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交錯のクロスガイア  作者: 青島喜一
九章「流転の大地」
46/49

3.

 氷河に落ちた人間の頭部は、ごとりと不気味な音を立てた。

 持ち主たるPKが何処かに転送されると、もくもくと上る黒煙を裂いて、紺碧の影が躍り出る。その左手には、鞘に納めた居合刀。


 予想外の反撃に動揺する一団を無視して、シウスはリーダー格の男へと穏やかに微笑む。



「こんにちは。二時間ぶりですか? 先程は挨拶もせずに、済みません」


「貴様……!」



 フードの奥より何事かを言いかける男に対し、シウスは武器を持たぬ右手でそれを制した。



「気付いていたのか、なんて言いませんよね。そういうの、萎えるんで」


「……何故、罠が人為的なものと分かった。貴様自身、情報が足りないと言っていただろう」



 <暗殺者>は一瞬にして冷静さを取り戻すと、シウスの言動を回顧する。

 彼の様子は、罠の正体に勘付いている風ではなかったのだ。


 シウスが<スケッチブック>で筆談をしながら演技をしていたことなど、知る由もない。



「……<クロスガイア>で装備が消失するといえば、PKの仕様でしょう? なのに、いくら聞き込みをしても、PKという単語が出て来ない」



 ため息交じりの返答が続く。



「意図的な情報操作だと、すぐに分かりました。そもそも、この寒い中、軒下で噂話をしますか? あんなの、通行人に聞かせたい以外に考えられないじゃないですか」


「……露骨すぎたか。今までは上手く騙せていたのだがな」


「すごい強運ですね」



 シウスは冷めた目で男を皮肉る。

 引っかかったプレイヤーの馬鹿さ加減にも、つくづく呆れてしまう。


 わざわざ対立構図を作ってまで緊張感を演出したというのに、どうしてこうも警戒心が薄いのだ。


 ――やはり、何人か殺さなければ分からないのか――


 剣呑な気配を放つと、PK達がメニュー画面を展開しながら後ずさる。

 これまでの獲物とは明らかに異なる空気に、彼らの指が<テレポート>へ伸ばされた。



「<ブルームレギオン>」



 よく通る声と同時に、氷河に映える薄紅色の矢が雨あられとかける。

 逃走を試みた者の首筋に、後方より大量の矢が突き刺さった。



「…………!?」



 喉を射抜かれ、PK達は呻くこともできずに倒れ伏す。いつの間にやら、一団の背後で、銀糸の長髪を靡かせた少女が弓を構えていた。


 静かに佇み、敵の退路を塞ぐ姿は、戦女神のように気高く、美しい。

 しかし、PK達にとって、彼女は無慈悲な死神でしかなかった。



「ナイスキル。流石はクロスガイアの白い――」



 皆まで言う前に、神速の矢がシウスの左耳を掠めた。

 ノイエの方を向くと、おどろおどろしい声が鼓膜を打つ。



「わたしをシモ・ヘイヘ呼ばわりするのは止めて下さい」


「ええー、ロケーション的にもぴったりなのに……」



 おどけた調子で返せば、今度は矢がひたいへ飛んで来た。

 瞬時の抜刀。<狙撃手>の攻撃は、やじりより縦に真っ二つとなって、氷河の彼方へ遠ざかっていく。 



(……遠慮がなくなって来たな。いい傾向、なのか?)



