第十三章、ドタバタの熱狂、外の世界への脱出
二〇二三年。冷え切った大衆の心に、一筋の爆発的な光が差し込む。十返舎一九が手がけた、お気楽な男二人が行く先々でトラブルを起こすドタバタ旅行記が、ネット小説として配信されるや否や、空前の大ヒットを記録したのだ。深刻な世相や息苦しい規制に疲れていた日本中に「今すぐ画面を閉じて、旅に出よう!」という熱狂的な旅ブームが巻き起こり、人々は久しぶりに実社会の空気を吸う喜びを取り戻した。
しかしその直後、デジタルアートの歴史における最大の悲劇が歌麿を襲う。
歌麿がネット上に投稿した、当時の最高権力者を過剰に美化し、歴史的な事件に託して痛烈にパロディ化した超大作イラストが、運営への「侮辱罪」として完全にアウトと判定されたのだ。
ついにプラットフォームの運営が物理的な強制介入を行い、歌麿は画面の向こうから引きずり出され、リアルな監獄へ入牢。長期間にわたる発言の禁止、および描画を一切禁じる刑に処された。それは、表現者の両腕を縛り付けるに等しい残虐な鉄槌だった。
さらに、追い打ちをかけるように、ネットの根幹を支えるデータセンターを大規模なインフラ火災が襲う。物理的なサーバーが焼き尽くされ、多くの絵師たちのデータが灰土と消えた。
やがて釈放されたとき、歌麿の心身はボロボロに病み崩れていた。自由を奪われ、表現を去勢された老練な職人の肉体は、すでに限界を迎えていた。
それでも、液晶画面の暗がりの向こうからは、彼を求めるファンからの作画依頼のダイレクトメッセージが、秒単位で殺到し続ける。画面の光が、病床の男の顔を白く照らしていた。
「俺は……死んでもペンは離さねえよ……」
執念とプライドだけで、震える指先でペンタブレットを握り続けた歌麿は、その熱狂の果てに、静かにアカウントを消し、この世を去った。美を支配した巨星の、あまりにも早すぎる墜落だった。




