103 完成式典
「たなかしゃん、かわいいおはながなくなったのじゃ」
『あの花飾りですか? わたしにはちょっと子供っぽかったからハズしたのですよ』
わたしは今、屋外の完成式典会場の仮設ステージ裏に作られた待機場所で、エリエル殿下たちといっしょに出番待ちをしているところだよ。この場にはいるのは、わたしとエリエル殿下とエルフ侍女2人、女性騎士4人だ。椅子に座っているのはエリエル殿下とわたしだけ。仕事だとわかっていても、小市民のわたしはなんとなく落ちつかないね。
湖がすぐ横にあるせいか、わたしのシックスセンスが全力逃走指示と攻撃魔法乱射指示を交互に出してきて少し混乱ぎみだ。認識変換魔法を7連発したけど、背筋のゾクゾクが少しおさまったくらいかな。この場に頼もしい救世主セイラさんがいなかったら、逃げ出していたかも。
「にあっていたのに、ざんねんなのじゃー」
『そうですか? わたしよりエリエル殿下の方が似合うと思いますよ』
「そうかや?」
『つけてみます?』
「レイナ、おはなをつけてもいいかえ?」
エリエル殿下がエルフ侍女レイナさんに聞いたよ。
「田中さま、お花をお借しいただけますか?」
レイナさんのささやくような声に応えて、花飾りを2本渡したよ。レイナさんは不思議そうに花を眺めているね。
わたしはここで一度ブレイクタイムだ。認識変換魔法7連発にいったよ。
『宿敵はカボチャ』『宿敵はカボチャ』『宿敵はカボチャ』『宿敵はカボチャ』『宿敵はカボチャ』『宿敵はカボチャ』『宿敵はカボチャ』
最初は不審そうに魔法発動を警戒していたエルフ侍女レイナさんと女性騎士4人も、もう慣れたのかまたかという感じだ。カボチャがいつ襲ってくるかわからないから、警戒をゆるめたらダメだというわたしの当たり前の主張は却下されてしまったよ。
『その花飾りはどこにでもくっつくんですよ。こんな感じです』
わたしは花飾りを1本返してもらって、鼻にくっつけてみた。
「たなかしゃん、おもしろいのじゃー。わたしもおそろいにしゅるのじゃ」
「姫さま、鼻はダメですよ。髪飾りにしましょう」
エルフ侍女レイナさんがエリエル殿下の髪に花飾りをつけようとしたけど、ポロッとはずれて、なぜかくっつかないね。
「……つきませんね」
どれどれとわたしの鼻にもう1本もつけてみたよ。やっぱりくっつくね。花2本体制だ。エリエル殿下はわたしを見てコロコロと笑ってるよ。
エリエル殿下がわたしの鼻から花飾りを1本とって、自分の鼻につけたよ。ちゃんとくっついたね。
「たなかしゃんとおしょろいなのじゃー」
またコロコロと楽しそうに笑ってるよ。ちびっこ王女のこういう姿は年相応だね。
「姫さま、鼻に花飾りはダメですよ」
「そうかや?」
さまざまな攻防を繰り広げたあと、花飾りはエリエル殿下とわたしの額をかざることになったよ。
◇
大勢の招待客とテレビカメラの見守る中、エリエル殿下とわたしの完成式典のスピーチは予定通り終了。エリエル殿下のスピーチは、神託と新しい世界のことにも言及したすばらしいスピーチだった。朝の神託から時間もなかったのにスピーチの内容を変えるなんて大変だったと思うよ。
次は建国の祖アリエルさまの故事にならって、湖の水をくんで、祭壇にささげないといけない。
「たなかしゃん、いっちょにしゅるのじゃ」
『がんばります』
がんばっているエリエル殿下に言われたら断れないね。後ろには救世主セイラさんも控えてくれている。わたしはひるむココロを無理やりおさえこんで、カボチャがうごめく湖に、エリエル殿下といっしょにミスリルの杯を静かに入れたよ。
「のじゃー」
エリエル殿下がのじゃーっておどろいてるね。わたしもびっくりだ。
わたしとエリエル殿下がふれたところから湖が金色に染まって、湖全体に広がっていったんだ。金色の光でカボチャの姿が目に入らなくなったから、ほんの少しココロが軽くなったかな。
異変はこれだけじゃなかった。まっ黒だったユグドラシルに桜色の花が一斉に咲き始めたんだ。
『エリエル殿下、少し下がりましょう』
とくにカボチャの巣窟から距離をとらないとね。
「しゃかずきをおとしてしまったのじゃ」
『わたしもです。杯はあとで拾えば大丈夫ですよ』
「そうしゅるのじゃ」
わたしとエリエル殿下はトテトテと湖から離れたよ。
『レイナさん、セイラさん、どうします?』
エルフ侍女レイナさんも救世主セイラさんも返事を返してくれないし動かないね。
「レイナ、どうしたのじゃ?」
『身体を動かせないみたいですね。目は動いているから意識はあるみたいです。式典会場が静かなのは、みんな同じようになっているからかも。時間が経てばなおるかもしれません。このまま様子を見ましょう』
「そうするのじゃ」
ユグドラシルは桜色の花が枝いっぱいに咲いて、満開の桜みたいになっている。
『満開ですねー』
「きれいなのじゃー」