 <小狐丸>を納刀しつつ、自問に首をかしげる。

 よくよく考えてみると、初めて彼女と会った時も、危うく額を射抜かれそうになったのだった。


 回想のままに、ノイエの青い瞳をじっと見つめる。

 内心を悟ったか、白い少女の口元には、うっすらと笑みが浮かんだ。



「むぅ……何を乳繰り合っておるのだ。以心伝心もほどほどにせよ」


「以心伝心というには、些かバイオレンスですけどね」



 無言のやり取りに、シウスの隣に歩み出たゼフィラが、むっとした顔をする。三人とも、魔法の火柱に巻き込まれたとは思えぬ健常ぶりだ。



「貴様ら、防御スキルでも使ったのか……?」



 のんびりとした一連のやり取りは、尋常でない戦闘センスとは、まるで噛み合っておらず、リーダー格の男は頭痛すら覚えた。


 他方、シウスは思考操作でインベントリから灰色の立方体を呼び出し、右の掌で弄んでみせる。先程、火柱を防ぐために用いた錬金アイテムと、全く同じものだった。



「これ、<バリアキューブ>っていうんです。短時間ながら、攻撃を完全に遮断してくれる優れものなんですよ」


「奇襲の前兆を感じた瞬間、軍師がこのアイテムを投げ上げ、合図を送る手筈になっておった」


「前兆……!? そんなもの、分かるはずがないだろう!」



 ゼフィラが適当なことを言っていると思ったのか、男は声を荒らげる。

 すると、何故か彼の後ろ側で嘆息が漏れた。



「信じ難い話でしょうが、彼は感覚が異様に鋭いのです。姿を隠そうと、死角に入ろうと、全く関係がないほどに」


「…………」



 <暗殺者>は驚愕のあまり、何と返すべきか分からない。

 当然の反応に、ノイエは白い息をついて説明を重ねる。



「その特性を見込まれた故に、わたし達はここへ派遣されました。ただ、わたし達に調査を命じたギルドマスターは、人為的な事件とは、露ほども思っていなかったでしょうね」



 ヤマセは単純に「罠を突破すれば多くのプレイヤーが助かるはず」と、親切心からシウス達を派遣したのである。


 もし、PKが故意に起こした事件だと知っていれば、義憤に駆られて自ら解決に乗り出したかもしれない。かつて、ユーニスタの事件でPKに辛酸をなめさせられた経験があるのだから。



(第一、彼が解決に乗り出すように仕向けた奴がいるだろうし)



