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岩戸竜馬は返らない。  作者: てんたくろー


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2/29

2/廊下ですれ違う君に、私は胸を高鳴らせた

 西クォーツ高校の渡り廊下を、歩くだけで私達には視線が向けられる。羨望とか、好奇とか。でも一番多いのは尊敬と感謝だ。

 無理もないかなって思う。去年の春、私達が入学して以来この学校はものすごく変な事件が多くて物騒だったんだけど……それらすべてを私達、西校カルテットが解決して治安を取り戻したんだから。


「如月ぃ! いつもありがとなぁ!」

「美山さーん! こっち向いてー!」

「高橋さん、好きだぁ……」

「中村くーん!」


 すっかり学内でもヒーロー、ヒロイン扱いな私達だけど、もっとすごいのはこの扱いがもう、この地域一体に広がっていることだ。

 これもやっぱり仕方ない。町をおびやかした連続殺人犯を警察より先に追い詰めて……もちろん大人の人達にはあとで盛大に怒られたけど、でもやっぱり褒めてもらえたんだから。


「へへ、いつもながら照れくせぇなあ、裕也。俺達まるでヒーローだぜ」

「はは、でも調子に乗るなよ? 天狗になるとろくな目に遭わないんだからな」

「分かってるって! でもよ、こうして平和を取り戻したのが俺達だっての、分かってもらえてるのはありがてえよな」

「ほんとほんと! ……まあ、一部どうでも良いって人もいるけどね」


 如月くんや中村、それに千里も誇らしげに胸を張っている。口振りでは天狗になっちゃいけないっていうけど、天狗になってるのがバレバレだ。

 かくいう私もきっと、傍から観ていると同じなんだろうな……千里が不意に口にして視線を向けた、二人の学生に同じく目を向ける。


「竜馬、またカップ麺? 弁当にしなよ、毎回職員室行ってお湯もらうの恥ずかしくないの?」

「別にお湯くらいもらったっていいだろうがよ、許可もらってんだから。それにおめーカップ麺のが弁当よりよっぽど安上がりなんだよ、美味いしな。やらんぞ」

「欲しがるか!! ……あとで弁当、おかず分けたげようか?」

「ごっつぁん」


 岩戸くんと、会椿さんだ。岩戸くんは安物のカップ麺と割り箸を手に、どうやら職員室に行くみたいだ。会椿さんはその付き添いだと思う。

 羨ましい……会椿さんが本当に羨ましい。大体いつも、毎日お昼になるとああやってカップ麺を手に職員室まで行って給湯ポットのお湯をもらっているのが彼なんだけど、きまってそこに寄り添うのが彼女だ。


 まるで恋人、いえそれ以上の夫婦のような仲。

 学内でも理想の夫婦だとか言われるわけだ。あんなに仲がいい二人、とても間に割って入れるものじゃないんだから。


「……一葉? どうしたんだ、あの二人を見て」

「え? あ、いえ。なんか、いつも仲良いなって」

「いや、ありゃー岩戸が会椿に甘えてるだけだろ。酷いもんだぜあいつの素行、授業中に居眠りこいたりサボったり、挙句学外じゃ暴力沙汰もしょっちゅうだってよ。よく退学にならねえもんだ」

「……噂じゃ去年の夏、誰だか先生を暴漢から護ったってことで大目に見られてるって話だけど……本当のところはどうだか。彼、不良だからねただでさえ。会椿さんもなんか、弱み握られてるとかって話もあるけど」

「よせよ、千里も拓真も。単なる噂で人を悪く言うもんじゃない」


 岩戸くんと会椿さん……ううん、岩戸くん単独に限って、千里も中村もあまり良いようには思ってないみたいだった。如月くんに窘められている。

 とんでもない話だ。岩戸くんはそんなに言われるような不良じゃない。居眠りやサボりは多少あるみたいだけど、暴力沙汰なんて、少なくとも彼が一方的に仕掛けたことは一度もないって私は知っている。


 それこそ、千里の言った先生の話だ。暴漢に襲われそうになったのは本当で、そこに割って入った岩戸くんが助けたのも本当のこと。

 だって、そこに私もいたんだもの。塾帰りの夜、保健の御手洗先生が不審者に追いかけられているところを私は助けて庇っていたんだ。


『美山さん!? 危ないわ、下がって!』

『そんなことできません!! 御手洗先生、逃げてっ!!』

『二人まとめてヤるのも良いかぁ……!! くひゅ、興奮が止まらねぇぇっ!!』


 サバイバルナイフを持った、裸コートの男。粗末なものをぶら下げて迫る姿は滑稽だったけど、でもそれ以上におぞましい恐怖と絶望を私達に与えてきた。

 もう、だめだ。殺される。きっと、筆舌に尽くしがたい地獄を味合わされてから嬲り殺される。命ばかりか尊厳さえ、踏み躙られる。


 ──そう、涙が滲み震えた時に。

 また、彼は現れてくれたんだ。


『このボケ!! 舐めてんのかコラ!!』

『ほぎゃげぎゃあっ!? て、テメェガキ、何を』

『ただでさえ厄介事が起きまくってんのに、アホみたいなことして手間かけさせんじゃねえってんだよ!!』

『おぎゃあーっ!?』


 一蹴り入れてナイフを持つ腕をへし折り。二蹴り入れて意識を刈り取る。見事なまでに流れるような蹴り技の応酬。まさしく瞬殺だった。

 慣れている、で済まされない洗練されきった体捌きと威力。その意味するところは今もなお、分からないでいるけれど。


『…………おお? なんだ保健室の先生と、またお前かよ四人組の一人』

『み……美山、です。岩戸、くん』

『岩戸、くん? ……なんで、ここに』

『あんたらに関係ないことだよ、忘れなって。できれば他言も無用でよろしく。代わりと言っちゃなんだが、あんたらは責任持って光に置いていく』


 今まさに、ここで人死にが出るかもしれなかったのに。岩戸くんはまるで頓着しない、夜の散歩同然にあっさりと言い放っていた。

 ────また、鼓動が高鳴るのをたしかに覚えている。なんなら、隣の御手洗先生さえも。私と二人して、呆けたように不審者を手早く捕縛する彼の姿を見ているばかりだったんだもの。

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