第1話「黒き夢」
さあ、この物語もとうとう第五章となりました。今回のタイトルは「水龍編」です。前章の神聖ナナウィア帝国から、マコトの故郷エイジアへと移っていきます。彼らにはどんな物語が待ち構えているのでしょうか?どうぞお楽しみください。
神聖ナナウィア帝国の上空に広がった虹は、帝国の民の心を象徴するかのような「希望」の証であった。爽やかな青空と涼風は、民の心の靄を吹き飛ばし、輝ける明日へ向けて歩み出す追い風となった。
エルフのドラゴン、エズィールは、ハンネ皇后の命を受け、元神聖ナナウィア帝国の勇者“漆黒のシイル”を引き連れて、隣国のサーバス王国へと向かった。
吸血鬼と化したランディー伯爵の命によって、サーバス王国へと向かった帝国軍を説得する為である。
もし、まかり間違えて戦争になってしまったとしたら、魔物の出現を早めてしまう危険性があると考えていたからである。
実はエズィールは、魔王の復活により出現した、クァン・トゥー王国の首都サーティマにある大きな穴のことについて思索を巡らせていた。
エズィールはエルフのドラゴンとして生まれる前、その母親となったドラゴンから聞かされていた伝承を思い出した。
それは、深淵に眠ると言われている魔王の謎である。魔王の棲家である“深淵”とは、もう一つの世界であり、この世界と共鳴し合う関係である。
この世界が「陽」であれば、深淵は「陰」である。そして、この世界の陰、すなわち「悪」の念が深まっていった時、深淵との間の境界線が壊され、こちらの世界と通じてしまうというのである。
その入り口となっているのが、あの「穴」であろう。
古代魔導王朝は、ドラゴンという限りなく純粋な生命体に宿る「陽」の念を用い、オーブでその力を増幅させ、深淵との境界を守ってきた。
しかし、次第にその力は弱まり、この世界の人々の心も徐々に荒んでいった。差別、戦争などが頻繁に生じることにより、この世界の中に「陰」の念が溜まっていった。そして、とうとうそれはドラゴンの死やオーブへの干渉により引き起こされてしまった。境界線は破壊され、深淵とこの世界が繋がってしまったのである。
エズィールが危惧しているのは、これ以上この世界で「陰」の念を大きくしてはならないということであった。ましてや戦争などという、一気に大量の陰の念が生み出される行為は、おそらく、さらに深淵との繋がりを増大しかねない最悪の行為であると考えた。
エズィールは空を飛びながら、肩に乗せているシイルとフリンに話しかけた。
「ランディー伯爵は、一体何を考えておったのかのう?こんなことをすれば、逆に互いの国が危険な状況に陥ることも考え得るはず」
シイルが答えた。
「俺も皇后陛下も、伯爵の一連の行動に気付かなかった。一体なぜ奴は帝国のみならず、隣国まで操ろうと思ってたのか…」
シイルの前に座っているフリンが言った。
「ケリー公爵の妹って、サーバスのお妃さまなんだろう?サーバスのお妃がそんな手に乗っかるのかなぁ?」
シイルは少し眉をしかめた。
「…これは俺の気のせいかもしれんが、この動きは、ランディー伯爵の力だけではない気がするんだ…」
フリンが後ろを振り向き、シイルを見た。
「ど、どういうことにゃ?」
「内政的にはケリー公爵を操りながら、民を縛り上げて、そして外政…隣国の情報も掴みながら、さらに操ろうとしている。しかもその情報もかなり正確なんだ。例えヴァンパイアだとしても、たった一人でやるにはかなりの労力と統率力がいるだろう…」
エズィールが言った。
「ランディー伯爵は元々人間だったのであろう?彼を吸血鬼にした者は今どこにおるのだ?」
「まったく分からない…昔、帝国に起きた吸血鬼騒動とも関係している気がするが…」
