2.
「採取ポイントが見つからない?」
<アルゴノーツ>が保有する大規模ギルドルーム。その一室で、シウスはエーギルと向かい合っていた。素材アイテムの採取に関する話がある、と呼び出されたのである。
アンティーク調の古時計が時を刻む音を背景に、大柄な<守護者>は、どっかと椅子に座りながら、ここ数日の情報収集の結果を述べた。
「どうやら、ガセネタを掴まされたっぽいぜ。恥を忍んで<オラトリオ・アライアンス>の連中に聞き込みをかけても同じだ」
「<強硬派>に直接訊いたんですか? 随分と思い切ったことを……」
波風を立てないことばかり考えていたシウスでは、こうはいかなかっただろう。エーギルらしい豪快な決断だ、と感心して先を促す。
「そもそも、<アグラヴェイン大砂漠>は西方面の最前線で、まだ攻略が終わってない。詳細な情報が出回るにしても早すぎるってのが連中の話だ」
「『レアな素材が発見された』というのは、誤報だったわけですか」
<図書館>での作業が無駄になり、シウスは忌々しげに顔を歪める。
対するエーギルは頭を掻き、渋い声でぽつりと漏らした。
「ただの誤報ならいいんだけどなぁ……」
「……やっぱり、情報操作なんでしょうか?」
問いかけに、エーギルはかぶりを振って「分からん」と返す。
前回の<トリストラム氷河地帯>と今回の<アグラヴェイン大砂漠>の件が何者かの誘導によるものだとしたら、捨て置くことはできない。
<穏健派>の最大手ギルドたる<アルゴノーツ>が、こうも易々と偽情報に踊らされては、他の<穏健派>ギルドに示しが付かず、<強硬派>や<中立派>に侮られることにも繋がりかねないからである。
「でも、情報操作だとすると目的が見えませんね。俺達を踊らせて、何の意味があるのやら」
「だな。西は攻略に行き詰まってるわけじゃねぇから、戦力を集中させる意味もねぇ。よっぽど探索を早めたかったのか……」
「<穏健派>と<強硬派>の衝突を狙った可能性は?」
派閥争いを誘発させる意図があったのではないか、とシウスが言う。
それを聞いたエーギルは、首をひねって疑問の声を上げた。
「無くはないと思うが……それなら反運営の演説でもした方が効果的じゃねぇか? ちょっと前までは、そこら中でやってただろ」
彼の言う通り、一か月ほど前までは、運営の排斥を唱えるプレイヤーが日常的に集会を開いていた。
非建設的かつ過激な思想は、やがて勢いを失ったが、運営アレルギーとでも呼称すべきプレイヤーは一定数存在する。
<穏健派>と<強硬派>を衝突させるのが目的であれば、その手のプレイヤーを利用するのが上策だろう。
(それをしないということは、愉快犯か、俺達の考えすぎか……)
偽情報を流し、シウス達が右往左往しているのを見て、面白がっているだけ。あるいは、噂が一人歩きしただけという可能性もあるが、どちらにせよ、正確性を欠いた情報が氾濫しては攻略に差し支える。
それは、シウスの成長を阻害することに繋がるのだ。
(……災いの芽は摘んでおくに越したことはないな)
シウスは、再び東方面の前線を離れ、調査に赴くと決めた。
思い立ったが吉日、とエーギルに向き直り、その旨を伝える。
「一度、西方面へ行ってみます。これが情報操作なら、相手から何らかのアクションがあるかもしれません」
「虎穴に要らずんば虎児を得ずってか。人員はどうする?」
質問に、シウスは少し考える素振りを見せた。
上級職プレイヤーであるノイエ、ゼフィラ、エーギルの内、誰か一人に同行してもらえれば、戦力的に言うことはない。
――いっそのこと、目の前の<守護者>に倣って、堂々とフルメンバーで調査を行うのもありだろうか――
(……いや、それはやりすぎだな。戦力過多だと、相手にプレッシャーを与えることになる。そうなると、接触して来ないかもしれない)
そもそも、今回の調査は完全に無駄足となる可能性がある。
情報操作というのは、あくまでシウス達の推測に過ぎないのだ。
それに、上級職プレイヤーの絶対数は少ない。ドッペルゲンガーの討伐という高難度のイベントをクリアした上で、各職業に設定された条件を満たさなければ転職できないからである。
「……人員は俺だけでいいです。全部勘違いだったら、馬鹿らしいんで」
貴重な上級職プレイヤーを前線から引っ張り出すのも申し訳ないので、シウスは単独行動を告げた。
それを聞いたエーギルは、にやりと口元に笑みを浮かべる。
大方、「奥ゆかしい奴だ」とでも思っているのだろう。
「まあ、ほどほどに頑張りな。時間だけはあるんだからよ」
「了解です」
あっさりとした激励の言葉に、シウスは笑って頷いた。
◆
(ふう……今日もどうにか誤魔化せたか……)
シウスが退室するのを見送り、エーギルは内心で嘆息した。
日常的に全くの別人を演じるのは、多大な労力を要する。
