裏方の苦労、の形
さあ、やってきました金曜日。いよいよ明日が、生徒会が執り行う一ノ瀬学園での空手大会だ。
「本当にやるんですか? いえ、あなたを疑うつもりはありませんが、いくらなんでもこれは」
協力してもらうのだから手伝わないのはおかしいだろうという非常に人間のできた俺の提案により明日の大会準備を行う生徒会のお手伝いを……というか、まあ大会の準備はほとんどうちの空手部が行うため、育才部の部室内で明日の余興のちょっとした打ち合わせをしていた俺達。
そんな打ち合わせの中、俺の計画の一端を聞いた瀬上先輩が困惑したように言う。
「いいですか、先輩」
そんな瀬上先輩に対面に座る俺はさも真面目腐った調子で言って、ぐっと真剣な目をして見せる。すると隣で一ノ瀬が「にらめっこかしら? それとも下着泥棒が仕事をするときの顔真似?」などと失礼なことを言っていたが、それは無視だ。その隣で皇が「違いますよきっと! あれは財布の中からお札を取り出す時のいつもの九十九さんの目です!」とさも「私はあなたを理解していますよ? ふふん(ドヤ顔)」みたい顔で言っているが、二人とも的外れどころかはずれた矢が俺の心のウィークポイントにぐっさりと刺さっている。なんだ? 恋のキュービットなのか?
とりあえず俺はそんな二人を「んっ、んん」とわざとらしく咳払いして黙らせ、「何? 気持ち悪いわよ?」と眉を顰める一ノ瀬を無視し、改めて先輩に向き直る。
「いいですか、先輩。例えばある一人の生徒がいて、彼はバスケットボール部の部員です。三年間頑張って部活に取り組んできました」
「は、はあ……」
うんうんと自己頷きを織り交ぜながらそれっぽく話す俺の話に、先輩は困惑しつつも頷いてくれる。
「そして来る全国大会予選。やっとレギュラー入りを果たした彼だけれど、このゲームで負ければそこで試合終了ですよ……いえ、部活動引退。だからどうしてもその試合で勝ちたい」
「……はい」
だんだんイメージが湧いてきたのか、先輩はその場面を想像しつつ神妙に頷く。一ノ瀬達も興味が湧いてきたのか、ふむと考えるように顎に手をやって俺の言葉を待っていた。ここで、みんなが話に乗って来たタイミングで俺は「けれど、」と続けた。
「相手は昨年度全国優勝の超強豪校。どうやっても勝ち目がない」
『っ……』
両手をあげてフリフリと首を振って見せると、みんなの表情が若干沈んだのが分かる。負けず嫌いの一ノ瀬は眉を吊り上げて「やってみなくちゃ分からないじゃない」と唇を尖らせていたが……まあ、無視だ。そもそもチームプレイである以上、お前はきっとやってみても分からない。まあ、こいつなら案外一人で勝ててしまうかもしれないがな。流石にそれで勝てるレベルではないと理解してくれ。……さて、ここからが腕の見せ所だ。
「でも、どうしても勝ちたい。勝たなければいけない。なぜなら」
そう、なぜなら、
「彼はこの試合で勝って、ある人に気持ちを伝えるつもりだったから。この試合で勝つことが彼にとって一つのけじめだったから」
『っ!』
みんなの目が驚きに見開かれ、少し身を乗り出すようにこちらに完全に意識が向いた。やはりいくら変な子たちとはいえ、こいつらもみんな高校生。恋に恋するお年頃だ。この手の話題は興味を掴みやすい。というか一ノ瀬や瀬上先輩はともかく、こんなありがちな設定の簡単な話でも「ロマンチックです!」とキラッキラのキラキラリ~ンとした目をしてくれる皇はほんと天使だな。まるでキララちゃんだ。……キララちゃんだったな。
「で……だ。相手は逆立ちしたって勝てない強豪校。ぺんぺん草みたいな雑草バスケット部なんかじゃとても相手にならない。でも、彼にはどうしても勝たなければいけない理由がある。ずっと自分を支え続けてくれた大切な人に気持ちを伝える最初で最後の機会。……そうだな。あれだ。その相手はこの大会の三日後くらいに音楽かなんかでドイツに留学する。そういう設定だ」
適当に付け足すと、一瞬みんなの顔がすんと冷めたように見えたが、「とにかく!」と声を張って引き留めたことでなんとか灯は消えずに済んだ。
「……それで、結局あなたは何を言いたいの?」
一人先に冷静に戻った一ノ瀬が言った。ナイス。その言葉を待っていた。
「つまりだ」
そして、俺は言った。
「ぶっちゃけこんなのまともにやって勝てるわけないんだから、ズルするしかなくないか?」
