6 初ダンジョン
夏休みのお盆に入って清美ちゃんたちの松高ダンジョン潜りがしばらくお休みの今日、養護院の当番を代わってもらったわたしは島屋ダンジョンにきたよ。佳代ねえと哲雄にいも、いっしょにきてくれる予定だったけど、軍学校の方で急遽待機命令が出たそうな。なんだろうね。
探索者協会島屋出張所はプレハブの小さな建物だった。中を見るとスキンヘッドのおじさんが端末に向かっている。40歳くらいかな。
「こんにちはー。島屋ダンジョンの入場申請にきましたー」
「探索者免許証を出せ……お前、その格好でダンジョンに入るのか?」
「暑いから脱いでるだけです。ダンジョンに入る前に着ます」
「そうか……」
わたしの今の格好は、上が半袖体操服、下がジャージ。小学校の時の体操服だ。汚れても破れても大丈夫な服を選んできたよ。
うなづいたスキンヘッドおじさんは、端末の機械に探索者証をセットしてキーボードをパチパチやっている。
「ランク1探索者、ダンジョンは初入場だな。先にこの出張所とダンジョンの入り方の説明をするぞ」
「お願いします」
「この出張所の営業時間は9時から17時まで。駐車場、駐輪場は24時間使える。島屋ダンジョンの入退場は無人管理だ。入口の改札機に探索者免許証を通して問題がなければゲートが開くから入れ。ダンジョンを出る時も改札機に探索者免許証を通せばゲートが開く。改札機の使い方はわかるか?」
「大丈夫です」
「何かあれば改札機のところにある伝話機で連絡しろ。通信センターにつながる。モノリスや改札周りには監視カメラを設置している。このダンジョンの地図は1〜26階層までの地図を販売している。階層毎の地図価格やセット価格はあそこに貼ってある。買うなら言ってくれ」
「わかりました」
1〜26階層の地図セットの価格が10万円だって。今のわたしの全財産はバザーの150円だから、どうやっても買えないね。わたしにはメグちゃんのアウターネットがあるから地図はいらないし。
「防臭マスクも500円で売っているからな。あとはダンジョンに72時間以上連続して入る場合は必ず連絡しろ。連絡無しで72時間を超えた場合、行方不明扱いになる」
「はい」
ジョーちゃんは退屈だったみたいで、話を聞いている間、スキンヘッドをペチペチしたりしていたね。スキンヘッドがめずらしかったのかな。端末をのぞきこんだり、飛びまわったりもしていたよ。
◇
『あの監視カメラってメグちゃんやジョーちゃんは映るの?』
「あうー」
「みぃー」『わたちたちはカメラに写らにゃいから大丈夫にゃの』
「ねーう」
最近のジョーちゃんは、起きていられる時間が増えて、言葉もわかっているみたい。わたしたちの会話に参加するように、しゃべってくれることも増えたよ。身長はハムスターサイズのままで、ほとんど変わっていないけどね。まだ2か月と少しなのにすごいね。普通の赤ちゃんだったら、まだ首もすわってないよ。
わたしは改札機を華麗にクリアしてゲートを通り抜けたよ。初めて通ったから、ちょっとドキドキした。探索者免許証は取り忘れがないように確認だね。
『メグちゃんやジョーちゃんは、ダンジョンに入って本当に大丈夫? 危ないから情報板領域に入っていた方がいいよ』
「やー」
「みぃー」『魔物はわたちたちをにんちきできにゃいの。攻撃もちてこにゃいの』
『アドバイスさん情報だったね。でも魔物の流れ弾や範囲攻撃もあるからね』
「みぃー」『わたちとジョーちゃんのボディーは象に踏まれても大丈夫にゃの。それに美紀ちゃんをびっくりさせるためにわたちたちで作って練習ちたアバタ……。いけにゃいの、アドバイスさんが止めてくれなかったら、美紀ちゃんの巧みな誘導尋問に引っかかるところだったの』
『誘導尋問なんてしてないからね』
「みぃー」『ふっふふーにゃの。そんな手に引っかかるわたちじゃにゃいの。ダンジョンの1階層の入口ホールでバーンと見せて美紀ちゃんをびっくりさせる作戦が、危うくちっぱいするところだったの』