いっそのこと、正体を明かして共に戦場を駆けたいくらいだが、そうもいかない理由があった。
(――しかし、相変わらず決断が早い。それに、大胆だ)
彼の性格上、調査に赴くことは予想していたが、仲間を同行させないとまでは思っていなかった。
あえて戦力を減らし、敵をあぶり出すつもりなのだろうが、蛮勇にもほどがある。
尤も、<ダイダロス攻防戦>において、上空から単騎強襲を仕掛けたような男だ。今回の行動など、無茶の内に入らないのかもしれない。
「システムウィンドウ」
過去に思いを馳せ、音声認識で空間投影ディスプレイを展開する。
エーギルは、メニュー画面より<ボイスチャット>を選択して、大陸西方面へ滞在中の友人に連絡を入れた。
「俺だ。予想通り、シウスはそちらへ向かう」
『だろうね。目の前にある脅威を放っておくような性格じゃない』
脳波通信の向こう側で、男の声がどこか楽しげに応じた。
そこに含まれた確かな信頼を感じつつ、エーギルは問う。
「それで、偽情報の出所は分かったのか?」
『まだ何とも。ただ、色々な噂を広めてる輩は確実にいると思う。各方面に関する誤った情報が多すぎるからね』
各方面という単語に、<守護者>は知らず眉をひそめる。
「北と西だけではなかったと?」
『ああ。東と南の情報も、いくつか耳に入って来た』
「…………」
想像以上の大事に、エーギルは片手で額を押さえた。
ここまで大規模な情報操作となると、組織的な工作の確率が高い。
そんなことをして、得をする者といえば――
「怪しいのは、脱出に否定的なプレイヤーと……情報屋だな。精度の低い情報が溢れれば、相対的に奴らの価値は上がる。信用を失うリスクはあるが……」
『そうだね。外部へのアクセスは遮断されてるわけだし』
エーギルの推測に、同調する意見が帰って来た。
現在の<クロスガイア>は外部とは隔絶されているため、攻略サイトを見ながらプレイするなどということは、当然の如く不可能である。情報の重要性は必然的に増す。
それを見越して誤った情報を流布したとなれば、極めて悪質だ。
犯人は、攻略の妨害を画策したPK同様、確保する必要があるだろう。
「――そういえば、外の人間は何をしているんだ?」
ふと、エーギルは<クロスガイア>の外――現実側の対応を思う。
事件の発生より三か月が経過したというのに、全くの音沙汰なしとは、サボタージュの疑いすら浮かんで来る。
プレイヤーの意識不明という前例のない事態に、神経質になっているのかもしれないが、それにしても対応が遅すぎた。
『下手に手出しされるよりはマシかもよ? サーバ・データが吹っ飛んで全員御陀仏、なんてこともあり得るし』
「LFのように、か? 笑えない冗談だな」
『…………』
冗談めかした口調で語る通信相手に、嘆息して返す。
すると、どういうわけか、ぴたりと言葉が止んだ。
「どうした、何か気になることでもあるのか」
『マキロイ。もし、LFのデータ消失とデスゲームが関係あるとしたら、どうする?』
唐突な質問に、エーギル――LF二大ギルド<青枝の騎士団>のギルドマスター・マキロイは着いて行けなかった。真意を問いただすべく、かつてのアバターネームを呼び返す。
「どういうことだ、セームンド」
『この事件の被害者には、LFをプレイしていた人が多すぎるってことさ。君と僕、シウスにフリード、キルケ、クリス。……多分、ゼフィラさんも経験者だよね』
「偶然だろう。LFのデータが消えたのを機に、新作VRMMOに手を伸ばす――別段、不自然ではない」
LFのプレイ人口は一万八千人から一万九千人。1パーセント程度がCGに移って来たと仮定すると、およそ二百人のLF経験者が被害に遭っている計算になる。
偽の<ギガントマキア>――現在の<オラトリオ・アライアンス>に所属するLF経験者に七人を加えても、せいぜい百人程度。
数千人規模の人間がサーバ内に閉じ込められていることを考慮すれば、数字上、LF経験者が取り立てて多いとは言えない。
しかし、通信相手は「LFのデータ消失とデスゲームは関係している」と確信しているようだった。
『君はEEGRが作られた経緯を知っているかい?』
「……米軍の開発した脳波変換機の技術が娯楽に転用されて、今のEEGRになったのだろう? それくらいは知っている」
何故かVR機器の歴史を問われ、戸惑いながらも答える。
男の声は「ちょっと違う」と前置きをして、訂正するように語った。
『実際は医療分野に転用されるのが先だよ。……まあ、それはともかく、元々EEGRは人間の脳に干渉するために作られたものだ』
「……何が言いたい」
『――僕達はEEGRの脳波通信で、<クロスガイア>にダイブするよう仕向けられたんじゃないかってこと。要するに、洗脳さ』
通信相手は泰然自若とした口調で、とんでもない暴論を口にする。
これには、さしものエーギルも閉口せざるを得なかった。




