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交錯のクロスガイア  作者: 青島喜一
十章「真意の胎動」
48/49

1.


 茜色に染まる夕暮れの草原に、忠は一人取り残されていた。

 周囲を見回して他者を求めても、ざあざあと風が吹き抜けるだけ。

 慣れ親しんだはずの孤独は、今となっては耐え難い苦痛をもたらす。


 ふと、過去を思い出した。

 祖父が亡くなって、独り部屋の中に閉じこもっていたことを。


 人間の死を目の当たりにして、何が起こったのか分からなかった。

 ただ、取り残されたという事実が悲しくて、ずっと泣いていた。

 明憲が手を引いて、外へ連れ出してくれなければ、いつまでもそうしていただろう。


 あれから十二年。忠は間違いなく変わった。

 博孝という目標を見付け、がむしゃらに前へ進んで来た。

 そして、仮想の世界で戦い続けて、今に至る。



(ここは、<クロスガイア>なのか?)



 現実感のない情景に疑問を抱く。

 忠が立っている草原は、初めて見るエリアだ。第一、自分がどうやってこの場所に辿り着いたのか、全く覚えていない。


 忠の操るシウスは、央都の<図書館>で攻略情報を纏めていたはずなのである。それが何故、未開のエリアに飛ばされなければならないのか。



「システムウィンドウ……開かない?」



 忠は音声認識でメニュー画面を呼び出そうとするも、禁止エリアなのか失敗した。転移が使えない以上、拠点には徒歩で戻ることになる。

 「どれだけ時間がかかるのやら」と嘆息して、ブレードを手に――



「って、出ない!?」



 思考操作の不発に、今度こそ驚いた。

 これでは、武器もアイテムもなしに移動することになる。

 一応、体術の心得はあるが、忠の本領は剣術だ。丸腰など御免である。



(本格的に不味いな。死に戻りに賭けるか?)



 拠点への帰還が難しくなり、半ば諦めかけた、その時。

 草原の彼方に、小さな人影を見た。


 敵か味方か判別がつかないため、忠は慎重に接近することを選ぶ。

 自生する草を踏みしめて、ゆっくりと前へ。茜色の世界で、影は姿形を露わとした。


 ――それは、幼少期の忠に、とても良く似ていた。


 短い黒髪に無表情。双眸だけが奇妙なまでに鋭い。

 服装は、忠の好きな紺色を基調とした涼しげなものだった。



「……俺と話したがっていたのは、お前か」



 かつての自分を真似たアバターを認め、忠は現状を理解した。

 眼前の少年――黒幕に意識のみを召喚されたのだろう、と。



「――――」



 少年の口元が動き、何事かを訴えている。

 しかし、忠には彼が言っていることが一つも分からない。



(こうして接触できた以上、脳波は近づいているはずだが……俺の成長が足りないんだろうな)



 以前より、忠と黒幕は夢という形で意識を交錯させて来た。

 忠が攻略を進めて、成長を遂げた結果、対面が可能となったようだが、対話が可能となるまでには至っていないらしい。



「俺達が言葉を交わせるようになった時が、デスゲームの終わりか」


「――――?」



 少年も、忠の言っていることが分からないのか首をひねる。



(メールは日本語で送って来るのに……もどかしい)



 忠は苦笑いを浮かべて天を仰いだ。茜色の雲が風を受けて、静かに形を変えていく。


 自分と少年の境遇は似ているため、他人事とは思えなかった。

 生まれた世界が現実か、仮想か。ただ、それだけの違い。

 しかし、その違いこそが致命的だった。



(こいつは自分が何をやらかしたのか分かってない。無邪気さ故の残酷さって奴か)



 おそらく、少年は孤独が嫌でプレイヤーをサーバに閉じ込めたのだ。

 デスゲームの通知は状況を分かりやすく説明するための手段、あるいは単なるサプライズでしかない。


 復活の解禁も、遅かれ早かれ為されていたことだろう。少年は共に在るプレイヤーへの気遣いを欠かさないのだから。



(……誤解もここまで来ると清々しいな。人間への理解が足りていれば、こんな事件を起こすこともなかっただろうに)