ジョーちゃんも話さないようにするためか、口を両手で押さえてお口チャックの体勢だ。またアウターネットのアドバイスさん案件かな。1階層の入口ホールでバーンと見せてくれるみたいだから、わたしが大人として、ちゃんとびっくりするフリをしてあげないとね。
「みぃー」わたちたちより美紀ちゃんの方がちんぱいにゃの』
「いのー」
『わたしにはライトアローという必殺技があるから大丈夫だよ。先手必勝、やられる前にやるだよ』
「みぃー」『美紀ちゃんはたまにへっぽこにゃところがあるの』
『へっぽこ! わたしはもう半分くらいは華麗で落ち着いた大人の女性だよ』
わたしの目の前には巨大なモノリスがそびえ立っている。モノリスは大きさも模様も色も世界中にある全てのダンジョンで同じで、回転するスピードや回転している角度まで全て同じだって。本当に謎物体だね。
今日は哲雄にいたちがよく見ていた探検番組風でいってみようかな。カメラマンさんと照明さんの入った後に探検に入るあの番組だ。
「メグ隊員、ジョー隊員。わたしたちはこれから危険なダンジョンに入る。準備はいいか?」
「う?」
「みぃー」『急にどうちたの? 準備にゃら美紀ちゃんの装備がまだにゃの』
「あぶー」
『ごめん、忘れていたよ。やっぱり入る前の装備の確認は大切だね。その装備で大丈夫かってやつだね』
リュックから、長袖体操服と自転車用のヘルメットを出して装備。佳代ねえがくれたお古の籠手とレガースを装着。哲雄にいがくれたお古の皮鎧はぶかぶかでサイズが合わなかったよ。お金が貯まったら防具を買おう。
ジョーちゃんに20センチ四方の情報板(黒)を1枚出してもらって、光属性の初級魔法ライトアロー魔法陣を書き込む。これを50センチほど前に配置。ここからライトアローを撃ちまくりだ。うん、これで準備は完璧だね。
『準備完了だよ。そろそろ行こうか』
「うーあー」
「みぃー」『初ダンジョンにゃの。楽ちみにゃの』
『メグ隊員、ジョー隊員、必ず生きて帰ってこよう。では突入だ』
「だー」
「みぃ」『突入にゃの』
わたしはモノリス表面の真ん中にある赤い四角マークに触れて魔力を流して、ダンジョンに果敢に突入したよ。
「くさ! くさすぎ!」
「ふやあーふやあーふやあー」
「みゃーー」『くさーーにゃの』
ダンジョン内に入ったわたしはそのまま後ろを向いて、モノリスの青い四角マークに魔力を流して、ダンジョンを緊急脱出したよ。初見殺しの恐ろしい場所だったね。
ジョーちゃんはかわいい顔を真っ赤にして泣き出しちゃってるよ。
「ふやあーふやあーふやあー」
「ジョーちゃん。ほ〜らヨシヨシ、もう大丈夫だよー。変なニオイはしないよー。大丈夫だよー。急にあのニオイがして、びっくりしちゃったのかな?」
両手で優しくつつんでヨシヨシと指1本で背中をそっとさすって、あやしてみる。ジョーちゃんはハムスターサイズだから細心の注意がいるよ。
こっちもハムスターサイズなちび子猫なメグちゃんは、涙目で萎れているね。
賢いジョーちゃんは、もう大泣きからグズり泣きにトーンダウンだ。あと少しで泣き止んでくれそう。
子守歌を歌おうかなと考えていると、歌う前に泣き止んでくれたよ。涙と鼻水を拭いておこう。メグちゃんの涙もだね。よだれはセーフだ。
「本当に賢いね、ジョーちゃんは。ヨイコヨイコ」
「むーうー」
「みぃー」『あのニオイはわたちでもきびちかったの。ジョーちゃんは耐えられにゃかったの』
『きつかったもんね。わたしは鼻血の時みたいに鼻にティッシュを詰めておけばいいけど、メグちゃんやジョーちゃんは情報板領域に退避してもらった方がいいかな』
「やー」
ジョーちゃんは退避の言葉を聞くと、くわっと目を見開いてまん丸お目々になったよ。そしてギュっと顔をしかめると、ぷいぷいとクビを振っていやいやの構えだ。
まさか、もういやいや期突入なの! 赤ちゃんの成長は早いね、早すぎだよ!
