110 総務省
異世界に行ってから、ちょうど1週間経ったよ。わたしは大人の威厳のあふれるOLとして、通勤時間恒例のニュースチェックだ。
「河野官房長官は昨日の定例記者会見で、帝国海軍、帝都大学、総務省の三者で開発中の次世代暗号技術が、外部に流出していたことを発表しました。この流出は、通信事業最大手のTNT社から総務省に出向している3名の職員が中心になっておこなったもので、総合通信基盤局長、情報流通行政局長の両名他、総務省職員7名の関与が明らかになっています。流出は国外逃亡の軍閥貴族の指示によりおこなわれたとの情報も出ており、真相の究明が待たれます」
次世代暗号技術かー。なんだか難しそう。
「総務省の部長が、公共放送DHKへの便宜供与の見返りに金品を受け取っていたことが明らかになりました」
「9月におこなわれた地方自治体共通システムの入札に際して、総務省の課長他職員3名がTNT社から金品を受け取り、TNT社以外が応札できない仕様で入札をおこなったことが判明しました」
「総務省の課長が、自治体への補助金配分の……」
「総務省職員2名が、地方自治体出向時に……」
「総務省職員3名が……」
さっきから総務省の不祥事ばかりだね……。なにこれ?
「アメリカ、ミズーリ州の州立公園が新たな観光地としてにぎわいを見せています。観光客のお目当ては半年前に突如あらわれた新種の黒い針葉樹です。ミズーリ黒樹と名づけられた黒い針葉樹は、半年間で高さ200mから600mに大きく成長しました。このミズーリ黒樹の周辺は魔素濃度が上昇する傾向が見られ……」
半年で高さが3倍かー。わたしにも10cmくらいわけてくれないかな、身長。
「アメリカ中央部を流れるミシシッピ川の流量が大きく減っており、水運に影響が出ています。河川流域の雨量は例年通りであり、流量減少の原因調査が進められています」
ミシシッピ川かー。地理の勉強をした時に出てきたね。川を水運に使ってるんだ。
「株式会社MMJが、透明スライムの分裂速度を4倍にする塩水養殖法を新たに開発したと発表しました。塩水養殖法は養殖槽に濃度1%の塩水をもちいるもので、魔核吸収養殖法と組み合わせた場合、透明スライムの分裂速度が通常の80倍になります。株式会社MMJでは……」
宿敵の分裂速度が80倍……なんてことするんだMMJ!
朝からおそろしいニュースを見てしまったよ。透明スライムの養殖のニュースは表示されないようにしてるのに……。撫子ちゃんに聞かないと。
◇
MMJ宇和島工場に出勤すると、事務棟の入口に作業服姿の撫子ちゃんがいたよ。新パソコン工場の建設グループの酒水さんもいっしょだ。めずらしいね。朝はいつも建設現場の仮設プレハブの方に行っているのに。
「撫子ちゃん、おはようー。酒水さんもおはようございます」
「美紀ちゃん、おはようですわ」
「田中さん、おはようございます」
酒水さんは普段は寡黙だけど、魔道技術の話になると人が変わったようになるちょっと変わった人だよ。5月頃からヒゲを伸ばし始めて今はもうモジャモジャだ。
「こっちで打ち合わせ?」
「違うのですわ。至急山梨工場長に指示をあおがなければいけないことが起こったのですわ。伝話をかけてもつながらないのですわ」
「車の運転中かな」
「たぶん、そうですわ。美紀ちゃんにも相談したかったのですわ」
「わたしに?」
撫子ちゃん、いつもより余裕がない感じだね。
「今日設置する予定だった龍玉がなくなったのですわ。昨日、仮設事務所の重要資材用マジックバッグの中に入れておいたのに、今朝見たらなくなっていたのですわ。第1工場と第2工場の分、両方ともですわ」
「龍玉14個かー。夜勤の人は?」
新パソコン工場の建設は、昼7時〜16時、夜17時〜2時の昼夜2交代で工事をやってるんだよね。夜間工事には防音魔法まで使っているんだって。誰だろうね、大至急建設なんて言ったの。
