ペロ
「ところで、川で水遊びって言ってたけど何をするの?」
「そのままの意味だよ。水ん中入って遊ぶ」
「どうして?」
「暑くなると海とか川に行くだろ?」
不可解に思ったアキが尋ねると『襟巻小僧』は首を振る。
この世界では季節という気温の変化がなく、一年を通して気候は安定している。一年中春のような暖かい気温だ。それなら確かに水遊びする必要はない。
「お風呂とは違うの?」
「もっと広いし水は冷たい。あと水に入るってより泳ぐのが目的だ」
アキの話を聞いて『襟巻小僧』は何やら考え込むように黙った。それを横目にアキはスライムをぷにぷに弄る。そのまま反対の手で自分の胸を揉む。
うーむ、似てる。似てる……けどスライムの弾力の方が気持ちいい。つまりは『肉弾野郎』の脂肪の方が肌触りがいいってことか?!
「良し、作ろう!」
「……は?」
真顔になりながらもスライムを触っていたアキは突発的なトンデモ発言に反応が遅れた。何言ってんだコイツって顔をして『襟巻小僧』に視線を向ける。
「いや川があれば十分だけど」
「川は、その……危ないんだ。クラーケンがいるから」
ちょっと恥ずかしそうに言う。いやいや川は危ない、ならここに作ろう! にはならない。てかナンダ、クラーケンって。凶暴生物か何かか? クマとか恐竜みたいな。
「追い返したり出来ないのか?」
「追い払うんじゃなくて壊さないとダメなんだ。だけどボク、クラーケンに手を出すことが出来なくて……これはあなたのお願いでもダメなんだ。ゴメンね」
申し訳なさそうに謝られる。しかしアキはどうして謝られているのかも分かっていない。
翌日。「クラーケンを見に行ってみる?」と誘われたので橋までやって来た。前に通った時は穴が空いてて通れなくなっていたのに今は元通りになっていた。ホント誰だよ壊したヤツとアキは憤慨する。犯人が隣にいるとは知らずに。
「それじゃあ下に降りようか。イッヌ様を抱えてクラウディアに乗ってね」
魔王城の廊下を浮遊周回していた雲を取り出した。これは『はね女』のわがままで改良した方のクラウディアだ。つまり人が乗っても大丈夫な改良魔物だ。
言われた通りにぶさを持ち上げて乗り込む。体重によって沈むが包み込されているような感じがする。スライムとはまた違った感触だ。超フッカフカな羽毛布団に乗ってるみたいだ。それが静かに動いている。揺れもしない。自動階段みたいな滑らかさだ。
隣を見れば動きに合わせるように『襟巻小僧』が飛んでいる。そう、飛んでいた。
「ボクにもっと力があればあなたを抱えれたんだろうけど、力不足でごめんね」
寂しそうな顔して謝られた。なんか悔しそうな声出してるけど子供に抱えられるって……嫌だ。そう思っても口には出さなかった。アキは少し大人になった。
そうこうしなくてもすぐに橋下の河原に着陸した。上から見ても、というか橋の規模からして想像していた以上に川幅は大きかった。対岸が見えない。
これは泳ぎごたえがあるなと内心ワクワクしていると『襟巻小僧』が行く先を塞ぐように前に出る。足元にある石を拾うと川に向かって投げた。放物線を描いた石はポチャンと川に落ちた。
「見ててね。あれがクラーケンだよ」
そう言った数秒後、海面から大きな何かが盛り上がってきた。クジラみたいに水しぶきを上げて出てきたのはゾウくらいはあるんじゃないかと思うほどに大きな犬だった。
……犬だった。
大型を超えた巨大型犬。それが石が落ちたところから浮かび上がってきた。肩ぐらいまでしか見えなかったから全長は不明だが見えた部分だけで考えても大きいことは確かだ。顔だけが異様に大きい見掛け倒しでなければ。
「クラーケンは音に敏感で川に入ってきたものはなんでも食べようとこうやって近づいてくるんだ。それでも敵対意思はないんだよ。元々、魚を捕まえるための魔物だからね」
「…………魚?」
