第十一章、禁忌の識別符号と、二ヶ月の乱撃
しかし、表現者たちの反骨精神に焦りを募らせた管理権力は、さらに狂気的な追加の規制を敷く。それは、一般の女性アカウントの本名や固有の識別符号を、イラストの中に記載することを全面的に禁止するという、表現の生命線を切断するくだらない命令だった。
この執拗なネットの戦争に心底嫌気が差した絵師の鍬形政美は、静かにペンを置いた。彼は地方の大富豪の専属絵師へと転身し、二度とネットの海にデータを上げず、キャンバスに肉筆画だけを描く静寂の生活を選んで画面の向こうから姿を消した。
この息苦しい暗黒期の最中、企業管理の手数料ビジネスに対抗すべく、タイムラインに一つの巨大な爆弾を投下した伝説の敏腕プロデューサーがいた。彼は独自の配信プラットフォームを運営し、数々の絵師を売り出してきた相場師だった。
わずか二ヶ月足らず。技術革新と情報の伝播が極限まで加速し、あらゆる娯楽が一瞬で消費し尽くされる現代の激流において、それは文字通り一瞬の突風に過ぎなかった。その短い刹那に突如現れ、誰一人として素顔を見たことがない完全なる謎の覆面絵師。それが東洲斎写楽だった。
写楽は、彗星のごとく現れた新人絵師でありながら、その二ヶ月に満たない超濃縮された時間のなかに、インフルエンサーたちのイラストデータだけで百四十枚を超えるという、常軌を逸した速度の連作を次々とドロップした。タイムラインをハッキングするかのような、秒単位の圧倒的な爆撃。そのすべてのデータは、そのプロデューサーのプラットフォームからのみ、独占的にリリースされた。
だが、当時のタイムラインは、驚きよりも激しい困惑と冷笑に包まれていた。
写楽の描く絵は、美化というデジタルの嘘を一切拒絶していた。インフルエンサーたちの顔の歪み、悪意、醜い本性すらも容赦なくデフォルメして暴き出すその劇画的なタッチは、当時の大衆からは「悪趣味な二流の書き殴りだ」「誇張が過ぎて不快だ」と激しい酷評に晒され、リアルタイムでの評価は最悪に近かった。売れ筋の萌えや美人画とは真逆の、誰にも望まれていない不気味な絵。
だからこそ、ネット民の間では、ある巨大な疑惑が囁かれ続けていた。
――なぜ、あの伝説の敏腕プロデューサーは、世間にこれほど嫌われ、一枚も売れない無名の新人絵師に対して、自社の命運を賭けるような膨大な量の発注を浴びせたのか?
回線を維持するだけでも莫大な資金が飛ぶこの大不況下で、彼が仕掛けたこの常軌を逸した大量発注の裏には、一体どんな目的があるのか。その答えを知る者は、プラットフォームの奥底でパイプの煙を吐き出す男以外、誰もいなかった。
写楽が二ヶ月で忽然とアカウントを消し、まるで煙のようにネットの海から消え去った直後、その狂気を受け継ぐかのように、もう一人の謎の異能がタイムラインをハッキングした。歌舞伎の舞台で名脇役として生きていた四十六歳のベテラン役者が、その正体ではないかと噂された謎の絵師、艶鏡である。
艶鏡は、写楽が消えた直後のわずか一年の間に、画面を埋め尽くすようなキャラクターの顔面の超クローズアップ、それも冷徹なまでの写実性を持った巨大な顔面データを連作で発表した。四十六歳という、若くない生身の人間だからこそ知る「舞台裏の泥臭い諦念」が、その デジタル大首絵の瞳の奥には妖しく宿っていた。彼ら正体不明の覆面絵師たちの連続的な襲来は、管理権力による去勢の嵐に対抗する、表現者たちの最後のゲリラ戦だった。




