12/私の傍にいてよ、ずっと
その電話が来たのは、竜馬とてぇてぇ亭で晩御飯のラーメンを食べていた時だった。
至って普通の大衆中華屋さん。でも私、会椿リリィと竜馬にとっては馴染み深い、店主さんとも仲の良い気の置けない店のテーブル席でのことだ。
「んん? ……ふぁい岩戸。今ラーメン食ってんで後にしてつかさい」
『────。────』
「んーむ? ────はいはい、なんすか?」
「竜馬?」
食事時の電話なんて、案外作法に厳しい竜馬は基本的にしない。大概の場合、食べることを優先してあとでかけ直すことが多いんだ。
それが、なんの用事なんだろう。あの竜馬が箸を置いて通話を優先するなんて。しかも通話相手、こないだ土手で竜馬を待ってたあの、竜宮院とかって女の人じゃないの?
……竜馬?
『────────』
「はあ。はあ、はい……あー、例のあいつらの。ああいやこっちの話、で? はあ、俺のテリトリー。いや別にそんなこともないんだけども。何? みんなそう思ってる? そりゃ勝手だけどおたくらがなんかやる分にしたって俺に絡んでこなけりゃ好きにすりゃ良いんだよ、なんか知らんが一々突っかかってくるから蚊蜻蛉散らすみたいにせにゃならんのだろうがい」
『────』
「うん、まあだから好きにしなさいって。それか依頼? ……はあ、協力。おたくそれは前のあれこれ踏まえて言ってんの? 無理でしょ相性悪いんだから。そもそもね、俺は人様と組んで動くなんて土台無理なの。プロと違って基礎訓練受けてないんだから」
「…………」
疎外感。たまに感じるそれが、今私の胸中に渦巻いていた。竜馬が生きてる裏社会、私じゃ立ち入ることができない深淵の世界での姿が、そうさせているんだ。
今、彼は西クォーツ高校2年の岩戸竜馬でもなければ私の幼馴染の岩戸竜馬でもない。裏社会、闇の世界に生きてそこの住人達と凌ぎを削り合っているアウトロー、岩戸竜馬なんだ。
「それでもやるってんならアレだ、俺に合わせてもらうしかないからな。エリートらしいお嬢様にはそりゃ酷でしょう……え? 構わない? むしろ喜んで? マジで言ってる?」
『──! ────?』
「変わったやっちゃな……あいやなんでも。え、そしたらいつ来んの? は、明日? 急すぎだろ学校だって用意も何も、え、根回し済み? おたくそれ見切り発車すぎよ……」
『────』
「あーはいはい分かった分かった、そこまで言うなら付き合うよ、一応知らん話でもないしな。おお、なんぞうちの学校のヒーローさん達も動いとるみたいだ。いや素人、だからぶっちゃけアイツらどうにかせんと危ないんちゃう?」
「…………西校カルテット?」
会話の断片、竜馬側の言葉しか聞こえない私でも、いくらか見えてくるものがある。西クォーツ高校に関係しているらしい話なのと、それから西校カルテットについて。
つまり、さっき放課後に彼らが騒いでいたこととつながりがあるのかも。たしか、一年生内での暴力事件。
まさか、西校のなかにも裏社会の何かが手を出しているの? そしてそれを知らず、カルテットがいつものように調査しようとしてる?
……血の気が引く。思い出すのは去年の事件、紛れもない闇が私を連れ去った時の恐怖だ。
また、あんなことが起きようとしているの?
「……あー、まあやるだけやるわ。クラスメイトが首突っ込むんなら、しゃーなしだ」
『──?』
「知ってて見捨てるのも違うって話なんだよ。はあ、じゃあまあ明日来いよ。とりあえず落ち合って後のことはそこで決めるから。いい? いいなお嬢様?」
『────────!』
「はいはい。じゃあよろしく……っと、ふう。ラーメン伸びたかな」
電話を終えて、また竜馬が箸を手に取りラーメンを啜り始める。それに合わせて私も静かに食事を再開した。
まだ、ラーメンに温かさは残っている。けれど汁を吸ってにわかに伸びた麺を二人して食べるなか、私は静かに竜馬へと尋ねた。
「竜馬……何かあったの? うちの学校、カルテットのことで」
「あーまあちょっとな。ほれ、なんぞアイツらが騒いでた一年の暴力沙汰がどうのとあったろ、あれがどうも俺のバイト案件らしいわ。関東のお嬢さんから直々にご指名だよ」
「そうなんだ……引き受けるの?」
「どっちでも良いんだが、やっぱクラスメイトだしな。裏と分かって突っ込むんなら勝手に死んどけって話なんだが、知らずに踏み込むんなら光に返してやらんと」
「そっ、か」
淡々と、なんでもないように当たり前のようにそんなことを言う竜馬は、どうしようもなく昔の彼とは違っていて。
けれど、知らずに闇の世界に足を踏み入れようとしているカルテットを光に返そうとする姿は、どうしようもなくあの日の彼と重なっていて。
ラーメンを食べ終える。もしかしたら明日には、竜馬はまた危険な目に遭うかもしれない。こんなふうに過ごせる日なんて、もう来ないのかもしれない。
それが怖くて、支払いを終えて店の外に出てからも私は、ずっと彼の腕に抱きついて離さないまま歩き続けていた。




