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キュンキュン

 さてここからが本題だ。前置きが長くなったのは黒歴史(ぶさの名前)に対する心の準備が必要だったからだ。


 アキは子犬を連れ帰ってから部屋で現代技術(ネット)を駆使して色々調べた。「犬 拾った 飼う」から「犬 飼い方」などなど適当に検索をかける。


「んーパグ……か?」


 犬種に当たりを付ける。いや病院とか必要な物とか買いに行くのは明日だからと誰に言うでもない言い訳を心の中で(ぼや)く。普段あまりネットを使わないアキはこの時すでに情報の多さに辟易していた。つまりは飽きたのだ。


「あー名前なぁ。……オスか」


 犬を持ち上げて確認する。ドコとは言わない。まあ性別の確認なんて一箇所しかないが。


「チョコ、マロン、ソラ、レオ、コタロウ……んー?」


 犬の名前人気ランキングの上位から順に読み上げる。しかしこの犬はどの名前にも反応しなかった。その様子にアキは首を傾げる。公園でのことはまだ記憶に新しい(一時間も立ってない)ので覚えている。あの時は喧しいぐらい元気に吠えていた。

 続けていくつか読み上げたが結果は同じく無反応だった。後、これはアキの個人的な話だが載っている名前はどれもしっくりきてなかった。


 一人百面相をしているとある考えが脳裏を過ぎった。いやいやないないと浮かび上がった思考を否定する。けれど、まさかな……という予感をひしひしと感じるのもまた事実だった。


「………………ぶさ」

「わん!」


 試しにその単語を口にすれば返事をするように鳴いた。この犬と初めて会った時に零した言葉(感想)がまさかの名前認定されていた。はは、笑えねー。遠い目になったのは仕方のないことだ。現実逃避だってしたくなるさ。


 さて、ネットのとあるサイトにはこんなことが書いてある。

「動物病院では飼い主の苗字+愛犬の名前で呼ばれることが多い」

 つまり、今のまま行けばこの犬は『東雲ぶさ』になる。それは不味い。非常に不味い。さすがのアキも非常識(やべぇ)と分かる。


「ぶさ」

「わん!」


 もう一度呼んでみても結果は同じだった。完全に自分の名前だと認識している。こうなっては仕方ないのでぶさを愛称として後に続く言葉を考える。


 この時すでに日付はまたぎ、時間は深夜を回っていた。公園での喧嘩で体力を消費し、犬を拾ったことで気力が消耗していた。つまりこの時点のアキは心身共に疲弊しており、愚かにもその状態で犬の名前を考えていたのだ。

 一回寝て朝また考えればいいのにと思うだろう。本当にその通りだ。



「――…………だ」

「え?」

「〜〜っ、武最凶(ぶさいきょう)だ! 何か文句あんのかぶん殴るぞオラァ!!!」


 ぶさの正式名称を叫んだ後、間髪入れずに強迫する。もう恥ずかしくて嫌になる。ちなみにこれもぶさは理解しているようで名前を呼ばれて嬉しそうに尻尾を振っている。その賢さは求めてない。


 一夜の過ち(深夜テンション)とは末恐ろしいものだ。いやこれは深夜だからとかの話ではない。もう最初からダメだった。だって「ぶさ」だよ? もう不細工しか出てこない。いやだって不細工だなって思って漏れ出た感想なんだから。しかし『東雲不細工』はもう、ダメだろう。なんで自分を貶さなくきゃいけないんだ。

 だから一生懸命考えたさ。頭悪いなりに絞り出したさ。その結果がコレだよ。当時はよっしゃあカッコイイ名前思い付いたぜ! ってガッツポーズまでした。もちろん病院じゃ困惑されたし注目浴びたし羞恥心を責め立てられた。自業自得だけども。これはこれ、それはそれだ。


「…………か、カッコイイ……!」


 ぷるぷると震えていた『襟巻小僧』がぶさを見つめて呟く。どうやら笑いを堪えていたわけではないらしい。彼の顔は晴れやかで、瞳はキラキラ輝いている。ぶさみたいだなと思った。しかし拍子抜けしたのもここまでだった。