『きれいですねー』
桜色の花が舞い散る中、今度はユグドラシルの黒い幹が白く輝きだしたよ。まばゆい光の奔流、そして強い風が吹いた。
「のじゃー」
光と風がおさまったら、ユグドラシルが消えてしまって、波ひとつない金色の鏡のようになった湖の上に、黒いドレスを着た黒髪の女性が、目をふせて立っていたよ。額には緑色のビー玉みたいな空間ネットワークコアが見える。金色の湖の上に桜色の花びらが舞いつもるなか、女性が目を開いた。桜色の瞳だ。こっちを見ている気がするね。
女性はふわりと浮かぶと、こちらに向かって飛び始めた。早い。鏡のような湖の上につもった桜色の花びらを舞いあげながら飛んできて、わたしたちの3mほど手前で止まった。
パッツン前髪に肩までの艷やかな黒髪、撫子ちゃんと同じ髪型だ。髪型が同じせいかどことなく撫子ちゃんに似ている気がするよ。本当は警戒しないといけないけど、この女性にはなんとなく警戒する気が起きないね。
「[アリエルの魔素を受け継ぐ始まりの者よ。あなたのおとずれをわたくしたちは歓迎するのですわ]」
姿が似ているせいか、声も撫子ちゃんに似ている気がするね。
「[そして今ここにいにしえの約束は果たされたのですわ]」
女性の言葉で、誰かと誰かが小さな手で指きりをする光景が頭に浮かんだよ。
「[わたくしも原初の盟約を果たすのですわ]」
なんだか口をはさんじゃいけないような雰囲気だね。こういうのをおごそかな空気っていうのかな?
「[新しく生まれた世界には新たな世界樹がふさわしいのですわ。こちらがわたくしの妹ですの]」
女性はわたしの額とエリエル殿下の額を見くらべると、エリエル殿下の額に手を差しのべたよ。エリエル殿下の額の花飾りが、女性の手にゆっくりと飛んでいった。
「[これがあれば、あなたもひとりでさびしくならないはずですわ]」
女性は手のひらの花飾りに優しく語りかけて、額の空間ネットワークコアをはずして、花飾りにつけたよ。
「[行くのですわ]」
女性の手のひらから花飾りが消えると同時に、湖の真ん中に高さ100mくらいの黒いユグドラシルがあらわれた。ユグドラシルの若樹かな。
「[わたくしの妹とこの湖をあなたにたくすのですわ]」
わたしを見ている気がしないでもない桜色の瞳の女性から、ふわふわと桜色の光の玉が飛んできたよ。
わたしのシックスセンスがカボチャの巣窟はいらないと叫びだした。とっても賛成な意見だ。全面的に支持だ。そう考えるとわたしの身体の中から力があふれてきたよ。なんだろうね、これは。
桜色の光の玉は、わたしの前でなにかに阻まれたように徐々に飛ぶスピードをおとした。それでも止まらずにジリジリとわたしにせまってきている。
わたしの前にいたエリエル殿下は、上を向いてポカンと口をあけて、桜色の光の玉を見ているよ。こうして見ると、養護院のちびっこたちと変わらないように見えるね。
桜色の光の玉が、力つきたように大きくふるえて止まった。そしてそのままストンと落ちて、エリエル殿下の口にスポンと入った。
「のじゃー」
エリエル殿下の金髪緑色の瞳が、桜色の瞳と瞳に変化したよ。光の玉にびっくりしたのか、桜色の瞳がまん丸になってる。
「[やはりこうなったのですわ。願わくば地球の妹にも空間ネットワークコアを。そしてわたくしをあなたの養い子にわたすようにお願いするのですわ]」
「[クローエ世界のものたちよ、わたくしから最後の祝福をおくるのですわ。みな、すこやかに生きますように。サラバですわ]」
「[クロコクロミは……お昼寝中ですわ。管理コア、そんなに言わなくてもわかっていますわ]」
そう言い残して桜色の瞳の女性は、ふわりと浮きあがって、桜色の大きな光の玉に変わったよ。そして「必殺影うつしみの術ですわー」という小さな声とともに、1つの大きな光の玉と3つの小さな光の玉にわかれると、四方に飛んでいった。
この時に桜色の瞳の女性が話した言葉は、神託と同じようにクローエ世界の全ての生き物に聞こえていたそうな。
湖の金色が消えて、カボチャたちのうごめく姿が見えたから、わたしは認識変換魔法7連発だ。
『宿敵はカボチャ』『宿敵はカボチャ』『宿敵はカボチャ』『宿敵はカボチャ』『宿敵はカボチャ』『宿敵はカボチャ』『宿敵はカボチャ』
わたしは額の花飾りをアイテムボックスにそっとしまったよ。このままつけてると騒ぎになりそうな気がしたからね。
新スマホ工場の完成式典は、桜色の瞳の女性が去った後、そのまま終了。予期せぬ事態が続いて大騒ぎになったからね。
完成式典の招待客たちからは、桜色の髪と瞳に変わったエリエル殿下が、建国の祖アリエルさまの再来だという声もあがっていたよ。アリエルさまも桜色の髪と瞳だったそうな。
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