「“吸血鬼騒動”とは、あのストリゴイを放ったエニグマとかいう謎の集団のことか?」
フリンが頭をポリポリかきながら言った。
「“エニグマ”って、魔王の過去の名前だって、エズィールが前に言ってたにゃ。そいつらは今どうしてんのか?」
「俺は正直、ランディー伯爵のことでいっぱいだった。だが、エニグマが潜んでいたとされる場所はもう既に破壊されて跡形も無いはずだぜ」
「うーん…でもなんだか嫌な予感がするにゃ…」
その時、前方を飛んでいるペガサスがエズィールの横に並んだ。ペガサスにはアントニーとフルシアンが乗っている。
「エズィール!ガラたちはもうサーバスに着いているのか分かるか?」
エズィールは思念を巡らせた。
「うむ…彼らの気配はまだ分からんが、アディーム…砂漠のドラゴンに我々のことを知らせねばならない。国境付近に着いたら二手に分かれよう!」
*
-神聖ナナウィア帝国の南西部。
そこにはなだらかな丘陵地帯が広がっており、ワイン畑が数多くある。地域特産のワインは、世界中にファンがおり、旅人の間でも愛好家が少なくない。
中でもアイリーン地方のワイナリーやぶどう農家の間には「良いワインは良い畑で決まる」と言い伝えられているほど、伝統的に土の耕し方、作り方に拘りがある。おそらくかつて土の民が数多く居住していた地方であった為であろう。
同地方のワイン農家は莫大な富を蓄え、貴族とほぼ同等の扱いを受けるまでになった者までいた。
ランディー家の長「ローザ・ランディー・シニア」もその一人である。
博学だった彼は、ワイン農家としての経済力に物を言わせ、世界中の書物を買い漁っていた。
その知識で得た技術で彼は、ワイン農家の枠を超え、造船業や不動産業にも手を広げ、名を馳せていった。そして帝国への発展に多大な寄与をしたとして、民間では異例の「伯爵」の称号を得たのである。トゥームーヤ皇帝の先代クゥーイーチ帝の時であった。
彼には四人の子供が居た。しかし先の50年戦争で妻と一人の息子は既にこの世を去っており、歳の離れた後妻メアリーとの間に娘のリー、弟のザックとジェイクが生まれた。3人とも父親に似て博学であり、学校では優秀な成績を収め、将来有望と期待を寄せていた。
クゥーイーチ帝はランディー伯爵をとても高く評価していた。彼はその富と地位を鼻にかけることなく、平穏な精神と先見の明に優れていた。その才を我が子トゥームーヤと腹違いの弟ケリーに継がせようと、彼らの幼少の頃から「教育係」として王宮に招き入れていた。
その甲斐あってか、トゥームーヤは次第にその才能を開花させ、「賢帝」と仰がれるまでになった。クゥーイーチ帝の代で既に衰退していた帝国であったが、彼の代で再び栄光を取り戻して欲しいと彼に期待してこの世を去ったのである。
神聖ナナウィア帝国が今日まで存続しているのは、トゥームーヤ帝の功績との見方があるが、その陰にはランディー伯爵の支えがあったことは知られざる真実であった。
しかし今、アイリーン地方最大の果樹園は見るも無惨に荒れ果て、ほぼ中央に位置するランディー家の屋敷も廃墟と化していたのである。
夜な夜な目撃される化け物の噂が広がり、今では人どころか、ネズミ1匹見当たらない不気味な土地に成り果ててしまった。
フリンやフルシアンたちがランディー伯爵を撃退し、明け方、首都クァン・シーは霧が晴れるような爽やかな青空が広がった。しかし、午後になるとアイリーン地方には雨雲が立ち込め、しとしとと雨が降り始めたのである。
そして、果樹園の奥では、木々の間をすり抜けるように何やら怪しげな黒い煙のような靄もやのような物がゆらゆらと揺れながら移動していた。
〈うぅ…〉
〈ザック…ジェイク…リー…〉
