8/千里の想いなんて知らない。私は彼が好き
昨日の放課後、不思議なものを見た。岩戸くんが仕事仲間? あるいは上司? らしい、とんでもない美人の女の人とやりとりしているところだ。
艷やかな黒髪が、まるで和風のお姫様みたいな人。岩戸くんと親しげにやりとりしていたけど、隣に寄り添っている会椿さんも知らない人みたいだった。
仕事、と言っていたからには、やっぱり例の裏社会絡みなんだと思う。私達普通の人間じゃ足を踏み入れられない、踏み入れてはいけない世界。
そんな世界で、岩戸くんとともに生きているのがあの女の人なんだ。きっと、会椿さんともまた別の、彼にとっての特別な存在かも。
「…………」
「で、竜馬は結局昨日の人と仕事、したんだー?」
「あー? するわけねえだろあんなもん、いるだけ邪魔なんだよ邪魔邪魔。そりゃまあ組織らしいから向こうのが効率良いんだろうしプロらしいんだろうけどな、俺にゃ関係ない」
「じゃあ一人でやったんだ。怪我、してない?」
「しててもラーメン食ったら治る! っつーわけで今日の晩はてぇてぇ亭で大盛りチャーシューメンでひとつ」
「え、またぁ? ……まあいっか、お疲れ様だろうし奢ったげるよ」
「ごっつぁん」
いつもの学校、授業の合間のクラスの風景。やっぱり岩戸くんは会椿さんと喋ってばかりいる。私はカルテットの傍からそれを、遠巻きに見つめるばかりだ。
しかしかすかに聞こえてくる彼の声からは、結局あの女の人とは行動をともにせず、自分一人だけで仕事をこなした旨が伝わってくる。
よかった。と、言っていいのかな。
これ以上彼の周囲に、女の人がいるのは好きじゃない。でも彼の安全とかを考えるなら、そんなわがままなこと言っていても仕方ないって思いももちろんある。
けれど、やっぱりもどかしいのだ。
こんなところでただ彼を見ているだけの自分。
できても後を人知れずついて行って、家の場所やよく使うコンビニ、スーパー、散歩ルートくらいしか把握できていない自分が、あまりにも歯痒くて仕方なかった。
「一葉? ……一葉、一葉!」
「ちょっと大丈夫? ねえ一葉ってば!」
「え。あ、ごめん。どうかした?」
「どうかした? じゃない、ずっと明後日の方向見てさ。もうチャイム鳴るから、また昼になーって」
「あ、うん。ありがと、またね」
「ああ……岩戸、ばっかり見てるんだな。やっぱり」
「裕也。ほら、行こうぜ」
ぼーっと岩戸くんを見ていると、不意にカルテットの面々から声をかけられた。いけない、さすがに見惚れすぎだったみたい。
如月くんはしっかり気づいてるし、千里もなんだか視線が冷たい。中村に至ってもやっぱり、岩戸くんというか会椿さんに目をやりながら如月くんを気遣っている。
「ねえ一葉……そんなにさ、どこが良いの? あんな不良の」
「千里。岩戸くんは不良じゃないよ、私を何回も助けてくれた、恩人なんだよ」
「それとこれとは関係ないじゃない。助けられたからってさ、誰からも似合いだった言われてるような裕也そっちのけであんなやつに見惚れるなんてどうかしてるよ。前からだけど、一葉の男を見る目だけはひどいと思う。会椿以下じゃん」
「そんなこと、ないよ」
隣の席の千里が、如月くんと中村が席に戻ったのを見計らって小声で抗議してきた。この子の立場からだと、私の想いなんてさぞかし理解できないんだと思う。
この子は……如月くんが好きだから余計だろう。その彼に好かれている私が、よりによって評判のあまり良くない岩戸くんばかり見ているのが許せないのかもしれない。自分だったらすぐに如月くんの想いに応えてみせるのにって。
「……人の想いはままならないものよね」
口内で小さくつぶやく。千里には悪いけど、あなたの想いなんて知ったことじゃない。私は、如月くんになんて興味ないんだ。
私に手を差し伸べてくれたのは彼じゃない、岩戸くんだ。私を光指す世界にまた、戻してくれたのも岩戸くんなんだ。それを分かろうともしないあなたこそ、人を見る目なんて欠片だってない。
「あ! チャイムだ次の授業。竜馬、寝ちゃだめだよ〜?」
「いつも寝てねえよ、瞑想してるだけだありゃ。知っとるか? 世のなかにはスーッと瞑想するだけでたちまち気持ちが落ち着いてリラックスするなんて話もあるらしい。あやかりたいもんだぜ」
「竜馬はいつも落ち着いてるじゃない……むしろ私こそ要るかなあ、そういうメンタルケア? セラピー? みたいなの」
「見てくれも動きも小動物だしな。ハムスターかさもなきゃ子猫だ、たしかにリリィにゃ必要かもなあ」
「つまり可愛いってことじゃん! むひひ、竜馬に可愛いって言われちゃった〜」
「落ち着きを持てと言っとるんだ。ほらほら席につけシッシッ、授業中に寝るなよ」
「こっちのセリフだってば!」
千里との無為な話のさながらにも、岩戸くんはやはり会椿さんと楽しげに話をしている。
本当に……羨ましいな、会椿さん。私もいつか、あんなふうに軽口を叩きあえる仲になれれば。願わくば友人どころか、もっとその先の関係になれれば。
そんなことを今日も夢想し続ける授業が始まる。
どうしても私の目は、彼を追いかけないではいられなかった。




