キュン
ワンダ=ランド
むかしむかし、あるところにひとのすみかがありました。
ときがたつにつれてひとはふえ、ちいさいすみかではあっというまにせまくなってしまいました。
そこでひとはかんがえました。
「そうだ、すみかをおおきくしよう!」
すみかのひとはいちがんとなってすみかをおおきくしようとします。
しかし、ひとつもんだいがありました。
ひとのすみかはもりにかこまれています。
ひとつだけへいちがありますが、そこはいぬのすみかでした。
いぬのすみかはひとのすみかよりおおきく、いぬのすみかではまいにちたくさんのいぬがかけまわっています。
ひとはいぬにむかってはなしかけました。
「あなたのすみかをわけてくれませんか?」
しかしいぬはひとのはなしにみみをかたむけません。
なんどはなしかけてもけっかはおなじでした。
そこでおこったひとたちはいぬのすみかにかってにはいっていきました。
いきなりひとがすみかにはいってきたのでいぬたちもおこりだしてしまいました。
ひともいぬもはげしくおこって、ついにはおおげんかになってしまいました。
「どうしておこってるの?」
そこにあらわれたのはランドというなまえのひととワンダというなまえのいぬのたびびとでした。
ランドはひとに、ワンダはいぬにそれぞれはなしをききました。
「そっか。それはたいへんだったね」
はなしをきいたランドとワンダはかんがえました。
ひとはすみかをおおきくしたい。
いぬははしりまわれるひろいすみかがいい。
どうすればけんかをまるくおさめれるのだろうかとかんがえて、おもいつきました。
「それならすみかをいっしょにしよう」
たびびとはひとのすみかといぬのすみかのあいだにあるさくをとってふたつのすみかをつなげました。
ひとはすみかがおおきくなったことによろこびました。
いぬはすみかがひろくなったことによろこびました。
たびびとのランドとワンダがふたつのすみかのかけはしになったことでひとといぬはなかよくいっしょにくらしました。
おしまい
「いやナニソレ」
『襟巻小僧』からワンダ=ランドの御伽噺を読み聞かせしてもらった。執務室で。
ぬいぐるみを退かして椅子を横並びにして座っている。顔を上げて前を見るとすぐにパーティー風景がある。
そして読み聞かせが終わり、アキの率直な感想が上記である。
アキは困惑した。大いに困惑した。
内容自体理解に苦しむが子供用の童話と思えばツッコミはしない。そういうもんだと思い込む。問題は事前情報と違うことだ。だって話には王とか百匹の犬とか運命の人とか出てきてない。
そう、そうなのだ。『襟巻小僧』がアキを迎え入れた理由であるワンダ=ランドの物語が気になって現在こうして読み聞かせをしてもらってたのだ。なのに謎が増えたってどういうことだ。
眉間の皺を伸ばすように顔を揉んで深く息を吐く。本を愛おしげにウットリと見つめている『襟巻小僧』を横目に見やる。まず順番に整理しよう。さすがのアキもこれは見て見ぬふりは出来なかった。
「聞いてもいいか?」
「なあに? なんでも聞いて!」
パッと花が咲いたように笑みを浮かべる『襟巻小僧』。対するアキは渋い顔をしている。
「ワンダ=ランドの王ってのは……?」
「二つの住処の架け橋となった人の王様と犬の王様のことだよ。住処をまとめあげるってことは王様ってことでしょ?」
「んー? ……うん、まあいいか。じゃあ101匹目の犬って」
「ワンダ様が出てきたのがちょうど101匹目のイッヌの絵だったんだよ」
「……あー、運命ってのはつまり」
「ピンチ助けるヒーロー!」
アキは細く息を吸いながら天を仰ぐ。
…………あー、うん。うんうんなるほどなぁ!
拡大解釈が過ぎるだろ!!!
アキは叫ばなかった。外に声となって出ていかなかった。胸の内に留まっただけマシだと自分を誇る。
最近じゃ特に気にしなかったけど考えてみたら『襟巻小僧』はまだ子供だった。大層な理由があると思い描いていた自分がバカだったと頭を抱える。
子供の発想ぶっ飛びすぎ。
えーっと? つまりは子供のおままごとに付き合わされてるってことでいいんだよな? それが大規模になってしまってると……。
は? いや、ハァ?