「武最凶様、武最凶様!」


 何を思ったのか『襟巻小僧』がその名前を連呼しだしたのだ。アキの羞恥心を抉り煽る黒歴史(ぶさの名)を。


「うわーヤメっ、だまれぇ!!!」

「ぶさもがっ」


 アキは顔を真っ赤にして『襟巻小僧』の口を塞ぐと睨みつけた。しかしその眼は羞恥で涙目になっていた。つまり、めちゃくちゃ可愛い。しかもそれが目の前にある。何これ至福(しあわせ)


 押さえられている口がだらしなくニヤける。アキの手によって隠されてるので彼女にはバレない。眼前の光景を思う存分楽しもうとして――


 バチンッ!


『右腕』が両目を覆った。叩きつけるように勢いよく、だ。それだけでは飽き足らずギチギチと握り潰そうと力を込めている。


「ふぉ、おへんにゃひゃい」


 もがもごと謝罪を口にする。言い訳をすると『襟巻小僧』は本当に、純粋に『武最凶』という名前がカッコイイと思った。だから復唱した。当然悪気はない。その後のアキの行動は予想してなかったし、その行動自体も愛しいなぁと和んでいた。だから、決して、わざとではないと断言する!


 痛い痛い潰れる。え、待ってホントに潰れちゃうって! ちょ、力強っ……まっ、ぎゃあああぁぁ!



 結局、『襟巻小僧』は興味本位でぶさの名前を聞いただけであってその後の呼び方は変わらず「イッヌ様」だった。ただアキの羞恥心を煽られただけだった。いやそんな名前にした本人が完全に(100%)悪い。


「家に帰るの?」


 アキが廊下に出たので『襟巻小僧』が尋ねる。気分を害してしまったかと反省して控えめに声を掛けた。


「いや、出てく」

「………………えっ」


 アキの発した言葉に固まる。遠くで雷が落ちる。雷鳴に驚いたぶさがアキの足に引っ付く。


「うわっ天気悪ゥ。さっきまで晴れてたのに……」


 雷鳴が聞こえてアキは窓の外を見て(ぼや)いた。


 こんな天気じゃあ外で遊ぶのは厳しいな。ぶさも雷に怯えちゃってるし、体の熱も冷めてきたしもういいか。


 やっぱり家に帰ろうと予定を変更して震えるぶさを抱えようとした時だった。服の袖を引かれた。何事かと振り向いたらギョッとした。『襟巻小僧』の顔があまりにも青ざめていたものだから驚いた。


「ま、待って……待って! っ、お願いします。おねが、ゥ、謝る、謝るから! い、いなく、ならないで。お願い、お願いッだから……」

「何言ってんだ?」


 必死になって縋ってくる『襟巻小僧』の様相にアキは引いている。何があって何でこんなんなってんのと疑問に思う。さっきまで楽しそうにしてたのに。

 けれど『襟巻小僧』はアキの言葉が聞こえないのか尚も言い連ねる。カスカスに掠れた声で、縋る手は震えて、捨てられる子供のような悲愴感を漂わせている。


 アキはどうすればいいのか分からず対応に困ってしまった。無視して立ち去るには関わり過ぎた。アキは無情になり切れない性格である。一度(ひとたび)懐に入れれば割と面倒見がいい方だ。そしてアキの避けたい存在にならなければ例えば毎日くっついていたって気にされない。まあ、全てはアキの機嫌次第ではあるが。

 そういうわけでアキは『襟巻小僧』のことを知り合い認定している。他人ではないのだ。知り合いが異常な様子であるのを知って放置するのはアキには出来ない。だからと言って対処できるかはまた別の問題だった。


 困惑していると縋っていた右手が離れて何を思ったのか自分の顔をぶん殴った。気でも触れたかと引いているとさらに自分の顔を殴り続ける。さすがに様子がおかしいと感じたアキは自虐する右手を止める。


