第十七章、血肉の熱狂と、叙情の青
だが、時代はさらなる怪物の覚醒を待っていた。巨大イラスト制作企業『歌川』に所属しながらも、上層部のお利口な商業主義に激しい牙を剥いた、歌川国芳だ。
国芳が発表した、かつてない豪傑たちが画面狭しと大暴れする連載イラストシリーズは、これまでの萌えや美人画の規格を粉々に粉砕し、タイムラインを血と肉の熱狂で激しく叩き割った。
「綺麗にまとまった絵なんか、クソ喰らえだ! 漢の生き様を見せてやるよ!」
その画面から血生臭い息遣いが漏れ出るような、圧倒的な力強さは瞬く間にストリートの少年たちを支配した。それは、先行して市場を独占していた絶対王者である同門の国貞を、本気で脅かす存在へとのし上がった。国芳の描く凄まじい線画のエネルギーに熱狂した若者たちの間では、その画風をそのまま自らの体に刻み込むタトゥーの文化が大流行。時を同じくして、画面の外の実社会では、都会の閉塞感から逃れるように人々がこぞって険しい山へと向かうアウトドアブームが沸き起こり、地方のストリートカルチャーも急速に発達していく。大衆は画面の内外を問わず、剥き出しの自然のエネルギーと、まだ見ぬ土地の熱狂を貪裕に追い求め始めていた。
このストリートの圧倒的な熱気に触れ、ついに歌川広重が覚醒する。彼は長年、自分を縛り続けていた画面の外の実社会における副業の籍、すなわち家系から引き継いでいた定火消同心というお堅い役職の権利を、正式に後継者へと譲り渡した。完全に退路を断って、一本のペンと携帯端末だけを携え、一本の長い旅に出た。
「過激なキャラクターも、ドロついた欲望もいらない。俺は、この世界の美しい光と風を描きたい」
広重がタイムラインに投稿した旅の風景画シリーズは、雨の匂いや雪の静寂、夕暮れの旅情の空気感をデジタル画面に見事に定着させ、空前の大ヒットを記録する。過激なエンタメやバズの数字競争に疲れ果てていた現代人の心を、広重が描き出す叙情的な青色の色彩、のちに世界を魅了することになるあの独特のブルーが、完全に癒やしたのだ。広重はさらに、かつて重信の穴を埋めたライバルである英泉とも手を組み、次なる街道をゆく旅の連載を合作で仕掛け、風景画の巨匠としての地位を不動のものにした。