釈然としない。何がとは言えないが非常にコレジャナイ感が強く感じる。
もう一度『襟巻小僧』を見やる。右手で頭をコツンと当てている。アキの表情がスンッと抜け落ちた。
と、そこへ下の方からくぅーんと鳴く声が聞こえる。視線を下げるとお腹を見せたぶさがアキを見ている。ちなみにぶさは今アキの膝の上にいる。本に興味を持ってちょっかいかけそうになっていたので物理で大人しくさせていた。
んで、現在。手の動きが止まったアキに催促を促している。
「くぅーん(もうおしまい?)」
ちょっと悲しそうな響きのある鳴き声だ。しかしアキは頭が混乱していてチョットそれどころじゃない。
アキは賢くない。いやこれは賢いどうこうの話ではないのだが。とにかく、頭がこんがらがって処理不可能になった。
そのまま脱力して頭が下に下に下がっていく。丸くなって顔面をぶさの腹に埋めた。鼻から息を吸うと獣臭をダイレクトに感じる。
「くっせぇ!」
とても犬を家族だと大事にしている人物らしからぬ発言を吐き捨てて勢いよく顔を上げる。これはこれ、それはそれだ。
しかしこれのお陰で考えていることが全部吹っ飛んだ。アキは単純だった。これに関してはもう深く考えないようにしようと決心した。
「ボクも聞きたいことがあるんだけど、いい?」
タイミングを見計らったかのように『襟巻小僧』が話し掛けてきた。断る理由もないので頷いて先を促す。
するとちょっと恥ずかしそうに頬を赤らめてモジモジしだした。上目遣いでアキに視線を送る。
「イッヌ様のお名前を教えて欲しいの」
ヒクッと口の端が強ばった。補足すると既に自己紹介は済んでいる。アキの名前も教えたし、『襟巻小僧』はイッヌ様と呼んでるがアキがぶさと呼んでるから当然知っている。しかし――
「ぶさ」
「うん、そうだけど、そうじゃなくて……。その、本名を教えて欲しくて……」
「ダメ、かな?」と小首を傾げて聞いてくる。口元に両手を当ててあどけなさを晒し出す。アキはその視線を受けて目を泳がせる。あらぬ方向に視線を飛ばす。
そう、秋聖をアキと呼称しているのと同じようにぶさも呼称なのだ。つまり正式名称では無い。そして『襟巻小僧』はぶさの正式名称を聞いているのだ。
アキは分かりやすく動揺している。目は合わせないし「いやー」とか「あー」とか、取り留めのない声を発している。なぜこんなにも動揺しているのかと言うと、単純に恥ずかしいのだ。
え、なんで? と言われても仕方ない。ちょっと色々あってぶさの名前は黒歴史になっている。その黒歴史を自分でこじ開けろって拷問でしかない。
これはぶさを拾った時の話だ。
社会に揉みに揉まれる会社員成り立ての頃。イライラやムカムカが溜まって超不機嫌になっていた帰り道だった。アキが向かったのは夜になると不良集団が集まっている公園だ。スーツを着た女性がそこに足を踏み入れれば当然注目の的である。しかもアキの容姿は悪くない……どころか結構美人である。
一目で不良児の心を鷲掴んだのだ。不可抗力ぅ。
さて、そんな鴨が葱を背負って現れれば彼らが取る行動など一つしかないだろう。そう、ナンパである。
各々牽制し合いながらアキに近づく。ちょっと暗い表情をしているのがさらに劣情を唆るのだ。大方、彼氏にでも振られたのだろうと自分に都合の良い解釈をする。
下卑た笑みを隠そうともせずに男たちはジリジリと距離を詰め、一人が飛び出してアキの肩に触れる。先を越されたと焦って次々とアキの周りにやってきてあっという間にアキは囲まれた。
四方八方から声を掛けられるアキ。焦りからか興奮からか男たちの声は大きくなっていく。捲し立てるように話し掛けられても一音だって聞いていない。BGMにするには音量が大き過ぎる。
