27/Feel so near─影は光に寄り添う─
『死ぬのか……俺、は』
血に塗れた闇の奥底。彼はたしかに死にかけていた。全身をバラバラにされて、それでも奇跡的に残った意識で、薄れゆく意識で静かにつぶやく。
もう、諦めていた……自分の命は。生きることも、生きていくこともこれではもう叶わない。それは仕方ないと、彼は納得していた。
すべて自分で選んだことだ。幼馴染を助けるため、死ぬことを承知で闇に入り込んだのも。幼馴染を助けたくて、命を投げ捨てたことも。
けれど、それらはすべて無駄だった。幼馴染を助けられず、自分はただ無価値に殺されて終わる。
『────だ、が。り、リリィ、だけ、は』
それでも。それでも、諦めきれないものがある。絶対に、それこそ死んでも認められないものがある。
会椿リリィ。何も悪くないのに、何も罪なんかないのに闇に引きずり込まれたあの娘を。このまま、死ぬからと諦めてなどやるものか。
『お……お、鬼。影。闇。お、俺の、ぜんぶ、すべて、くれてやる』
彼を貫き引き裂いた後、血に塗れたそこに忍び寄る影に告げる。どうしてか、少年には分かった──影もまた、もはや行く宛なく消え失せようとしている。
ソレがなんなのか、もう考える力もない。ただただ、そうすべき、そうしなければならないという直感から。そうしなければ幼馴染を救えないという確信から。
彼は、なおも小さくささやいた。
『だか、ら……お、前のぜんぶ……よこせ。や、闇……影……ぜ、んぶ……光、を』
消えていく。意識が、命が。それでも、祈るように願うように命ずる。たった一つ護らなければならないもの、すくい上げなければならないものを想って。
後のことはなんでも良い。彼女を救った後、自分が自分でなくなっても構わない。永遠にさまよう亡者に成り果てたっていい。
ただ、あの娘を光に返せれば。自分は、岩戸竜馬は返らなくとも良い。戻れなくても良い。
それだけの、ことだった。
『────あいつ、を。光に、置いていく……っ!!』
そして、今。
そのために成り果てた岩戸竜馬。
怪異人間"影踏み鬼"が、すべて闇に沈みし者を、光へ戻すために戦っていた。
「き、ききき!? きさま! 貴様ぁぁぁぁ!! 人間ごときが、怪異の力ををををを!!」
「嬉しいぜ、今の俺をも人として見てくれるかい」
「うぎぎぎゃああああああっ!?」
影の剣山を展開した、校庭へとケガレを殴り飛ばす。ソレは一年生の身体を乗っ取っているため、必然的に見も知りもしない一年生をももろともに攻撃することになるが、怪異人間は一つも気にしなかった。
取り憑かれた時点でもはや意味はない。
「俺ぁたまたま俺の意識がいくらか残ってるがよ、そんでも混じり合った今じゃ元の岩戸竜馬とはもう別物だ。テメェみてぇに取り憑いてるだけならいざ知らず、あの鬼とは互いに一切合切、喰らい合ったからなぁ」
「ぐ、ぐぬうぅうぅ……!! 影ごときが、刃か、針のように刺さるぅぅぅぅぅ!? わしの、わしの身体が存在がぁぁぁぁ」
「つまりその身体の元の持ち主はまだ間に合うってこった──返せよケガレ。闇にいちゃいけねぇやつだ、そいつはな」
「き、きき、貴様! 人間ごときが、鬼と喰らい合っただと!? 我ら怪異のなかでも筆頭、最強たる一角とだとぉ!? デタラメを吐かすなぁぁぁ!!」
一等高い影針のてっぺんに、闇そのものとなりて爪先立つ怪異人間。その意識は岩戸竜馬のままだが、さりとて人のものとも言い難い。
食い合った"影踏み鬼"の、身体だけでなく精神がもはや混じり合っているのだ……ゆえに彼はもはや年をとることなく、そして人のままでいることもない。
それが、こともあろうにケガレたる敵からすると人間扱いされるという。内心で皮肉な笑みを浮かべ、怪異人間は影を操った。
激高して殴りかかってくる、ケガレに占拠された一年生の腕を受け止める。枝葉末節であってもケガレはケガレ、それ相応に殺意的破壊力があり怪異人間の腕がいくらか裂ける──瞬時に再生。元通り。
「なぁにぃぃぃぃっ!? なんじゃそれはぁ、なんじゃその再生はぁぁぁぁっ!!」
「"影踏み鬼"は無敵の力。己の影を矛として、万物の影を盾とする、ってな。すべてに影差す夜なんぞ、まさに本領なのさ」
ケガレから見ても異常な再生能力。殴りつけて裂けた腕が即時元通りなど、闇に塗れた社会であっても埒外の事象。
とはいえそれこそが怪異人間"影踏み鬼"、岩戸竜馬の現状でありすべてだ。闇と一体化し影そのものとなった彼は、己を武器とし他者を盾とする。影ある限りは。
すなわちもはや日も暮れて、すっかりと周囲が影に染まった今などはまさしく彼のテリトリー。
ただの名もなきケガレなど、話にもならないのは当然の理だった。
「終いだ、ケガレ。取り憑いたそいつの体も心も、闇から解き放て」
「ま……まて!! 貴様とて怪異ならば、どうじゃわしと手を組みこれから先のこの地域を牛耳らぬか!? 素晴らしい闇の社会を、光駆逐する世を実現できるぞ! わしとお主ならば!!」
「御冗談。テメェみてえな闇から光を護るのが、俺がやるべきことなんだよ」
愚にもつかない命乞いなどあっさりと断る。他のモノならいざ知らず、怪異人間たる岩戸竜馬にとって闇の実現などなんら魅力ある提案ではない。
彼が、彼のままこう成り果てた──その根幹にして今も続く存在理由はやはり、あの日あの時の誓いから変わらないのだから。
「誰かが闇に沈んだんなら、俺ぁそいつを光に返す。そのためだけに、俺は返らねえことを選んだのさ」
「ひぃぃぃぃぃ!!」
「悪いが洒落た技名とかはねぇ。ただただテメェをぶちのめして、返すべきモンまとめて光に置いていく────!!」
何一つ曲がることない鋼の心で叩き込む、影の刃。単なる手刀も怪異人間にかかれば闇を纏いし絶世名刀となる。
そうだ、すべて光へ置いていく。それこそが生前の、人間としての岩戸竜馬が願いし誓い。その代償に自らは二度と光に返らぬことを選んだ。
岩戸竜馬は返らない。
人にも、光にも、当たり前の日々にも。ケガレと向き合い、闇を相手取り、決して当たり前としてはいけない日々に息づく。
それが彼の選んだ道なのだ。消えゆくケガレと残されし取り憑かれていた学生の心と身体が、その結果として取り戻されたものの一つに加わった。




