4.
PKの一団が確保された、翌日の昼下がり。
シウスとフリードは、央都・東地区のギルドルームを訪れていた。
千人以上のプレイヤーを抱える<アルゴノーツ>は、その規模相応の施設を構えている。当然、大規模ギルドルームの設立には莫大なクレジットを必要としたが、メンバー全員で負担すれば、十分に集まる額だった。
「――で、あとは被害者を見つけて、補償をさせれば解決です」
「ただ、あいつら奪った装備を商業ギルドに流してたみたいで。どうも、うちに流された装備もあったらしい」
室内に並ぶ中世風の調度品が、日の光を浴びて己の存在を誇示する中、執務机の前に立ち、シウスとフリードが報告をする。
相手は無論、<アルゴノーツ>のギルドマスター・<忍者>ヤマセだ。
「何と言えば良いのか分からないが……本当に、ご苦労だった」
和装の青年は頭が痛くなる事実に、座ったまま大きく息を吐いた。
<アルゴノーツ>は攻略を目的としたギルドではあるものの、探索で得た素材アイテムは生産職プレイヤーによって加工され、売買されている。
つまり、攻略ギルドと商業ギルド、両方の機能を備えているのだ。
自分のギルドが利用されたとあっては、マスターとして情けない限りである。このような失態は、二度と起こしてはならない。
(貴方が俺達を派遣したのも、誰かに誘導された結果だろうけどな)
ヤマセの内心を汲み取り、シウスは静かに瞑目する。
とはいえ証拠はないし、彼にショックを与えるのもはばかられるため、今は黙っておくことにした。
「しかし、攻略の妨害とは穏やかではないね。彼らは現実に戻りたいとは思わないのか……?」
全く理解できないという風体で、ヤマセが首をかしげた。
<クロスガイア>に留まり続ければ、いずれ肉体は朽ち果てる。
にもかかわらず、現実ではなく仮想を選ぶ精神構造は、非常識にもほどがある、とでも言いたいのだろう。
「あー……そりゃ、ヤマセさんは、ねぇ……」
フリードが苦笑いをこぼして、隣の友人に視線をやった。
シウスは笑いたいのを必死に堪えて、無理矢理真剣な顔を作ると、眼前のヤマセに訊く。
「ユウナギさんのこと、大切ですか?」
「――い、いきなり何を言うのかね?」
不意打ち気味の質問に、ヤマセは驚いてしまう。
この場面で恋人の名前が出て来る意味が、まるで分からなかった。
うろたえる彼に、フリードが思わず噴出するが、シウスは素知らぬ顔で言葉を続けた。
「貴方には、現実に帰還する理由があるってことです。この世界から脱出した後、彼女と家庭を築いていくかもしれないでしょう?」
「…………」
話が飛躍しすぎて、ヤマセは着いて行けない。
「エーギルさんや、クリスさん達も同じですよ。あの人達は社会人ですから、既に結婚している方もいるでしょうね」
「帰りを待ってる人がいるんじゃ、そう簡単には死ねねーだろ?」
フリードがにやにやしながら補足した。
積極的に攻略を進めるプレイヤーには戦う理由があるが、PKの一団にはそれがない。デスゲームが続いた方が、得だと考えたのである。
「……そこが、我々と彼らの違いか」
二人の意見を噛み締めて、ヤマセは憂鬱そうな表情をした。
<クロスガイア>の再現度は現実に酷似している。デスゲームが発生しなければ、傑作VRMMOとして称賛を浴びたことは想像に難くない。
だが、仮想と現実は区別されるべきであり、まがい物の世界に囚われたプレイヤーは、薬物中毒から抜け出せない者のように憐れだった。
「現実に重きを置かないのは、そこに価値を見出せないからだろう。私は彼らがとてつもなく損をしているように感じるよ」
(何という上から目線……)
執務机に俯いて呟くヤマセに、シウスは目を丸くする。
彼の発言は気遣いを通り越して、もはや嫌味にしか聞こえなかった。
彼にその気がなくとも、返答は一つしか考えられない。
フリードは低い声で吐き捨てた。
「リア充爆発しろ」
「それは死語だよ、フリード君」
(……ネットスラングも死語になるのか)
二人の応酬に、シウスはどうでもいい感想を覚えていた。
◆
「<ラビリンス・ファンタジア>のデータが消えたのは、いつですか?」
MAS社のオフィスを真似て作られたGMルームに、凛とした声が響く。
白銀の妖精を連想させる少女――ノイエは、来客用の席で簡潔に問うていた。
「去年の12月3日だけど、それが何か?」
対面側で、愛用している三角帽子を弄りながら、キルケが応じる。
<ギガントマキア>が消滅し、敬愛するギルドマスターと会えなくなった日のことを、忘れられるわけがなかった。
