22/難しいよね、正しく間違えるってこと
「大したもんじゃねえか。見上げた光ぶりだぜ」
不意に、席に座る岩戸くんがそうつぶやくのを耳にして私、美山一葉と隣の会椿さんは同時に彼を見た。
どこかを見て呟いていた気がするけど、今はもう机に突っ伏して気怠げな視線をこちらによこしている。その眼差しにすらどきりと、嬉しく高鳴る鼓動を自覚しつつも私は、彼に尋ねた。
「岩戸くん? どうかした?」
「いやなんでも。しかしなんだ、本当にいいのかカルテットは。こないだの竜宮院の物言いなら、あんなもん気にするほうがよからんぜ」
「そうだよ、美山さん。いや何があったか私は知らないけど、あんなに仲が良かったのに急に一人抜けてこっちに来るなんて」
「それは……うん。まあ、今はまだちょっと、ね」
改めて問われる、私の所在について。西校カルテットを一抜けして、岩戸くんや会椿さんと過ごすことが多くなった私のことを、この二人や如月くん達だけでなく学校中の多くの人が噂しているのはすでに知っていた。
特大のスキャンダルとして、それをネタに私を批判する人がいるのも、また。
「嘘でしょ、アレ。美山さんが、なんで岩戸や会椿なんかと」
「如月くんカワイソー……」
「なんかあったのかな、カルテット」
「どうせ岩戸がなんかしたんだろ。あいつ素行悪いしな」
クラスメイトがひそひそと、こそこそと話している。私がカルテットから抜けて岩戸くんの下に近づいたのが、やっぱり彼らにとって格好のゴシップみたい。
関係ない。私は、本当はずっとこうしたかった。カルテットのみんなを、正直今も嫌いなわけじゃないけど今は……やっぱり今の私達はおかしいって、そう思ってしまうから。
意外だったのはむしろ、岩戸くんと会椿さんだ。いきなりやってきた私を、戸惑いながらも特に深く言及することなく接してくれた。
おかげで本当に気が楽だった……まあ、会椿さんのほうは私が岩戸くんのことを想ってるのを気付いてるのか、時々何か言いたげな視線を寄越してくるけれど。
それでも、基本的には仲良くしてくれるんだからやっぱりこの人達はいい人達だよ。
「私は、カルテットのみんなも嫌いじゃない。ないけど、今は岩戸くんと会椿さんと仲良くなりたいの。西校カルテットだなんて色眼鏡で見ること、二人だけはあんまりなかったものね」
「まあ見てなかったったら嘘にはなるけども。そんでもあんまりな、関係ないしな俺らには」
「そーだねえ……なんかすごいなーとか、青春してるなーとかってくらい? それにしたって、羨ましいとかよりはすごいなーみたいな。遠巻きにアイドルを見てる感覚っていうか」
「ふふふ、正直! ……そのくらい距離を置いて、でも変に英雄視みたいなのがない二人の感じ。とても気安いんだ」
「そうかい。大変だねおたくも、他の三人も」
気怠げでも、向けてくれる眼差しが優しい。ストレートに快活な会椿さんもだけど、岩戸くんもやっぱりとても温かな人なんだなって思う。
実際、二人の近くはすごく気楽だ。カルテットの三人が居心地悪かったわけじゃないけど、どうしても周囲の人達がまるでヒーローを見るみたいに視線を向けてくるから。気が休まらないし、一挙手一投足をいつも見られている感覚にはどうしてもなっていた。
思えば、そんな感じを抱いたあたりからもう、私達カルテットはもうおかしくなり始めてたんだと思う。
如月くんや中村も千里も、最初は私みたいに置かれた状況に戸惑っていたもの……それがいつしか慣れていって、ヒーロー然として振る舞うのが当たり前になっていって。
あの三人だって、あんなふうになっちゃったのは結局のところ、私と同じ理由ででも、別の方向に適応してやり過ごした結果なんだと思う。
「……カルテットは、たぶん、間違えた。こんなふうになる前に、どこかできっと、躓いておくべきだったんだと思う」
「美山さん?」
「なんだかんだとできることをやった、そのことは後悔してないけどね。でも、だからってなんでもうまいこと行っちゃったらそれが当たり前になっちゃうんだよね。自分達のなかでも、周囲の人達のなかでも。それが、私達を縛り付けて変えてしまった」
小さく、二人にだけ聞こえるくらいの声量で真実本音をつぶやく。私達西校カルテットは、ろくな失敗もせず成功し続けるという最悪の大失敗を積み重ねすぎたんだ。
うまく行き過ぎるのも、きっと良くない……みんなそれが当たり前になって、本当に止まらないといけない場面でも誰も止めてくれなくなるから。
"自分達/彼らなら大丈夫。だって今までぜんぶうまくいってきたから"なんて、思ってしまっているのだから。
だから薄々おかしいかもしれないと思っていても、私は止まれなかった。如月くん達は気づくことさえできなかった。周囲の人達も、そんな私達を信じ続けてしまった。
……私達は、本当はここに至るまでのどこかで。いえ、どこであっても何度だって、躓いて間違えて後悔して反省して、それでも立ち上がることを経験するべきだったんだ。
「私は、三人より少しだけ先に気づいて、それでも何もできなかった。だから、しばらくカルテットから離れて落ち着いて考えたい……ようやく間違いに気づけて、ようやく躓けた私達は、ここからどうすれば良いのかなって」
「そうかい。まあ、互いに頭が冷えた時にでも、腹ぁ割って話せると良いな。それまではのんびりしときなよ。誰にもそれを、止める権利はねえんだ」
「ありがとう、岩戸くん」
半ば愚痴るように弱音を吐露する私を、けれど岩戸くんは黙って受け止め、そして優しい言葉でゆっくりするように言ってくれる。
温かな言葉。私はうなずいて、軽く息を吐いた。やっと正しく間違えることができた私の、蟠りをいくらか溶かすような吐息だった。