その夜間工事のために、男性社員は交代で夜勤についているんだ。
「鈴木さんだけ、連絡がとれないのですわ。寝ているだけかもしれないのですわ。あとは保安課にも連絡して構内カメラの映像を確認してもらっているのですわ」
鈴木財閥くんかー。
「今日は第1工場のコンクリート打ちだったよね」
「そうなのですわ。今は作業を止めているのですわ。コンクリート打ちの予定を遅らせたら、工程への影響が大きいから、なんとかしたいのですわ」
そういうことなら、わたしも手伝えるよ。
『撫子ちゃんが加工魔法で手伝ってくれたら、5分くらいで龍玉を作れるから、事務棟の会議室で作っちゃおうよ。龍玉は予備を山梨工場長が持っていたことにしておけばいいよ』
わたしは、撫子ちゃんにだけ聞こえる念話に切り替えて、こっそり伝えたよ。
「助かるのですわ」
撫子ちゃんは小さな声でわたしにささやき返してきた。
「山梨工場長からメールがきたのですわ。予備の龍玉があるそうですわ。酒水さんは先に現場に行ってコンクリートの準備を始めておいてほしいのですわ。わたくしは山梨工場長に龍玉をもらってから現場に行きますわ」
「予備の龍玉が……。わかりました。先に行っています」
さすが撫子ちゃん、建設グループの副リーダーを半年間務めただけあって、大人の威厳を感じるビシッとした指示だ。わたしも見習わないとね。
「やっぱり龍玉も美紀ちゃんだったのですわ」
『物騒だから秘密にしてるんだよ。事務棟には盗聴器や隠しカメラがあるから、隠密魔法と認識阻害魔法をかけるね』
「スパイ映画の世界ですわ」
『盗聴器や隠しカメラは、いろいろなところに仕掛けられていたそうだよ。パソコンや魔力灯、火災感知器、時計、固定伝話機、通信端子盤、通信ケーブルだとか。びっくりするくらいたくさんあったんだって」
「いろいろなものについているのですわ」
『毎週日曜日に探して撤去していたら、今度は観葉植物やゴミ箱につけたり、フロアの床下に置いたり、誰かの文房具やホワイトボードのマグネットと入れ替えたりだとか、簡単につけられるものにトレンドが変わったんだって』
「トレンドがあるのですわ……」
イーちゃんのお友達たちに撤去をお願いしているんだよね。今では毎週恒例の宝探しイベントみたいになってるそうな。
『今日は金曜日だから、月曜から木曜につけられた分があるはずなんだよね』
「犯人は捕まえないのですわ?」
『構内カメラに映っていたら保安課で対応できるんだけどね。悪質な従業員や清掃の人は辞めてもらったりしているそうだよ。来客や忍びこんできた人は警察にお願いしているんだって』
一度、メグちゃんに手伝ってもらって、スパイ駆逐作戦を実行しようとしたんだけど、メグちゃんのストップが入ったんだよね。
「みぃー」『全部駆逐すると宇和島工場の従業員が半分ににゃるってアドバイスさんが言ってるの』
『半分に……。宇和島工場、止まっちゃうね……』
「みぃー」『止まっちゃうの。それにやってもまた増えるだけだそうにゃの』
『そっかー。お手上げだね。その半分の人たちには、文書で警告しておこうかな』
「みぃー」『そうするの。それから悪質にゃ人が5人いるそうにゃの』
『悪質な人は辞めてもらって、警察におまかせするよ。民事訴訟もやった方がいいかな』
「みぃー」『ガンガンやっちゃうの』
『山田弁護士と山下弁護士にがんばってもらうよ』
「みぃー」『また法曹界の闇が見られるの』
『メグちゃんがまた変なことを言ってるよ』
「みぃー」『変じゃにゃいの』
半分かー。どうなってるんだろうね、宇和島工場。
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