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神絵師、二〇二六年七月に死す  作者: 海内裏
第一部:表現の群雄割拠と、技術の揺り戻し(二〇〇三-二〇一〇)

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第三章、漆黒のエラー画面と、アナログの叛逆 「いつ停電して消えるか分からないデータに、何の意味がある?」

二〇〇六年から二〇〇七年にかけて、ネットは大衆の日常そのものになっていた。誰もが携帯端末を片手に、いつでも画面の向こうの絵にアクセスし、コメントを書き残し、気に入った画像を自分の端末に保存して持ち歩く。絵師たちの年収は跳ね上がり、サークル『菱川』の残党たちも、それぞれのやり方で一攫千金の夢を追いかけていた。

だが、欲望のままに膨れ上がるネットカルチャーに対し、二〇〇七年、ついに現実の権力が牙を剥いた。

プラットフォーム運営による、過去最大規模のアカウント一斉凍結。過激なパロディや現実の事件を扱った表現物は次々と削除されていった。さらに追い打ちをかけるように、画面の外の世界で日本列島を未曾有の大地震と、大規模な火山の噴火が襲う。社会全体のインフラが物理的に大打撃を受け、日本中が灰色の煙と自粛の空気に包まれた。企業からの商業の仕事は、一夜にしてゼロになった。昨日まで数万人のアクセスを集めていた人気サイトの掲示板は、文字通り一瞬で真っ浅黒いエラー画面へと変わり、ネット民は精神的なパニックに陥った。

「いつ停電して消えるか分からないデータに、何の意味がある?」

画面の向こうに広がる虚無のなか、デジタルツールを一切使わず、キャンバスに絵の具で直接描く孤高のアナログ画家たちが台頭した。懐月堂や宮川長春といった面々だ。彼らはもともと画面の外の世界で、夜の街の主役たちを相手に、オーダーメイドで一点物のきらびやかなドレスや高級な着物を仕立てていた職人集団であった。布地に直接命を吹き込むプロフェッショナルである彼らは、デジタル絵師たちが数千円の仕事で買い叩かれ、サーバーの消失とともに一瞬で無一文になるのを「安売り競争の奴隷ども」と鼻で笑っていた。

「俺の絵は、世界にたった一枚しかねえ。お前らがパソコンの電源を消したって、ここにある」

最高級の絹キャンバスと岩絵の具を並べ、生身の筆跡が残る圧倒的な肉筆画を、リアルなアートギャラリーで富裕層や闇のタニマチへ直接売り込み、数千万円という破格の価値を叩き出した。デジタル絵師たちが飢えるなか、彼らはアナログの絶対的な誇りだけで大衆の目を奪い去った。

ネットの画面に疲弊した人々は、物理的に実在する「本物の絵の具の厚み」に救いを求め、ギャラリーには連日、長蛇の列ができた。それまでアングラなオタク趣味と見做されていた絵の世界に、本物の巨額のマネーが動き始めた瞬間だった。

二〇〇九年。しかし、リアルな市場がマネーゲームと化すなかで、業界を揺るがす大スキャンダルが爆発する。有力プロデューサーと懐月堂の門弟たちの泥沼の不倫・汚職事件が発覚したのだ。華やかなアナログ貴族の裏側で夜な夜な繰り広げられていた、愛欲と利権のドロドロとした肉体関係。メディアはこの機を逃さず、アナログ絵画の不透明な価格吊り上げや脱税疑惑を激しく書き立てた。

大衆の熱狂は一瞬で激しい嫌悪へと反転し、総叩きに遭ったアートギャラリーは強制閉鎖され、中心人物だった絵師たちは業界から完全に永久追追放された。アナログの復権は、わずか数年で自滅の道を辿ったのである。

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