〈メアリー…〉
その黒い靄から何やら悲しげなしゃがれた男性の声がする。その靄はスルスルと果樹園を抜け、ランディー家の屋敷に辿り着いた。屋敷には人影はなく、壁は崩れ、屋根は剥がれ落ちていた。
窓ガラスは割れ、辺り一面に小動物などの骨が転がっていた。
屋敷のドアが一人でにギギィと開き、先程の黒い靄がひゅるひゅると隙間から屋敷の中へと入っていった。
そして、屋敷のロビーに入った途端、その黒い靄はゆらゆらと集まり、次第に人の形を成していった。背の高い男性のような姿になると、靄の中から青白い肌が見えてきた。ボロボロになった貴族の服も見え、頭には白髪が現れた。それはまさしく、ランディー伯爵の変わり果てた姿であった。
彼は昨夜からの戦闘で、身体全体に陽光を浴び、全身火傷だらけであった。そして、ところどころに銀による傷が無数にあり、その箇所の皮膚は一部腐敗していた。まさに瀕死状態である。
黒い靄は次第になくなり、完全に彼の肉体がハッキリ目視できるようになった途端、伯爵はガクンと膝から力無く崩れ落ち、そのまま床に倒れ込んだ。口からはヒューヒューとか細く呼吸をし、瞳孔は淀み、焦点も合っていない。意識も朦朧としているようである。
数分経ったであろうか、彼の意識が次第にハッキリしてくると、ゆっくりと、そして、よろよろと腕を床に踏ん張らせて何とか上体を起こそうとした。そして、彼の視界には荒れ果てた自宅が映った。
「い、一体…これは…どうしたのだ…」
「い、痛い…苦しい…」
「メアリー…皆…どこに行った…」
彼はハァハァと肩で息をしながら必死で床を這いつくばっている。
「お、おぉい…屋敷の皆も…」
「戦争でも始まったのか…」
その時である。屋敷の暖炉から突然風が吹き込んだかと思うと、屋敷全体の燭台の火が一斉に灯った。
「…?何だ…?」
伯爵は、辺りをキョロキョロと見回した。
その時、何やら若い女性のような声が聞こえてきたのである。
〈あらあら、伯爵。一体どうしたの?満身創痍じゃない…〉
その声は若い女性のようでも、年老いた老婆のようでもあった。どことなく人間味に欠ける不気味な響きがあった。
〈うふふ…こっちにいらっしゃい…〉
伯爵は、その声が妻メアリーのものにしては、どこか様子が違うと思った。
「メアリー?…ではない…リーか?」
〈こっちよ…〉
その声は地下室から聞こえてくるようだ。
伯爵は、足を引き摺りながら立ち上がり、ヨロヨロと地下室に向かった。
暖炉の脇にある小さな扉を開けると、長い階段が現れ、そこから地下に通じるのである。
これはかつて、ランディー伯爵がお気に入りのワインの貯蔵と、誰にも邪魔されずその味を堪能したり、思索にふける時などに使っていた秘密の地下室であった。
壁に寄りかかりながら、伯爵はずるずるとその階段を降りていった。
地下室にはいくつかのワインラックに、本棚、机に椅子、壁には家族の肖像画も掛けられていた。
そして部屋の中央にある小さなテーブルの上の燭台に火が灯った。
ゆらゆらと揺れる火の灯りは、奥にいる人物を僅かに照らし出した。女性のようである。しかし、顔や年齢などは分からない。
伯爵は、再び床に膝をつき、しゃがみ込んだ。
「だ、誰だ…お前は…リーではないな」
「あらあら、どうしたの?相当弱ってるわね…人間の頃の記憶が蘇ってるじゃない…」
どうやら声はその女性のようである。
女性が指をパチッと鳴らすと、壁一面の燭台が灯され、地下室全体が明るくなった。
伯爵は驚いて部屋全体を見回した。すると、その女性は、机の前にある椅子を引いてドカッと座り込んだ。そして椅子を伯爵の方へ向けて、足を組み、微笑んだ。女性は、全身漆黒のドレスを身に纏い、同じく漆黒の長い髪を揺らし、肌は恐ろしいほどに白く、そして不気味なほどに濃い真紅の口紅をさしていた。
