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強さの在り処、の形

『強さは防御ではなく攻撃にある』


 彼の世紀の大悪党、アドルフ・ヒトラーの言葉だ。

 防御ではなく積極的に他者を攻撃することにこそ、強さはある。

 攻撃によって相手を威圧し自らの力を誇示し、相手を抑制する。

 これこそが()()の形である。


 ……本当に、そうだろうか?


 強さとは何ぞやと、考えたことは数知れない。俺のこれまでの浅く軽い誇り無き埃のような人生で、幾度となく問い続けて来た。


 誰かを傷つけ、その傷跡を知らしめ、その抉みを、痛みを、降りかかる憎しみを、所業の残酷さを、他者が見た時、そこに『強さ』の形が在るのか?

 理不尽に耐え、悲しみを堪え、こみ上げてくる怒りの渦を歯を食いしばって抑え続ける。その忍耐力こそが『強さ』の形なのか?

 自分らしく、自分なりの在り方でありのまま生きる。そこに社会の壁が立ちはだかろうと誰かに拒まれようと、決して己を曲げることなく、自分で見据えた道の上を傷つきながらも歩いて行く。それこそが『強さ』の在り方なのか?

 それか、……それか何者にも決して負けない、すべてを超越する純粋な力こそが『強さ』なのか?

 そんな、何も救わない、何も救われない。『勝利』というつまらない結果と、『敵の涙』というハッピーセットのようなお得極まりない()()()だけがそっと残る、空虚なものが。

 勝った方が強いと言うのであれば、やはりそうなのかもしれない。勝ち続けることこそが、『強さ』の証明になるのかもしれない。……でも、


 俺は、違うと思う。違っていて欲しいと思う。


 本当の強さとは。

 本物の強さとは。


 その形を、俺は知らない。

 きっと俺ではたどり着けない。

 敵も己も知らない俺では、百戦どころかその問いかけに答える資格さえ持ち合わせない。


 本当の強さとは?

 その問いかけは、()()を知ってこそ見えて来る。



 *



 木曜日。

 学校をバックレた俺は昼過ぎまで昼寝を……朝寝を……これは何寝というんだ?

 ……とりあえず昼過ぎまで寝ていた俺はいつかのように目覚ましを粉砕……はしていない。あの一件で流石の俺も学んだのだ。一々寝坊の度に目覚ましを壊していては俺の財布の中身が大変なことになってしまう。元が火の車なだけに、油でファイアーみたいになってしまう。ガソリンでボッカンかもしれない。


 ♪♪♪――…………


 そんないつもの思考で寝起き眼をこすっていると、タイミングを見計らったように一晩中充電しっぱなしにしていたスマートホンから着信音が鳴った。面倒くさいからよくやってしまうが、充電しっぱなしや満タンまで充電しておくのは負担が大きく劣化の原因となり得るため、あまりオススメしない。どうかこの生粋のしくじり先生のアドバイスを参考にしてくれ。


『はい』

『あっ! やっと出ました!』


 スマホの画面を見てその相手を確認しながら何となく嫌な予感……というかうるさくなる予感はしていたのだが、やっぱりだった。


『……ゴホ、ゴホゴホゴホ。す、すめらぎか? どうした、何か用か?』

『だ、大丈夫ですか九十九さん⁉ ゴホゴホ言ってますが。風邪ですか?』

『ゴホゴホ、ゴホゴホ。いや、大丈夫じゃないな。ゴホゴホ。極度の咽頭痛と頭痛、吐き気と吐血の症状で死にかけている』


 母さんの手料理を食した時の症状をそのまま伝える。


『ほ、ほんとですか⁉ 心なしか棒読みというか、いつもとあまり声音が変わらない気がしますが』


 ………。


『い、いや、大丈夫だ(震える声)。俺は大丈夫、気にするな(儚げなかすれ声)。俺は無事……だ(今輪のうめき声)』


 バタリ。


『わああああ、九十九さんが死んじゃいました』


 電話越しに大騒ぎする皇。耳がキーンとした。

 そんな微笑ましいやり取りですっかり今日が平日だと言うことを忘れていると、電話の向こうでのやり取りが微かに聞こえてくる。


『(た、大変です一ノ瀬さん! 九十九さんが、九十九さんがっ)』

『(落ち着きなさい皇さん。あの男のことだからどうせ冗談よ。それにそれならそれでいいじゃない。やっと二人きりになれるわ)』


 …………。


『(で、ですが)』

『(まったく、心配性ね。分かったわ、少し代わりなさい)』


 …………。


 どうしようか? もうこのまま電話切って電源も切っとこうかな?

