ガウガウ
「どっから回る!?」
「どっからっつってもな……」
『襟巻小僧』の問い掛けにアキは知らんがなという呆れた顔をして答えた。ワクワクと楽しそうなぶさと『襟巻小僧』を前に一人困惑する。なんだかぶさが二匹いるみたいだ。ブンブンと尻尾を左右に振りながらキラキラ輝かせた瞳でこちらに振り向く。『襟巻小僧』に耳と尻尾の幻覚が見える。
アキは一応家にあった地図を持ってきている。持ってるからこそ、なんかテーマパークにやってきた感を強く感じる。名前魔王城だし。
「落ち着け」
落ち着きのない『襟巻小僧』の頭を叩く。「イテッ」と軽く声を漏らして頭を押さえる。児童虐待ではない。断じて違う。そんなに強く叩いてない。本当に軽く……軽くだ。
頭を押さえたままニヘラと嬉しそうに笑っていた『襟巻小僧』はハッと何かに気づいて自分の頬を引っ叩いた。いい音がしてほっぺが赤くなってる。それを隠しもせずにすまし顔でアキに向き直る。
「順番に案内するね。先ず城内の出入口は四面全てに設置してあるよ。家からだとここ、裏口が一番近いね。どの扉も鍵は掛かってないから出入り自由だよ。あなたが最初に入った正門だけは表向きの理由で鍵が掛かっているから気を付けてね。正門の横に住人用の扉があるから次からはそっちを使って」
「……あー、その……悪かったな。門壊して」
「ううん、気にしないで。あれに関してあなたに非はないよ。魔力の扱いに慣れてなかったら誤発しても仕方ないからね」
「いや……んあ? まりょく?」
「うん。……あれ、気づいてなかった? あなたは異なる世界から召喚された存在だけど魔力を持っているよ。今はあの時より安定しているから安心して。魔力は感情に左右されるからね。今度教えようか?」
「あー難しい話?」
「魔法理論とかもあるけど結局は感覚頼りな部分が大きいかな。まあ気が向いたら言って。今は案内に戻ろうか」
裏口のドアを開けて中に入る。本当に鍵とかなかった。出入り自由って防犯面大丈夫なのか。
「ここはキッチンだよ。でもでも、何か食べたいのがあったらボクに言ってね。ボクが作るから! 一応紹介だけしておくと料理担当は二人……あそこで酒に潰れてるのは医療担当だね」
机に突っ伏している人物を認めるとスッと声が低くなった。それどころかクソデカ溜息を零した。
料理担当の一人は白い割烹着を来た婆さん。椅子の上に正座して茶を飲んでる。湯呑みじゃなくてティーカップだけど。震えてるけど大丈夫だろうか。『田舎婆』は和やかな笑みを浮かべてこちらに手を振っている。
もう一人は裸エプロンだった。相撲取りみたいな体格の男性だ。ちなみに上まであるエプロンなので乳首は隠れている。しかし豊満な脂肪は布一枚では隠し切れずにはみ出ている。『肉弾野郎』がお辞儀をすると動きに合わせて脂肪が揺れる。
「スライムは彼を参考にしたんだよ」
耳打ちされた。どうやらスライムのぷにぷに触感は『肉弾野郎』の腹ないし脂肪が元らしい。つまりあれもぷにぷにしていると……脂肪ならアキの胸にもある。視線を落としてそれを見る。……後で試してみるか。
「はいはい起きなされ。愛らしい王様方がお越しですよ」
「ん〜ぅ、さけのおかわりィ」
「困りましたねぇ」
『田舎婆』が向かいに突っ伏している人物に声を掛ける。もぞりと身動ぎして手で机の上を探る。まだ飲む気らしい。やれやれと苦笑を漏らした『田舎婆』が机の上に並んでる瓶の一つを手にして勢い良く、目の前にある頭に向けて振り下ろした。鈍い音の後瓶が割れて中に入っていた液体が辺りに飛び散った。その大半は酔い潰れに掛かっている。
「痛ぁ〜い。もぉっと優しく起こしてぉ〜」
「おかわりをご所望でしたね」
「きゃっ、こわぁーい。殺されちゃう〜。誰か助けてぇ〜チラ。このまま撲殺されて酒にまみれて冷たくなっちゃうぅチラチラ」
殴打されても元気そうなソイツはねっとりとした気持ち悪い声を出す。そして頻りにアキたちの方へ視線を送る。