目は人の心を突き刺すように鋭く、その瞳の色は、伯爵同様に赤く、微笑んではいるが、それはまるで獲物を狙う肉食獣のように狂気に満ちていた。
「私が誰だかも忘れてしまったの?…ふぅやれやれ、仕方ないわね…」
そういうと、女はどこからともなくワインボトルを取り出し、机の上にグラスを置き、それに注いだ。
「あなたを若返らせ、力を与えた。そして、あなたから昼を奪った者よ…」
そういうと女はグラスを口につけ、ワインを一口流し込んだ。
「か、家族はどこだ…どうして誰もいないのだ…!」
女はグラスをゆらゆらと揺らしながら伯爵に言った。
「あらやだ、そんなことも忘れちゃったの?あなたがぜ〜んぶ食べちゃったんじゃない。…我々ヴァンパイアは、血さえあれば生きていけるということを教えたのに…ふふっ、あなたったら…まるでストリゴイみたいに、何から何までこの屋敷の者たち全員をね」
伯爵は声を震わせた。
「そ、そんな…嘘だ!お、お前…わ、わしに…何をしたんだ…!?」
女はグラスを机に置いた。
「ふう、やれやれ…本当に記憶が戻ってるわね…一体誰がこんな目にあわせたのかしら…」
女はゆっくりと伯爵の目の前に歩み寄った。
そして、伯爵に目線を合わせるようにして座り込んだ。
女は恐ろしいほどに美しく、そして恐ろしいほどに白い肌であった。
「記憶が戻って来てるってことは、ヴァンパイアの魔力がかなり無くなってきてるってこと…もう、ダメね…こうなっては…あなたも使い物にならないわね…」
女は伯爵の顔をまじまじと見つめた。
「ふふ…でもね、あなたがしてくれたこと…とても良い線までいったのよ。あなたは、国を動かし、帝国とそして隣の砂漠の国までも手中におさめようとしたのね。うん、とても良い働きだったわ。あと少しで邪魔が入ったのね…」
伯爵は、次第に体から力が無くなりつつあるのを感じた。
「我々ヴァンパイアは…太古から蔑まされてきたわ。私はこの日が来るのを待ち侘びていたの。何百年も…もう、諦めかけていたのに…あなたのような人物が仲間になってくれてね、とても嬉しかったのよ。本当にね。よく頑張ったわ…」
伯爵は、次第に己の無力を感じ、両手を床について項垂れた。
「た…頼む…私を殺してくれ…」
女は伯爵の頬を優しく撫でて語りかけた。
「殺すのは私には無理なことなのよ…あなたは、もう既に夜の世界の住人…どうやっても生き残ってしまうの…元気になるには、もう一度たくさんの人間の血が必要だけれど…もう、そんな面倒なことしたくないわ。それに…あなたはどうやら沢山の人間に正体がバレてしまったもの…」
女性の声は恐ろしく美しく、透き通るようであった。しかし、あまりにも美しすぎる。心の中が見えない手で鷲掴みにされるような感覚であった。
女性は、伯爵の顔を覗き込むと、ニコリと笑顔になった。
「ふふっ、私はね…もうあなたの力もどうやら借りなくても良いのかも…とも思っているのよ。何故ならね…」
そう言うと女性はゆっくりと立ち上がり、くるっと振り向いた。
「どうやら彼が蘇った…そう感じるのよ」
伯爵は朦朧とする意識の中で、女性の声を聴いていた。
「私が…私をヴァンパイアにした彼女…たしかリリスとか言ったわね…ヴィルトがまだあった頃ね…」
女性は机に置いてあるワイングラスをもう一度持つと再びワインを注ぎ、それを口に入れた。
そして、先程よりも少し紅潮した様子で語り出した。
「…なぜヴィルト王朝が生み出されたのか、という話から、王朝が出来る以前の話…この世に突然現れた最悪の存在…」
ワイングラスを持ったまま、女は少し笑顔で伯爵の方へ向いた。