『…………』
「……言い忘れていたが、このバスケットマンは鈴宮だ」
「ズルするしかありませんね!」
どうにか瀬上先輩を騙くらかすことができた。
万事、予定通りだ。
*
「分かりました。では衣装の方は手芸部からお借りするということで、問題は司会進行とタイムスケジュールですが……」
「そうですね。司会進行はアドリブで何とかなるとして、タイムスケジュールに関しては他校の部の事情も考慮しなければならないので、少し詰めとかないといけませんね」
一通りの打ち合わせを終え、粗を埋める作業へと取り掛かる為いくつか懸念される点を挙げる先輩に、同意しつつ意見を伝える。
「あなた、当たり前にアドリブというけど、当日司会進行をするのは瀬上先輩なのではないの?」
この頃、人を気遣うということを覚えてきたらしい成長著しい一ノ瀬が、目からウロコのような気遣いをして見せる。ちょっとした感動だ。
「大丈夫だ。なんたって瀬上先輩なんだから。お前、知らないのか? 先輩の凄さを。先輩は美人でカッコ良くて真面目でちょっと堅物系に見える黒髪メガネ黒タイツの委員長属性満点のもうたまらんくらい癖ぶっささりヒロインの上に、本当に有能なんだぞ? お前みたいななんちゃって優等生じゃないんだぞ?」
「……自覚はあるからあまり否定はできないけど、とにかく気持ち悪いわ。ほんと、こんなこと言いたくないけれど、……きもち悪いわ」
一ノ瀬がすっと身を引きながらそっと目を逸らして、気遣うように言った。……なんか、普通に罵倒されるよりこっちの方がずっと心にダメージが……。
「だ、大丈夫です! 九十九さんは大体いつもこんな感じです!」
皇が言った。一見気遣っているようで、それは「大体いつも俺は気持ち悪い」っていう一ノ瀬の言葉の全肯定なんですよね。なんか、優しさで言っているぶん余計胸が苦しいんだが?
「っ……過剰な期待は困ります。さ、最善は尽くします」
そんな俺たちの定番……というとなんかもういろいろな意味で泣きそうになるが。そんな俺たちのやり取りの横で、先輩はちょっとだけ朱に頬を染めながら普段通りを装って言った。……なんか、ホントに萌え萌えだな。
「そ、それで、タイムスケジュールの方ですが」
照れくささを後に引きつつ先輩が話を元に戻そうとホワイトボードの『司会進行』と書かれた文字の上に赤マジックでチェックを入れ、その下の『タイムスケジュール』と書かれた文字を指して言う。
「そうですね。正直それについてはあまりこういったイベントの仕切りをした経験がないので正確なことは言えませんが、余興自体は一時間前後を目安に考えています」
大体のイメージを頭の中で組み立てつつ言うと。
「いえ、普通そこが最も読めないところだと思うのですが」
「なんでただでさえ当初の予定にないことに加えてどんなアクシデントが起こるかも分からない、それの時間だけが読めてるのよ」
先輩も一ノ瀬も心底分からないと首を傾げて見せる。そんなことを言われても。
「無論、俺がそれで終わらせるからだ」
当たり前のことだが、誰かがどこかで行うことを手も足も口も出さず操作することは不可能に近いが、自分の手が届く範囲でこれほど深く関われるのなら、意図的に時間を操作するくらいはわけないことだ。問題なのはその前。空手大会の時間がどうなるか読めないところだ。
そう考え、俺としては当たり前のことを言ったつもりだった。けれど、
「……なんというか、あなたは自信があるのか無いのか分かりませんね」
困ったように笑う先輩に、一ノ瀬も皇も同意していた。
「まあ、それについては俺に任せてくれれば大丈夫だ。司会進行の先輩には少し手間をかけさせてしまうが、それでも大会後一時間をめどに考えている。それ以前のスケジュールをあえて一時間と少し余らせるくらい余裕を持たせつつ、違和感のないものに仕立てたい」
なかなかの無茶ブリだ。言うと、一ノ瀬も先輩もふむと考えた後、困ったように眉を八の字にしていた。もちろん皇はもうこの時点で話についてきていない。「ほえー。皆さん社会人みたいですねえ」とぽけーッとした顔で感心していたが、大丈夫だ。たとえいつまでもこのままアホの子キララちゃんキラキラリン♪……であったとしても、最終的には一ノ瀬が引き取ってくれる。ほんと、大変なものを押し付けてくれたな綾さん。
