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交錯のクロスガイア  作者: 青島喜一
九章「流転の大地」
45/49

2.

 冷たい風を受けながら、シウス、ノイエ、ゼフィラは道を行く。

 大陸北方面における最前線<霜花都市ガラティア>は、どこか田舎を連想させる冬の街だ。建築物の屋根には高々と雪が積もっており、時折どさりと音を立てて崩れ落ちる。


 すれ違うプレイヤーは寒さから身を守るため、装備を変更している。

 ノイエとゼフィラも、それぞれ防寒服を着用しているが、シウスは一人紺碧のサマーコート――<破毒の衣>で通していた。毎日のように早朝から外で剣を振るっていたので、寒さに自然と慣れてしまったのだ。


 しかし、シウス達がこの街に滞在しているのは、奇妙なことである。

 彼らの所属するギルド<アルゴノーツ>は、現在、大陸東方面の攻略に主眼を置いている。ギルドの主力たる彼らが離脱しては、探索ペースはガタ落ちだ。


 それでも、シウス達はガラティアへ派遣された。

 サポート要員として、高LV生産職のフリードとハルを連れてまで。



「――おい、聞いたか? また罠にやられた奴が出たってよ」



 不意に聞こえた噂話に、一行は足を止めた。

 彼らが派遣された目的に、直結する話題だったためである。



「これで何十人目だ。いい加減、俺達も諦めようぜ」


「ああ。敵が見えないんじゃ、対処の仕様がない」


「しかも装備までロストするんだろ? 狂ってやがる……」



 家屋の軒下に集合した、暗いムードを漂わせる一団が、ため息交じりに会話している。様子からして、攻略の切り上げも検討していそうだ。


 内容は、ガラティアの北部に存在するエリア<トリストラム氷河地帯>に関するものである。このところの聞き込みでも、耳にたこができるほど聞かされた。



「……どうにも深刻ですね」


「それは皮肉か? 魔弾の射手」


「お好きなように判断して下さい」



 不敵に笑うゼフィラの切り返しに、ノイエは半眼で応じた。

 双方の内心を察し、シウスは視線で先を急ぐよう促す。

 


「分かっています。このような雑事、早々に終わらせましょう」



 ほう、と白い息を吐いて、ノイエは忌々しげな表情を浮かべた。

 彼女が不愉快になるのも無理はないと思い、シウスは「雑事」の概要を頭の中で整理する。


 <トリストラム氷河地帯>は、一か月も前にボスが討伐された、攻略済みのエリアだ。

 だというのに、未だガラティアが最前線なのは、悪辣あくらつな罠がプレイヤーを妨げているためである。


 氷河の奥に進み、次のエリアへ向かおうとした瞬間、不可視状態の敵が出現し、装備の消失というおまけ付きで、プレイヤーを殺害してしまうのだ。


 探索可能エリアが拡張されて以来、エリアボスとモブの強さは飛躍的に増している。エリアの攻略で消耗したところに、そのような罠を配置されては、高LVプレイヤーといえども突破は難しい。

 実際に、エリアの突破に見切りをつけるプレイヤーも出ている。


 続発する被害を聞き付け、<アルゴノーツ>のギルドマスター・ヤマセはシウス達に罠の調査を委託した。以前、<ボマー・ストラス>の光学迷彩を打ち破ったシウスならば、どうにかなるのでは、と考えたのである。


 つまり、エリアボスの情報を共有したばかりに、シウス一行は厄介事を押し付けられたのである。



(いずれは大陸北方面も攻略する必要があるとはいえ、ヤマセさんも大概お人良しだよなぁ……)



 ユーニスタの事件でアルベルトの一味を許したように、彼の懐の広さは評価に値するが、その優しさが今後も通用するかどうかは別問題だ。

 他者の厚意によって、立派に更生する者がいる一方、勘違いして付け上がる、どうしようもない者がいるのもまた事実である。

 