「最悪なのは、人間にとってのという意味ね…彼よりも人間が最悪なのよ」
「彼なら…彼の力なら…私たちの“夢”が叶うかもしれないわ…」
そういうと彼女は、ワイングラスを逆さにし、残りのワインを床に捨てて言った。
「やっぱりダメね、ワインよりも血の方がいいわ…」
*
エズィールたちは、隣国サーバス王国の国境付近に辿り着いた。予定通り、フルシアンとアントニーは先に勇者の墳墓へと向かった。
しかし、あたりはすっかり日が暮れて来ていた。
「あ!あった…!野営地だ!」
フリンが目の前を指差した。
神聖ナナウィア帝国とサーバス王国の国境は、一本の川で隔てられていた。東西に流れているオズボン川を支流とし、南に流れていくメイデン川である。
そこにはおよそ数千の軍隊が野営地を張っていた。テントの屋根には神聖ナナウィア帝国の象徴である大鷲の紋章が描かれている。
「…大将のテントは…あれだ、おそらくあの奥にある1番大きいテントだ」
シイルはエズィールの肩の上からテントの方を指差した。
「ドラゴンが現れてはパニックになるだろう、少し離れたところに降りるぞ」
エズィールがそう言うと、シイルは言った。
「いや、大丈夫だ。今この軍を率いているのは、おそらくあいつだ。俺の顔を見ればすぐ分かる」
「ホントに大丈夫なのか?」
エズィールとフリンは少し不安であったが、一刻を争う状況である。ここはシイルの言っていることを信じるしかなかった。
そして、エズィールは野営地の中心部に降り立った。案の定、野営地にいる兵士たちが騒ぎ出した。
「な、なんだ!?奇襲か!?」
「ドラゴンだ!これは大変だ!!」
シイルは、エズィールの肩からさっと飛び降りた。
「シイルだ!ナヴァロ将軍はいるか!」
兵士たちは、シイルの顔を見て何か分かったようだ。
「ああっ!シイル様!」
「シイル様だぞ!!」
すると、兵士たちの中から一人の男が歩み寄って来た。
「シイル!お前か!久しいな!」
「ファレル!ナヴァロはいるか?」
シイルはファレルという男と堅い握手を交わした。どうやら、旧知の仲のようである。
ファレルは、兵士長であった。背丈はシイルと同じくらいで長身であり、精悍な顔付きの人間種の男性であった。兵士たちと同じ鎧を身に付けているが、彼の胸元には勲章が付けられていた。
「ああ、いるとも。彼らは?」
ファレルはエズィールとフリンに目をやった。
エズィールは、さっとエルフの姿に戻った。
「彼はエズィール、エルフのドラゴンだ。そして、そっちのウェアキャットは…」
シイルはフリンを紹介しようとした時、ファレルはどうやら様子がおかしくなった。体は細かく震え出し、腰に差している剣を抜こうとしたのである。
「ファレル!何やってんだ!?」
ファレルは物凄い形相で剣を抜き、フリン目掛けて斬りかかろうとした。シイルは、咄嗟にファレルを抑えた。
「シイル!何故止める!奴はクァン・トゥーの双剣士だろう!?あいつに沢山の仲間をやられたんだ!」
ファレルは顔を真っ赤にして興奮している。フリンは平然とした顔付きで双剣に手をかけた。しかし、エズィールがフリンの肩に手を置き、首を横に振った。
「ファレル!頼む、話を聞いてくれ!彼女はもう俺たちの敵ではない!あの伯爵を倒してくれたんだ」
「な、何だと!?」
ファレルは、その言葉を聞いた途端、驚いてシイルの顔を見た。
「な、何を言ってる?伯爵…の?」
「ああ、頼む。今起きていることを順を追って話すから、今は何も言わずナヴァロのところへ案内してくれ…」
シイルがそう言うと、ファレルは次第に落ち着き、剣を鞘にしまった。
「分かった…ここは、元勇者のお前に免じて引こう。だが、貴様のことは決して忘れていないぞ!」
