5/本音のところ、アイツは嫌いだ
正直ムカつくぜ……ってのが正直なところだった。俺、中村拓真の岩戸竜馬への偽らざる本音の感情ってやつさ。
たぶん、個人としてはそんなに嫌いじゃねえ。むしろその自由な生き方とか、物怖じしない在り方や半グレをまとめてのしちまえる強さとかは、あるいは憧れにさえなり得たかもしれない。
だが、ある一点をもってそれだけはないんだ。会椿リリィ、あの娘がアイツのそばにいる限りはな……俺はリリィを愛している。
たぶん、きっかけはない。今年初めて同じクラスになった時、隣り合った席で目が合った。それだけで俺は恋に落ちた。すべてがリリィ色に染まっちまったんだ。
そして同時に、ある男のことがどうしても憎くて仕方なくなった。俺が愛するリリィを、幼馴染だって理由だけで縛り付けるどうしようもない甘ったれたやつ。人間として恥ずべき、不良品。
「竜馬はさぁ、大人になったらどうなりたいとかってあるの? あくまで仮の話ね、実際竜馬にはそんな選択肢とかあんまりないと思うし」
「はあ……は? いやちょっと待ってリリィさん、リリィさん?」
「正直ね竜馬ってば、まともに社会でやっていけるタイプの人間じゃないって思ってるのよね。これはママもパパも同じ意見だけど、たぶん可能な限り好き放題やって、そのうちにどうにもならなくなって、そうなったらさっさと見切りを付けてこの世とはオサラバするタイプだと思うの。どう、合ってる?」
「俺に聞くなよ。あーまあそりゃね、そりゃあ多少は心当たりあるかもしれんから、そこはさすがの幼馴染って言いたいところなんだけどもねえ」
「やだよ私、そんなことで竜馬とお別れ永遠バイバイさよならなんて。ねえ、もうちょっとどうにかなんない?」
「誰もそんなルート目指しとらんっちゅうのな。まあアレだ、リリィが独り立ちしたら俺も心置きなく生きてけるんじゃねえの? 知らんけど」
「ふーん。じゃあ一生私ら一緒だね、だって独り立ちしたって私は竜馬と一緒にいるもーん」
「ああそう。良いけど自分のことは自分でなさいよ」
「はーい! うふふふっ!」
河原の道を歩く放課後。俺と裕也、千里、そして一葉の四人で歩いているうちに、後ろから近づいてきた会椿と岩戸が話すのを耳にしている俺達だ。
親しすぎる会話、距離感。どう考えても単なる幼馴染には思えない会椿と岩戸のやりとりに、どうしようもなく胸がざわめくのを感じる。
「会椿……可哀想に。岩戸のやつにすっかり染め上げられちまってらぁ。あんな調子じゃ、裏で何脅されててもおかしくないぜ」
「中村。岩戸くんはそんなことしないよ。会椿さん見てて分かんないの? どう見たってあの娘から寄り付いてるじゃない」
「いや、あのな一葉……そこまで含めてあの野郎に洗脳されてんじゃねえかって俺はだなあ」
「何それ、馬鹿らし。どう見たって会椿さんから岩戸くんにベッタリじゃない」
「ぐぬ……」
冷静な一葉の言葉にも、理屈では納得しつつもやはり苛つく。分かってるんだよそんなこと、会椿はマジで岩戸なんかに惚れちまってるって!
……くそっ、なんでだ? なんであんな、うだつも上がらない、授業中には居眠りして昼メシだってカップ麺で済ませるようなやつを会椿は、幼馴染ってだけであんなに甲斐甲斐しく世話を焼いてるんだ。
そうするだけの何かがあるのか? 岩戸に。岩戸なんかに、それだけの値打ちがあるっていうのか?
まるで理解できずに燻る感情を持て余す。そのうちに少し前を歩く岩戸と会椿か、不意に立ち止まった。
だからといって止まらない俺達が、やがて追いつき追い越してその先にいる人を見る。
……すごい美人だ。一葉や千里どころか、会椿にだって負けないくらいのとんでもない美女。そんなのが岩戸に、視線と言葉を差し向けていた。
「……あん?」
「えっ、竜馬? ……誰、あれ?」
「ごきげんよう岩戸竜馬。学校終わりということで今からお仕事しませんか?」
「帰って」
「嫌です」
「帰って」
「嫌です」
「帰って」
「嫌です。三回目までは付き合いましたが次はありませんよ? あなたはこの私、竜宮院みつきと一緒に果てないブラック現場に赴くのです」
「いや帰ってほんと。帰って。関東まで帰んなさいよホームでしょうがあんたほんと」
美女、竜宮院さんって言うのか? は、岩戸とやたら距離の近いやりとりをしている。知り合いなのか、岩戸のほうもラフな対応をしている。
どういうつながりなんだ、このへんにあんな美人いたか……!?
「岩戸くん……!」
「……バイト先の上司か? にしたって、あんな綺麗な人ってのは意外だ」
「岩戸……なんなの? なんで一々、やたら目立つのよ……」
「チッ……」
一葉や裕也、千里もそれぞれ通り過ぎながら反応している。普通に考えておかしいんだよ、あんな不良紛いの陰気臭いやつに。幼馴染だからって会椿ばかりかあんな美女までちょっかい出すなんてよ……!
謎が深まる岩戸の、あまりに分不相応な周辺。やはりアイツに引っ付き続けてる、会椿の存在。
それがどうにも胸にもやっとするものを残して俺はただ一つ舌打ちを打つばかりだった。