 故に、シウスは彼に代わって後者を討たねばならない。

 ギルドマスターの至らぬ部分を補うのは、ギルドメンバーの役目だ。


 ――もっとも、シウスが真に仰ぐのは、博孝以外にあり得ないのだが。



「軍師。罠についてだが、解除と強行突破、どちらを試みるのだ?」


「解除法が見つかれば一番なんですが、見つからなければ強行突破で」



 回答して、シウスはメニュー画面から<スケッチブック>を選択する。

 空間投影ディスプレイを展開すると、表示されたマップに何やら文字を打ち込み始めた。


 ノイエは彼の隣に移動し、歩きながらの作業を覗いて苦言を呈す。



「いつになく無計画ですね。あなたらしくもない」


「情報が少なすぎますよ。せめて、どういうタイプの敵が出現するのか、敵の攻撃手段、罠の詳細な配置。この程度は知りたかったですけど」



 装備の消失を恐れて、まともに調査を行ったプレイヤーがいないのか、聞き込みでは、罠の異常な難易度くらいしか判明しなかった。

 誰かが罠を突破するのを待つ――他力本願とは、まさにこのことだ。



「姿が見えぬということは、<ストラス>と同タイプかの。エリアボス級の敵が奇襲を仕掛けて来るなど、考えたくはないが……」


「東方面でも、敵は強くなっています。あり得ないとは言い切れません」



 背後より推測を述べるゼフィラに、ノイエが振り向いて応じた。


 かつて、ユーニスタ東部は断崖絶壁で閉ざされていたが、エリアの拡張によって橋が架かり、行き来できるようになっている。

 また、パルマ・ロッサには港が整備され、船舶を用いることで、南部へ進めるようになった。


 一時は飛行能力が必須と思われた二方面も、今では多くのプレイヤーが進出している。他方、北方面は罠が原因で攻略がとどこおっていた。


 説明もないのに、各方面で攻略難度が大幅に異なる――普通のVRMMOであれば、クレームが殺到していて然りだろう。



「全く、ゲームバランスの悪さだけは何とかして欲しいですよ」



 デスゲームに常識を求めても滑稽なだけだが、さしものシウスも黒幕の非常識には、嘆息せずにいられなかった。





 力任せに振るわれる毛むくじゃらの剛腕が、破砕音を響かせ、凍結した大河に亀裂を入れる。それを軽く回避して、シウスはショートブレードの袈裟切りを見舞った。


 斬撃が白光――流血表現の代替――をまき散らす。

 しかし、手応えはほとんどない。シウスは顔を歪め、バックステップと同時に武装を両手剣へ変更した。



(硬い。ブレードも強化したんだがな……)



 ボスドロップの<小狐丸>と比較すると、どうしても切れ味は劣る。

 新たな素材アイテムを入手し、フリードに譲渡する必要がありそうだ。


 装備の充実を心に決め、前方を見やれば、熊の如きシルエット――雪男型のモブ・ビッグフットが、体躯に見合わぬ俊敏さで突進を繰り出す。


 シウスは冷静に間合いを見切り、カウンターで刺突を放った。

 2メートル級の刀身が、吸い込まれるように敵の眉間を穿つ。頭蓋を貫通した両手剣がHPを完全に奪い、ビッグフットは膝から崩れた。


 モブの体を淡い粒子状の光が包み込む。

 野性味溢れるパワーファイターも、消滅する過程は幻想的だ。



(……っと、LVアップか)



 簡素な効果音が鳴り、アバターが発光する。

 シウスの眼前に開いた画面は、取得経験値とアイテム、クレジットを表示していた。


 スキルの習得はなく、他の戦果はビックフットの毛革くらいだ。

 毛革は防寒具に加工できるが、数は足りている。どうやら、売却することになりそうだ。


 シウスが考えていると、後方より凛とした声がかかる。



「敵の強さは、さほどでもないようですね」



 ノイエは自分の射殺したモブの残骸に目もくれず、歩いて来る。

 その両手には、指がかじかむことのないよう、革製のグローブが装着されていた。



「ええ。これなら、罠も突破できるんじゃないでしょうか」



 シウスは珍しく楽観的な意見を述べ、両手剣を消した。

 もう一人の仲間を捜してきょろきょろと周囲を見回せば、金糸の髪を持つ<星詠師>は、遥か彼方で凍り付いた足場を確認している。



「……何やってんですか?」



 ノイエを伴い、駆け寄って訊くと、ゼフィラは足元を指差す。

 氷で構成された地面には、爪痕のような陥没が深々と刻まれていた。



「ここらに、戦闘の痕跡が集中しておる。エリアボスと戦ってできたものであれば、出口は近い。――無論、罠の存在もな」



 深紅の眼が、散在する痕跡に警鐘を鳴らす。

 しかし、三人がここに至るまで、罠を解除するための装置や仕掛けは、一つも発見されなかった。


 シウスは片手で頭を掻き、振り返って背後を見通した。

 凍結した大河の向こうには、拠点さえ認められず、いつまでも銀世界が悠々と広がっている。



「このまま行くしかないか……」



 方針の確定に、思考操作で取り出した灰色の立方体を投げ上げる。

 ぱしり、と小気味よい音と共に、シウスが錬金アイテムをキャッチすると、一行はそれを合図としたように、エリアの奥へと歩き出した。


 ――刹那、三人のアバターが火柱に包まれる。


 膨大な熱量は、天を衝かんばかりの炎と化して襲来した。

 融解した氷が即座に水蒸気へと変じ、容赦なく破裂する。渦を描く爆炎が、黒々とした煙を上げて燃え盛る。


 あまりに露骨な不意打ちは、悪辣としか表現しようがなかった。

 プレイヤーに前兆すら感じさせず、大火力を叩き込むなど、不条理にもほどがある。


 これが、黒幕のプログラムした罠であるならば。



「仕留めたか?」


「多分な。声が全然しない以上、ガラティアに転送されたはずだ」



 虚空より響く会話は、何者かの存在を如実に示していた。

 そして、獲物が拠点に転送されたと判断するや否や、何もない場所からプレイヤーの一団が氷河に姿を現す。


 それは、拠点で<トリストラム氷河地帯>の攻略について議論をしていた一団に相違なかった。

 上級職<暗殺者>の範囲隠密スキルで隠れていた十人近いPKは、愉快そうに黒煙を見物している。



「……早く装備を拾え。<穏健派>に見つかりでもしたらどうする。運営に捕まりたいのか?」


「へいへい。分かってますよ」



 フードで顔を半分覆った<暗殺者>――リーダー格の男が装備の回収を指示すると、PKの一人が魔法スキルの直撃した場所へ走り、けほけほと咳き込みつつ手を伸ばす。


 ふと、金属が擦れるような音がした。



「――うん?」



 身長が縮んだかの如く、唐突に視界が低くなる。

 伸ばした手は何一つ掴むことはなく、PKの首が氷河に落ちた。


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