ガウガウガウ
「ここは御館だよ。物造担当が……いない」
さっきの衣装部屋に負けず劣らずの汚部屋だった。あっちは布だったけどこっちはよく分からない物体が散乱している。変な雰囲気の雑貨店みたいだ。外国っぽい匂いはしないけど。
「ここでは色んな物の設計構想から作製、改良をしているんだ。魔物や日用品、建物の設備なんかもここの管轄だね。愛の巣も……あった。これが設計図だよ」
「いやいい」
設計図なんて見せられても分からないし、第一興味ない。土木関係のことなんて知らないしと固辞した。
それにしても部屋の名前的に巫山戯た場所かと思いきや結構重要な部署? みたいだ。魔王城で使っている物はここが管理しているらしい。簡単に言うとさっき案内された料理、医療、衣服以外の全てがここの管轄になっている。いや理不尽。さしずめ雑用、雑然とした仕事専用人だ。良く言えば便利屋。
というか物の範囲広すぎだろ。なんだその人間版ホームセンター。過労死確定じゃん。ソイツ大丈夫なのか? 骨皮の限界社畜になってない?
「うーん、まあそのうち会えるでしょ。それじゃあ次に行こー!」
汚部屋封印! ドアを閉じる際に部屋の中で何かが動いた気がしたけど気のせいかな。気のせいだきっと。気のせいだと思おう。
「お待ちかね! ここに来るのは二回目だね。イッヌたちの部屋、ハウスだよ!」
おおっぴろげに開かれたドアの先には、見た事のある光景が広がっていた。犬、犬、犬。見渡さなくても犬が視界に入る。そしてアキの後ろに隠れるように丸くなるぶさ。犬に怯えてる。
「くぅーん(怖い)」
ぶさの体が震えてるせいでアキの足をつつくように撫でるように毛が当たってる。擽ったくて鳥肌が立ってくる。
こういう時のぶさは動かない。元凶から離れようとしてもリードを引いても石のように固まって動いてくれないのだ。向こうの犬が一定距離を離れてくれればようやく動き出してくれる。最終手段は持ち上げて運ぶだ。無理矢理距離を取らせる物理策。これが一番手っ取り早い。
今回はその元凶に向かって行かないといけないので持ち抱える。手のかかる家族だ。
「世話担当は三人になったんだよ。一人はあなたと一緒に来たからもう知ってると思うけど、おーいみんな集合ー!」
一緒、と聞いてアキは頭を捻る。『襟巻小僧』の声に集まってきた三人を見て知ってる人物がいなかったのだ。
一人は犬の耳と尻尾をつけている男。一人は首輪とマスクをつけて四足歩行で動いている男。一人は全身毛むくじゃら……着ぐるみを着ている。いや、何これ。犬のコスプレ見本(全種網羅実物有り)とかキッツゥ。
「魔王様ぁ! もう勘弁してくださいぃ……」
耳尻尾が泣き言を言う。涙目になってるし本当に参っているようだ。好きでコスプレしてるんじゃないのか?
「わんわーん♪」
「コイツが喋らずだらけるんですよ!? ただでさえ忙しいのにっ! 俺犬になったからヨロ♪ って意味わかんないこと言ってえ!!」
耳尻尾が首輪マスクを指差す。犬の鳴き声もソイツが発している。満面の笑みで。
「あーうん……まあもういっか。いいよ、外して」
「やっっったぁあああああ!!!」
了承を得るとすぐに外した。感涙している。それほどに苦痛だったのか。まあ、コスプレなんて一部が楽しんでるだけだからな。強要されて、なんて屈辱でしかない。一種の拷問だ。『三下野郎』哀れ。
「お前も取れっ!!」
「あ……なんだよ俺別に恥ずかしくねーし」
「うるせー働けぇええ!」
マスクを強引に取って首輪を掴んで揺する。それも前後に。エンドレス喉殴りとかやるな。それを笑って受ける『首輪野郎』。仲良いな。
「うわぁ!? ま、魔王様……?」
「頑張ってね」
「へ? ……エッッ」
「うーわーあー」
『襟巻小僧』が『首輪野郎』に拳を叩き入れると笑顔で言った。離れたところに吹き飛んだ彼の元には多くの犬が集まってくる。そして、ハイエナのように次々と噛み付く。奪い合うように引っ張り合う。その光景を見て『三下野郎』が口を引き攣らせて固まる。
「なにやったんですか……」
「前にイッヌに好かれたくて作った魔法だよ。イッヌの好きな匂いを発するんだ。結果は見ての通りだけどね」
好かれるというより襲われてるようにしか見えない。好きな匂い……犬ってミミズの臭いが好きだと見たことがある。それも死骸の。腐敗臭が癒しとかなかなか結構衝撃的だったから覚えてる。
ぶさを抱える手に力が籠る。行くなよという拘束目的だったがぶさは腐敗臭より大好きなアキの匂いが一番だから興味を示さない。
アキの前に着ぐるみがやってきた。着ぐるみはアキに向かってお辞儀をする。丁寧に直角90°だ。礼儀正しいなと思うよりその格好に意識が向く。お前は脱がないんだ。
ふわふわ毛皮を全身装備。ご当地キャラ(人型)よりは輪郭がはっきりしている。動きやすさ重視のような感じが見受けれる。頭の部分も大きくない。人間の頭部の大きさと大差ない被り物。動作に合わせて動き、取れる心配は無さそうだ。
「………………あっ」
分かった。コイツ『鉄人間』だ。なんかここで働くみたいな会話していたことを朧気に思い出した。そうか、鉄が毛になったのか。『鉄人間』改めて『犬人間』。外見が変わっただけでこうも雰囲気が違ってくるのかと密かに感心する。厳かな寡黙から頭おかし……変質者になってしまった。
