13/悲しいほどに、その背中が遠く大きく見えて
──俺、如月裕也を中心にした西校カルテットがさっそく、一年生の暴力事件について調べるべく動き出した翌日。いきなり思いもしなかった事態が起きた。
突然、校内立ち入り調査だとか言って女の人がクラスにやって来たのだ。それが、一度だけ見た覚えのある人だったのだ。
「本日からしばらく、この西クォーツ高校内の学生生活事情等のデータ収集のため滞在させていただきます、特別国家調査委員会の竜宮院みつきと申します。みなさんに特にしてもらうことはなく、こちらで勝手に見回らせていただくだけなのでどうぞリラックスしてお過ごしください。よろしくお願いします」
「えぇ……? り、竜馬ぁ?」
「俺に聞くな俺は知らん俺はなんにも聞かされとらん」
黒髪を艶やかに腰まで伸ばした、まるで昔話のかぐや姫のような凛とした美しい人。スーツ姿を着こなす20代前半くらいの女性だ。
竜宮院みつきさん、らしい。数日前に、岩戸と土手で話していたその人だ。忘れもしない、こんなに綺麗な人、そうそう忘れられるものじゃない。
そうなると当然、俺は視線を岩戸に向けた。隣の会椿さんに小声で話しかけられても、アイツは机に突っ伏しながら何やら返事している。
どういう関係なんだ? 特別国家調査委員会って……なんだ? 聞いたことないけど、たぶん政府関係の組織なんだろうってのは分かる。
そんなところの人が、どうして岩戸なんかも繋がりがあるんだ?
「このクラスを起点にさせてもらったのは、そちらの岩戸くんの縁でもあります」
「…………!?」
「岩戸くんにはこちらの都合でいくらか、仕事を手伝ってもらっております。今回も西クォーツ高校に在籍とのことで協力を依頼したところ、快い返事をいただきました。この場をお借りして厚く御礼申し上げます。ありがとうございます、岩戸くん」
「…………」
挙句にその岩戸を名指して、あまつさえ礼まで述べる竜宮院さん。仕事の手伝い、岩戸が? ますます募る苛立ちと違和感が胸に悪い。
国の仕事に、岩戸が何をするんだ。学業も生活態度もいい加減で不真面目、一部じゃ不良のレッテルまで貼られてるようなやつなんだぞ。
笑みを浮かべる竜宮院さんに、岩戸のやつが相変わらず突っ伏したまま手だけヒラヒラと振る仕草も妙に腹が立つ。まるで自然体なのが、なんだか小馬鹿にしているみたいで歯噛みしてしまう。
本当になんなんだこいつ……俺達カルテットのやってることを、真正面から否定するみたいにして。大人の世界を知っているみたいな余裕ぶった態度は、どうしようもなく俺の鼻につくものだった。
「い、岩戸くん」
「あ、あの野郎、会椿だけじゃなくてあんな綺麗な女の人まで誑かしてるのかよ……いよいよヤベえ不良じゃねえか」
「どうかしてる……なんで岩戸なんかに、私達の青春が侵食されなきゃいけないの」
近くの席、カルテットのみんなも小さくこぼしては反応している。拓真や千里は俺にも理解できる否定的な感情がそこにあったけど、やはり一葉だけは。
一葉だけは、困惑しつつも否定の色はそこにない様子でただ、岩戸を見ている。疑問と、焦燥と──認めがたい、俺に向けてくれたことのない視線を、投げかけていた。
「っ…………!!」
悔しい。腹が立つ。焦り、怒り、悲しみ、嘆き。
どうして彼女は俺を見ないんだ。どうしてあんな奴にそんな目を向けているんだ。今までずっと傍にいたのは俺なのに、これまで一緒にやって来たのは俺達なのに!
一葉じゃなく、岩戸を見る。ありったけの複雑な感情すべて、刃物にして刺せるものなら刺してやりたいほどの視線。
それに気づくことなくやつは、アイツは、一葉の視線にすら応えることなく竜宮院さんとやりとりしている。ひどく気怠そうに、面倒くさそうに。そしていかにも余裕ある"大人"のような素振りで。
いろんなことに一喜一憂してしまう俺達のような"子供"を嘲るように、本物の大人の女性と対等に話していたんだ。
「岩戸くん、昨日電話でお話したとおりしばらくの間、いろいろお世話になりますがよろしくお願いしますね」
「…………さっさと終わらせて関東帰ってね。いつまで関西いんのよアンタ」
「それはこちらの都合次第でしてよオホホホ。それではみなさまも、よしなによろしく〜」
「なんなんだよそのテンションの高さは、ったく……面倒なことになっちゃったよ、もう……」
見るからに上機嫌の竜宮院さんと、裏腹にやる気なく頭を掻く岩戸。まるで仕事上のパートナーとか、相棒のような気の置けないやりとりだ。
軽口の叩き合いなんか、年上相手にやろうとも思わない。ましてや相手は政府の人らしい、見るだけで緊張してしまいそうな美貌の持ち主なのに……泰然自若として揺るぎない姿が、あまりにも遠く大きいものに見える。
それがまた、どうしようもなく悔しくて。
俺は、静かにうつむき歯噛みしていた。




