4/憎たらしさと、劣等感と
腹が立つ。立腹だ。他ならぬ自分自身の不甲斐なさと、そして彼女を魅了するあの野郎に。
岩戸竜馬。俺達の抱えていたありとあらゆる事情に、何一つだって関わっていなかったくせして……一葉の心を、あからさまに奪っているあの、不良。
「岩戸くん、またカップ麺……お弁当とか買わないのかな」
「好きでやってるんだろ? だったら好きにさせてやりなよ」
「それは、そうだけど。なんか気になるっていうか」
「一葉……」
まただ。またアイツを見ている。
視線の先、岩戸を見つめる一葉に俺、如月裕也は内心のジェラシーが沸き起こるのを禁じ得なかった。
ずっと好きだった、一葉が。この高校で初めて見た時から、ずっと。今でももちろん、愛していると言える。彼女しか目に映らないほどだ。
これまでいろんなことを一緒にやってきた。校内のトラブル対応とか、町をおびやかした殺人犯の追及とか……辛く苦しいこともいろいろあったけど、一葉や千里、拓真と一緒だったからこそそれらを乗り越えられた。
なのに。そこまで多くの青春を共有してきたのに。
一葉はやっぱり、去年からずっとアイツを見ているんだ。
「あのーだからねえ、俺は何度も何度も言ってるっちゅーのな。基本高校生なんだからあんまり変な仕事よこすなって。分かってんのおたく、ええ? 俺ぁ未成年なの、深夜のお仕事っちゅうのは法律で禁じられてるわけなの、ね? ……何? 私らの世界にそんなもんない? あのね、アウトローぶるのも大概になさいってのね関東さん。おたくらちょっと横暴だよ、えぇ? 国とつながりがあるからってね、そんな身も蓋もない反社なことおおっぴろげに言うもんじゃないんだって、ちょちょちょ、おい! ……切りやがった」
「竜馬、上手いこと使われてるね」
「主導権は基本こっちだっつの。ったく、いただきまーす」
学校の昼休み、教室のなかにもかかわらず堂々と電話で誰かしらと言い合う姿は、あまりにも異様だ。岩戸竜馬、アイツだけこの西クォーツ高校の空気とはあからさまに違う何かを放っている。
誰と、なんのやりとりかも分からないがまるで大人びた振る舞いに、静かに劣等感を刺激される。周りを気にせず職員室に乗り込みお湯をもらって、カップ麺を乱雑に啜っている姿さえどこかワイルドに見えて悔しい。
そう、悔しいんだ。アイツを見ているとこの高校で過ごした日々が、まるでちっぽけなんじゃないかって突きつけられているようで。
"お前達のソレはしょせん子供のお遊び。俺は大人の世界で生きてる"なんて、言外に言われている気がしてならない。
……ただの、被害妄想だけど。あのくらい自由に、高校以外のところで活動しているらしいアイツを見てるとどうしてもそう思わされるんだ。
そしてそんなアイツに、熱の籠もった視線を向ける一葉もまた、要因の一つだった。
「一葉……」
「ん、どうしたの如月くん? お弁当、食べないの?」
「あ、ああ。いや、岩戸のやつ、大胆だなって」
「だよね。それにしても本当になんの仕事してるんだろうね……会椿さんは、知ってるのかなあ」
声をかけると、何事もないように答えてくれるけど。一葉の視線はやはりアイツに向かっていて、なんならその隣に座って弁当を食べている会椿さんにも向いている。
彼女のほうには、明らかな嫉妬の色を浮かべてだ。それが、俺にはどうにも納得いかないことだ。
なんで、岩戸なんかを巡って一葉が嫉妬してるんだ?
アイツなんかより、俺のほうがずっと、何倍だってお前を幸せにしてみせるのに!
「会椿……岩戸のどこが良いんだ? 俺にはまるで分かんねーよ」
「同感。ホント……あんなの視界に入れてるだけでも恐ろしいわよ、普通」
俺同様、拓真もまた岩戸のことはあんまり良く見てはいない……会椿のことが好きだからな。できれば岩戸から引き剥がしたいだろう。
千里も、こっちはシンプルに岩戸の自由すぎる振る舞いに嫌悪感を抱いているんだろう。ノリはちょっと軽いけど真面目だからな、余計にアイツのことは気に入らないはずだ。
そして言わずもがな、俺もアイツのことは正直いけ好かない。
つまり西校カルテットのなかでアイツを好意的に見ているのは、やはり一葉だけになる。
なんでだ? なんで一葉はあんなやつを。
きっかけは知っている。去年の夏前に、校内を牛耳っていた不良グループが一葉と、それから会椿を攫って人気のなかった美術準備室に追い込んだ。
あやうく、酷い目に遭わされるところだったらしい。そこに現れて、一人でグループを壊滅させたのが岩戸だったという。
『一葉っ!! 無事か、一葉っ!』
『お、来たかアンちゃんら。特に何事もねーから安心しな。おう、ほれ行けねーちゃん。旦那が来たぜ』
『旦那じゃないよ! ……岩戸くん、また、あとで改めてお礼を言わせてほしいな』
『いらん、いらん。いいから忘れちまえ、怖かったろ。リリィもだけど大変だったな』
半グレとも付き合いがある、なんて噂されてた5人を全員叩きのめしておいて、涼し気な顔で何事もなかったかのように振る舞う。あの日の岩戸はそんなやつだった。
感謝している。けれど、俺の劣等感はそこが始まりだったと思う……俺には向けたことのない熱の入った目を、アイツに向ける一葉を見た、その時から。
俺は、どうしても岩戸のことが好きにはなれないんだ。