ファレルはフリンを指差して言った。
「…ふん」
フリンは強張った顔付きでファレルを睨み付けた。
「フリンよ…仕方あるまい。戦争とはこういうものじゃ」
エズィールはフリンの肩に手を乗せて言った。
「分かってるさ。こんなことは慣れっこだよあたいは…」
シイルたちはファレルに案内されて野営地の奥、ナヴァロ将軍がいるテントに案内された。
ナヴァロ将軍は獅子型の獣人族ウェアライオンの男性である。2メートルを超える大きな体に、シイルと同じ漆黒の鎧を身に付けている。
年齢は30代半ばで、シイルよりも少し歳上である。かつて、シイルと共に勇者隊を率いていた。
テントの奥には、椅子に座るナヴァロ将軍、その傍らには彼の背丈ほどする大剣が立て掛けられていた。
「将軍閣下!シイル様…元勇者のシイル様が来られました!」
シイルという名前を聞いたナヴァロ将軍は、目を見開いた。
「な、何だと!?シイル!?何故ここに!?」
ナヴァロ将軍は立ち上がった。
そして、シイルたちがテントの中へと案内された。
「…おお、シイル!我が戦友!!」
シイルの顔を見ると、ナヴァロ将軍は、その大きな体を広げてシイルに抱き付いた。
シイルも長身であったが、その身を隠すほどの巨躯は、彼の体をすっぽりと包んでしまうようであった。
かつてクァン・トゥー王国の勇者隊が現れる前は、世界最強とされていた神聖ナナウィア帝国の勇者隊であった。
エズィールは彼らを見て、勇者隊を離れたとはいえ、シイルに対する絶大な信頼があることを感じた。なるほどハンネ皇后がシイルに託した訳である。
「まだ将軍を名乗っているのか?勇者ではなく…」
シイルはナヴァロ将軍に言った。
「ははは!俺は勇者って柄がらじゃない。俺にとっての勇者はお前しかいないんだシイル。お前が隊を離れてからずっと空席にしてある」
シイルはナヴァロ将軍の言葉を聞くと、少し俯いてナヴァロ将軍の肩を抱き返した。
「すまない…我儘を許してくれて…お前には散々迷惑をかけたよ」
ナヴァロ将軍は言った。
「良いんだ。戦場では何度もお前に命を救ってもらった。お前が勇者隊を離れることは悲しいが、お前の考えを尊重したんだ」
そういうとナヴァロ将軍はエズィールとフリンを見た。
「シイルよ…彼らは…」
シイルは、ナヴァロ将軍の目を見て頷くと、エズィールたちを紹介し、ハンネ皇后から預かった手紙を渡し、経緯を話した。
「なんてことだ…俺たちの知らないところで、色々と手を打っていたんだな。確かに…こんなことはお前にしか言えんが、あのランディーのクソ野郎をやっつけてくれたのは感謝しかない」
ナヴァロ将軍は、シイルのハンネ皇后に対する忠信を重々に分かっていた。そして、軍の中枢の人間たちは、ランディー伯爵の実態に薄々気付いていたようである。しかしながら、帝国は既に伯爵の魔の手に侵されていた。誰も国家に対する抵抗など出来ないようになっていたのである。
「シイル…先程、サーバスにいるテイラー妃に到着の知らせを送ったところだ。だが、計画変更の使者をすぐに出そう。それと…もう一つ気掛かりなことがあるんだが…」
ナヴァロがそう言うと、テントの外から兵士の声がした。
「将軍閣下!」
「…どうした?」
ナヴァロ将軍がそう言うと、兵士が恐る恐る中に入ってきた。
「例の軍隊が到着したとのことです」
明治維新の頃の日本は、志ある数々の若者によって築かれていきました。彼らに共通することは、命を持ってしても、この国の未来を何とかしようという強い意志でした。それが故に儚くも若くして散っていった人が多い。時間にすると短いが、彼らの名は後世まで長く伝えられています。人はどう生きるか、考えさせられますね。




