ガウ
「王って何するんだ?」
アキがワンダ=ランドに住み始めて数日が経った。巨大スライムに乗っかり、ふと思い出したように『襟巻小僧』に問い掛けた。完全に忘れていた。いや思い出しただけまだ良い方だろう。
この数日で変わったことと言えばスライムが量産されていることぐらいだろうか。今家の中は多種多様なスライムで埋め尽くされている……というには大袈裟だがまあ、似たような状況ではある。汚部屋の一歩手前ぐらいだ。
ここで補足。スライムや他の魔物と呼ばれる物は厳密には生物ではない。正式な名称は『魔力で作った物』だ。日本で言うところの電気製品だと思ってくれれば構わない。電気の代わりに魔力が通っている。
さてスライムの話に戻すと、現在存在しているスライムは全て今代の魔王――つまり『襟巻小僧』な――が作製した魔物だ。攻撃意思もなければ酸を内包してもいない。国王城に伝わるスライム撃退法は古いスライムのことを指している。
原初形態は地雷のような踏めば膜が破裂して酸が爆散する魔物だった。しかし誤踏み誤爆が多発したため敢え無く撤去。改良と遊び心の紆余曲折を経て出来たのが上記の古いスライムだ。
しかし今代の魔王の目的はワンダ=ランド。大切な犬にもしもの事があっては大変だと存在していた全てのスライムを回収した後処分、そして安全安心の無害スライムを作製した。
さて、アキとぶさはスライムにハマった。肌触り触感弾力性に伸縮性、どれをとってもサイコーだ。しかし、スライムの大きさは人用サイズのボールだった。だから色々『襟巻小僧』に注文した。テニスボールくらいの大きさで硬いスライムや楕円形の歪な形で形状変化しないスライム、果ては人をダメにする椅子もどきまで。多種多様なスライムが作られ家に置かれている。
「あなたはここに居てくれるだけで良いんだ。強いて言うなら、イッヌ様のお世話と健康にいてくれることかな。細事はボクがやるから気にしないで」
「いや暇なんだよ」
そう、アキが思い出した理由、それは暇だからだ。
遊ぶのに飽きた。いやこの言い方では誤解を生む。ぶさと遊ぶのは楽しい。とても楽しい。楽しいが、毎日はシンドい。
ここ数日のアキの生活はこのようになっている。起床してすぐに散歩。朝ご飯を食べてからは遊び、疲れたら寝る。昼ご飯で目を覚まして食べたらまた遊ぶ。昼寝を挟み夕食を経てまたまた遊び、疲れたぶさが寝落ちしてようやくアキの自由時間が訪れる。ゆっくり風呂に入って虚無の時間を過ごしてからアキも就寝する。
最低でも一日三回は遊んでるんだぜ。びっくりだろ。
そういうわけでまあ大変忙しいのでちょっと気分転換したいというのが正直な感想だ。ここでやれることはなんだ? と考えて思いついたのが役割であった。仕事は好きではないが取り敢えず別のことで時間を潰したい。
「うーん、仕事かぁ……」
「お前は何してるんだ?」
「ボク? えーっと、あなたとイッヌ様の食事と衣服の用意、イッヌたちの世話や健康の管理、住人からの要望や相談を聞いたり……あとは魔物を作ったり魔王城周辺の見回りとかかな」
「おぉ……」
軽く聞いてみたら色々やってた。びっくりするぐらい色々やってた。細事……細事? これ細事って言うっけ?