「うん。先代魔王は魚が好物で毎日毎食でも食べたいって言うほど好きだったんだ。それでいちいち採ってくるのも面倒くさいなってことでクラーケンを作ったらしいよ」
後ろ手で組んで呆れたように言う。
クラーケン。先代魔王が作製した魔物で魚を食べる犬だ。口に転移魔法が組み込んであり魚を食べたら魔王城のキッチンに転移される仕組みである。ちなみに『ローブ野郎』が言っていた水棲魔物はクラーケンを指している。
実はある日、キッチンにとある肉が転移されてきたのだ。人間の腕みたいな細長い肉塊はきれいな断面をしていた。キッチンから苦情を受けて急遽様子を見に行った先代魔王は川でクラーケンに触ろうとしている片腕のない男性を見つけた。ふらふらしながらも川の中を進み、危うくクラーケンに頭から食べられそうになっていたところを助けたのだ。
それ以降、稀に届く魚以外の物体については料理担当が慣れた手付きで廃棄して今に至る。魔王城では川に近づかないことは暗黙のルールになっている。一応、王国城にも川に近づかないでという旨をしたためた公文書を送ったが大して効果はなかったとか。
そして、『襟巻小僧』がクラーケンに手出し出来ない理由はただ一つ、見た目が犬だからだ。犬を愛してワンダ=ランドを作り上げた当代魔王は魔物と分かっていても犬に危害を加えることが出来な勝った。余談だが料理担当の『田舎婆』からは「魚を届けてくれるだなんて優秀ですね」と肯定的な意見をもらっている。稀に届く魚以外の物体については笑っていた。ただ笑うだけだった。
閑話休題。
「そういうわけだから川に入るのは危険なんだ。絶対、やめて欲しい。可愛いからって油断して撫でるのもダメだよ。下手したら腕どころか生命を食われちゃうからね。さすがにボクでも欠損部位の復元は出来ないから」
「はあ……」
明るく言っているが内容は結構生々しいだ。それはともかくとして、アキは一つ気になったことがあった。全長も判明していないが水面に上がった部分だけでもデカかった。そして目の前に広がっているのは海ではなく川である。水深どれくらい深いんだという疑問が頭を占める。
「この川どれくらい深い?」
気になったら聞かずにはいられない。聞かずにモヤモヤするのは性に合わない。
「川の深さは爪の長さって言われてるよ」
とある言い伝えがある。
後に初代魔王と呼ばれる一人の人間がいた。かの者は国王城で最も魔力が高く、最も性格が悪かった。それはもうやりたい放題だった。なまじ魔法の扱いも優れていたために誰も止めれる者はいなかった。
ある日、かの者に婚姻の話が上がった。当然反対したが決定事項だと言われた上に閉じ込められた。かの者は助け出してくれる見目麗しき運命の人を待つ……ことはせずに普通に実力行使で家出した。
それから始まる逃亡劇。かの者が城を出て最初に行ったのが追手を撒くための大地の分断である。しかし線引きの途中で長い爪がポッキリ折れてしまった。
「きゃあああああ爪がぁあああああ!!!」
と叫んだとか嘆いたとか。
断崖絶壁のそこに年月とともに水が満ちて今の川になった。
「この世界どうなってんだ」
この世界と言うよりは代々の魔王が揃いも揃って頭がオカシイのだ。本当にやりたい放題である。いや国王城側も救世主召喚とか魔王退治とかで十分頭オカシイわ。総じてこの世界がオカシイで間違ってない。
「上流の滝の裏に実際の爪が埋まっているよ。見に行く?」
「行く」
即答した。これはこれ、それはそれだ。どうせ見れるのなら見たい。
川沿いに歩いていく。その間でも数回クラーケンが遊んでるのが見えた。最初橋に来た時に見れなかったのは単純に運が悪かっただけだ。
そして滝に到着した。滝壺を回り込み滝の裏にある空洞に入るとすぐに大きな曲線の物が地面に埋まっていた。爪……か? これが爪なのか? 長椅子にしか見えないけど……
