7.
怪物の残骸は、微細な風花のように儚く消えていく。
外見には似合わぬ美しい散り様に、瞑目して納刀する<堕剣士>。
すると、それを見計らったといわんばかりのタイミングで、彼の周囲に光が渦巻いた。
転移のエフェクトと共に、どさりと地に投げ出されたのは、白いマントを纏った茶髪の青年――クリスだった。それを皮切りに、続々とアバターが出現する。
<トランス・ダーキニー>に取り込まれたハル同様、エリアボスの消滅に伴い、プレイヤーは解放される。
仕様の統一に安堵のため息を吐き、シウスは後方を顧みた。複数の足音が、すぐ傍まで迫っていたのである。
<狩人>ノイエ、<占術師>ゼフィラ、<重戦士>エーギル。駆け寄って来た面々に、知らず表情が緩む。シウスは居合刀を消して、仲間の下へと歩を進めた。
「やりましたね、シウスさん」
「はは、今のを防がれたら、流石にお手上げでしたけど」
穏やかに笑うノイエの賞賛に、頭を掻いて返答する。
<堕剣士>専用スキル、<サタニックブレード・ウロボロス>は、MP消費が激しすぎて連発が利かない。攻撃後の硬直も長いため、倒し切れなかった場合、エリアボスに飲み込まれる危険性があった。
だが、他のメンバーが捕食されれば、また回復されてしまう。あそこで勝負を決めなければ、最悪の状況に陥っていたかもしれない。
そう考えると、ある意味、シウスは賭けに勝ったともいえる。
「……ん? 小僧、そいつがクリスか?」
ふと、エーギルが倒れ伏すプレイヤーの一人を見やる。
茶髪に損傷したマント――外見的特徴はフリードの証言に合致するが、それだけでは判断材料として心もとない。
質問にシウスが首をかしげると、代わりにゼフィラが応えた。
「我が遭遇したのはこの者だ。姿を偽っていなければ、間違いない」
「で、運営が何でエリアボスに食われてんだよ。マゾなのか?」
茶化す大男の台詞に、シウスは目を点にした。協力を得るべく探し求めていた運営が、今まさに目の前にいる。あまりに早い発見に、逆に不安を覚えるくらいだ。
どうやら仲間達は、運営チームとデスゲームの主催者を同一と見ているらしい。誤解を解くため、自論を述べる。
「仮にこの人が運営だとしても、デスゲームとは関係ないと思います」
「何故ですか? 彼が先程のボスに細工をしていたという証言も……」
頭脳明晰なノイエらしからぬ発言に嘆息する。
ようやく脱出の手がかりを得て、逸るのは理解できるが、彼女は重大なことを見落としていた。
「彼らがデスゲームの主催者なら、ユーニスタで演説をするはずがない。エリアボスに細工をしていた、というのは初耳ですが、それならどうして表に出て来る必要があったんです?」
尤もな指摘に、ノイエは息を飲む。クリスが黒幕ならば、表立って行動する必要性は皆無だと気付いたのである。
「おかしいじゃないですか。GMルームに引きこもっていれば、誰も手出しできないのに、ギルドを設立してメンバーを募集したり、<ヴァーリ山脈>のボスを討伐しに行ったり……」
「なれば、彼奴らの目的は何だったのだ? 正体が露見する危険を冒してまで、為すべきことがあったとでも?」
ゼフィラの疑問に、少し考え込む。解答は、これまで得た情報から推測できるような気がした。
シウスが運営と黒幕は別物だと判断した契機は、NPCの証言だ。
央都の<図書館>で、怜悧な眼差しの司書がくれた情報を思い返す。
「現在、<クロスガイア>にはゲームマスターがダイブしております。
人数こそ分からぬものの、GMルームへのアクセスは頻繁に行われ、デスゲームの終了条件を探っている模様であります」
GMは、デスゲームを打開するために行動していた。
クリス達がGMならば、今回の行動も、それに準ずる可能性が高い。
(ボスに細工をした結果、生首に変異したのか? しかし、細工の理由がいまいち分からん……討伐ボーナスの通知もなかったしなぁ)
<ギガントマキア>が<ヴァーリ山脈>に向かったのは、シウスが<エポナ大森林>を攻略したのと同じ4月22日。
その日、通知されたメールは<ファントム・ユニコーン>の討伐ボーナスに関するものだけだ。
(要するに、彼らはボスを倒さなかった。いや、倒したふりをした。
<ギガントマキア>を設立したのは、同行者が欲しかったからか?)