しかし聞いたところで何の手本にもならなかった。自炊はしない。服は作れない。犬に詳しいわけでもないし難しい話は無理。魔物なんてのは論外だ。
「なんかもっと簡単で時間潰せる仕事ない?」
仕事を舐め腐ってる発言をするアキ。これでも日本ではちゃんと真面目に会社員やってました。
「うーん…………あっ! それなら一回、ワンダ=ランド内を見回ってみる?」
「あー、そうだなぁ……」
アキは最初の突入以来一度も城に行っていない。散歩コースは城がある方角と正反対にある。必要なものがあれば『襟巻小僧』がご飯を持ってきたタイミングに言えば問題ない。そういうわけで散歩以外は家から出ていないのだ。出る必要がないからね。
「ワンダ=ランドの視察か。うーんドキドキする!」
『襟巻小僧』はどことなく声を弾ませている。日本の企業に置き換えると彼は代表取締役社長に位置する役職者だ。アキは会長だ。今から行うのはトップ二人による抜き打ち視察である。
やられる側からしたらとてつもなく嫌な行為である。まあ、視察やるよーという情報も伝達されてないので気持ちの整理どうこうの話ではないが。しかしやる側の二人、特に『襟巻小僧』はウッキウキである。
デート、デート♪
浮かれている。完全に浮かれまくっている。鼻歌でも歌い始めそうなほど気分上々だ。
そんな『襟巻小僧』に『右腕』が喝を入れる。下からの突き上げが顎に直撃する。しかも不運なことに舌を噛んだ。いやこれは運ではない。確信犯だ。『右腕』はタイミングを見計らったのだ。
何の? って当然舌が歯に挟まるタイミングだ。意識は別でも肉体は繋がっている。だからこういうことは簡単に出来るのだ。ちなみに痛覚は通じてないから『右腕』にダメージはない。
「イッ、ッー……。もー何をするんだ!」
右手首を掴みながらその場でしゃがむ。舌を噛むと痛いよね。その勢いが強かったらもっと痛いよね。涙目になりながら『右腕』を睨む。
ちなみにアキはこの場にはいない。ぶさとお出かけの準備中だ。
『右腕』はビシッと顔を指差す。小指を立てて手を揺らし、親指を上に立てる。平行方向に少し移動してから上下をひっくり返す。
「調子に乗ったら殺すって酷い〜。しょうがないじゃん。だってデートだよ? 楽しみにならない方がおかしいでしょ。……分かってるよ。過度な接触はしないし雰囲気も醸し出さない。ちゃんと気をつける。それでも、内心は自由でしょ?」
毎日足繁く愛の巣に通っているが『襟巻小僧』は初日の案内時以外アキに指一本触れていない。告白だってあの日だけでそれ以降は表立って好意を向けてもいない。だからこそアキは『襟巻小僧』に対して普通に接しているのだ。程よい距離感で嫌なことをしない相手。それを態度で表してくれてるから警戒しなくなった。引き際は弁えている。だって嫌がられたり避けられる方が嫌だから。嫌いだって言われたら立ち直れない。
アキは告白されたことを忘れているかもしれないけど『襟巻小僧』は諦めてはいない。だって運命の人だから。御伽噺にあったからだけではない。一目見て恋に落ちた。一目惚れをした。だからこそ慎重になっている。それこそ真綿に包む様にじっくりと逃げ道を塞いでいる。
本当は名実共に夫婦になりたいけどアキが嫌がるなら今のままでもいい。彼女のすべてに関われる今の状態で満足だと思うようにする。実際のところ、アキの衣食住全てが『襟巻小僧』の手にかかっている。しかも本人は性格良し、仕事は有能、気遣いも出来るの超人だ。惜しむらくは少年のような外見だけか?