そこへ酒瓶再び。『田舎婆』の投擲は見事頭に命中した。酔っ払いは大きな音を立てて前に倒れる。
「塩! 塩まいて!!」
「もったいないので却下です」
「じゃあ埋もれさせよう! それで焼く」
「あら、それは面白そうですね! 採用「しない!!」」
『襟巻小僧』と『田舎婆』の会話に死体……倒れていたソイツが割って入った。生きてた。頭に二発重いの食らったのに元気そうだ。
「みんな扱いが酷いぃ〜。そんなに好きならぁサービスしちゃうぞ☆」
笑っている。楽しそうにケラケラ笑っている。そして近くにある瓶を取ってラッパ飲みをする。この状況でまだ呑むんだ。
「んくんく……っぷはぁー! もぉーさぁいこぉ〜。……あん、あなたも飲むー?」
目が合って、今しがた口にしていた瓶口をアキに向ける。笑って小首を傾げる。
「飲まない」
「魔王様にゃ聞いてませーん。ねーえーおつまみ欲しぃー。作ってぉ〜」
「よし、燃やそう。アルコールって熱せれば飛ぶんだったよね」
『襟巻小僧』が手から炎を出す。熱くないんだろうかとアキが炎を見ていると視界が遮られる。間に入った巨体、『肉弾野郎』を見やる。
「…………すまない」
デカイ図体を縮こませて頭を下げる。その後ろではまだ三人が喚いている。『肉弾野郎』は申し訳なさそうに謝罪しているが、だからと言って止める気は無さそうである。
「いや別に……」
ボヨーン
「……………キャンキャン(わあーい!)」
ぶさがスライム……『肉弾野郎』の腹に向かって突進した。弾き返されて床を転がって、キョトンとした後喜びだした。立ち上がってまた腹に突進する。玩具大好きぶさは動かないスライムにもハマったみたいだ。
その脂肪の持ち主は怒るわけでもなく、逆に穏やかな目をして動かずにぶさを見守っていた。犬の行為に寛容なヤツだった。
「ゴメン。酒入ってると本当に面倒くさくなるんだ。もう放っといて次行こ」
『襟巻小僧』に手を引かれてキッチンから出る。
医療担当の痴態は酔っている時限定らしい。素面だともっとマシとのこと。青い服に長い髪が散って倒れている様は幽鬼のようだった。間延びした話し方も巫山戯た態度もいちいち鼻につく。避けたい存在ではないけど普通に嫌いなタイプだった。見てると無性に腹が立つ。
嫌いと言えばヤツに対する『襟巻小僧』の対応だ。辛辣で嫌っているような印象を受けた。
「彼は優秀だよ。本当に、ムカつくくらい、ズルイ」
嫌ってるというよりは嫉妬していた。あと男性らしい。話し声や外見からして女かと思ったけど男のようだ。『クズ男女』が優秀だとか想像つかない。
「ここは衣装部屋だよ。と言っても作った服は着用者の手に渡るからここには完成品はないけどね。服飾担当が……あっあそこだね」
「っ、魔王様! 良いところに!」
布やら糸やらで汚部屋と化している部屋の中、指を指した先にある布の塊が蠢いた。その下から現れた女は『襟巻小僧』を見ると目を輝かせて奥に連行した。
取り敢えずやることもないのでアキはぶさを持ち上げて二人の後について行った。向かった先にあったのは一つのマネキン。それに着せている衣装がまたファンシーだった。
「さあ魔王様! この羽部分の魔物化、お願いします!」
白くて薄い服に同じく白の羽がつけられていた。うん、羽。柄とか素材ではなくまんま羽。鳥にある羽だ。
「――はい、出来たよ」
「ありがとうございます! これでようやく……」
食い気味にお礼を言って早速それに着替え始めた。どれほど嬉しいのか「うへ……ぅひひ」と口から笑みが漏れている。ワクワクしているのだろうけど……何故だろうか。悪巧みしているようにしか見えない。
着替え終わった姿は天使みたいだった。揶揄ではない。
「そ、それでは……いざっ!」
深呼吸して意気込むと羽が動き出した。そのまま羽ばたくと彼女は宙に浮いて――
ビリビリ、ドシャッ
前が破けて地に落ちた。
「ッ?! ま、待ってぇええーー!!!」