「おーおーなんだ、随分と騒がしいな」
新たに女がやってきた。和服の羽織みたいなの着ている。巻いた髪が上方向に伸びている。犬に弄ばれてる『首輪野郎』を一瞥して『襟巻小僧』と『三下野郎』の下に行く。無反応だ。無視能力高いな。まるで何も無かったかのように表情すら変わらなかった。
「御館に行ったけど、ここに居たんだね」
「おう、大遊び道具の改良で呼ばれててな。終わったから確認してくれ」
「ありがとうございます。見てきます」
入れ替わるように『三下野郎』が離れて行く。もう誰も『首輪野郎』に触れない。
去っていく男の背を見送った彼女はアキに視線を向けるとニカッと明るく笑った。
「初めましてだな王様。家は気に入ってくれたか? こういうの欲しいとかあったら遠慮なく教えてくれ。よろしくな!」
「彼女がさっき言ってた物造担当だよ」
「家ありがとな。サイコーに良い」
「そりゃあ良かったよ」
大口開けて笑う。裏表なく感情に正直でまっすぐな性格だ。久しぶりに気兼ねしない相手に会った気がする。『和女郎』良いヤツ、気に入った。
「確認終わりました。問題ありませ」
「いたああああーっ!!」
戻ってきた『三下野郎』の声を遮るように大声が響き渡る。その声の主はドアを全開に開けて悪気のない顔をしている『はね女』だった。超うるせぇ。腕の中にいるぶさが声に驚いて怯えている。
「探しましたよ来てください手伝ってください! ここの羽部分についてなんですが……あら?」
まっすぐ『和女郎』に向かってズンズンと歩を進める彼女の前に『襟巻小僧』と『犬人間』が立ち塞がる。アキの場所からは二人の後ろ姿しか見えないが怒りの圧を感じる。
「ここ、ハウスだよ。大声だしたらイッヌが怯えるって言ったよね」
部屋を見渡すと身を寄せあったり頭を下げて様子を窺っていたり表情が強ばっていたりと警戒あるいは恐怖を感じているような仕草をしている。一様に動きを止めて声の方、『はね女』を見ている。例に漏れず『首輪野郎』に集まっている犬もだ。
「はっ、はい……」
「あぁ、ちゃんと覚えていたんだ。良かったよ。じゃあなんで大声出したの? 出したらダメだって知ってたんだよね。知ってたら気をつけるよね。じゃあどうして? どうして大声を出したの?」
『襟巻小僧』が怒り心頭だ。詰め方が恐ろしい。激情に任せて怒鳴るんじゃなくて相手に非を自認させてさらに行動理由を問いただしている。これはあれか、普段優しい奴が怒ると一番怖いってパターン。いやそうじゃなくても子供が抑揚のない声で淡々と喋るって凄みがあるな。一体どんな顔をしていたら『はね女』があんなにガクブルするんだろうか。ちょっと気になる。……気になるな。
加えて身長がある『犬人間』が見下している。顔は見えないのに、いや変化がないから恐ろしく思えるのか。精神攻撃と物理威圧。『はね女』に味方はいない。
「あの、いえ……あ、あたっ……ひっ、ご、ごめんなさいィィ」
「謝って欲しいわけじゃないよ。どうして、って聞いてるの。大声を出した理由を聞いてるんだよ。イッヌが怯える行動は慎むようにってリスト化して渡したよね。それ、覚えてって言ったしちゃんと覚えてるはずだよね。その中に大声出さないって書いてあったと思うけど? ボク難しいこと言ってるかな? ルールはハウス内のみって限定してるんだよ。それ以外なら例え部屋を吹き飛ばしたって構わないんだよ。なんでわざわざハウスを防音にしたのか分かってる? どうしてよりにもよってハウスのドアを開けてから大声出したのかな」
淡々と詰める声に『はね女』はついに泣き出した。しかし『襟巻小僧』の猛攻は続く。これは自分が満足いく回答をもらうまで終わらないヤツだ。犬への執心スゴイな。
「ひぅ……っ、ぅあ、あた、あたし……調子のりました興奮して自己中心的になってました周りが見えてませんでした深く反省致します大変申し訳ございませんでした!」
土下座した。土下座して早口で長文謝罪を言い切った。対する『襟巻小僧』は――
「で?」
一言。たった一言、いや一音だけを発した。それだけで『はね女』の体が大きく跳ねた。酷く冷たい威圧的な一音だった。子供でもあんな声を出せるのかとアキは感心を示す。
「以後場所と声量を気をつけます。また今後このようなことがないように自制致します。ですのでどうか衣装部屋立ち入り禁止だけは勘弁してください!」
先を促されて意思表明したかと思いきや流れるように欲求提示した。厚顔無恥かアイツ。
「……うん、分かったよ」
声の調子が戻った。『はね女』もそれが分かったのか安堵して顔を上げる。
「それじゃあイッヌ全員の服を新たに三着作ることで手打ちにするよ」
「はっ……ぃい!?」
顔を上げる途中で制止し、勢いよく『襟巻小僧』に顔を向ける。愕然とした表情だ。
「イッヌ様の分は要らないから全部で三百着だね。もちろんデザインが同じ、なんて事はしないよね。」
「いえ、三百はちょっと……」
「出来ないの?」
「や……らせていただきます」
ガクリと肩を落とした。有無を言わせず無理難題をふっかける。これが魔王の手練手管か。容赦無い。これで『はね女』は目の前に人参をぶら下げられた豚状態になった。自業自得だけど。




