25/野に居て良いものではないぞ、この"鬼"は!
何じゃ? この男は。急に割って入ってこともあろうにこのわしを殴り飛ばしたやつを見る。
中肉中背、特筆すべきこともない顔立ちの、至って普通の小僧。わしが今乗っ取っておるこの身体と大差ない、貧弱にして弱々しい人間でしかない。
じゃというのに今のはなんじゃ。なぜにわしを殴り飛ばせた? いや殴るまではまだ理屈は通る、しかし殴り飛ばすなどと不可能じゃろうが。
このわしは人のいうところの"怪異"なるぞ。闇より出でて夜より昏く、光を憎みそれを穢すのが本懐の存在である。言うなればわしこそは人間の天敵であるぞ、それをどうやって。
岩戸竜馬。
竜宮院と関係があるらしいが特に何も感じぬ凡夫めが、そこに立っておった。
「い、わと……」
「後は任せな。そんでもって竜宮院、この三人連れて校舎から離れろ。頼むぜ」
「分かってるわ。ここにこのままいたんじゃ、あなたに巻き込まれて私達がアレより先にお陀仏だものね」
「言っても単なるケガレでしかねぇからさっさと終わらすよ、ほら行けやれ行け早く行け」
「了解了解。急急如律令《三人ともすぐ校門前に行きなさい》」
当のガキめはわしのことを無視してもう一人、やってきた女に指示を出しておる。途端、女が力を行使するのを見てわしは形成の不利を悟った。
竜宮院、関東の退魔師とは。陰陽の力を用いる名家などと、岩戸竜馬よりよほど厄介なのが来おったわ。単なるケガレなどと吐かしたガキはやはり、初手にて殺すがな。
行使した力でもって、カルテットの連中は操り人形さながらに力なく立ち上がり、呆けた表情のままこの場を離脱していく。食える隙がないか見てはみたものの、竜宮院もガキもわしをしれっと観察しておる。つけ入る隙がない。
しかし退魔師の女はどうしたことか、カルテットとともに離脱するとか。まったく好都合じゃがどうしたかの。
欲を言えばわしを殴り飛ばしたあのガキだけは食って、この地を離れることとしたい。
そう考えると、岩戸竜馬一人残すこの状況は実にありがたいものじゃ。わしも力を行使して、取り残されたあやつに向けて距離を詰める!
「ガキが! 図に乗りおったな、その慢心は冥府にて払え!!」
「払うのはテメェだし支払いもぜんぶテメェ持ちだ、ケガレ。名もついとらんやつが一丁前の怪異ツラしてんじゃねえよ」
「────ぬううっ!?」
一瞬で射程距離に入ったわしが、力を込めた手刀を放てば終わる……はずじゃった。
ところが一撃必殺のはずのそれは、ガキの人差し指一本で容易く止められてしまった。すさまじい力じゃ、これは一体!?
改めて岩戸竜馬をよく見る。先ほどまで感じ得なかった力が、やつの身体から少しずつ、しかしたしかに放たれておる。
ブラフじゃったか、このガキ生意気にも! しかもこの気配、力! そんなまさか!?
「き、貴様……! その力は、よもやあの怪異の!?」
「知ってるじゃねえか。だったら分かるだろ、俺がどういう存在か。この地そのものにもなんかあるのは分かったが、それにかこつけてやりたい放題やったのは落とし前つけろや。なあ」
「く、ううう!?」
強引に腕を振り抜こうとするも、やはりあまりにも強すぎる力に妨げられる。その間も吹き出続ける闇が、影が、やつの身体を覆う。
間違いないとわしは確信した。聞いたことはある、"怪異人間"じゃ、このガキは。
────我らケガレは闇から生まれた。人や獣、土地の負の想念、無念がわしらを無数に発生させたのじゃ。
それゆえわしらは人間に対してめっぽう強く、今回やったような乗っ取りなどもその恩恵と言える。
じゃがそんななか。どういったことか時折、人の天敵たるケガレの力を借り受けて発生する人間、怪異人間が発生すると聞く。人間でありながら怪異の力を使う、人にして人ではない輩が。
たしか国内でも歴史上で一握りしかおらぬ、そんなやつが目の前にまさか、おるとは!
「好き放題もここまでだ。テメェが闇に引きずり込んだ連中もまとめて、光のなかへと置いていく」
「何を!? この、人間ふぜいが!!」
「手始めにまずァ死ねよ────てめぇは光にゃ邪魔なんだ」
力が緩んだ。わしは即座に距離を取り、やつと相対する。噴き出す影、迸る黒き力に身を纏わせていく、やつ。
およそ人間の姿でもなければ力でもない、闇そのものの異形へと変貌する、人間に気圧されてしまう。これが、そうかこれが怪異人間の力か。
筋骨隆々の、しかしあらゆる場所を闇で覆う正真正銘の化物。
怪異のなかでも名前付き。それも最強との呼び声高い"鬼"の何かしらを得たであろう、怪物。
「く、うっ……! や、やはりか貴様! 怪異人間、それも相当高位の、鬼の力を!!」
「正解だ。ちょっとだけ褒めてやるよ……最初で最後の岩戸竜馬、いや"影踏み鬼"からの褒め言葉だ。これ持って冥土の土産と、しなぁっ!!」
あっさりとうなずく怪物、怪異人間岩戸竜馬。そしてとりもなおさずわしに向かって駆け出し、徒手空拳で仕掛けてきよる。
それに対してわしは、逃げるわけでもなくむしろ真正面から戦うべく力を思う存分に振り絞った。
舐めるな!
たとえ相手が鬼だろうと怪異人間だろうと、おとなしくやられてやるこのケガレではないのだ!!
規格外の力を得て傲慢となっておるガキなど、それに振り回されとる間にわしが食い殺してやるわっ!!