「前の魔王が遊びで座面を作ったみたいでね、この先にビオトープを作って鑑賞席にしたんだよ」
「魔王ってやりたい放題だな」
「返す言葉がない……」
『襟巻小僧』が苦笑を漏らす。心当たりしかないのだろう。かく言う『襟巻小僧』も前科ありだ。類は友を呼ぶという。つまり魔王とはそういう者なのかもしれない。
ここで補足。
国王城の国王は世襲制だが、魔王城の魔王は指名制である。国王の場合は危篤状態または死去時に後継されるが魔王の場合は適材を見つけ次第交代が主だ。「お前次の魔王な!」と面倒事を押し付けて嬉々として隠居するのだ。そのためどの魔王が何年勤めて何代目なのかは記録にない。だから当代魔王が知っていることと言えば面倒事を押し付けてきやがった先代魔王の人物像と幸か不幸か記録に残っている過去の魔王たちのやらかしぐらいだ。全くもって傍迷惑でしかない。
爪製の椅子に座ってビオトープを鑑賞する。なかなかに凝っている。椅子もビオトープも。硬質な見た目なのにお尻にフィットするような座り心地。長椅子なのに不思議でしかない。あと初代魔王、マニキュアを塗ってたのか爪がキラキラしてる。
「そろそろお昼の時間になるし戻ろうか。昼食の後は水遊び場の設計を考えよう!」
作ることは決定事項だったみたいだ。
そして昼食を済ますと御館に向かった。ぶさはハウスに寄って『犬人間』に預けてきた。今の所ぶさは『襟巻小僧』と『犬人間』には懐いているようだった。留守番よりかは良いだろうということで今頃はハウスで元気に遊んでるはずだ。個室もあるみたいだし。
「へぇ、水遊び場ねぇ。……いいねぇ面白い!」
「でしょでしょ! 場所はハウスの近くがいいよね。川ってことは外? 魔王城と愛の巣の間の……ここら辺を更地にして作る?」
地図を広げて当たりをつけていく。なんだか規模が想定よりデカイ気がする。もっとなんか、作るにしても庭プールぐらいを考えてた。
「いや、プールは室内にもあったぞ。ここじゃ外だと寒そうだし」
「ほーん……じゃあこの階層の壁を取っ払って作るのはどうだ? 温室みたいな空間にすればいいんじゃないか」
「なるほど……ねぇどういった種類の水遊び場があったの?」
「競泳用プール、流水プール、造波プール、スライダー……あと飛び込みとか噴水とかもあったな」
実を言うとアキはこれまで犬専用のプールに行ったことはない。そもそも犬専用のプールがあることすら知らない。だから彼女のイメージは幼少期に行ったことがあった市民プールだったり大きな公園とかにある屋外プールもどきだったりと記憶が混同している。ちなみにテーマパークには行ったことがないので記憶にあるプールに派手さはない。
こんな感じだと紙に適当に図を描く。競泳用プールは四角に50m、流水プールは大きく円を囲うように丸を二線描いて矢印、造波プールは扇を描いて小さい方から波線を引き、スライダーはぐるぐる螺旋だ。改めて見ると子供の落書きにしか見えないが仕方ない。アキに絵心はない。
「へぇー、色々あるんだねぇ」
「そもそもよ、犬って泳げるのか?」
「犬かきって言葉もあるし泳げるんじゃねーの?」
ここでアキが疑問形なのはいかがと思うが、そもそもアキはぶさを泳がせたいのではなく自分が泳ぎたいのが発端だ。だから犬について聞かれても要領得ない回答になってしまう。
「う〜んと、イッヌ様はともかくとしてイッヌたちが水に慣れるまで段階が必要だと思うし、ボクとしても脚がついた方が溺れる心配が減って安心するかな」
「これだけは深く作ってくれ」
競泳用プールを指差す。もう私情挟みまくりである。
「深くって爪の長さ?」
「……あの崖の半分くらいでいい」
「それだと外……あぁいや、魔王様は空間を捻じ曲げれるんだっけか」
「いや、外と中で二つ作ろう!」
高々と立ち上がって『襟巻小僧』は宣言した。