 そんな衝動というか欲望というかリスクマネージメントの賜物というか。俺の人生最大の選択は、しかし皇が本気で心配してくれていると分かっている身としてはそれは選べない。


『もしもし』


 …………。


『……お客様のおかけになった電話番号は現在、電波の届かない場所にあるか、電源が入っていない状況にあります。ピーという発信音の後に、メッセージをどうぞ。ピー……』

『……ではあのちゃらんぽらん男に伝えてもらえるかしら? 甘地先生からの伝言だけれど、』


 そして一ノ瀬は、


『二度目はないと言ったはずだ。……だそうよ』

『あの、それは一体どういう――』


 プツリ。

 切れてしまった。

 …………。


「さて、起きるか」


 愛のモーニングコールにお目目パッチリだ。



 *



 べつに俺が今日学校をさぼったのは寝坊だけが理由ではない。むしろこうして寝坊するために昨日遅くまでアニメ鑑賞に励んでいたわけだし、遅刻の言い訳をするために寝坊したわけだ。計画通りのサボり。万事予定通りだ。わっはっは。……甘地先生の伝言はちょっと予想外というか考えたくなかったというのが正直なところだが。

 何にしても、これで嘘を吐かなくて済む。


 いつかのように適当な朝食……昼食……ブランチを済ませたあと。

 コーヒーを沸かし、極上の一杯に我ながら唸った俺は十四時を過ぎたタイミングで家を出て、いくつか必要物資を買い集め、どんどんと薄くなっていく財布の中身にそっと涙を拭う小芝居を挟みながら、目的の場所へと赴いた。


「久しぶりだな、綾さん」


 線香の香り漂う久しぶりの霊園の景色。俺がこの場所を訪れるのはこれで三度目だ。

 前回訪れたとき青々としていた木々は微かに色づいているようないないような、やっぱりちょっと時期が早かったかと思ってしまうくらいには残念な赤葉(真緑だよ)。……今月末からが見どころだな。

 あの時は皇がまだ部員になっておらず、依頼人として育才部を訪れていた。いろいろとやらかして一時期追放されていた俺はこの場所で二人と偶然再会し、仲直りし、そして皇の過去や二人の関係を知った。まあ、詳しくは一章を読んでくれ。

 そんな懐かしの霊園で綾さんの墓石の前に到着した俺は、気安い調子で挨拶する。そこに彼女がいて、今もこちらに微笑んでくれている。そんなイメージとともに。

 まずは掃除や線香立てを済ませなければと、持ってきていた共同の手桶や柄杓を構え掃除に取り掛かるが、思っていたよりも汚れは少ない。供えられている花は造花ではなかったため取り替える必要はあるが、軽く見た限りでは枯れたところもなく、結構新しいもののようだ。……まあ、悪いがせっかくなので取り替えておこう。


「よし、こんなもんか」


 墓花を供え、線香を焚き終えた俺は一息つく。最後にお供え物として近くの自販機で買ってきておいたレモンティーのペットボトルをそのまま置いた。……べつにおはぎを買うのを忘れてきたから適当に済ませたわけではない。おはぎなんて上等なお供え物ではないが、あの人の好きだったものといえば、俺はこれしか知らない。もっとも、あの人はこれを人にあげるばかりで、自分はブラックコーヒーの缶ばかりを飲んでいたけどな。

 俺も(よわい)十六年ぽっちしか生きていない。墓参りの経験は綾さんくらいだ。なのである程度は許容していただきたい。


「………」


 合掌し、目をつぶる。

 思い出すのは遠い記憶の懐かしい声。


『――少年?』


 ああ、今もあの時のまま。記憶の向こう側から、同じようにあの人の声が聞こえてくる。

 記憶を失わない俺にとっては、色褪せない記憶。俺の中ではあのとぼけたような言葉選びも、読めない仕草も、本音を隠す冗談も、何もかもがあの時のまま、あの人恋しい岡上の墓地での他愛ないやり取りのまま今も残っている。

 ……けれど。

 ビデオをセットして何度も何度も同じ映画を流し続けるように、あの人との日々を振り返った。その度に、


『ではまた、少年』


 それが最後だった。散り行く春の桜のように、夏が過ぎ秋が来て、また新たな季節が巡っても、『また』はなかった。

 何度目を閉じ遡っても、いつもここで終わってしまう。あの寂しげな、嬉し気な、それでもいつもと変わらない読めない微笑みで、胸の前で手を振りながら、彼女は去って行った。何度も何度も、あの人は俺の前から去っていた。