宙に残った羽は布切れをなびかせながらさらに浮上し、開いていた窓から外に出て風に吹かれる。すぐさま立ち上がって服を掴もうとしたが、彼女の手をすり抜けるように横風にさらわれる。遠く離れていくそれに向かって窓から乗り出して手を伸ばしたまま、大号泣しだした。
その後ろ姿は変態でした。
「なにこれ」
「わふ?」
果たして今何を見せられているのだろうか。
「お見苦しいところをお見せしてしまい大変申し訳ありませんでした」
深々と頭を下げているが棒読みである。先程のをまだ引き摺っていて内心謝罪どころではないが一先ず謝っておこうという次第だ。ちなみに今は一枚強制的に羽織らされているので下着姿ではない。どんよりと湿気暗い。
「どうして、上手くいかないの……」
「重量の次は強度に問題がでたね。軽くて丈夫な布か……何があったかな」
頭を上げずにそのまましゃがみ、頭を抱えて丸くなる。『襟巻小僧』が冷静に分析すると泣き声が聞こえてきた。
この『はね女』はどうやら空を飛びたいらしい。それで今まで『襟巻小僧』と試行錯誤しているがどうにも上手くいかないのだとか。なんだそれ。
「あたしも空飛びたいよぉ〜」
事の発端は『襟巻小僧』が魔法で空を飛んでいる姿を目撃したことだ。それを見て一言、「ズルイ!」。そういうわけで空を飛ぶ魔法を伝授してもらったが彼女では扱えなかった。それならと魔物を駆使してでも空を飛ぼうと躍起になっている。
雲のように宙を漂う魔物ならもう居る。魔王城の廊下を巡回しているクラウディアという魔物だ。この大きな城を清掃している。汚れ部分に水をかけたり電気をまとってホコリを集めたりする。吸収した汚れが溜まったら外に出て一度分散して汚れを分解してキレイになって元に戻る。
これの全機能を無くしたただの雲もどきを作ったのだが『はね女』が言うには飛ぶじゃなく浮くらしい。「空を飛びたいの!」とのことだ。
「リュックじゃダメなのか?」
アキは似た形を知っていた。過去に居たのだ。フリフリヒラヒラふわふわゴテゴテの格好をしたヤツが。当然、困った奴らの一人である。ヤツが持っていたリュックに羽が付いてる物があった。それを思い出してつい口から零れた。
二人の視線がアキに向けられる。
「りゅうく?」
「背中に背負うカバン。こう、紐で固定する」
「詳しくお願いします」
土下座にも似た格好だった『はね女』が起き上がってアキの前に立つ。手には紙とペンを持っていた。執念からか凄まじい圧を感じる。
しかしこれに困ったのはアキだった。ファッションに興味がない。加えてカバンをほとんど持たない。これまでに持っていたカバンは二種類、学校指定のスクールバッグと会社員で使っていたビジネスバッグだ。つまり、彼女の実体験に基づく記憶にあるリュックに分類される背負うカバンはランドセルが該当される。ちなみに私用のカバンは一つも持ってない。荷物はポケットで解決する。
アキがたどたどしく説明する。『はね女』が聞いたイメージを元に図案に起こす。それに『襟巻小僧』が補完する。そして完成した図案にアキが賛成すると二人がそれを元に改良していく。
そこはもうアキには理解不能専門用語だったので離れた場所で見て……はおらずぶさにかまっていた。まあ、かまっていたというよりは遊んでいるのを見ている、が正しい。ぶさがしているのは布の山への突進だ。ズボッと入って飛び上がる。すると布がいくつか宙を舞う。それが楽しいらしい。
「出来たー! これであたしは飛べるっ! ありがとうございます王様!!」
急に大声を出したかと思えばアキの手を取ってブンブン縦に振る。そして図案が描かれている紙を天に掲げてクルクル回る。大変嬉しそうだ。というか、なんか既視感がある。回って回って、布に足を取られて転けた。
「魔王様……完成したら連絡しま、ぐえっ……」
「あーうん、それじゃあこれで」
盛大に転んで布を被った『はね女』にぶさが突進した。それは布の山じゃないぞ。カエルが潰されたような声を出して動かなくなった彼女を放って衣装部屋を後にした。