23/虚ろな心に、闇が迫った
裕也の言葉に従って、俺達カルテット……いや、もうカルテットとも言えねえか。俺達、中村拓真と如月裕也と高橋千里は数日間、放課後に一年校舎をうろついて聞き取り調査をして回った。
一葉がいないのはやっぱり辛い。俺達のなかでも一番クールで冷静だったあいつの、一歩引いた物の見方ってやつにみんな助けられてたんだ。俺みたいな前のめりの馬鹿は、特にな。
「6組の大戸と、7組の船場。一年で一番の悪ったらやっぱアイツらですよ先輩。最近の暴力事件もアイツらの仕業じゃないかって、もっぱらの噂なんですから」
「でも最近だと3組の志田とかも結構やばい噂流れてますね……俺、アイツと同じ中学だったんですけど、昔は地味だったのに高校デビューなんだか、急に髪染めてピアスとかして、喧嘩もしょっちゅうって話です」
「1組の銀城さん、最近異様にセクシーになったっていうか……担任とちょっと怪しい雰囲気だって噂もあるんですよね。マジならヤバいですけど、今流行りの暴力事件とはあんま関係ないかも? です」
西クォーツ高校はさすがなもんで、去年と同様に各学年ごとに日夜いろんな事件や噂が起きていて、それは一年生達も変わらない。
今回俺達が調べてる暴力事件だけじゃなく、誰彼がワルだとかグレたとか、はたまた教師とデキているとかって話がわんさかだ。
こういうのもそのうち、俺達がまた首を突っ込むことになるかもしれねぇからメモっとかねぇとな。
……こういうの、一葉が得意だったんだけどよ。やっぱ調子でねえよ、いつものカルテットじゃないと、な。
「うーん。今回の件に絡んでそうなのは6組大戸と7組船場か。たしかに俺も、前から軽く耳にはしてたな。ちょっとヤンチャなのが入ってきてるって」
「じゃあ次はそいつらの周辺をあたるか、裕也? なんなら直接行っても良いかもだけどよ」
「ちょっと! 中村、それじゃストレートすぎるわよ。去年と同じで馬鹿な連中が暴走しかねないわよ? それこそ、一葉が攫われた時のようになるかもだし」
「一葉……か。そういえば、あの時の一葉を助けたのが、岩戸だったな……」
「っ」
夕陽差す校舎裏。いつしか誰も人気のなくなった静かなその場所で段取りを組んでいた時、裕也がぽつりとつぶやいた。
そうだ、去年もこんな感じで事件の調査をしていて。不用意に不良グループを刺激しちまったせいで、一葉が報復に攫われちまったんだ。
そしてそん時、俺達は誰も間に合わなかった。
代わりに結局、助けに入ったのは岩戸だったんだ。アイツのほうも、会椿が攫われたことで探してたからな……一葉と一緒に、会椿も被害に遭いかけていた。
思えば、あの時からもう一葉と俺達はズレちまっていたのかもしれない。間に合わなかった俺達と、間に合った岩戸と。一葉からすれば、そういうことなのかもな。
同じような思いを、やっぱり裕也も抱いているみたいだった。
ルックスのいい横顔を夕陽に曇らせて、俯きながらもつぶやいた。
「あの時、一年前。俺がアイツより先に一葉を助けられていたら、こんなことにはなってなかったんだろうか」
「裕也……そんなことねえよ。一葉はきっと、またすぐに俺達のところに戻ってくる」
「そうよ! あんな岩戸のところになんて、そんな長くいられるはずないもの。賢くて綺麗なあの娘が、あいつの恐ろしさに気づかないなんてありえない……!」
「……? 千里?」
慰めの言葉を吐く俺の横で、千里がやけに怯えた様子で震え声を放つのを、裕也は訝しげに見た。
前からだけど、千里は岩戸が絡むとやけに怯えてるというか、拒絶反応みたいな感じになるんだよな。単なる好き嫌いの話かと思ってたんだが、どうもここまでのことになると様子がおかしい。
何があったんだ?
今回の事件には関係ないことだけど、仲間がこんなに震えちまってるのを見過ごすなんてありえない。
俺と裕也がいい加減、少し踏み込んだ話をしようと口を開く────矢先。
その矢先。
世界が、世界の纏う空気が変わったような気がした。
「…………!? なんだ?」
「っ!? い、今、なんか……一瞬、すごく背筋がゾワッとしたぞ」
「ひいっ!? な、何!? この感じ、どこかで」
背筋を、いやそれどころか全身を駆け巡る違和感嫌悪感。俺だけじゃなく裕也や千里も同じものを感じ取って、身を震わせて顔を見合わせる。
そうだ、この感じどこかで……少しだけ、去年にも似たものを味わった気がする。まるで、そうだ、まるで。
「……まるで、あの、殺人鬼と対峙した時のような空気だ……!?」
「っ! い、今すぐここから出るぞ! け、警察に行くんだ、早く!」
思い至る、去年に追い詰めた殺人鬼と対峙した時の空気感。あれとまったく同じものが今、この校舎裏に漂っている。
濃厚な死の空気。そう表現するしかない何かが、俺達の周囲にへばりつくように流れていたんだ。
裕也が叫ぶ。余裕のない必死の形相、千里なんて顔が青白くなって何も言えなくなってる。
俺は。俺は、もう、怖くて。息が詰まって、何も話せなくて。身体が、凍りついちまって。
「────ひい、ふう、みい。カルテットと言うからには四人揃ってるかと思えば、一人おらんか。まあええ、嗅ぎ回りすぎじゃガキども。死ね」
……すぐ真後ろから、急に聞こえてきた嗄れた老人の声、に。
何も反応できないまま、殺されようとしていたんだ。