 忠は内心で嘆息しつつ、少年の姿をした黒幕へ視線を戻した。


 彼とプレイヤーの架け橋になり、互いの齟齬を埋める。

 そして、デスゲームの抑止手段を実行すれば、万事解決である。


 現実において、死人が出ている可能性を考えると、ハッピーエンドとは言えないが、仲間達は無事に帰還できる。忠としては最良の未来だ。


 ――例え、そこに自分がいないとしても。



「意識をシウスに戻してくれ。今の俺じゃ、お前と話せない」


「――――」



 少年は、忠の要望は理解できずとも、埒が明かない現状は理解した。

 小さな体躯が、あっという間に草原の向こうへ遠ざかっていく。


 刹那、忠の視界は茜色から暗色へと変遷した。

 一度、瞼を伏せて、時が過ぎるのを待てば、次の瞬間には――





 眼前の空間投影ディスプレイに、自作のマップが映っていた。

 シウスは内心で驚きつつ、視線のみを動かして密かに周囲を窺う。 


 林立する本棚。カウンターには、眼鏡をかけた知的な風貌のNPC。

 自分が座っているのは読書エリアの一席で、テーブルの上には紙媒体の資料が乱雑に置かれている。


 周囲にはシウスと同じような作業をしているプレイヤーが散見した。

 攻略ギルドのメンバーだろうか、と当たりを付けて席に座り直す。



(……無事に戻って来たみたいだな。気絶でもしていたら大事だったが)



 騒ぎにならなかったことに安堵して、ディスプレイを切り替える。

 メニュー画面で日時を確認すると、6月28日の午後3時過ぎだった。



(時間は経過していない。アバターも正常、と)



 確認を終えて、メニュー画面を消す。

 黒幕に意識を召喚されていたのは、ほんの一瞬だったらしい。


 だが、極めて重要な一瞬であったことは間違いない。黒幕の正体と彼がデスゲームを開催した動機が確定されたのだ。



(あとは俺の成長だけだ。必ず終わらせてやる)



 彼の孤独を厭う気持ちがこの事件を引き起こしたのならば、シウスにはそれを取り払う手段がある。


 彼の意識をEEGRを経由して『碓氷忠の脳』に移動させればいいのだ。


 互いの脳波――特定パターンの電気信号――が近付いている現状では、無理難題というわけでもない。肉体との脳波通信さえ回復すれば、黒幕と入れ替わるのは容易だろう。


 シウスは意識をサーバから外部ネットワークへ移動させ、デスゲームを抑止するプログラムとなればいい。自我が残るかどうか分からないため、バックアップを取っておく必要はあるが。



(今後の方針はこれで決まりっと。さっさと攻略を進めないとな)



 先の見通しが立ち、明るい気分で手元の資料に目を落とす。

 それは、素材アイテムの採取ポイントに関する最新情報を纏めたもの。


 エリアの拡張と同時に敵の強さは増している。装備の強化は急務だ。

 そのためには、良質な素材アイテムを集めなければならない。


 資料が正しければ、大陸西方面の<アグラヴェイン大砂漠>・地下迷宮でレアな素材が発見されたようである。可能であれば、すぐにでも採取に赴きたいところだ。


 しかし、そうは問屋が卸さない。

 大陸西方面は<強硬派>の最大手ギルド<オラトリオ・アライアンス>が幅を利かせており、<穏健派>は足を運びづらいのである。


 かのギルドの前身は、運営の設立した偽者の<ギガントマキア>であり、大多数のメンバーが運営を毛嫌いしている。

 騙されただけに止まらず、エリアボスのデータを調査しても事態を打開する目処が立たなかったのだから、当たり前だ。



(そういえば、なんでイタリア語と英語が混ざってるんだ?)



 <オラトリオ・アライアンス>、略してOTLにしたかったからだろうか、などと阿呆らしいことを考え、即座に却下。強引に思考の方向性を元に戻す。


 現状、<穏健派>が大っぴらに西方面へ赴くことははばかられる。

 先のPK騒動のように少人数を派遣して、波風を立てないように採取を行うのがベストだろう。


 シウスはわりかし顔が売れているため、潜入に向いていない。

 見目麗しいノイエやゼフィラは、絶対に無理である。フリードとハルは戦闘能力に不安が残る。



(……俺達の出番はなさそうだな。ヤマセさんあたりに人選を任せて前線に戻ろう)



 シウスは資料を掻き集め、インベントリに放り込んで席を立った。

 カウンター越しに司書へ会釈をすると、恭しい一礼が応じる。


 NPCに見送られて<図書館>を出たシウスは、ヤマセかエーギルの在室を願ってギルドルームへ向かった。


 ――予定が大幅に狂うことなど、欠片も想像せずに。


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