 丘の上の墓地。中学一年の冬。

 雪空の下、いつものように自動販売機であの人を真似て缶コーヒーを買おうとした時だ。お釣りの小銭を落としてしまい、運悪くそれが自販機の下に転がってしまった。

 しゃがみこんで取ろうと手を伸ばした。その時、ふと小汚い紙切れが落ちていることに気づいた。落ちているというか、雨風にさらされ辛いように、平たい石の上に小石を重ねてあったそれは、置かれているという表現の方が近いかもしれない。

 気になって手に取ってみると、二つ折りになったそれはボロボロで、破かないように丁寧に開いた。そして、知った。


『さようなら、少年。……ごめんなさい』


 ボールペンで書かれた消えかけのその一文を見て、もう二度と、あの人と軽口を交わすことは叶わないのだと察した。

 それから少しして、俺は呼称を『僕』から『俺』に変えた。

 だから()にとって綾さんは――……


 あの日からもう三年。時々刻々と月日は経ち、いつの間にか遠い日々になったものだ。


「ごめんな綾さん。じつは」


 言いかけて、いややっぱり違うなと思いなおす。

 俺が話していた時、俺は俺ではなかった。こんな口調の俺をあの人が見たら、きっと笑われてしまう。


『何ですか少年。随分と印象が変わりましたね。高校デビューですか? ヒュ~♪』


 ……まったく。思わず笑ってしまう。

 流石だな。想像の中でだってまったくブレない。さすが俺の師匠だ。

 そんな軽口とともに頬を緩めながら、俺は一旦、俺を止める。今だけは、あの人と二人きりの時だけは、ありのままで――


「お久しぶりです、綾さん」


 久しぶり。本当にその通りだ。こうして『僕』として話すのは前回の墓参りの時以来だ。

 いや、僕はべつに二重人格というわけではない。

 ただ、世界に紀元前と紀元後があるように、僕の中にもまた一つの境界があるというだけだ。そしてその境を分かつ聖母こそ、一ノ瀬綾香さん。

 故に、彼女の前でだけは僕が僕であることを許される。


「本題の前にまずは近況報告でもしましょうか」


 そう言って、僕はしばらくここ最近のことについて彼女に語った。皇が育才部に入部したことや夏休みにみんなで旅行に行ったこと。一ノ瀬が少々思春期を拗らせすぎていたことや、その過程で僕が傷つけてしまったこと。そして何より一ノ瀬がデレ始めたこと。一ノ瀬の皇愛に最近ますます磨きがかかってきて、その上あんたのもう一人の娘である華さんも絡んでくる機会が増えたこと。ホント、どうにかしてくれと苦情も忘れない。

 一通り伝えた後、本題に入った。


「本当にすみませんでした。あなたに娘を頼むと言われて、決して傷つけないと誓った二人を、傷つけてしまった。本当に、ごめんなさい」


 そう言って、僕は深く頭を下げた。

 ここに来たのは謝罪のためだ。

 先日の一ノ瀬との一件を綾さんに報告し、謝罪し、そして現在(いま)を伝える。そのために、今日はわざわざ学校をさぼってここを訪れた。

 そしてもう一つの目的。それは――


「それじゃあ、また来ます、綾さん。今度は二人も一緒に」


 そう言って、俺は俺に戻った。一時手放していた数々の誓いを抱えなおすように、また気持ち悪い仮面を被りなおして。

 今日ここに来た目的は三つあった。

 一つは久しぶりの墓参り。学校がめんどくさかったというのは半分くらいの動機だ。

 二つ目は近況報告と謝罪。先日のことを伝え、謝り、そして新たな誓いを報告するため。俺が一ノ瀬雅を証明するという誓いを形にするため。

 そして、三つめの目的。それは今果たされた。明後日の試合、俺はきっと俺のままではいられない。おそらく一徹がそれを許さない。だから俺が俺ではなく僕として誰かと向き合うために、どうしても踏んでおかなければならないプロセス。それがこれだ。

 これら三つの目的すべての完了を今ここに宣言し、今日の目的が果たされたとふっと肩の力を抜く。

 スマホで時間を確認すると十五時を過ぎていた。


「さあ、部活に行くか」


 言いながら、でもちょっと小腹も空いたし喫茶店でコーヒーでも飲んでおやつタイムにしゃれ込んでから行くかと心の中で言いなおし、財布の中身を……小銭入れの百円玉の枚数を「い~ち、に~い、さ~……全然足りな~い」と井戸の中で数えながら学校方面へと向かった。


 明後日の試合、それを想像して思う。

 きっとまた、俺は誰かを傷つけるのだろう。


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