「あなた……。なかなか無茶を言うわね」
「はい。そもそも予定通りに進むことの方が少ない部活動の大会で、一時間バレないように巻くなんて。かなり難しいかと」
難色を示す一ノ瀬と先輩。やはりそう簡単な話ではないようだ。
ただ、ここまで真剣に一緒に考えてくれた二人(三人……だよ?)には悪いが、それについてももう既に解決はしている。
なぜなら、
「九十九ク~ン、手続き終わったよ~」
『っ!』
ノックなくガラリと育才部のドアが開かれたと同時、何とも緊張感のない軽い調子で言って、数枚の書類を片手にピラピラさせながら入って来たのは華さん。
「ありがとうございます。どうでしたか?」
「うん、ちょっと矢渡クンは首傾げてたけど、一応全員分のサインはしてくれたよ」
「そうですか。ちなみに誰を入部させたんですか?」
「その辺で適当に声をかけた一年生に名前だけ貸してもらったよ。その方がいいでしょ?」
「はい。二年生や三年生だと違和感が残りますから。顧問の印もとれたんですね」
「あの先生テキトーだからね~。職員室行ってハンコ押してくださいって言ったらハンコごと渡されたよ」
やっぱあの体育教師ろくでもないな。てゆうかもうちょっとまともな顧問探せよ空手部。あんなのが顧問じゃいつ廃部になっても不思議じゃないぞ。
「ちょっ、ちょっと」
「ん?」
華さんから五人分の入部届と退部届を受け取った俺はそこに先輩のサインと空手部の顧問の印を確認し安堵していたが、これで安心しているのは俺と華さんと華さんの後から静かに部屋に入って来たギャル先輩だけだった。いや、ギャル先輩はどうでも良さげに無関心だが。
「どういうこと? なぜ姉さんたちが……というか、何が起きているの?」
まるでさっきまで雪山で遭難しかけていたのに気づいたらキャンプハウスのロッジでサウナが用意されていた、みたいな状況を目の当たりにしたような、そんな疑問に目を回す表情の皆を代表して一ノ瀬が言った。
どうも何も、可笑しなことを言う奴だ。そもそも俺がいる以上、こいつらにすべてを丸投げなんてするわけがないじゃないか。俺の過保護を甘く見るなよ。まなみの夏休みの宿題を読書感想文まで全部勝手にやった結果、姉さんに本気で叱られたのが中二、中三の夏だ。ちなみに、自分の分はすっかり忘れていて、それにはさすがに母さんにも叱られた。
まあつまり、さっきまでのやり取りはちょっとした協力というテーマのコミュニケーション教室と華さん達が書類を準備してくれるまでの時間潰しだ。
「タイムスケジュールについては事前に華さんと話し合って解決策を考えて置いた。ギャル先輩」
「誰がギャル先輩だし。それじゃ、説明するけど――」
あとはお願いしますと視線をやると、気だるげに言いつつギャル先輩は丁寧に説明していく。
適当な新入部員を五人くらい入れておいて、スケジュールの上では対戦表に組み込んでおき、当日直前に風邪を引いただとかインフルエンザだとか食中毒……はちょっとべつの問題が出て来るが、まあ退部したとか何とか言って消えてもらう。
事前にいなくなることが分かっているのなら、いる場合といない場合の分でスケジュールを立てておいて、いる方を先に渡しておき、当日はいない方を基に進行を進める。そうすれば元のスケジュールから一時間ほど早く大会は終わり、余興の時間は十分に捻出できる。
簡単にいえばそういう作戦だ。
「……何故、始めから私たちに説明しなかったの?」
ギャル先輩が説明を終えると、開口一番、一ノ瀬が言った。瀬上先輩も思いは同じなのか、一ノ瀬の問いに続くように視線を向けて来る。
その視線には若干の苛立ちや侮辱を受けたような思いが見えるが、べつに嫌がらせや笑いものにしたくて言わなかったわけではない。ただ、
「以前も言ったが、こういうのをみんなで考えたって言うんじゃないのか?」
「「っ!」」
言うと、
「「……はあ」」
呆れたようにため息を吐く一ノ瀬と先輩。そんな二人に今度はこちらが首を傾げていると、
「……相変わらず、九十九さんはアンポンタンですね」
「ふふ、だよね~!」
それまで難しい話題に目をまわしていた皇が一つだけ分かったように、納得したように言った。というか華さんが全力で納得しているのはおかしい。あんただってこっち側の人間だろ。
そんなみんなのジト目を受けて、思う。
……まったく。何事も裏方は大変だな。