「おい何やってんだ。顔腫れてんじゃねーか」

「…………でっ、出ていかないでください。お願いします、お願いします……!」

「大袈裟だなぁ。ちょっと川まで行こうってだけなのになに一生の別れみたいに感じてんだよ」

「…………かわ?」


 パチパチと瞬きする。呆気に取られる『襟巻小僧』に気づかずアキはそのまま言葉を続ける。


「間に橋があったろ。その下の川が水遊びにちょうど良さそうだったからそこに行こうと思ってたんだよ。でもま、この天気じゃそれも……って止んでる?」


 アキは羞恥で火照った体を物理的に冷まそうとしただけだ。それ以外の理由は特にない。夏だし海行くか、くらいのほんの軽い気持ちだった。


「嫌になってない?」

「何が?」

「ボクのこととか、ワンダ=ランドのこと……」

「クセが強いとは思ったな」


 しかしそれだけだ。根底にあるのは絶対関わる必要はないということだ。アキは今を生きている人間だ。未来(これから)のことなんて考えていない。嫌になればその場で言う、というか多分手が出てる。それに一回会った程度では彼女にとっては赤の他人も同然だ。ただの他人に嫌も何もない。もし彼らの中にアキの避けたい存在が居たのであれば顕著に表れている。溜め込むとか我慢とかは必要ない限りしない。


「じゃ、じゃあ! 家に、帰ってくる……?」

「当たり前だろ。他にどこ行くんだよ。……あっ、もう住めなくなったとかそういう」

「ち、違う! ずっと、ずーっと居ていいよ。居て、ください。愛の巣(あの家)はあなたの家だから」


 ようやく笑みを浮かべた『襟巻小僧』はとても嬉しそうな顔をしていた。よく分からないが解決したらしい。右手の力も入ってないので掴んでいた手を離した。


「わんわん(お腹空いた)」

「それじゃあ帰るか」


 雷鳴もなくなってぶさが復活した。復活すれば途端に欲求(主張)してくる。それを合図にアキも空腹を感じてしまい、家路につくことにした。


 飯を食ってる時に今回の目的を思い出した。例の如く忘れていた。ただまあ、思い出したが考えは変わらなかった。やれることがない。これに尽きる。


「しかしまあ、よくあんな人数で回っているな。犬の世話を三人だけでするってすげぇな」


 今日出会ったのは八人。それでも足りないと思うが何より驚いたのが百匹の犬を相手にするのがたったの三人だと言うことだ。こっちは一匹でも(ぶさだけで)大変なのに。


「直接お世話するのはあの三人だね。ボクも合間合間に手伝ってはいるけど、ずっとはいられないから」

「病院とか大変そうだな」

「びょういん? ああ、病のこと? それなら医療担当が診察するよ」

「アイツは医者だろ? 獣医だよ。動物専門の医者」

「うん、彼の担当だよ。……あれ、言ってなかったっけ? 住人は(みんな)人もイッヌも両方取り扱うよ」

「……は?」


 ポカンとするアキとキョトンとする『襟巻小僧』。


「日常的にイッヌと触れ合うのは世話担当と医療担当。食事の用意は料理担当、服は服飾担当で遊び道具は物造担当だよ。少なからずどこかでイッヌに関わってるよ。たまにハウスで触れ合ってるのも見かけるよ」


 医療担当は人も犬も診る。料理担当は人の飯も犬の飯も作る。服飾担当は人の服も犬の服も作る。物造担当は言わずもがな。唯一世話担当だけが犬のみを相手にしているが仕事量的には一番厳しい役割となっている。

 アキの頭の中に疑問符(はてな)が量産されていく。混乱している(こんがらがってる)


「お前の仕事って確か……」

「誰が欠けても対応出来るようにしてるよ」


 自信満々に胸を張る。そうだよなぁ、最初に聞いた『襟巻小僧』の仕事内容ってどの担当とも被ってるよなぁ。万能型(なんでも出来る)とか最強じゃん。

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