「よし、準備できたぞ……って何してんだ?」
リードを持ったアキが部屋に入り、しゃがみこんで右手を押さえる『襟巻小僧』に白けた眼差しを向ける。
問うた後でハッとする。しまった。中二病と言うヤツか。そっか、そういう年頃か。分かる、分かるよ。とアキは生温かい目を『襟巻小僧』に向ける。
中二というのは一番多感な時期である。アキの黒歴史も中二から広まった気がする。あの時は恥ずかしすぎて所構わず拳を振るった。それがさらに渾名の広まりを加速させたと気づいた頃には手遅れだった。
そうか十四歳か。半分。ちょうど歳が半分のヤツに告られたのか。いやー多感って怖いなぁ。
アキは告白を忘れてなかった。最初の頃は警戒していたが彼の態度に拍子抜けして気にしなくなった。つまりは忘れていたのだが、職業王を思い出したと同時に告白も思い出した。ああ、そんなこともあったなという風に。所詮子供の一時の感情だと本気にしてない。
「な、なんでもないよ! 気にしないで! 右腕はボクの身体だけどボクじゃないから! 右腕の言うことは気にしないでいいよ!!」
慌てて立ち上がって両手をあたふたさせる。顔は赤くなって必死なのか声量が大きい。うん、恥ずかしいよなと思って何も言わずにそっとしておいた。
「そ、それじゃあ行こっか!」
顔の熱を冷ますように手で仰ぎながら『襟巻小僧』は声を張る。ぶさも散歩だと張り切っている。
愛の巣は魔王城から離れた場所に建てられている。これは『襟巻小僧』が静かな場所でゆっくりして欲しいという心理からきている。決して誰の目にも触れさせたくないとか束縛気質な思惑はない。必要なら魔王城に部屋を用意させる。けれどもアキはあまり他人と関わりたくないしぶさも他の犬が苦手だ。だから愛の巣はある意味アキとぶさにとってはこれ以上ない環境だ。他を気にしなくていい。騒いでも問題ない。まさに理想の場所だった。
アキが住み初めてから愛の巣に来たのは『襟巻小僧』だけだ。それどころか散歩に行く時や庭に出ている時に他の人や犬を見かけたことがない。
これは決して冷遇されてるとか魔王が圧力をかけているとか爪弾きにされているとかではない。至極簡単な理由だ。
そんなに興味が無い。これに限る。
ワンダ=ランドの住人もとい魔王城の使用人にアキとぶさのことは周知されている。ちゃんとあの伝達役は魔王様のお願いを遂行したのだ。ただまあ、ワンダ=ランドに拘っているのは魔王だけと言おうか。
「おーい、ワンダ=ランドの王が見つかったってー」
「…………あぁーあれかぁ! 本当にいたんだ。えー、その人?」
「この人は新人さん。今魔王様が愛の巣に連れてった」
「え、もう? ……何か変わる?」
「特に?」
「じゃ、いーや」
概ねこんな感じだ。自分の仕事が増えるとか、何かしら被害が被るとか、そういう事がなければ構わない。そもそもワンダ=ランド自体使用人にとっては余計なお仕事である。もう魔王が何をやろうと今更だ。割り切ってしまった方が楽というもの。諦めとも言う。
「あーいたいた! おーい待たせてごめんね」
「あっ魔王様」
そこに元凶がやってきた。大手を振って走り寄ってくる。その顔はとてもニコニコしており全身から幸せオーラが溢れ出ている。その様子は外見年齢相応に見える。
「ちょっとこの子借りるね」
新人もとい『鉄人間』の手を掴んで連れて行こうとする。魔法をかけるためだ。本人の希望で個室で行う。
「魔王様ー、王来たって俺ら変わる?」
「ううん。いつも通りでいーよー。あの方はボクがお世話するから」
「了解っすー」
というのが初日――アキが魔王城にやってきた日――の出来事だ。
「ニ倍……」
「おいバカやめろ」
魔王様と新人が去っていく背中――いや鎧だけだわ。銀色しか見えない。魔王様完全に隠れてる――を見送りながらボソッと呟かれた声にツッコミする。
思ったけど口に出してはいけない。身体に関心あるかは知らないけど魔王様地獄耳なんだから気をつけろよ。仕事増やされたらどうするんだ。巻き添えはゴメンだぞ。……笑ってんじゃないよ。つられて笑っちゃうだろ。
「……?」
魔法をかけてもらうために個室に入り、向かい合った『鉄人間』は小首を傾げる。なんだかさっきとは違う笑みを浮かべているような……?
「ああ、ううん。なんでもないよ。ちょっとこの後の予定を考えていただけだからさ」
キラキラと純粋な笑みを浮かべる『襟巻小僧』。もちろんあの二人の会話は聞こえていた。その後の笑い声も。
「それじゃあ魔法をかけようか。目隠しするから頭の防具を外したらボクの手を頭に乗せてくれる?」
「――はい、終わったよ。着けたらボクの肩を叩いて教えてね。…………うん、じゃあ目隠し取るね。それじゃあ戻ろうか」
最大限の配慮をもって『鉄人間』は自然言語理解の魔法をかけてもらった。この後、犬がいる部屋で感謝感激雨あられしたのは言うまでもない。