ノイエは少し考える素振りを見せると、デスクで空間投影ディスプレイを操作中の運営チームに声をかける。
「<クロスガイア>のベータテスト期間を教えて頂きたいのですが」
「…………? 2104年9月から2105年3月の半年間です」
頭に疑問符を浮かべつつ、クリスが運営チームを代表して返答する。
先程やって来たノイエは、妙な質問ばかりしていた。
運営チームにLFのプレイ経験がある者はいるか、アルファテストで何か不具合はなかったか、募集したテスターの数は、など意図が読めない問いを繰り返している。
確かに、クリスは昔LFをプレイしていた。だから、<ギガントマキア>を装って人員を募るという計略を思いついたのだ。
しかし、ノイエがそれを知って何になるのかは釈然としない。
「あの、良ければ、何考えてるのか教えてくれません? あたし、さっきから気になってしょうがなくて」
キルケは、ずいっと身を乗り出して訊く。
自分より年下ではあるが、ヘカテーに似た凛々しさを持つ少女のことはとても気にかかる。是非、心の内を知りたかったのだ。
「……まだ、憶測の段階ですが」
しかし、ノイエは深刻な様子で、躊躇いがちに言う。
彼女の頭脳は、にわかには信じ難い結論を導き出していた。
「わたしは、二つの事件は重なっていると思います」
「はい?」
「<クロスガイア>のベータテストが始まったのが去年の9月。<ラビリンス・ファンタジア>のデータが消えたのが12月。そして、デスゲームが始まったのが今年の3月。全て繋がります」
「あ、えっと、うん? ……言われてみれば、そうかも」
思い切り混乱した後、キルケが相槌を打つ。
ノイエは一つ頷いて、再びクリスに顔を向けた。
「それ以上に重要なのは、エリアの名称です。<ライオネル鉱山>、<イヴァン海中宮殿>、<メドラウト大社>、<トリストラム氷河地帯>。これらはデスゲームの後に追加されたものですね?」
確信を含んだ問いに、運営チームの一同は呆気にとられてしまう。
彼らが<ライオネル鉱山>を調査した理由は、まさにそれだった。
「その通りですが……貴方はテスターではありませんよね? どうして、それらが開発の手掛けたエリアではないと分かったのです」
クリスはCBTにおいて、ノイエらしき人物を見かけたことがない。
アバターデータを引き継がなかったという可能性はあるが、彼女ほどの実力者であれば、容姿が変わっていても判別できる。
事実、ノイエがCGにダイブしたのは、サービス開始日が初めてだ。
「法則性が違うのです。<アスプ古代遺跡>、<クルト湿原地帯>、<エポナ大森林>、<ヴァーリ山脈>。これらの原典は神話・伝承なのに、先に挙げたエリアの名称は円卓の騎士が元となっています」
「円卓の騎士? でも、トリストラムって誰よ?」
「トリストラムは、トリスタンの別読みです。『トリスタンとイゾルデ』というワーグナーの楽劇があるでしょう?」
「……聞いたことはある、かなぁ」
楽劇には縁がないため、キルケは自信なさ気に答える。
「しかし、デスゲームと円卓の騎士に何の関係が? そもそも、CGとLFのベースはギリシャ神話で、アーサー王伝説とは別物ですよ」
「そこまでは分かりません」
クリスの質問に、ノイエは平然と嘘を述べた。
デスゲームを打開するための鍵は、いつも隣にあったのだから。
(一説では、アーサーが抜いた王者の剣のモデルは、北欧神話でシグルドの父親・シグムントが木の幹より抜いたグラム……そして、シウスさんはLFでグラムを使用していた)
宗教的な見地から言えば、魔剣たるグラムと王者の剣を結びつけるのは極めてナンセンスだが、ノイエの推察が確かならば、一連の事件の中心に位置するのはシウスである。
おそらく、彼はデスゲームに関する重大な何かを隠している。
それを指摘しないのは、またパーティーを離脱されては困るためだ。
(わたしには、何ができるのでしょうか……)
ノイエとしては自分を頼って欲しいが、<アームド・フェンリル>との戦闘中に失態を演じた手前、詰問しても笑って誤魔化されかねない。
言外に拒絶されることを思うと、二の足を踏んでしまうのである。
「はぁ……」
「そこまで落ち込まなくても良くない? 考える時間はあるんだし」
(……問題は『あの人に残された』時間なのですよ)
キルケの的外れな慰めに、ノイエはますます暗くなる。
<クロスガイア>の先行きは、未だ果てのない闇に包まれていた。




