第十六章、富士の咆哮、そして巨匠の帰還
その若者たちの停滞を、数々のヒット作を飛ばし続け、なお最前線に君臨し続ける葛飾北斎の圧倒的な背中が、力ずくで打ち破る。「波の描き方を忘れたか? 命は四角い画面のなかにしかねえぞ」
北斎がネットに投下したのは、かつてアングラ期に掲示板へ描いた海の荒々しさを、数年の時を経て究極にまで研ぎ澄ました、一つの巨大な山を様々な角度から捉える超大作シリーズだった。
すでに若くないその手が、デジタル特有の手ぶれ補正すら置き去りにして引き直した線の暴力。荒れ狂う大波の隙間から覗く静寂の嶺を描いたそのフルカラーデータは、ふたたび世界中のクリエイターの脳髄を激しく震撼させた。便利になりすぎたツールに甘えていた新世代の絵師たちは、その圧倒的な「肉筆の執念」の前に、ただ平伏するしかなかった。
しかし、巨匠たちの覚醒の裏で、業界の歯車は激しく狂い始める。北斎のチームの主力として超長編大作を支えていた歌川重信が、チーム内の過酷な人間関係 の 破綻から、相棒の小説家と激突して離別。そのまま西の地方の別組織へと電撃移籍してしまったのだ。挿絵の描き手を失ったことで、進行中だった超長編大作のイラスト制作は完全に中絶の危機に追い込まれる。
この絶体絶命の危機を救ったのが、酒と夜の街を愛するニヒルな実力派絵師、渓斎英泉と、頭角を現し始めていた新星、歌川貞秀の二人だった。二人は重信の抜けた穴を、それぞれの卓越した筆致で完璧に埋め合わせ、大衆が待ち望む大作の灯を消すことなく繋ぎ止めた。組織の崩壊を、個人の意地が救った瞬間だった。