エリアボスを「倒さない」ために細工をして、LFの巨大ギルドを騙って集めたメンバーに「倒した」と思い込ませる。一見、意味不明の行為だが、その本質はデスゲームの打開――
「あっ」
そこまで整理して、ある推測がシウスの脳裏に閃いた。
運営がデスゲームを催した論拠は、運営チームを自称するメールだけ。
ならば、エリアボスと討伐ボーナスの関係、メール送信のメカニズムを解明することで、黒幕に近付けるのではないか。
「……ボスを捕獲して、構成データを調査するつもりだった?」
「軍師、それはどういう意味だ?」
首をひねるゼフィラに、考えを纏めながら、ぽつぽつと語る。
「彼らは、ボスのデータを洗うつもりだったんです。<ライオネル鉱山>を思い出してください。あそこにはボスがいなかったでしょう?」
「……我らを惑わすためのダミーではなく、本来はボスがいたと?」
「ええ。おそらく、彼らはアルベルト達よりずっと早く鉱山に到達して、調査のためにボスを捕獲したんです。だけど、俺達はボスの不在に疑問を抱いた」
そこまで語ると、シウス以外の三人も、瞳に理解の色を浮かべた。
「つまり、一連の行動は、アリバイ作りだったと仰るのですね?」
「ようやく合点がいったぞ。一つのみならず、二つのエリアでボスが不在となれば、プレイヤーの疑問はさらに深まる。それを防ぐには、目撃者を用意する必要があったのだな」
「討伐を装って『ボーナスは最初から設定されてませんでした』ってか? やることが小せぇんだよ……」
エーギルが疲れ切った様子で肩を落とす。
結局のところ、全ては誤解だったのである。
クリス達の嘘が事態を無駄にややこしくしていただけで、デスゲームを終わらせたいのは皆と一緒だ。彼らの回復を待って話をすればいい。
しかし、不明な点が一つ残っている。
ノイエは双眸を細めて、怪物が消滅した場所――<ケラウノスコール>の穿ったクレーターを眺めた。
「エリアボスは、どうしてあのような姿に?」
「うむ。キルケの言からして、捕獲は成功したのだろうが……」
さしもの才媛二人も、情報無しでは優れた知性を活かせない。
シウスは一縷の望みをかけてエーギルに視線を向けた。
「ぶははははっ!」
「笑って誤魔化さないで下さいよ……」
仮想現実は無常だ。沈痛な表情を隠すように片手を額にやる。
クリスが意識を取り戻せば、この謎に答えてくれそうだが――
「あれは、バグです」
背後より聞こえたかすれ声に、勢いよく振り返る。
果たして、<剣士>クリスが苦しそうな様子で身を起こしていた。
短い茶髪は砂だらけ。白いマントはところどころ焦げている。
痛々しい姿に、シウスは思わず駆け寄った。クリスの背中に手を回し、ゆっくりと抱き起こす。
「無理はしない方がいいです。まずは休まないと」
「いいえ、これは私達の不手際……。今は無理をさせて下さい……」
クリスは弱々しく微笑み、「システムウィンドウ」と呟いて、メニュー画面を呼び出す。
透明な空間投影ディスプレイより触れるのは、<テレポート>だった。
瞬間、大地に倒れ伏すプレイヤーが、次々と転移の光を放つ。GM権限を行使した、強制テレポートに相違なかった。
「全員、アウレリアの宿屋へ送ります。彼らを担いで山を越えるわけにはいかないでしょう……?」
肩で息をしながら作業を続ける彼に、シウスは反論できない。
気絶して、転移できないプレイヤーを移送するには、強制テレポートが一番手っ取り早い方法なのだ。
クリスは沈黙を厭うように話し始める。
「貴方の言う通り、私達は<ライオネル鉱山>と<ヴァーリ山脈>のボスを、GM権限を行使することで捕獲しました。そこまでは良かったのです」
ゲームマスターの一人は、苦い記憶に顔を歪める。
「しかし、後者――<アームド・フェンリル>のデータを解析している時、原因不明のエラーが発生しました。結果、GMルームは半壊。部下を置いて私が逃げ出したばかりに、あのようなバグエネミーまでついて来て……」
「……ここで、暴れ回ったんですね」
同情を含むシウスの声に、力なくうなだれるクリス。
