまたアキにお呼びが掛かった。
「じゃっじゃじゃあーん! 内の水遊び場が完成しましたー!!」
パチパチパチ……
テンション激高『襟巻小僧』の声の後に乾いた拍手が鳴る。その場に居るのはアキと『襟巻小僧』の他、『三下野郎』、『クズ男女』、『田舎婆』の計五名だ。もちろんぶさも居るし、何なら他の犬も二十匹いる。そのためテンションが高いと言っても声量は抑えている。
室内プールは本当に魔王城の一階層を丸ごとぶち抜いて作ってある。元々使っていない部屋が多い階層だったらしい。それでもいくつかの部屋は使っていたがそれらはすべて別の階層に部屋ごとお引越しした。魔法とはなんと便利なことか。
いくつかある階段はどこから行っても入口は同じ作りになっている。所謂着替え部屋だ。温泉の脱衣所みたいな感じの部屋になっている。今はまだこの部屋に居る。
一人ウッキウキの『襟巻小僧』に対して他の人は『田舎婆』を除いて冷めている。温度差が激しい。ちなみに犬たちは知らない場所に連れてこられて警戒している犬が半分、ワクワクしている犬が半分と言った風に反応が分かれている。ぶさは他の犬がいるので怯えている。
「それじゃあ早速水遊び場にイッヌたちを連れて行こう。今日はそれぞれイッヌたちの水に対する反応を見るのが目的だけど、念のためにこれを着させてね」
そう言って取り出したのはライフジャケットに変わる道具である着るスライムだった。しっかり101匹分用意をしている。各々の体格に合った作りとなっているためサイズはぴったりだ。
これはアキの提案、というか思いつきである。家の風呂に小さいスライムをアヒルのように浮かべていたアキはスライムが水に浮く性質があることを知っていた。だからスライムでライフジャケット……というより浮き輪を作れないかと『襟巻小僧』に言ったのだ。スライムが水に浮くという性質は彼にとっては寝耳に水だった。さらにはアキによって多種多様なスライムを作ってきた経験を元に着るスライムはすぐに完成したのだった。
試しに自分用に作った着るスライムを着用して外の水遊び場の競泳用に入ったところぷかぷかと水面に浮いた。さらに魔法で重量増加させてもある程度は耐えてくれることが分かった。ということで内の水遊び場を造る傍らで着るスライムも作製していた。しかも全犬着替え部屋の数分だ。馬鹿だろう。その間もしっかりアキとぶさのお世話を欠かしていないので一人だけ時間の流れが違うのかと思わずにはいられない。
「よーし準備はいい? それじゃあ、行っくよー!」
連れてきた二十一匹の犬が着るスライムを着用しているのを確認してから『襟巻小僧』がドアを開ける。中に一歩足を踏み入れるとムワァっとヌルイ、湿気が多い場所のような空間になった。気持ち悪い感触だ。サウナともまた違う。夏の雨の日の室内みたいな高温多湿な感じ。アキは顔を顰める。入って一分もしないうちにもう帰りたくなった。
内の水遊び場は完全に犬用として設計されている。水深は浅いのでくるぶしの高さ、深くても膝の高さまでしかない。水深ごとに囲いで区切られていて、人の手がないと出入りできないようにしてある。水深が違うだけでどこも同じ造りだと思っていたら違った。水深が深くなるにつれて少しずつ本格的な造りになっていっている。一番浅いのだとキッズ用プールみたいな感じだ。広くてちょっとした噴水や小遊び道具が散乱している。深さが増していくと一匹用の個別プールだったり大遊び道具が設置されてあったりする。ちなみに一番深いプールには流水プールや造波プールがあった。
補足しておくと室内プールに関してはアキはほとんど口出ししていない。そもそも造られているのすら知らなかった。最初にこういう種類のがあると言っただけで後は自己的な欲求が主だった。だからアキの中では室外プールで完結していた。今回呼ばれている理由は単純で、最初に使うのは王に決まっているよね、ということだ。これを見てそういえば二つ造るって言っていたっけと朧気に思い出したのだ。
取り敢えず他犬が同じ空間に居るとぶさは使い物にならないので囲いの中には入れずにぶさだけを中に入れる。アキに降ろされたぶさは水遊び場に目を輝かせて勢い良く水面に突撃していった。それから様子を見ながら場所を変えて遊ばせる。
ぶさが一番浅い場所ではなくても大丈夫だったので別の囲いに移動し、こっからが本命だ。魔王他三人で二十匹をつぶさに観察しながら水に触れさせる。十分な分析が出来たら次の二十匹に交代させるを計五回繰り返す。そしてたんまり時間を掛けてイッヌ百匹分の対水反応の記録を取り終わって本日の重大任務は終了した。
後日、それぞれの囲いの出入口の横にプレートが設置された。そこには101匹分の犬の名前が書かれており、その横には〇か✕が書かれていた。
アキは文字が読めないし室内プールに近づかないので知らないことだが一番上はやはり王である「武最凶」の文字が書かれている。