アキの目的はただ一つ、憂さ晴らしだ。だからこそ正当防衛がまかり通る相手がいるこの公園に来たのだ。しかし不良児どもは小心者なのか一向に手を出してくれない。仕掛けてこないと正当防衛にならない。次第に暴れたい欲が溜まっていく。もう爆発するまで待ったなしだ。
待ったも何もすぐに爆発した。アキの拳が目の前の男の顔面に炸裂した。先手必勝だ。
やべぇヤっちまった! とは思わない。元々ヤるつもりで来たのだ。ちょっと理由付けが失敗しただけでそこは些細な違いでしかない。
公園内は水を打ったように静まり返った。そんな中で――
「アハッ!」
嬉々とした女性の笑い声が落ちる。その声の主は当然アキだ。殴って爽快、快感に浸る。現在のアキの状態は気分上々闘志爆アゲだ。
そこから始まったのは一方的な蹂躙だった。『戦聖』の名に違わぬ力量。人数の差や動きずらいスーツをものともしない体捌き。不良集団はアキ一人の手によって次々となぎ倒されていく。
そして最後の一人を気絶させてアキは止まった。暗い夜の公園を街灯が照らす。そこには地面に倒れたボロボロの男たちと、男たちと比べてキレイな女性が一人立っていた。この光景をもし誰かが見たら己の目を疑っただろう。何事だと慌てて通報でもしたかもしれない。
しかしここは不良集団が集まるといういわく付きの公園だ。そんな場所にわざわざ近寄る物好きはいな……一人居たな。
アキはグッと拳を高く上げる。勝者の表明だ。
さて、心ハレルヤとなったアキは帰路に着こうとして踵を返す。すると小さく「くぅーん」と声が聞こえた。公園から出ようとしたアキの元に小さな物体が近寄ってくる。顔の正面が黒い子犬のようだった。ぷるぷると震えていて、今にも死んでしまいそうなほど儚く見えた。
「ぶっさ……」
これが近づいて来た物体に対するアキの第一印象だった。その犬は何を思ったのかアキの靴の上に乗り上げると元気よく鳴いた。
「……(コロン)」
「わんわん!」
「…………(コロン)」
「わんわん!」
アキは靴の上に乗った犬を転がすように蹴り退かす。コロンコロンと転がって少し離れたところにぶちゃっと止まる。けれどもすぐに起き上がって嬉しそうにまたアキの靴の上に乗るのだ。何度繰り返しても同じだった。
「うえぇ……」
アキは困惑の声を漏らした。別に動物が好きなわけではない。嫌いでもないがだからといって動物を飼うつもりはない。捨て犬だかなんだか知らないが可哀想とは思わないしそもそも興味すらない。
少し強めに転がしてアキは逃げるように立ち去る。
しかし――
「へっへっへっ、わんっ!」
犬はアキを追いかけてくる。それはもう嬉しそうに。その様子が困った奴らを彷彿とさせる。それが嫌で、堪らなくなって、振り払うように足早になったところでエンジン音が聞こえた。バイクだ。
そこで思わず振り返ってしまった。道路の上にいる犬がライトに照らされる。
「――っ、チッ!」
舌打ちと共にアキは体を反転させて走り出した。道路に飛び出て小さな犬を掴みあげる。背中をバイクが走り去る音が聞こえた。
深く息を吐くと手に乗せたそれを見る。キラキラとつぶらな瞳を輝かせて舌を出してる。まるで危険などなかったかのように変わらない。犬って賢いんじゃないのかとアキは首を傾げる。そんなアキの動作を真似するように犬も頭を傾けた。
「……ふはっ」
その様子があまりにおかしくて思わず吹き出してしまった。こんな風に笑ったのは久しぶりだ。もしかしたら会社員になってからは初めてかもしれない。
「お前、家来るか?」
「わん!」
「はは、意味分かってんのかよ」
と、こうしてアキはその子犬を拾ったのだった。




