24/井の中の蛙、大海を知る
「な、え────」
「っ、拓真ァァァッ!!」
『ぬ……?』
いきなり怖気の走る空間になった校舎裏に、中村の後ろから突然現れたナニモノカの声と、振るわれた腕──
中村自身も、私、高橋千里もそれにまるで対応も反応もできなかったなかで。けれど如月裕也だけは、咄嗟に動いて中村を助け出した。
彼の腕を引っ張って、自分の下にまで引き倒したんだ。そして元いた場所には、黒色の腕がまるでギロチンのように振り下ろされていた。
あれ、ヤバい……! 腕の軌跡が、黒い血を振りまいて弧を描いてる。飛び散る飛沫は校舎や地面、草木に付着してそこから、煙をあげている。
どう考えてもまともじゃない。普通じゃない。あれは何、なんなの!? い、今、如月くんが助けなかったら、中村はもしかしたら……!
「わしの圧にも抗い動くか。カルテットのなか、如月なんちゃらはそれなりとこの身体の持ち主の記憶から読み取ってはおったが……なるほど。やりおるな、多少は」
「ゆ、ゆうや……!? わ、わりい、なんかおれ、うごけなくて」
「き、気にするな……! で、でもこいつ、一体!?」
「い……一年生? 男の子、だけど……!?」
戦慄と恐怖に身がすくむ。中村も未だ、この異様なまでの怖気で強張ってしまい動けないみたいだけど。それでも呂律のまわらない口で、如月くんと話している。
その間、動くことのないその影を見た。制服、西クォーツ高校の学ランを着た、幼気な男の子。名札の色は青、一年生みたい。
だけどその全身からは黒い、炎とも血ともつかないナニカがへばりつくように噴き出しては空気中に拡散している。
まるで意味が分からない、ファンタジーやオカルトの世界だ、こんなの。どうかしてる、私の頭がおかしくなったの?
混乱に惑う私。如月くんと中村も同じようにその少年を見ている。
「君は、何者だ……?」
「アホガキが、主に教えてなんとなる? これからわしに殺され、食われるだけの餌虫に過ぎぬ小僧小娘どもが」
「な……」
「この校舎は隠れ蓑にちょうど良かったがの、竜宮院に気取られては逃げの一手を決め込まざるを得ん……よもや校内に伝があるとも思っとらなんだがな。あの岩戸とかいうガキ、一体何者じゃ……?」
「岩戸? ……竜宮院さん?」
「どうして、あの二人のことを……?」
嗄れた老人のよう。およそ少年の見た目からは想像もつかない声で、彼はたしかに今、岩戸と竜宮院さんの名をつぶやいた。
なんで、こんな時にあの二人を? 竜宮院さんはこの間の時点でもう何か、目星をつけていた様子だったけど何かの因縁があるの? こんな、こんな化物に?
「まあええ、さっさと河岸を変えて終いじゃ。そうさな、今度は中部のほうでも行くかのう。かかか、行きがけの駄賃というやつじゃガキども、わしの関西最後の飯となれい。これまでセコく殺さぬ程度に済ませてきたが、今回ばかりはぜんぶ喰ろうてやる」
「っ!?」
「そして食い終えた後に残るそのガワも、余さず有効活用じゃ。なかなかないぞ、死してなお利用されるなど……感謝せいよ」
「お、お前……っ!!」
一人で勝手なことをつぶやく老人の声の少年はそして、また真っ黒な腕を構えた。さらに吹き上がる粘り気のある黒い炎。
もう一回、私達を狙ってる! こ、殺すつもりなの!?
如月くんも拓真ももう、さっきの回避で気力を推して体力を消費している。私に至ってはそもそも最初から震え、おびえ、恐ろしくなってしまっていたため動けない。
駄目だ、逃げなきゃ。殺される、殺される。
「さて、お遊びはそこまでじゃ。三人まとめて斬り裂いてやる。できる限り痛みを与えてやりはするが、いかんせんわしの炎は加減が聞かん。確実に仕留めてやるから安心せい」
「ひっ……!」
「あ、ああ、あ」
「ふ、二人とも逃げろ……逃げろ! ここは、こいつは、俺が命懸けででも……!!」
醜悪な頬笑を見せながら、口にするのは確かな殺意。そのあまりに冷たい響きに、私や中村はいよいよ呻き、あるいは諦めを抱くしかない。
私の、私達の人生はここで終わるんだ。やりたいことがたくさんあったのに、家族のみんなとまた会いたかったのに。
悔しい、な。
瞳を閉じて、あふれる涙を流す。こんなに夢だ、現実にはあり得ないと言ったって、現実に私達はもう死を免れることはない。
ああ、一葉。最後にもう一度、できれば本音を語り合って、終わりたかった────
「──おう、よく言ったぜ如月裕也。おめえ、立派だぜ」
「っ、何ぃ!?」
「確実に仕留めるっつったな? 同感だよ、てめぇは今ここで確実に殺ってやる。次の河岸は地獄だ、渡し賃はツケとくぜ」
「馬鹿な!? 貴様、何者いつの間に、ぐべぇぎぎゃぎゃぎゃぎゃ!?」
「…………え?」
そんな、矢先だった。誰かの声とさけび、そして即座に弛緩する、校舎の空気。動けるようになった私達。
すべてが一瞬だった。何が起きているのかさえ、理解できないくらいに。
見れば、横合いから殴り飛ばされたのか、校舎の壁に叩きつけられている少年がいた。
そして、彼を満身の力を込めてだろうぶん殴った、その人も少し離れたところに。
「岩戸、くん?」
「おう。思ったより際どかったがもう心配いらねえ。お前らまとめて、全員光に置いてくぜ」
私が、誰よりも恐れ畏れる男。
岩戸竜馬が、そこに立っていた。