 シウスは調査を委託された時、二重の作為を感じていた。

 おそらく、<アルゴノーツ>に罠の情報を流した者は、PKが原因だと理解していながら、ヤマセを利用して事態の収拾を図ったのだ。


 <強硬派>と<中立派>。どちらかは分からないが、彼の性格を読み切った上手い計略である。乗せられた側としては、堪ったものではないが。



「もういいでしょう。さっさとお縄に付いたらどうです?」



 シウスはリーダー格の男に投降を呼びかけた。

 PKよりも、裏で糸を引く存在の方がよほど気にかかる。路傍の石に付き合う時間が惜しい。



「その前に、話をさせてもらおうか。貴様らは、我々の意図を知らないのだろう?」


「正直、どうでもいいですけど。貴方が話したいのなら、ご自由に」



 フードの奥よりこぼれた言葉は、自分の立場を理解していないのか、妙に自信満々だった。「ろくな意図ではないな」と思い、シウスは居合刀を消して腕を組む。



「我々が意図したのは、攻略の妨害だ」


「へえ、てっきり娯楽のためかと思ってましたよ」



 反応の希薄さを、男は意外に感じた。



「……我々がデスゲームの黒幕だとは考えないのか?」


「あり得ません。システムの全権を握っている黒幕が、PKなんていう迂遠な手段を取るはずがない。加えて、黒幕は基本的に、プレイヤーに対して好意的です」



 拠点の作りといい、復活を解禁したことといい、黒幕はプレイヤーへの配慮を欠かさない。

 <林泉都市リムノレイア>の<武具屋>の在庫を消したのも、シウスの攻略を妨害するためではない。


 黒幕は、シウスにこう伝えたかったのだ。



「<メドラウト大社>のボスを倒せば、強力な居合刀が手に入るので、無駄にクレジットを消費する必要はありませんよ」



 気遣いが行きすぎた結果、黒幕は在庫を消してしまった。

 常識を学ぶ機会がなかったが故に、NPCの誤解を誘発したのである。



「で、貴方達は何を意図して攻略を妨害したんですか」


「決まっている。我々――いや、全てのプレイヤーは、脱出する必要などない。<クロスガイア>で生き続けるべきなのだ」



 <暗殺者>の暴論に、シウスはまぶたを伏せる。予期した通り、ろくな意図ではなかったが、男は両腕を広げて滔々とうとうと語る。



「この世界は理想郷だと思わないか? 衣食住に金に女、強靭な肉体に、ほぼ永遠の命。我々は全てを手に入れた、選ばれし存在と言えよう」


「――選民思想なんて、いまどき流行らないよ」



 ゼフィラの小さな呟きは、誰にも届かず氷河に消える。

 時代遅れかつ、独り善がりな論理に、興味は早々に消滅した。



「足りないのは娯楽だけだ。それも、プレイヤーがこの大地に定着すれば自ずと生まれて来る。つまり、現実に帰還する旨みは皆無ということだ」


「…………」



 ノイエは男の後方で、呆れ返って半眼になる。

 おもちゃの前で駄々をこねる幼児以下の精神構造は、実に愚かしい。



「貴様にも分かるだろう? <クロスガイア>に留まることこそが、我々の幸せだと。事実、女を二人もはべらせて――」



 ごう、と凍える大気を引き裂き、禍々しい双翼が羽ばたいた。

 鞘より解き放たれた超音速の刃が、<暗殺者>の四肢を吹き飛ばし達磨だるまにする。歪な体躯は重力に従い、凍結した大河へ叩き付けられた。



「い、る……!?」



 何が起こったのか釈然としないまま、顔面を踏みにじられ、男の台詞は強制的に中断させられる。必死に身じろぎ、上方を確認すれば、シウスに顔を足蹴にされていた。


 絶対零度の視線に晒され、男は知らず硬直する。

 シウスは、ゆっくりと男の首に白刃を密着させた。



「俺の仲間を侮辱するな。壊すぞ」



 宣告通り、微塵の躊躇ためらいもなく、フードごと首が刎ねられる。

 ごろりと氷河を転がる生首に、PK達は無様に腰を抜かして失禁した。


 シウスは「システムウィンドウ」と呟いて、メニュー画面を呼び出す。

 空間投影ディスプレイから<ボイスチャット>に触れれば、いきなり文句が聞こえて来た。



『外道すぎるわよ。あんた、何考えてんの?』



 GMルームに待機中の運営監査役・キルケは、フレンド間通信の向こうで腹部を押さえているに違いなかった。



「そうですか? ともかく、ゴミの処分はお任せします」


『あたしは廃品回収車じゃないっての……』



 ぶつくさ不平を漏らして、キルケが強制テレポートを発動するよう運営に頼むと、PK達はあっという間に<トリストラム氷河地帯>を後にする。


 彼らが転移する先は、運営の用意した留置場だ。

 シウスが最初にPKしたプレイヤーも、既に確保されている。運営とその監査役のメンバーは、事態を常にモニタリングしていたのだ。



『終わりっと。ゼフィラさんとノイエさんによろしく言っといてよ』

 

「了解です。ついでに、被害に遭われた方は?」


『今、捜してる。あいつらから特徴を訊き出せればいいんだけど』



 悩ましげな声に、シウスは同意する。

 罠が人為的なものだと気付かなかったのは度し難いが、放っておくわけにもいかない。PK達には、何らかの補償をさせる必要があるだろう。



「それじゃ、俺はこれで」


『はいはい、お疲れ様』



 GMルームとの<ボイスチャット>を切って、仲間へと向き直る。

 白と黒のシルエット――ノイエとゼフィラは並び立って、シウスの姿を眺めていた。



「キルケさんが、二人によろしくって」


「うむ。これにて一件落着ということかの」


「拠点へ戻りましょう。フリードさんとハルさんが待っています」



 二人の少女がメニュー画面を開き、<テレポート>を選択する。

 一瞬遅れてシウスもそれに倣う。渦を巻く閃光が、氷河に走った。



(……雑事かと思えば、デスゲーム抑止のヒントをくれるとはな。路傍の石も、たまには役に立つ)



 誰にも悟られぬよう、シウスが内面でひっそりとほくそ笑むと、三人は一面の銀世界より消失した。


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