『ジョーちゃんは退避が嫌みたいだね』
「みぃー」『しかたにゃいの。アドバイスさんはカメラに写っちゃうから1階層の入口ホールで出すように言っていたけど、今、必殺技を出すの』
『必殺技?』
「みゃーー」『刮目してみるの。必殺影うつちみの術にゃのーーー!』
「あーうー」
ジョーちゃんがあわててメグちゃんのところに飛んで行って、両手を上げて片足立ちのタカのポーズ。メグちゃんは前足と後ろ足をいっぱいに広げて大の字ポーズ。いや、これはよく見るとメグちゃんの尻尾があるから太の字ポーズだね。2人の後ろがボーンと爆発して5色の煙がモクモクだ。
『メグちゃん、ジョーちゃん、すごくかっこいいよ。わたしもいっしょに山のポーズをやりたいくらいだよ』
わたしは思わずパチパチと拍手をしていたよ。
煙が薄れてきて、2人の左右に2つの影が見えた。
「増えたあーー!!」
煙がおさまるとメグちゃんが2人、ジョーちゃんが2人、かわいいポーズをとって並んでいた。わたしは、思わず目を見開いて大声をあげてしまったよ。メグちゃんのびっくり作戦はダンジョンの1階層で、ということだったから油断もあったけど、分身は本当に予想外だ。
「分身すごい、すごいよ。見分けがつかないよ。ニンジャだ。ニンジャになれたの」
「「みぃー」」『ジョーちゃん、作戦大成功にゃの。やったの』
「「だあーー」」
メグちゃんとジョーちゃん、2人の分身は短い手でハイタッチをかわして喜んでいるよ。4人ともドヤ顔をしているように見えるね。
わたしはそんな4人の周りを360度まわってチェックだ。残像でもないね。昔はわたしもニンジャに憧れていたことがあったんだ。分身の術もやったことがあるよ。
『メグちゃん、これどうやってるの?』
「「みぃー」」『ふっふふーにゃの。美紀ちゃんにおちえてあげるの』
『うんうん』
「「みぃー」」『これは魔力を固めて作った人形、アバターにゃの。わたちたちの思った通りに動かせるの。アバターは目も見えるし、耳も聞こえるの。でも触った感じと味とニオイはわからないの』
『魔力で作ったアバター人形なんだね。わたしにもできるかな分身の術』
「「みぃー」」『ぶんちんの術じゃにゃいの、影うつちみの術にゃの。アバターは作れるけど、霊素を使えにゃいと動かせにゃいの。美紀ちゃんがレベルをたくさん上げれば、動かせるかもちれにゃいの』
メグちゃんの「影うつちみの術」という言葉を聞いたジョーちゃんが、ハッとしてメグちゃんを見たよ。条件反射になるくらい練習をしたのかな。
レベルをたくさんかー。わたしが夏休みで、丸1日自由に使えるのは、養護院の当番を休ませてもらったこの5日間だけだから、たくさん上げるのは難しいかな。探索者高校に入れたら、がんばるしかないね。そのためにも今日である程度レベルを上げておかないと。
『レベル上げ、がんばってみるよ。アバターはダンジョンの外からでも動かせるの?』
「「みぃー」」『ダンジョンは別空間だから中継局を作らないと外からは動かせないにゃいそうにゃの。でも情報板領域のにゃかからにゃら、動かせたの。実験済みにゃの』
『アバターを作って練習も実験もして、メグちゃんもジョーちゃんも偉いね。アバターだとニオイがわからないのも、島屋ダンジョンにはちょうどいいね』