ここまでの大惨事を招くなど、予想がつかなかったのだろう。
<クロスガイア>はシビアだと分かってはいたが、運営までもぼろぼろにされてしまうのを見ると、否応にもそれを実感させられる。
シウスとて、いつまでも勝利を重ねられるとは限らない。
敵のLVやパラメータの数値が一桁違うだけで、この世界では絶望的な差となって襲いかかる。
仮説が正しければ、デスゲームの主催者は、ゲームバランスに無頓着というより、その概念すら理解しておらず、また理解できない。
人間とは成り立ちも精神構造も異なる、宇宙人の如き存在なのだ。
彼、あるいは彼女は、プレイヤーと共にデスゲームを育むことで、孤独を癒し、喜怒哀楽を学ぼうとしている。
この悪夢を止めるには「人間の枠を外れた自我」の生命を賭した対話が必要不可欠となるはずだ。
(俺がデスゲームを終わらせる。俺にしか、あいつを阻止できない)
その暁に、己の意識が消滅し、碓氷忠が死亡しても。
仮初の世界に、最期の生き様を深々と刻みつける。
故に、シウスは次の一歩を踏み出さねばならない。
仲間を現実へ送り届けるためのステップアップは、ここから始まる。
「ギルドを設立しましょう」
「え……?」
唐突な提案に、クリスはどう応じればいいのか判別がつかない。
話が飛躍しすぎていて、ノイエ達も頭に疑問符を浮かべていた。
「事実を全て公表して、メンバーを集めるんです。攻略を望むなら誰でもいい。千人規模の超巨大ギルドを設立し、組織的な探索をしましょう」
「ちょっと待って下さい! そんなことをしたら……!」
「貴方達が吊るし上げを食らう、ですか?」
声を荒らげる相手に、あくまでにこやかに言ってのける。
懸念はまさにその通りで、クリスは勢いよく頷いた。
彼ら運営がデスゲームの主催者だという誤解は、簡単には解けない。
話の通じぬプレイヤーが暴走するのは目に見えていた。
対するシウスは、すっと目を細めると、低い声で言い放つ。
「そんな非建設的なことをする奴は殺します」
「――――は?」
「攻略に消極的な人間は、一人残らず殺します。そんな奴、生きる価値がありません。ゴミです。刺身のツマ以下です。っていうか邪魔ですので、速やかに排除します」
怖い表情でまくし立てる<堕剣士>に、クリスは顔面を蒼白にする。
シウスの本気は、これまでの経緯からも明々白々だ。彼のパーティーは<ライオネル鉱山>以外、全てのエリアボスを討伐している。
自分では彼を止められないと悟り、クリスはノイエ達三人に助けを求めて視線をさまよわせる。
妖精のように可憐な少女は、青い瞳を弓にして応じた。
「わたしはシウスさんに賛成です。自分だけ安全な場所に身を置くような卑怯者は、すべからく万死に値します」
悪魔のように蠱惑的な少女は、赤い瞳を細めて嗤った。
「軍師の言を大いに支持する。我らばかりが労苦を強いられるのは、ちと不公平であろう?」
重装甲を纏う白髪の大男は、肩をすくめてかぶりを振る。
「諦めろ。こいつら全員、筋金入りのサドだからな。ここで首を縦に振っとかねぇと、後が怖いぜ」
「そんな……」
誰もシウスを制止しないことに、クリスは呆然とするしかない。
このままでは、サルデニア以上の地獄が繰り広げられてしまう。
「まっ、そうならないように頑張るんだな! ぶははははっ!」
豪快な笑い声に、クリスは意識が遠のくような錯覚をする。
事実を隠匿し続けた代償は、想像を遥かに超えた大きさに膨れ上がって彼を押しつぶそうとしていた。
◆
『FROM 運営チーム
TITLE 仕様の更新のお知らせ
この度は、<クロスガイア>をプレイしていただき、誠にありがとうございます。
以下の日時において、仕様の更新がなされたことを報告させていただきます。
更新日時
2105年4月26日(日)10:00
更新内容
・エリアの拡張
探索可能なエリアが大幅に増加しました。
配置されたエリアボスの強さも、大幅に上昇しています。
なお、これは<ヴァーリ山脈>のエリアボス<アームド・フェンリル>の討伐によるボーナスです。
今後とも、<クロスガイア>をよろしくお願いいたします』




